第7話 犯罪の瀬戸際

 と言う訳で無事修羅場を乗り越えた。

 いやー、どうなることかと思ったけど、小梅が思った以上にいい子で私が言われるまま別れようとしたことも許してくれたし、陽子も嘘がばれたけどこうなったら無理に別れろと駄々をこねないだろうし、よかったよかった。全部解決、だね。

 私はこれからも小梅と恋人だし、陽子側の気持ちが変わっているだけで私は一定距離をとる以外は私から何か陽子にすることはないしね。


「おねえさ、ああ言うタイプが好きなの?」

「んー。わからないよ。結構好きだと思うけど、そもそもまだ恋って程でもないし、だとしてもああいうタイプだからってことなのかも不明だし」


 帰り道、陽子が神妙な顔で質問してきたのでここは真面目に答えるけど、そもそも答えが定まってないので誤魔化すようになってしまった。

 だってどういうのがタイプかって、色んな人を好きになってその人達の共通点から浮かび上がるものじゃない? まだ好きになってないのにタイプとかわからないでしょ。


 私の返事に陽子は呆れたような顔になる。


「おねえ、何でそう言う情緒は小学生以下なの?」

「逆に、私が恋愛マスターだと思ってた?」

「……鈍いのは、相手が妹だからかと思ってた」

「え、うそ、なんかアプローチ的なのしてた?」

「あ、アプローチとか、そんなんじゃないけど。……でも、鈍い。鈍すぎ」

「えぇ」


 そんなこと言われても。でもそれこそ、他人だから二人っきりで遊びに行きたいと言われたらデートのお誘いかと思っても、姉妹で言われても普通にしか思わないでしょ。そこは妹だからでいいと思います。

 と言うか小学生以下とか、最近まで小学生だった子に言われたくない。恋愛からはほど遠く生きてきたけど、陽子だって見た目も中身も小学生レベルじゃん。


 恋人ができたからってキレてわめきちらすのが大人の情緒なんですかね、と言いたくなったけど泣かれそうなのでやめておく。いやまあ、陽子が小学生レベルだとしてそれってまあまあ当たり前だしね。それはさすがに大人げないよね。


「まあ、これからは、何をしても妹だから、なんて風には、思わせないから」


 文句を内心にしまって沈黙する私に、なにやら陽子はきりっとした顔でそう宣言した。

 うーん。一昨日はあんなに聞かん坊で我儘だったのに、すっかり自分が頑張る方向にシフトしてしまったようだ。陽子、悪い子じゃあないんだよね。

 ちょっと瞬間的にかっとなっちゃうだけで、ちゃんと人の忠告を聞いて我が身を振り替えることもできるのだ。恋愛だって悪いことじゃないし、私以外の誰が好きでも応援してあげたいって思うんだけど、私だから困るよねぇ。


 まあ、困ったところでどうしようもないんだけど。


「そう言えば、親にバレるまで泣くぞ、とは言わなかったね」

「う……だって、全部知られたらおねえの意志じゃないし簡単に別れないだろうし、逆に私が障害となって燃えたら困るって言うか……本当にしたら、本当に、私、おねえに見限られちゃうでしょ? 元々、本気でする気はなかったよ。親に言うとか、恥ずかしいし」

「あー、それはまじで、よかった」


 いや、陽子マジでなりふり構わなさ過ぎてどうしようかと思ったけど。小梅の前で言い出さなかった時点で、さすがに第三者からしたら卑怯すぎて言えないって言う感覚はあるんだろうし、後からやっぱりって言いださないだろうとは思ったけど。でも本当に本気じゃなくてよかった。

 私は何も悪くないけど、ガチで両親別居の上で隔離とかだとほぼ一家離散状態だし、妹への接し方がとか言われなくても思われるだけで負担だし、何とも思われなくても自分でも後悔するだろうしね。


