第17話 小梅宅で
初めての小梅の家、これからキスをする予定。と言うことで緊張しつつ、いつ家族が帰ってくるのか尋ねた私に小梅は不思議そうに小首をかしげた。
「ん? ああ。ここ、私の一人暮らしですよ」
「えっ? え、あの、お昼、家族はいないって」
「え? はい。一人暮らしなので、家族は別に暮らしてます」
あ、なるほど? 確かにそうだね。そこは別に小梅も誤魔化したりしてないね。でも、え。じゃあ、もう二人っきりじゃん。
「そ、そうだったんだ。勘違いしてた。でも一人暮らしなんて、大変じゃない? 毎日家事しなきゃだし」
「まあそう思う時もありますけど、最近の家電は優秀ですからね。洗濯機も乾燥までしてくれますし、後、防音もしっかりしている家なんです。夜中でも洗濯機や掃除機もOKですから、目についた時にちゃっとしちゃえばいいだけですから」
「はえー。小梅はえらいねぇ」
すご。いや、そりゃあ洗濯機や掃除はそうでも、少なくとも最低限毎日三食ご飯つくらなきゃじゃん? しかもお弁当って言う唯一手を抜ける食事すら作ってさぁ。ええ、偉すぎる。
一瞬一人暮らしなことにびびったけど、この年で一人暮らしって偉すぎる。すごい。
「うふふ、そんなことないですよ。朝日先輩と一緒に暮らせるようになった時にできないじゃ困りますから、このくらいは当然です」
「そっかー、頼もしいなぁ」
この子まじで、一応恋敵の陽子がいるのに歯牙にもかけないどころか、私の事百パーセント落とせる前提で物を言うよね。
こわー、やばい子じゃん。と言う思いと、そんな絶対諦める発想がないくらい私の事好きなのか、と満更でもない気持ちがある。私って、実はめっちゃちょろいのかもしれない。
「朝日先輩……私、本当に先輩の事、大好きなんです。先輩のことしか考えられないです。先輩以外の人なんて目に入らないし、先輩と一生一緒にいようと思ってます」
「あ、はい」
小梅は隣り合って座っていた状態から、ぐっとお尻をつめて拳一個分空いていた距離からぶつかって、顔を寄せながらそう心情を吐露してくれたけど、どう反応すべきかわからなくてそっけない相槌になってしまった。
だって、一緒にいたいんです、じゃなくていようと思ってるって言われても。うん、まあ、思うのは自由だけどさ。
「だから、その……キスだって、恋人じゃないとできないこと、全部したいです」
「う、うん」
見つめ合った状態で、ついその口元を見てしまう。小梅はお昼の食後もリップをぬっていた。色付きで、つやつやして血色がよくて、美味しそうに見える唇。
陽子の時とは全然違う、ドキドキする高揚感。これが本当の、キスなんだ。今からするんだ。
私は流れでどんどん近づいてくる小梅の肩に手をそえて、そっと動きをとめてちゃんと目を見て口を開く。
「あのさ、私も同じ気持ちとは言ってあげられないけど。でも、小梅のその気持ちは伝わってるし、応えてあげたいって思ってる」
このまま何も言わず、小梅に流されるまま受け身でキスを流すこともできただろう。だけどそれはずるい。私なりにちゃんと、小梅に向き合うって決めて仮の恋人になったんだから。小梅にだけ責任を押し付けてしまうのは違う。
私も小梅のこと、どちらかと言うと好きだし、キスだってありだし、今、ドキドキもしてる。だからちゃんと、その気持ちを伝えよう。
「私も、小梅とキスがしたいよ。しよう」
「っ、朝日先輩……」
小梅は私の制止を振り切ろうとぐいぐいこめていた力をとめ、さっきからずっと赤かった頬をますます赤くしながらそっと目を閉じた。
それに私から顔をよせる。ふーと小梅の激しい鼻息があたる。緊張か、興奮か。可愛い顔に似合わない激しさにちょっと笑いそうになって、私は緊張をといてそっと唇をあわせた。
「ん……」
やわらかくて、熱い。数秒そのまま合わせてから、ゆっくり唇を離して目を開ける。同じタイミングで開けた小梅とまた目があう。
ドキドキと、自分の心臓がうるさい。寝付けない夜みたいだ。こんな風に、自分の心臓が暴れることがあるんだ。気が遠くなりそうだ。
「こ―」
「っ」
小梅、と声をかけようとして、小梅が私に抱き着いて、今度は向こうからキスをしてきた。首の後ろに両手を回して体重をかけるようにもたれて、ぐっと唇がつぶれあうくらい力強く唇が重なる。
「んんっ」
そのままソファの手すりに倒れ込む私に小梅は覆いかぶさり、姿勢のせいで離れた唇を上からもう一度押し付けてくる。
「ん、んぅっ」
三度、四度と何度も離れては角度や位置を微妙に変えながら何度もキスをされる。ちゅ、ちゅ、とリップ音がなりだして、ただ表面的に触れているだけなのに、とてもいやらしいことをしている気になって、全身が燃えてしまいそうだ。
「……んふ、ふふ。ふぅ、はあ、ご、ごめんなさい。その……興奮してつい。乱暴にしてごめんなさい。痛くなかったですか?」
もう数えきれないくらいキスをして、息切れしながら小梅はようやく少しだけ顔をあげた。
感じていた気持ちよさが遠のくと、小梅の腕があったとはいえそこそこの勢いで倒されてソファの手すり部分にもたれたのがちょっと首が痛い。今もだけど小梅の体重がのってる分ちょっとしんどい姿勢でもある、でもまあ、べつに痛めたって程じゃないし、我慢できなくもない。
「いや、まあ、いいよ。その、気持ちよかったし。それに、陽子に比べたら全然かわ……いや、全然、なんでもないんだけど」
フォローをしながら、キスが気持ちいいって感じたことも恥ずかしくて、ついいつもの調子で軽口を叩こうとして、とんでもない失言をしてしまったことに遅れて気が付いた。慌てて訂正をいれたけれど、通じるわけもない。
小梅はとろんとした色っぽい愛らしい顔から、慄くようなこっちも怖くなる顔で、え、え? と混乱しだした。
「ど、ど、どういうことですか? え? 妹の陽子ちゃんのことであってます? 陽子ちゃんと、これ以上のキスをしてるんですか? 違いますよね? 単に暴力的ってことですよね?」
「まあ、陽子は暴力的だってことではあるんだけど……あの、キスはされた。私が告白されても、いや、家族愛だよ、みたいに言ったからなんだけど、その、舌とかいれられて」
「……」
小梅、目が恐い。さっきもだいぶらんらんとしてちょっと目力強かった。でもそれは興奮状態だったからむしろ可愛いって感じたけど、今は普通に恐い。もしかして私、殺される?
