第12話 小梅視点 大好きな人

 朝日先輩と初めて出会ったのは、私が中学生になって初めてのお出かけをした日だった。

 小学校を卒業したことで家族から一人で外出してもいいと許可がでたので、私は入学式もまだなのに中学の制服を着て意気揚々とお出かけを楽しんでいた。


 いつも過保護な兄と両親と一緒にしか出掛けたことがなかったから、ちょっとしたお出かけの中心街をただ一人で歩くだけで新鮮で楽しかった。いつも通らない裏道を通って見て、こんなところにもお店があるんだと発見もたくさんあって、とってもわくわくしていた。

 だけどそんな楽しい気持ちに、水を差された。お店から飛び出してきた知らない男の人たちとぶつかって、私は絡まれた。今思うと高校生くらいでそんな怖い人じゃなかった気もするけど、私は怖くて仕方なくて、泣き出してしまった。


 そんな私に声をかけて助けてくれたのが、朝日先輩だった。泣いてる私に男の人たちも困っていて、朝日先輩が妹だって庇ってくれたらすぐにどこかに行ってしまった。

 泣きやまない私に、先輩はジュースを奢って付き添ってくれた。それからお礼を言う私に、なんでもないって名前一つで帰ってしまった。


 そんなの、一発で好きになってしまうに決まっている。私は朝日先輩を探して、制服から学校を特定して、先輩のことを調べていった。知れば知るほど、好きになる。

 先輩のことをたくさん記録していった。同じ高校に行きたくて努力も根回しもした。同じ高校に入り、同じ委員に入った。そして面識を作るところまでは完璧だった。


 だけど、どうしても積極的に声をかけることができなかった。自分でもわかっていた。だって中学の時だって、どのくらいの活動範囲なのか、いつ頃出かけるのか、どういう風な人間に好意的なのか、わかっていたのに、結局声をかけることができなかった。

 だから今更、あの時の私です。なんて言えるはずもなく、委員会で隣の席に座って先輩から声をかけてもらって、名前を覚えてもらうのが限界だった。


 だから思い切った。自然に声をかけられないなら、告白した。告白さえしてしまえば、好意を隠す必要はない。不自然に思われたとしても、ずっと前から好きだったと言えば嘘じゃない。ちょっとずつ仲良くなれるように自然に振る舞ることはできないけど、体当たりで好きって言うことはできる。


「ただいま帰りました、朝日先輩」


 親に頼んで、一人暮らしさせてもらった。私一人の部屋の中におさまりきらなくなったから。

 家に帰って、先輩に挨拶をする。まずは玄関の写真たてにいれている、朝日先輩の写真に。初めて会ってから一番最初にとった写真は、まだ写真の腕もつたなくて、遠くてちょっと見えにくい。だけどこれが、原点だ。どの先輩も素敵だ。

 そのほかにも、ポスターにした先輩、等身大パネルにした先輩、たくさん、朝日先輩の写真を飾っている。こうして一人暮らしをしてよかった。自分の部屋だけじゃなく、家に帰った時から、ご飯を食べている時もずっと先輩を感じられる。

 さすがにトイレとお風呂は恥ずかしいから写真を置いてないけど。


「んふ、うふふ」


 今日は、また先輩の素敵なところを知ってしまった。


 私としては先輩に私の全てを知ってほしいし、先輩の全てを知りたい。いつも先輩のことを考えていたいし、いつも私のことを思ってほしい。

 だけど一般的に、この思いが重いって言うことは知っている。先輩に初めて会った時買ってくれたジュースのカップを洗って飾っているのも、先輩の許可なく写真をとっているのも、先輩に声をかけるなく休日の外出から家に帰るまで見守っているのも、気持ち悪い行為だってことはわかってる。


 同じ学校に通えるようになってからも、先輩の行き先を覚えて声をかけるでもなく近寄るだけで、お友達との会話で情報収集するだけなのも、根暗で粘着質だなって自分でも思う。