「……ごめん、昨日は急だったし、慌てて、なりふり構わずに、ひどいこと言った。お母さんとお父さんのことも好きだし、迷惑かけるようなことはしないから」

「私に迷惑かかってるけど」

「おねえはおねえじゃん。それに、おねえのこと好きだから、好きって思いが迷惑って言われたらそうかもだけど、それは、仕方ないじゃん……」


 拗ねたように唇を尖らせる陽子。あー、もう。一応かっとなって本気じゃないのに言い過ぎたって反省してるのね。そしてそれはそうとして、私のこと好きなこと自体は否定されたくないのね。

 まあ、感情自体はね。私がそうさせたわけじゃないけど、陽子だって私を好きになろうって思ってなったわけじゃないだろう。それを責めるのは酷と言うものだ。


「……まあ、好かれる分には、悪い気はしないけどさ。昨日みたいなのは本当に、勘弁してよね」

「……うん。反省してる。これからは、一人の人間として、おねえに好きになってもらえるよう、意識してもらえるように、頑張る」

「……そう」


 頑張れとも言えないし、かといって陽子の意志をやめろと言うのも違う気がして、私はただ相槌をうった。それから無言で家に帰った。


「ふー、疲れた」

「ん。おねえ」

「なに?」

「今日、付き合ってくれてありがと」


 家に帰ると陽子はちょっと照れたようなぶっきらぼうな、どう見ても妹な顔で、そう妹としてお礼を言ってくれた。うーん、ほんと、面倒くさいけど、一人で下着を買いに行けないところも含めて、可愛い妹なんだよねぇ。








 そんな感じでとんでもないことばかりだった週末も、何とか終わりを迎えようとしていた。寝てしまえば明日からまた学校で、いつもなら嫌だなぁと思うところだけど、今に限ってはほっとすらしている。

 何が起こっても時間は経過する。時間さえたてば解決することもあるだろう。今は色々あるけど、人の気持ちは変わるものだし、陽子だって小梅だって、明日も私を好きでいる保証はない。まあその内、なんとかなるだろう。


 お風呂を出たばかりでまだ時間は八時半。昨日はあまり眠れなかったし、早いけど寝てしまおうかな。そう思いながら壁にかけてる鞄が目に入り、はっと気が付く。鞄にハンカチ入れっぱなしだ。洗濯機に入れなきゃ。


 ハンカチを手に私はお風呂場にとんぼ返りする。手洗い場兼用だけど、脱衣所でもあるのでまずノックして、一瞬待って返事がないので入る。


 風呂場の方からシャワー音がする。陽子が入っているんだろう。洗濯機を覗きこみ、ん?

 私の次に入っているのだろう陽子の服がはいっているのはいいのだけど、なんだろう。何か違和感があるような。私のシャツが上にのってない? 何故?


「……」


 気持ち悪いけどそっと手を入れる。自分のシャツを避けて、陽子のシャツ、パンツ、キャミなどをよけて、その下は洗濯機の底だ。私が一番風呂だからね。

 靴下、タオル、ハンカチなどの小物はあるが、私の下着がない。そんなに汗もかいてないからズボンや上着などの大物がないし、洗濯機の中は数えるほどしか入ってないので、まぎれてしまうこともない。


「……」


 まさか。と思う。そんな馬鹿なことがあるものか。間違って入ってなかったのだろう。投げ入れた覚えはないけど、適当に突っ込んでるだけだから記憶もないし。うん。と思って覗き込んでも洗濯機の周りにも落ちていない。

 換気用の窓はあるけど、開けた先もうちの敷地内だし目隠しもある。そもそも人が出入りできるような位置ではない。下着の為だけに誰かが侵入して盗んだより、よっぽど怪しいどスケベ女がすぐ横の浴室内にいる。


