第15話 購買

 火曜日。何だかまだ二日目だけど今週もう長い気がする。陽子は昨日に引き続き寝坊している。私もちょっと寝付けなかったけど、なんだかんだいつもと同じくらいには寝たから問題ない。

 陽子とはすれ違うように学校に向かうと電車で小梅と合流した。当たり前に合流したけど、考えたら昨日、今日の約束まではしてなかったな。まあ小梅が合わせてくれているし、あえてずらす必要もない。


「先輩、今日もお昼、一緒にいいですか?」

「もちろん。昨日お弁当作ってくれたから、今日は学食奢るよ」

「んー、朝日先輩、私、購買のパンがいいです」

「お、いいよ。そうしよっか」


 学校には学食があるけど、もちろんそれだけじゃなくて購買もある。特にお昼休み限定でピロティのところにパン屋さんが来てくれる。ちょくちょく試作品みたいな本店で買えないパンもあるし、ボリュームあってお手頃価格で人気のパンはすぐに売り切れてしまうくらいだ。

 一年生の頃ははまってどんな限定商品があってもいいよう毎日駆けつけていたこともあったくらいだ。小梅はもしかして、お弁当ばかりで購買のパンを食べたことがないのだろうか。


「購買のパン食べたことある?」

「実はないんですよ」


 やっぱり! だとしたらここは先輩として、私がご馳走しなければ。


「じゃあ小梅、お昼休み楽しみにしててね。私が、最高のパンをチョイスしてあげるよ」

「え? あ、ありがとうございます。はい。楽しみです」


 にこっと小梅は小首を傾げる様にして微笑んだ。素直だなぁ。


 となると何がいいかな。定番の焼きそばパンもいいし、あとクリームパンも美味しいんだよね。数量限定系だと定期的にあるカレーパンが美味しいけど、それはあるか分からないし。とりあえず、行ってみてからだね。


「じゃあ昨日と同じ場所でいいかな。先に行って待っててくれる?」

「え、でも先輩一人に買ってもらうなんて」

「混雑してるからね。いいから任せて」

「……はい。うふふ。じゃあお任せしますね」


 小梅は嬉しそうに相槌をうった。ちょっと強引だったかな。でも実際、ちょっと待つとかなりの混雑になるし、合流してから買うとなるといい物はなくなってしまっている。最初くらいはいいでしょ。


 私は気合を入れながら今日の時間割を思った。そうこうしていると学校についた。一人でぼーっとしていてもすぐだけど、小梅と一緒に行くのもすぐだ。

 誰かと学校に通うのは小学校の集団登校以来だ。一人の方が気楽でよかったけど、改めてこうして誰かと登校するのも悪くないかもね。


 小梅と別れて自分のクラスに行く。クラスメイトに挨拶しながら自分の席に行こうとして、友人の姿が目についたのでその前に座って突っ伏している友人をつつく。


「おはよ、ノリ。朝だよー」

「んん。朝日。朝なのはわかってるっつーの。昨日の夜に帰ってきたんだから寝かせろよ」

「久しぶりなんだから顔くらい合わせてもいいじゃん」


 ノリは気軽に学校をさぼったりしがちだけど、何と今回は家族と長期旅行に行っていたのだ。夏休みも大概だけど、終わってからなので久しぶりに会った気がして、つい朝から絡みにきてしまった。

 そんな私にノリはうつ伏せから顔をあげてうーんと腕を振り上げて伸びをしてからあくびをする。


「ふわぁ。はぁ、寂しがり屋か。強引だなあ。お昼休みは一緒にいてやるから」

「あ、お昼は私、別の子と食べるから」

「ん? そんな約束する相手がいたっけ」

「ん。恋人ができたから」

「はん? ……え? マジで? おいおいおい、しんゆーの私に黙ってお前、みずくせぇじゃねーか」


 急に元気になったノリは私に顔をよせてきた。きんきらの金色に染めてる髪が揺れてる。ガンつけてる顔が笑いをこらえている顔で面白い。


「相談したかったけどいなかったし」

「お、おお。そうなのか。ならいーけど。何だよお前、私の事好きかよ」

「好きだけど、今そう言う冗談はセンシティブな感じだからやめてもらっていい?」

「センシティブってどういう意味だよ」

「え? なんか、こう、繊細な問題ってことだよ」

「へー。かしこくなった、へー」


 ごめん、適当に言った。でも多分そんな感じだから許して。

 そんな感じで軽く話してるとすぐに予鈴がなってしまったので、続きはまた後でと言うことで別れる。


「あ、席ごめんね」

「い、いえ。だいじょぶです」


 私が来た時はいなかったのだけど、席を立ってからちょっと後ろに席の持ち主が待ってたことに気付いたので謝る。何故かちょっとびびられてしまった。いや、ほんとに悪いと思ってるのに。

 席について何気なくスマホチェックをすると、ノリから『やーい、びびられてやんの女番長』と届いていた。いやふざけんな。ノリの如何にもな金髪がびびられているのだ。きっとそうだ。地毛だしそれ以外別に不良要素ないけど。それか彼女が単にびびりなのだ。うむ。









「しゃ、一番」


 ベルがなりだしてすぐ教室を飛び出したおかげで無事一番に購買に到着した。

 今日の限定商品は、チョコチップクリームパン? よし。君に決めた。それと定番の焼きそばパンとコロッケパン、あとはお、練乳フランスパンもいいね。どれも甲乙つけがたいくらいおすすめだけど、そんなには量食べられないし、一個ずつ大き目だから二個ずつでいいでしょ。


「すみませーん」


 他の生徒の足音も近づいてきたので手早く購入。袋に入れて渡してもらっている間に一人二人とやってくる。完璧だ。

 列になりだしたところに知り合いの顔が並んでいるのが見えた。別に私はそこまで一番にこだわっていたわけじゃないけど、どうせなら並ばない方がいいので頑張ってた当時やたら敵視してきた知り合いなので目を合わせないままスルーしておく。

 駆け足で待ち合わせ場所へと向かった。もう小梅はいるかな?


