第10話 やはりのり弁が至高

「おはようございます、朝日先輩」


 朝、今日から学校だ。後輩であり仮彼女である小梅と待ち合わせているのを忘れていない。いつも乗り込む車両は決まっているけど、何両目なのかはわからなかった。だから乗り込んでから連絡しないと。と思っていたのだけど、車両にのりこんですぐに小梅が迎えてくれた。


「おはよ、すぐ会えたね」

「はい。ふふ、たまたまですけど、運命的ですね」

「そだね」


 ちょっとぐいぐい来る感じはするけど、昨日の陽子のぐいぐい来る感じに比べたらめちゃくちゃ可愛いものだ。私はにっこり笑顔で相槌をうつ。


「はぁ……先輩、今日も素敵ですね」

「え、そ、そう? ありがとう」

「うふふ。あ、そうだ。妹さん、陽子ちゃんはどうでした? あれから」

「あー。まあ、何と言うか、悪い子じゃないんだけど、困ってるよ」


 ただ欲望に素直なだけなんだよね。欲望が強すぎるのも生まれ持ったものだろう。だから、陽子が殊更意志が弱いとか、そいう訳じゃないと思いたい。だけど、困るよね。昨夜あれだけ満足したから、今日は来ないと思いたいけど。

 幸いと言うか、朝はちゃんと顔を合わせることもなかった。元々私の方が家を出るのが早いので、起こさなかったら案の定寝坊して慌ててパジャマのまま朝ごはんを食べている横を出てきた。

 正直昨夜の事が気まずいので助かったけど、帰ったらいるよね。できるだけ気にしないようにしよう。


「中学生ですし、変なことはないと思いますけど……正直、恋敵が先輩の傍にいると思うと、不安になっちゃいます。心が狭いって思うかもですけど……陽子ちゃんが先輩に恋愛感情持ってる以上、妹でもハグとか、あんまり距離が近いことはしないでくれると嬉しいです」

「う、うん。今日からは朝も起こさないことにしたし、私も、できるだけそうしようと思ってるよ。小梅に悪いしね」


 妹なので言いにくいのだろうけど、仮と言っても恋人なのだから、私に恋をしていると公言している人間が同居しているのは気にするなと言っても無理だろう。

 小梅の心配はまっとうなものだし、むしろめちゃくちゃ申し訳ない。


 中学生だからしてもハグくらいだろうと思ってるけど、すでにさらっとディープなキスや親に言えないレベルのことをされている。

 最初は妹だからと流していただけとはいえ、今思うとまずかったよね。それに昨日も、ただやめさせるだけじゃなくてなんとか犯罪にならない程度に収める必要があるとはいえ、目の前でさせるのも全然健全ではない。


 小梅が純粋なだけに、罪悪感で胃が痛くなってきそう。いやほんと、これ以上はないよう気を付けます。

 と苦しい私にもちろん気づかず、小梅は私の言葉に感激いたようにぱっと表情を明るくした。眩しい。


「先輩……! 先輩からしたら家族なのに申し訳ないですけど、嬉しいです。本当は私も一緒に住めたらいいんですけど」

「さすがに実家だしね」


 今すぐ陽子と別に暮らすのも、小梅を追加で暮らさせるのも難しい。これが陽子と二人暮らしなら、二人っきりより住んでもらった方が安心まであるけど。


「! ……あの、もし実家を出たら、そう言うの、あり、ですかね?」

「え、あー……私が本気になったらね」

「やった。じゃあ、先輩が卒業するまでに、私、頑張りますね」

「……」


 思いついたようにわくわくした顔でされた提案に、恋人で住むとなったら同棲だと言うことに今更気付いたので、ちょっと濁して答えたのに、それすら嬉しそうに両手を握った小梅の笑顔に、私は胸が、とても苦しい。

 やばい。妹をおかずにした事実以上に、小梅がいながら他の子をおかずにした事実に罪悪感がすごい。きっつ。今までは基本存在しない二次元だったからからよかったけど、これは、すごい、気まずいな。