 そんな、まさか。いくら陽子が毎日私を思ってしていると自白したところで、人の下着を使うなんてそんな、それはもう、変態を超えた変態。そんなはずない。

 そう願いを込めながら、私は浴室につながるドアを勢いよく開けた。


「っ! はっ、はああああ!?」

「……」


 私はそっとドアを閉めた。見なかった。何も見なかった。私のブラを顔をつけ、パンツを股間に持っいっている実の妹なんて見なかった。

 そう、だって勝手に浴室をのぞくなんていけないことだからね。いくら妹だからってそんなことしちゃダメダメ。私はそんなことしないのだ。


「……」


 私は静かなお風呂場を後にした。さて、ハンカチも洗濯機に入れたし、部屋に帰って寝よう。鍵を忘れないようにしないと。この家には下着泥棒が潜んでいるみたいだからな。


「ん?」


 部屋にもどるとスマホが点滅していた。何故か眠気は飛んでいるのでベッドに寝転がりながらも開いた。小梅からの連絡だった。


『こんばんは、夜にすみません。明日から、できたら朝もご一緒したいなと思うのですが、いいですか?』


 なんて健気な後輩なのだろう。妹が、いや、妹とはなにもなかったけど、とにかく心が洗われるようだ。

 私はだいたいいつものってる最寄り駅の電車の時間を伝えた。無理されてもあれなので、同じ電車にのってたら合流しようくらいの感覚で打ち合わせた。


『ありがとうございます。明日、楽しみにしてます』


 ハートを躍らせながら帰ってくる返事に、私も頬を緩ませる。可愛い。この子が妹がよかった。深い意味はないけど。


 会話もひと段落ついたところで、そろそろ寝よう。と思ってスマホを置いたところでタイミング悪く、部屋がノックされた。


「おねえ、寝てる?」

「寝てる」

「……起きてるじゃん。いじわる」

「はいはい、なに?」


 がちゃ、とドアノブに手がかかるけど音が鳴るだけだ。そう言えば鍵をかけていた。いつもかけてないから、かけるときは意識したけど忘れてた。


「……なんで、開けてくれないの? もう、顔も見たくないってこと?」


 泣きそうな声が聞こえてきた。全く、仕方ないな。


「はいはい。開けるって」


 仕方ないから起き上がってドアを開ける。いちいち迎えるのめんどくさいなぁ。遠隔で開閉できる鍵ないかな。

 ドアを開けると陽子はすでに半泣きだった。ううん。私は何も悪いことしてないのに、その顔を見るとごめんごめんと言いたくなる。ずるい妹だ。

 ドアを開けたのに私をじっと見るだけで動かないので、手を引いてベッドに座らせる。パジャマは去年買った陽子のお気に入りのひよこ柄のもので、ザ小学生の可愛いパジャマだ。その姿からはさっきの痴態を想像するのも難しいものだ。

 しょんぼりと肩を落とし、ちらちらとあたしの顔を見ている。甘えている。でも、これはさすがに、甘えるな。と突き放すのは酷か。


「で、なに?」

「……さ、さっき、見たよね?」

「見てない」

「え?」


 意を決して尋ねたのだろうけど、私はにこっと爽やかな笑顔を浮かべて軽やかに否定した。陽子はきょとんとしている。今だ! 畳みかける!


「陽子、何ふざけてるの? 私が妹が入浴しているお風呂場のドアを勝手に開けるような姉だと思ってるの?」

「えぇ……。……な、なかったことにしないで、いいよ。言いたいことあったら、言って。私が悪いの、わかってるもん」


 駄目だった。と言うか、そんな陽子を犯罪者にしたくない気遣いで見なかったことにしたわけじゃなくて、私がそんな妹が嫌だから見なかったことにしたのだけど。

 とは言え、もうこうなったらなかったことにできないらしい。仕方ない。切り替えよう。どうすれば一番お互いにダメージが少ないか。


「下着って、まあ、えっちだよね。わかる、うん。気持ちはわかる。でも実際に人が使ったやつは汚いしさ」

「お! おねえのは、汚くないもん」

「フォローありがとう。でもそう言うことじゃなくて、とにかく、もうこれからはやめようね」

「……ごめんなさい。い、嫌だった、よね。気持ち悪いよね」


 めちゃくちゃ肩を落としている。いいよ、気にしてないよ。これから気を付けようね。で流そうと思っていたのだけど、それでは陽子の気持ちは流れないようだ。

 どうやらちゃんとしっかり話し合わないといけないらしい。


 私は本腰をいれて向き合うことにした。陽子の、どスケベなところと。

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