 だけど先輩は、そんな重い私の一端である、無断でGPS監視をしようとしたことを許してくれただけじゃなく、認めてくれた。

 いつか、私の全部を見せても、許してくれるかもしれない。そう思いながら私は鞄からお弁当箱を取り出す。


 わざわざ用意した割り箸。先輩は割り箸を折ってしまう癖があるから、その前にとめて紙袋にいれて巾着にいれて回収した。先輩は何も不思議に思わず、ゴミまで悪いねと渡してくれた。


「……よし」


 初めて先輩が口をつけたものゴミ箱に捨てられる前に回収した。舐めたい気持ちはもちろんある。だけど、我慢しよう。初めて先輩が手作りを食べてくれたのだ。その記念としてこれはとっておこう。

 私はそっと密閉袋に入れて日付とメモリーを記入する。そしてコレクション入れにまとめる。


 先輩のものを集めていると言っても、空き缶とかは嵩張るし、液体が残っているのはさすがに衛生的に問題がある。だから落として放置した消しゴムとか、紙パックジュースとか、体操服から摂取した髪の毛とかくらいだ。

 紙パックジュースはストロー共々ちゃんと開いて洗ってから保管しているし、衛生的だ。とは言えさすがに、ゴミ箱に入った以上口はつけれないからただ先輩が触れたんだなって思い出の品と言うだけでしかないけど。

 お箸は初めてだけど、ぬれてないし大丈夫、かな? ちょっと不安。いっそ舐めて堪能してから洗って保管にするか。でも洗うだけならまだしも私が舐めてしまうとそれはもう、先輩の品ではなく私の品になってしまう。


「うーん、悩ましいわ」


 とりあえずこれで置いておいて、明日確認して問題なさそうならそのままにしよう。駄目そうなら洗って保管に切り替えると言うことで。舐めるのは空き缶とか、どちらにせよ廃棄する物を手に入れた時にしよう。


 片付けも終わったので食事の用意をする。いつでも先輩のお世話をできるよう、家事の練習は欠かせないから、一人暮らしはそう言う意味でもよかった。

 お弁当でついにお披露目もできたし、今日は最高の一日だった。


 朝日先輩がのり弁を好きなのは本人からではなく、お友達との会話で知ったのだけど、一応先輩の認知でも半年は付き合いのある関係なので誤魔化せてよかった。

 先輩の口から聞けたことは全部別にメモしているから、知識としてごっちゃにならないようにしているけど、ついつい口から出てしまうこともある。

 先輩がおおらかな性格なので今のところ私のストーカーのような行為はばれていないようだけど、ずっとつけまわしていると知ればよくは思われないだろう。

 声をかけたくてあとをつけていただけだけど、途中から普通につけること自体楽しくなってしまったのは否めないし。だって先輩が、素敵すぎるから。


 夕食を終えてお風呂もはいる。独り暮らしだとちょっと面倒な時もあるけど、朝日先輩の隣に立つのに汚い体でいるなんてありえないので、毎日しっかり湯船につかって綺麗にしてる。

 髪を乾かせば時間はもう九時だ。さすがに夜まで朝日先輩のおうちを観察することはできなかったけど、だいたい何時間睡眠で何時に起きてるかは知っている。

 なので推測すると夜の十一時から十二時の間に寝てるみたいだ。規則正しくて、そう言う真面目なところも素敵だ。


 なのでそろそろ、通話もできる時間なのではないでしょうか。できればそのまま寝落ち通話がしたいから、先輩もお風呂に入ったあとが望ましい。その場合はもう一時間くらい後の方がいいのかもしれないけど、いつお話できそうか、確認しておくくらいはいいだろう。


