第6話 修羅場を乗り切る

「さて、ここまで来たからね。声を出してもいいとはいえ、我々は理性的な人間だ。冷静に、落ち着いて話し合うべきだと思う。いいね?」

「……」


 カラオケボックスに入り、小梅が荷物を置いてちゃんとドアもしまったのを確認して私はソファに陽子を膝に乗せるようにして座る。そして小梅が左隣に座るのを横目に妹に声をかけた。陽子は私をとても好きとは思えない凶暴な顔で睨んでいる。


「あの、事情は分かりませんけど、理性的な人間は突然妹を拘束しないと思います」

「小梅は知らないけど、うちの妹はけだものだからね。突然叫びだして暴力を振るう可能性があったから仕方ないんだ。とりあえず離すから、まずは落ち着いて席につこう。いいね?」

「誰が獣だ! おねえがサイテーの人でなしだから怒ってるんだろうが!」


 いいね? と言っても反応がなかったけどこのままでは埒が明かないので手を離すと、いきなり怒鳴られた。お尻をあげて振り向いて上から怒鳴られて、めちゃくちゃうるさい。


「まず座れ。説明をするから」

「……」


 右隣を叩いて促すと陽子は渋々ながら席に着いた。ここに移動するまでの時間で多少昇っていた血は降りてくれたらしい。


「とりあえず紹介だけ先にするけど、この子、言ってた私の後輩の小梅ね」

「わかってる」

「ん。で、小梅は訳が分からないと思うから最初から説明するね」

「あ、はい」

「まず私と陽子は正真正銘血のつながった姉妹です」

「はい。それは疑ってませんよ?」

「うん」


 疑われると思ってないけど、一応ね、前置きがいるよね。


「それでね、私と小梅がこの間から付き合い始めたでしょ?」

「はい……」


 照れ照れと可愛らしく相槌をうつ小梅に癒されながら、私はどんな反応が両サイドで起こってもいいように気を付けながら本題にはいる。


「それを妹に自慢したところ、この陽子ちゃんが私にただならぬ思いを抱いていることが判明しました」

「え? ……あの、それは純粋に大変な思いを抱いていると言うことで、非常に家族愛が深いと言う意味だったりしますか?」

「ストレートによくある意味合いの、恋愛感情と受け取ってください」

「えぇ……」


 困惑しながら念のため確認した小梅は、私のわかりやすい注釈にひきながら陽子に視線をやった。それに黙って聞いてた陽子はカッと顔を赤くして立ち上がった。


「い、いいだろ別に! あんたに関係ないだろ!」

「いえ、関係あります! 他ならぬ朝日先輩の事なんですから!」


 陽子の物言いに小梅もむっとした顔をして立ち上がった。


「立つな立つな、暴力はいけない」


 仕方ないので私も立って二人の肩をおさえて座らせる。陽子がお前が言うな、と言いたげな顔をしていたけど無視する。言うことを聞かない陽子を力づくで解決することは過去にもあったけど、暴力ではないからセーフ。


「私は陽子のことをそう言う目で見たことはないし、断ったんだけど、それでも別れろってしつこくて」

「なるほど。それで、別れたふりをした、と言うことですね」


 私の説明に小梅は同情的に相槌をうって、陽子に厳しい目を向けている。そこ仕草に、私は胸が痛んだ。結果は確かにその通りなのだけど、これだとすごい、陽子だけがクズと言うことになってしまう。

 ここまで来たら隠しても仕方ない。私は小梅の言葉にのらずにちゃんと予定通り謝ることにする。


「結果的にはそうなんだけど。ごめん。最初から嘘にしようと思ったんじゃなくて、面倒だから本当に別れようと思ったんだ。小梅のこと、悪い気はしなかったよ。一緒にいて楽しかった。でも、妹にせっつかれて面倒なのを我慢するほどじゃあなかった。ごめんね。小梅は真剣に私に向き合ってくれたのに」

「せ、先輩……」


 私のストレートな謝罪に、小梅は言葉を失ったように口を半開きにした。きっと彼女は私に幻想を見てくれてたんだろう。素敵で優しい良い先輩だと思ってくれてたんだろう。だけどそうじゃない。

 夢を壊して、傷つけて、申し訳ない。だけど最初からこうすべきだったんだ。小梅がいい子だってもう十分にわかったから。これでいい。

 こんなモンスターを作ってしまった私は、責任もって陽子と離れるまで、恋は諦めよう。


「こんなクズのこと、好きになってくれてありがとう。次は、もっといい人を好きになってね」

「ちょ、ちょ、ちょっと!? え? なんか別れる展開になってません!?」

「え? いやまあ、いやでしょ、こんなシスコン」

「いえ、まあ、シスコン、と言うか、家族思いなのは知ってますし、そう言うところも好きですよ」

「え?」


 小梅は慌てたように手を振って声をあげたけど、その言い方では別れないみたいではないか。首を傾げた私に、小梅はちょっと気まずそうにしながら手をもじもじさせた。

 あれ? 私小梅の前でそんな、その場にいない妹の話なんてしたっけ? 存在してることは言ったけど、うーん?


「先輩がちょっとめんどくさがりやなの知ってますし、そう言うところも、可愛らしくて好きです。だから別れる気はありません。むしろ、一回は断ってくれたんですよね? 嬉しいです」

「え?」


 小梅との過去のやり取りを思い出そうとしている私に構わず、小梅はさらにそう続けて、頬を赤くしながら可愛らしくそう微笑んだ。

 え、可愛い、じゃなくて。そんな風に思ってたのか。どこからシスコンなのがばれたのかとか、気になる点はあるものの、思っていた以上に告白する前から学校とかで私のこと見ていてくれたのかな?


