第11話 後輩も結構やばい子だった
放課後も一緒に帰ろうと言うことになった。と言うか先週末もだし、もうずっとそうするんだろう。下駄箱で靴を履き替えてから鞄を担ぎなおし、視界に入った自分の鞄の前ポケットにスマホがないことに気が付いた。
制服のポケットに入れると重いので、鞄を持っている時は鞄の前ポケットに入れるのが私の定位置なのだけどない。
「ちょっと待って。スマホがない。教室に忘れちゃったのかも」
「あ、そ、そうですか。私も行きます」
「ん、そう? ごめんね」
「いえいえいえいえ」
履き替える前に三年の下駄箱に来てくれていた小梅をつれて、もう一度上履きにはきなおして教室に戻る。棟の違う小梅と合流していた分、教室に戻るとすでに残っている生徒はいなかった。
自分の席に戻って中を覗き込む。あれ、ない。え、やばい。スマホどっかで落とした? 急激に血の気が引く。
四六時中触ってる訳じゃないけど、失くしたのはまずい。ロックはかかってるし、落とし物として届けられるならいいけど、パクられる可能性だってある。まだ全然新しいのに。
「や、やばい。お昼休みで触ってから記憶ないから、ちょっと探してくる!」
「あ、わ、私も探してきます!」
「お願い!」
私は慌てて探しに行くことにした。まずは職員室に落とし物として届いてないか。次に昼食を食べた時とその帰り、トイレ、もう一回戻って教室の端から端まで。
……ない。え、まじで? これ、まじでパクられてない?
「まーじか」
うわ、ショック……ていうか、普通に不便だし。スマホないと連絡とれないし、連絡先も全部消えるし、たまに思い出してやってるソシャゲのレベルも消えるってことだし。
「……はぁ」
いつまでもここにいても仕方ない。今日は帰って、明日もう一度、届いてないか確認して、それでもなかったら警察に届けて、親に謝るしかない。
とりあえず、帰る、前に、小梅を探さないと。そうか。スマホがないと合流もできないんだ。やばい。第二次被害だ。でも帰ってないわけだし、とりあえず小梅のクラスに向かって歩いていくか。
「……はぁ」
いない。どこ行ったんだろ。クラスにつくけど、もしかして小梅も私を探してるのかな。だったら私のクラスで待ってた方が、あ、小梅いるじゃん。
ため息ながらに小梅のクラスにつき、ドアも空きっぱなしの教室を何気なく覗きこむと窓辺に小梅がいた。他に生徒もいないみたいなので遠慮なく入って声をかける。
「小梅……? え?」
「! せ、先輩! あ、ちが、あの、ろ、廊下に落ちてました!」
声をかけたところ、小梅は何故か私のスマホを持っていて、画面が光ってロックも解除されていることが見えた。驚いて振り向いた小梅は慌てて何故か私のスマホを上に掲げる様に持ち上げてそう言った。
いや、あり得る展開だと思うけど、だったらなんで小梅の教室にいて、しかも使ってる? と思いながらも、私は動揺を出さないように微笑む。
「そっか、ありがとう。返してくれる?」
「あ、あー……今、ちょっと、立て込んでると言いますか……」
「返してくれる?」
「……はい」
小梅は私にスマホを渡す。英語のアプリみたいなのが起動している。これは、全部読めるわけじゃないけど、GPSとか書いてあるね。見たことないアプリだ。
たまたま手が触れた調子に偶然開いて、たまたまデフォルトで入っている謎のアプリが起動しちゃった、にしては明らかに態度がおかしい。
「これ、小梅がいれたの? どういうアプリか、自分で説明できるね?」
「……そ、その、お互いに位置情報を常に教え合える恋人御用達アプリです」
「なるほどね」
恋人御用達と言うのは置いといて、要は監視用アプリと言うことだ。
「なんでいれたの?」
「その……先輩のことが、いつも、知りたいので」
なるほど。それで勝手にアプリいれちゃってたか。もしかしなくても、スマホパクッてたね。別れてから入れてしれっと忘れものだよって渡すつもりだったのかな?