『こんばんは。私はもうお風呂に入って寝るだけなので、お話したいなって思うんですが、先輩は今何されてますか?』


 なのでまずは文字を送って反応を待つ。……既読がつかない。お風呂かな。もどかしいけれど、仕方ない。

 小説を読む。元々本を読むのは私にとっていい娯楽だったけれど、今ではそれも先輩とのことを想像するためのツールになっている。

 以前は推理小説の方が好きだったけれど、今は恋愛小説を読んで、先輩のことを思うのがとても楽しい。先輩とあんなこともしたい、こんなこともしたいと夢が膨らむ。


 作中でのデートシーン。手を繋ぐところ。私はふいに自分の手を見る。今日、初めて朝日先輩と手を繋いだ。

 ずっと夢見ていたけど、理想とは違って何だか勢い任せで、嬉しいって思いのままに、先輩の手を取ってしまった。


 先輩も拒絶はせず、そっと握ってくれた。優しくて、ドキドキして、心臓が痛いくらいだった。ずっと先輩と近づきたかった。いざ近づいたら、もっと近づきたくて、うずうずして仕方ない。

 先輩の手はあったかくて、大きくて、指がながくて、力強くて、思い出すだけでドキドキする。


「……はぁ」


 吐いた息があつい。なんだか恥ずかしくなってしまって時計を見る。


「先輩、遅いなぁ」


 そろそろ送ってから30分だ。ちょうどお風呂に入っている時間だったのかもしれない。そもそも四六時中スマホをいじっているタイプでもないし、音を切っていて気づいてないのかもしれない。


「……ふふふ」


 思いついて、先輩の許可のもといれた位置確認アプリをひらく。先輩のGPSは当然のようにお家をさしている。

 何の予想外でもなくて、別に出ているとか心配もしていなかった。でも、確実に今、先輩が家に居るのが目に見える。


 それだけで嬉しい。朝日先輩。好き。自分でもちょっと、粘着質な行為だと思ったのに、先輩は朗らかに受け入れてくれた。

 先輩は優しくて、私が想像していた以上に素敵な人だ。遠くから見ていてもあんなに素敵で好きだったのに、それ以上に好きになってしまう。

 はあ、好き。このアプリは年間有料制のしっかりしたやつだから、他の誰かにこの情報を見られてしまうこともないだろう。私だけが、いつでも先輩の居場所を見れるのだ。そう思うと胸が高鳴る。


『ごめん、お待たせ。今なら大丈夫だけど、寝ちゃった?』


 それからさらに30分ほどたった十時過ぎ、ようやく連絡があった。私はぱっと読んでいた本にしおりを挟むのももどかしく閉じて、スマホを手にベッドに寝転んで、通話ボタンを押した。


「先輩! こんばんは、全然大丈夫ですよ!」

『わ、小梅、元気だねぇ』

「はい、うふふ。先輩とお話できると思ったら、元気になっちゃいました」

『そ、そっか。嬉しいよ』


 先輩は私が好意を前面に出しても、ちっとも嫌な顔をしない。当たり前だけど先輩からしたら私は交流がまだまだ薄いから、同じくらい私を思ってくれている訳じゃない。だけど嬉しそうにしてくれる。嬉しい。

 思いきって告白してよかった。遠くから見ているのも幸せだったけれど、妹さんと言う伏兵がいたのだ。今でよかった。


「先輩は結構お風呂遅い時間にはいられるんですか?」

『ああ、いや、お風呂はもうとっくに入ってたんだけど、あー、ちょっと、妹が。あ、いや、もちろん指一本変な触り方はしてないけど』

「ふふ、なんですかそれ。さすがにそこまで私もひどいこと言いませんよ。恋敵とは言っても朝日先輩の家族なんですから」


 中学一年生だからまだまだ子供だし、そんなに心配することもないだろう。今告白できてよかった。何事も先手必勝だ。陽子ちゃんには悪いけど、血のつながった姉妹なんて恋愛関係においては弱者同然。警戒はするけど、そこまで邪険にすることもないだろう。いつか私の妹にもなるのだし。


『そ、そう? ありがとう。まあ、私もね、ちょっと距離感計りかねてるところあるけど。うん』

「それより、先輩の事知りたいです。いつも何時くらいに寝てるんですか?」


 それはそれとして、あまり先輩の口から妹さんのことを聞きたくないので話題を変えた。この日、私は先輩とたくさんお話した。幸せ。

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