 私の自慰は基本的に気持ちよくなっている人になりきってする。例えば漫画キャラがやられていたらそのキャラになりきる。昨日は陽子になりきってやったので、実際には陽子の立場から姉に見られていると言う興奮シチュエーションでしたので、実質的には陽子をおかずにしたというか、私自身がおかずだった気がしないでもないけど。でも別になんの慰めにもならないな。単純に妹をおかずにするより倒錯度が上がってる気がする。

 今度から小梅をおかずに……いや待って、それはそれで難易度高いって言うか、今まで生身の人間をおかずにしたことないからね。毎日も別にしないし。うう、でもここは公平にした方がいいのかな。いや、うん。保留で。


「あの、先輩。お昼一緒に食べません?」

「ん、いいよ。私は食堂が多いんだけど、小梅は?」

「あの……実は、お弁当、朝日先輩の分もつくってきたんです」

「え、マジで。えー、やば。すごいね」


 全く想定してないことを言われて普通に驚いてしまった。確かに漫画とかだとよくあるかもしれないけど、普通ないでしょ。そもそも高校生の何割がまともに料理ができると言うのか。

 いや、できないわけじゃない。目玉焼きはできるし、ホットケーキなら一からつくったことある。でもお弁当とか朝の忙しい時間に作るんだし、ちゃちゃっと手際がよくないとできないでしょ。


 我が家は普通に食堂か購買で済ませるようにお金をもらっているし、お弁当派の人も親に作ってもらってるのが多いだろう。

 そんな仲、仮恋人にアピールになると自信があるほどお弁当となると、相当の料理上手で美味しいはずだ。


「た、食べてくれますか?」

「ああ、ごめん。食べる。食べたい。ていうか、普通にめっちゃ嬉しい」


 驚きすぎてイエスノーの返事を忘れていたので、ちょっと不安そうになった小梅に慌ててそう返事をする。途端に嬉しそうになる小梅。

 ……かたや人の下着を使ってあげく人に見せて自分の欲求を優先する女、かたやお弁当を作って私を喜ばせようとする女、どちらがいいかなど、考えるべくもない。


 やばい。陽子の存在のせいで小梅の好感度の上がり方がえげつないことになっている。陽子がいなくてもこうなのか分からないけど、すごい勢いでめっちゃいい子だって感じている。


「うふふ。喜んでくれて嬉しいです。朝日先輩が望むなら、毎日でも作ってきますよ」

「嬉しいけど、さすがに悪いよ」

「もともと私、自分の分を作ってますから、ついでですけど。でも、私の料理がお口にあわないと困りますからね。まずは今日、お願いします」

「じゃあ、うん。こちらこそお願いします」


 どっちがお願いしてるんだと苦笑しながら、小梅と約束した。









「じゃあ、いただきます」

「はい、どうぞ」


 食堂は広いけど、お弁当だけで使うのは憚られる。学年が違うので教室も目を引くのでやめて、私と小梅はちょっと喧騒から離れた非常階段に腰かけている。ちょっと汚れているけど、中庭のベンチは埋まっていたので仕方ない。

 小梅は可愛らしい巾着袋にいれて持ってきたお弁当を渡してくれた。さらに中のお弁当箱は風呂敷みたいな膝に広げて程よい大きさの布に包まれていて、今の状況にもちょうどいい。何とも憎い心遣いだねぇ。


「おおっ!?」


 手を合わせてからお弁当箱を開けると、中は左半分のご飯の上にはのりがのっていて、右半分には魚のフライにちくわの天ぷら、きんぴらごぼうに卵焼き、と言う完璧なのり弁だった。しかもソースケースもついていて、割り箸なのも憎い演出だ。