そして私がいつもどこにいるか、一方的に常に見張るつもりだったと。普通にやばいでしょ。
ため息をつくと、小梅はびくっと体を震わせて俯き、視線だけ私をちらちら見上げている。陽子ほどではないけど小梅は私より小さい。
ふわふわの髪もあいまって、小動物のような可愛さがある。だけどだからって曖昧にしていい問題ではない。
「小梅さ、こういうこと、勝手にしちゃ駄目だってわかるよね?」
「……はい。すみません」
「何が悪かったかわかる?」
「……勝手に人のスマホを触って、勝手に監視しようとしました」
「うん。一歩間違えば、と言うか多分スマホ勝手に触るのって違法だよね。恋人でも絶対、しちゃ駄目なことだよ」
しかもGPS監視って、絶妙に気持ち悪い粘着具合だよね。盗聴でないだけガチの犯罪者感はないけど、普通にドン引きだ。
私の責める声音に小梅はますます小さくなって、ぎゅっと体の前で握り合わせた自分の両手を震わせながら口を開く。
「……はい。すみませんでした。でも、あの、私、ただ、先輩のことが知りたくて。あの。ごめんなさいっ」
声を震わせる小梅。全く、図太いのか、繊細なのかどっちなんだか。私は息をついてから、ポケットからハンカチを取り出す。
「泣かないの。怒ってないから」
ハンカチをそっと差し出しながらそう言うと、小梅はちらっと顔をあげてうるんだ涙目を私に向ける。きらきらするその瞳は、とても準犯罪者に見えない。
「お、怒ってない、んですか?」
「うん。涙拭いて」
「あ、ありがとうございます」
小梅はハンカチを受け取り、そっと目じりを拭いた。そしてちょっと赤くなった顔のまま、私を不安そうな顔で見上げる。
「ど、どうして、怒ってないんですか?」
「怒ってほしいの?」
「そうじゃ、ないですけど」
小梅は驚いたようにきょとんとしている。そんなに激怒されると思ってたのにしたの? こっちがびっくりするなぁ。
私はスマホを小梅にも見える様にして、小梅に目をやる。
「このアプリって、私から小梅のことも見れるの?」
「は、はい、設定すればできます」
「小梅は、自分のことも常に見張られてもいいって思ってるんだよね?」
「あ、はい」
「じゃあいいよ」
悪気はあっただろう。知られたら嫌がられたり怒られると思ったから勝手にしたんだ。でも本人的にはされても嫌なことではないと言うなら、それならちょっとは仕方ないかなって思う。
それに、確かにとんでもないことだと思ったけど、冷静に考えると別にGPSが常に知られたところでどうでもいいことだ。確かに仮でも恋人なんだし、今どこにいるって聞かれたらいつでも答える。聞く前に知られたからって問題ないことだ。
「知りたいならいいよ。設定して。ただし、次からちゃんと、やりたいことがあるなら言うこと。恋人でしょ?」
「あ、朝日先輩っ! 大好きです!」
小梅は感極まったように目を輝かせ、スマホをもっている私の手を両手で握ってきた。
「はいはい。いいよ」
「ごめんなさい。私、もう二度と、先輩のスマホに勝手なことしませんから」
「うん。そうして」
にこっと微笑んでみせると、小梅はぽっと頬を染めて手を離して、自分で自分の頬を抑えてもじもじとしながらはにかんだ。
「あと……今はまだ用意してないんですけど、盗聴アプリとかも、いいですか?」
「私、トイレにも持っていくタイプだからそれはさすがに無理かな。恥ずかしいし」
小梅はめちゃくちゃお互いのプライバシーを晒しあいたいタイプらしい。GPSは家にいるかどこに出かけてるかわかるくらいだけど、さすがにそれは無理。
素直に聞いてくれたから怒らないけど、本当はそれもこっそりやるつもりだったとしたら普通にめちゃくちゃ引くんですけど。今思いついただけならいいけど。
「あ……そう、ですよね」
「と言うか、いつでも通話してくれたらよくない?」
「……寝落ち通話も付き合ってくれますか?」
「毎日?」
「い、いえ。付き合ってくれる日だけで大丈夫なので」
「まあ、それなら」
寝落ち通話ってあれでしょ、要はずーっとつなぎっぱなしでお喋りしながらおやすみなさいして、おはようまでつなげるってことでしょ?
純粋な小梅ちゃんには思いつかないかもしれないけど、夜って、音を聞かれたくないこともあるからさ。陽子のことを除いてもね。
「よし。じゃあそう言うことで、帰ろうか」
「はい! んふふ、せーんぱい、手、つないでもいいですか?」
「いいけど、めっちゃ積極的だね」
一歩踏み出しながら小梅を促すと、小梅はさっと手に持っていたハンカチをポケットに入れてぱっと私の手をとりながらそう言った。
握り返しながら並んで歩きだす。小梅はなんだかいきいきしながら、にこにこと笑顔を向けてくる。
「うふふ、だって、やりたいことがあったら言えば、かなえてくれるんですよね?」
「……できることならね」
あんまり遠慮がちにされてこっそりされるよりは言ってもらいたいけど、あんまりぐいぐい来られると、ちょっと困る。だって、私そう言うの断るの苦手だし。それに、別に嫌じゃあ、ないからなぁ。
「あ、てかハンカチ」
「あ、洗って返しますね」
「別にいいけど。じゃあ、お願い」
「はい! 夜、電話しますね」
嬉しそうに微笑む小梅は、なんと言うか、可愛い子って得だなぁって感じだ。
それにしても、思っていた以上に愛の重い子だったみたいだ。陽子もあれで相当だったけど、まあ、でも、前からずっと好きだったって言う告白だったし隠してはないか。そもそもいきなりお弁当作ってくる時点で相当重いか。何も考えてなかったけど。
「……ん。あとでね」
とりあえず、もし今日もって陽子が言い出すなら早めにすまさせよう。
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