「お待たせー」

「あ、ありがとうございます、朝日先輩。なんだかパシリみたいなことしてもらっちゃってすみません」

「全然いいよ。お弁当作ってもらうより全然手間じゃないんだから」


 と言うかパシリって。まあ、私が小梅にさせたらそれっぽいか。逆だしセーフでしょ。

 非常階段に腰かけてパン名前を言いながら全部膝にだした。小梅はわぁ、と大き目のリアクションで喜んでくれているのでそれだけで得意な気持ちになる。


「どれにする?」

「どれも美味しそうですね。全部半分こ、じゃだめですか?」

「いいよ。そうしよっか」


 特に限定のチョコチップクリームパンは気になってたので了承する。と言う訳で一個ずつ半分こにして食べていく。


「わ、本当に美味しいですね。と言うかまだあったかいですし」

「お昼休みに合わせて出来立てもってきてくれてるんだよ。種類あるからどうしても冷めてるのもあるけど、総菜パン系はできたてだね」

「そうだったんですね。このパン屋さんって、ここから駅までの途中にあるあそこですよね」


 何度も食べているので驚きはないけど、やっぱり何度食べても美味しい。それに分けて複数食べられるのもいいね。こういう時、恋人っていいかも。


「さて、じゃあ最後はとっておき、私も食べたことのないチョコチップクリームパンだね」

「さっきの練乳フランスも美味しかったですし、お菓子系も期待できますよね」

「アンパンも地味に美味しいんだよね。粒あんで。じゃあ半分で」


 あ。しまった。他のより柔らかいのに油断してちょっと明らかに大きさが偏ってしまった。仕方ないので小梅に大きい方を渡す。


「はい、小梅」

「ありがとうございます。じゃあまず一口、と言いたいところですけど……せっかくですから、あーん、しちゃ駄目ですか?」

「え……が、学校だし」

「昨日もここ誰も来ませんでしたし、大丈夫ですよ」

「いやでも」

「それに、見られてもよくないですか? 仮でも付き合ってくれてるんですから」

「う、うーん。じゃあ、しよっか」


 外で全然知らない人だらけでデートって名目でいる時ならともかく、学校だと知り合いに見られるかもだし、ただお昼食べるだけでデートって意識してなかったから、なんか恥ずかしいな。

 でも、小梅がこれもデートって認識しててそこまでやりたいなら、まあ、いいかな? 見られても恥ずかしい以上に問題があるわけでもないし。


「じゃあ、先輩、あーん」

「あ」


 口をあけて受け取ってから、自然な流れで小梅に大きく渡した方をちぎって口にいれられていて、全部食べさせ合ったら私が多い方をたべてしまうことに気付いた。もしかして小梅、それも見越して?


「んふふ、美味しいですか?」

「うん、美味しいよ」

「じゃあ私もお願いします」


 にこにこ笑顔の小梅からは、それも計算通りなのかよくわからない。ちなみに味はいい。クリームのとろっとしたところにチョコチップのかりっとしたアクセント、パン生地との相性も抜群だ。

 まあどっちでもいいか。小梅楽しそうだし。と思って私は余計なことは考えるのをやめて、手元のパンをちぎって小梅にむける。


「あーん」

「あー、ん。うふふ」

「ん」


 小梅は嬉しそうに食べている。のはいいんだけど、勢い余って私の指まで一瞬食べてた。食べさせる自体はそんな大げさなことじゃないけど、普通はある程度大きさがあったりカトラリーつかっていて指が触れるものじゃないから、ちょっとドキッとしてしまった。

 そう言えば、小梅も私とキスとか、それ以上もしたいって欲求は持ってるんだよね。そんな昨日の会話を思い出してしまう。

 私が無理やり言わせたみたいなものだけど、すごい宣言までさせてしまったし。朝から普通だったから、夜の雰囲気で言っちゃった感じでスルーしてたけど、別にお互い嘘をついたわけでもないもんね。


 いやいや、今そんな意識しても仕方ないでしょ。日も高いし、私と小梅の恋人関係はまだ仮だし、健全にいこう。健全に。


「ふー、ご馳走様。美味しかった?」

「はい。ご馳走様でした、朝日先輩。とっても美味しかったです」

「うん。そんなお辞儀までしなくていいよ。高いものでもないし、お弁当のお礼なんだから、お互いさまってことで」

「明日は先輩がびっくりしちゃうくらい美味しいもの作りますね!」

「あはは、期待しておくよ」


 無事に食べ終わり、私の思考回路も変なところに行くことなく戻ってこれた。まだ昼休みは半分あるので、適当にだべって時間をつぶそう。


「ふふ。はい。……ところで先輩、ちょっと、お話してもいいですか?」

「ん? もちろんいいけど、なあに? 改まって」


 お昼ご飯も会話もひと段落したところで、小梅はなんだか表情を真面目にしてから切り出した。促すともじもじと照れくさそうにしている。可愛いけど何かな?


「その……キス、してもいいですか?」

「んん!?」


 え!? めっちゃ唐突じゃない!?

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