「すご! お店で売ってるみたいなお弁当じゃん。うわー、のりの下、ちゃんとおかかもしかれてる!」


 お弁当を買うことは普段ないのだけど、だからこそたまに弁当屋で食べる時はのり弁をよく食べる。どこのお店にもあるし、初めてのお店で味を確かめるにもちょうどいいし、純粋に普段食べないから美味しいし好きなのだ。


「すごーい、私、のり弁好きなんだよね。小梅に言ったっけ?」

「そう、ですね。以前ですけど聞いたことがありましたので。折角なので、私の腕前を見ていただきたくて。全部朝から手作りですので、ちょっと気合入れてます」

「こ、小梅……」


 私の事、好きすぎじゃない? ちょっと引くくらい好きじゃん。悪い気はしない、どころか、なんか、嬉しいなぁ! そうだよね、好きってそう言うことだよね。相手の為を思って何かしてあげたくなるよね。


「ありがとう。さっそくいただくね」


 まずはご飯の端からぱくり。うわ。のりもちゃんと切れ目が入ってる。と思ったけど、これは普通に家庭用の八枚切りののりを重ねて乗せているのか。でも食べやすくて嬉しい。

 そしてメインの白身魚のフライ。ソースもかけて、と。うん! 美味しい! あげたてじゃあないけど油っぽくなくて、しんなりしているのがしみじみ美味しい! ご飯と食べても美味しいし、最高!


「美味しいよ! 小梅! 天才! お店やったら私通うよ!」

「ふふ。ありがとうございます。朝日先輩が望むなら、先輩の為だけに毎日開店しますよ」

「いやめっちゃ申し訳ないけど、本当にお願いしたいかも。美味しい。えー、びっくりした」


 本当に普通にプロの物ですって言われても違和感ない。確かに魚のフライとか、形がザ店の楕円形じゃなくて普通に切り身なんだけどそれだけだ。むしろあの、スケトウダラ? とか普通にないからお店のより上等だよね。


「他にも好きなおかずがあればいつでもリクエスト受け付けますよ」

「うーん……でもやっぱり、毎日はさすがに申し訳ないし、週一回とか、どう?」


 本当に美味しいからこれっきりにはしたくないけど、美味しくて手抜きじゃないからこそ、これを毎日毎朝はしんどいだろうし、精神的に私もしんどくなりそうだからそう提案する。言ってもまだ仮なのに、そんな一方的に尽くされるのは申し訳ない。お金だってかかるのに。


「ん、私は本当に、毎日の方がご一緒する口実にもなりますし、嬉しいんですけど」

「じゃあせめて学食代だけでも払うとか。本当に申し訳ないし」


 口実とか可愛いことを言ってくれるからこそ、余計申し訳ない。付き合ってるんだから昼食を毎日一緒に取るくらいなんでもないのに。健気すぎか。


「それはさすがに……じゃあ、半分は私が作って、半分は先輩が食堂で奢ってくれる、というのはどうでしょう? お金を直接出されるのは私としても申し訳ないですし」


 私の要求に、本当にそのまま受け入れるのは私的にしんどいとわかってくれたようで、小梅はそう妥協案をだしてくれた。それなら出費的にも変わらないし、毎日一緒に食べることになるし、気負いすぎずに過ごせる。


「じゃあそれで、お願いできるかな? 朝余裕なくて今日無理って日もあるかもだし、曜日も無理に決めなくていいし、絶対公平に交互に、ってしなくても、手間賃として多めに私が奢っても全然いいからね? そいう感じでいこ」

「うーん、そこまで気にしなくても本当に大丈夫なんですが、そう言う優しいところも好きなので、わかりました。じゃあ明日は持ってくるのやめますけど、リクエストは遠慮なくしてください。先輩の好み、知りたいですから」


 小梅はにこっと笑った。その笑みはちょっと悪戯っぽい感じもあって、なんだかちょっと、ドキッとしてしまった。


 こうして私と小梅は毎日一緒に昼食をとることになった。美味しすぎて当然のように話がすすんだけど、なんだか順調に外堀も埋められている気がしないでもない。まあ、悪い気はしないけどさ。


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