やばいやばい。浮気じゃないってなんとか納得してもらわないと。
「で、でももちろん、ただの妹だし、別に何とも思ってないって。ちょっと年離れてるから、陽子が食べかけで涎でべたべたのものとかも食べさせられてきたし、陽子の唾液が口に入っても全然、気持ち悪いなってだけだったし」
「……朝日先輩が、陽子ちゃんのしたことも眼中にないっていうことは、信じます」
「う、うん」
そう、そうなの。思わずぽろっと言っちゃうくらいだから。本気にしてたら、仮でも浮気だって罪悪感あるし絶対言えないじゃん? 逆に、口にだしちゃうくらいどうでもいいってことだから。本当に。
と言い訳したくて仕方ないけど、小梅の声音が、ぎゅっと強くなった腕の力が恐くて、こくこくと小刻みに頷くことしかできない。マウントをとられた状態で失言をしてしまうなんて、迂闊すぎるぞ私!
「でも、それはそれとして、陽子ちゃんと舌まで出し入れしたんですね」
「いや、あの、私からは何にもしてないんだけど、まあ、はい」
「他に、何もされてませんか?」
……絶対言うべきではない。ないけど、一瞬、え、どう答えよう。と悩んだのが伝わってしまった。悩むってことはされてるってことがすでにばれてしまっている。小梅の顔がさらに近づいて、ゴツンとおでこがぶつかる。
もはや目しか見えない。その目の中はさっきまでのとろけるような幸せな色はなくて、怒りが燃えていた。
やばい、死ぬ。これが不審者なら、マウントポジションをとられているとは言え、距離が近すぎるから逆にやりようがなくもない。だけど私が全面的に悪いわけで、もうこうなったら降参するほかない。
「……あの、む、胸を触られたり、舐められたりしたけど。さすがにズボン触られた時は無理やりやめさせたし、本当にそれだけなんだけど」
「それだけ……? 先輩はそんなこと誰にでもさせるんですか?」
「いや、陽子は妹だしお風呂にいれてあげてたし、膨らみだした時に不思議そうに触られてた時期もあったし、触られても気にならないって言う意味だよっ」
本当にあの時は何にも感じてなかったし、なんかしだしたぞ、それで何か感じると思ってるのか? みたいな舐めた気持ちもあってスルーしてしまっただけなんだ。
ただ胸をなめられると肉体的な反応をどうしても生物として仕方なくしてしまったから、調子に乗ってさらに伸ばされた手は強引にやめさせただけで。私は無実だ。
「……でも、陽子ちゃんはそう言う意味じゃないじゃないですか。ズボンは無理やりやめさせられるのに胸は触らせたって、意図的に受け入れてますよね」
「いやだって、すごいびっくりしたし、こう、フリーズするじゃん。家族だからだって。家族以外には小梅にしか……」
言いながら、これだと小梅にはさせてもいいどころかさせてるみたいな言い方になってしまったと気づいた。だけど当たり前だけど、さっきと同じで口からでた失言は戻ってこない。
小梅はゆっくりと腕の力を抜いて、おでこを離した。ぶつかっていたおでこが少し痛いけど、小梅の顔全体が見れたことで言葉を失う。
「……じゃあ、証明してください。私が、特別だって。お願いです。陽子ちゃんじゃなくて、私で上書きしてください」
そうお願いする小梅は悲しそうで、どこか縋るようで、私はそれを拒絶することはできなかった。だけど自分からするのは恥ずかしすぎて、私は黙って目をそらして体の力を抜くだけで答えた。
「……先輩、私が、私が朝日先輩を、気持ちよく、させますから。私を、見てくれなきゃ嫌です」
小梅の言葉に、私は視線を戻す。視線がからみあい、私は小梅にからめとられた気にさえなって、目が離せなくなった。ゆっくりと近づいてきた小梅との距離がまたゼロになり、その唇が開いた。
昨日の夜も我慢して、さっきのキスで高ぶっていた私の体は、小梅にすべてを許した。
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