 ……そ、そうなのか。うーん、悪い気はしないね。私ってクズなのかって落ち込んだけど、小梅はそんな私もクズじゃないし好きって受け入れてくれるなんて。なんかちょっと、私も小梅のこと好きになってきたかも。


「そっか……じゃあ、こんな私だけどこれからもよろしくね」

「はいっ!」

「なんでそうなるんだよ! 今絶対別れる流れだったのに!」

「おわっ、よ、陽子」


 いい雰囲気だったのだけど、さすがにと言うか陽子が立ち上がって後ろから怒鳴ってきた。

 小梅とのことはこれで片付いたけど、まあ陽子はそうはいかないよね。別れたと思ったら嘘だったし、別れると思ったら別れないし。

 うん、でも、まあ、仕方ないよね。


 私は振り向いて陽子に向かって立ち上がり、まあまあと落ち着かせるようにしながら今度こそ陽子に向き合うことにする。なあなあにしたのが悪かったよね。

 今なら騒いでも大丈夫だし、ここは陽子に現実を見てもらおう。


「陽子もね、結果的に嘘をついたことはごめん。でもどうしても言い出せなかったし、まあまあ、こんなクズな姉のことは忘れて、新しい恋を見つけてよ」

「ばか! おねえがクズなことは私が一番知ってるんだよ! それでも好きなんだから仕方ないだろ!」

「……」


 なに? 私って普通に元々誰が見てもわかるくらいクズだったの?

 いやたしかに、押しに弱くてつい頼まれたら聞いちゃう優しい私、と言う自認の割にはクラスメイトからあれこれ頼まれることそんなにないし、パシリみたいなお願いもされたことないけどさ。

 え、もしかしてクラスメイトにもバレてたの? やだ。優等生と思われてると思ってた。恥ずかしい。


「わかった。だとしても私はクズなんだから、陽子のことはこれ以上留意しません。いいね?」

「……わかったよ。でも、だったらおねえの妹の私だって、クズだし、勝手にする。私は私で、おねえを別れさせるし、私がいなきゃ駄目にさせるから!」


 お、おお。陽子もこれだけ言っても私のこと好きなままなのか。恋は盲目って聞いたことあるけど、恋ってもしかして刷り込み式なの? 一回好きになったらその後駄目なところでてきてもそれも全部好きになるの? ……いや、だとしたら普通に、離婚する人がいないことになるからないか。


「うーん。やめてほしいけど、やめさせる方法わからないから、じゃあまあ、そう言うことで」


 睨み付ける様に宣言した陽子を説得するすべはない。そもそも無理だから断ることさえ了承したのに、ここまで覚悟ガンギマリした人間を言い聞かせるとか無理。

 なので諦めてそう言ったところ、後ろからおずおずと袖をひかれた。


「あの、朝日先輩。さすがにもう少し、説得するの頑張ってほしいんですけど。私としては妹で眼中にないとはいえ恋敵が同居してるのしんどいんですけど」


 小梅が半目になってちょっと呆れたような顔をしていた。恋敵って。小梅さん、私のこと好きすぎでは?


「そんなこと言われても。私にその気はないことは言っておくし、それはそれとして、無理なら言ってくれたら別れるよ」

「……ずるいです」

「おい、……小梅さん! 私の前でおねえといちゃいちゃするんじゃねぇよ。妹の前だぞ。どういう神経してんだよ」


 むくれる小梅に陽子は頬は私の横から顔を出すようにして、一瞬呼び方に迷ってからそう小梅を呼んだ。呼び捨てにしようか悩んでから年上だからさん付けにしたんだろう、そう言うところも可愛い。


「都合のいい時だけ妹の立場を利用するのはよくないと思います」

「うっ、そ、それはそうだけど……ちゅ、中学生の前でイチャイチャするのはどうかと思う!」

「う……ね、年齢はずるいです」

「はいはい、人を挟んでもめるんじゃない。うるさいから」


 喧嘩は苦手だ。自分もしたくないし。している人とも関わりたくない。するなら別のところでしてほしいのが本音だ。

 でもさすがにこの状況、この流れでこの二人にそれを言うのはひどいのはわかる。私のせいで喧嘩してるみたいなものだし。……いや、そうか? 私別に悪くないような。モテるのが悪いって言ったらそうか。そうか。


「とりあえずね、今日のところは解散しよ。今日は普通に、妹の初めての下着を買いに来た姉だからデートでもないし、小梅もたまたま会っただけだし他に用事あるよね? 考えたらめっちゃ強引に会話の場設けちゃったけどごめんね」

「あ、いえいえ、それは全然、暇でしたし、私から声をかけたんですから。でも……うぅ、このまま二人きりにするの、やっぱり抵抗あるんですけど」

「まあ、それはでも仕方ないって。家を出るってわけにもいかないし。私もこれからは今までより距離とって警戒はするし」


 今まで通りの妹扱いをするつもりもない。とはいっても、妹なのは変わらないし、こういう姉として付き合ってあげるべきことはこれからも付き合うだろうけど、でもそれはもう仕方ない。縁を切るってレベルではないんだから。


「……はい。わかってます。困らせてごめんなさい。でも、どうか、私の存在を忘れないでくださいね」

「忘れないって。また連絡するから」

「はい……」


 陽子はまたいちゃいちゃしてるとでも言いたげな顔をしていたけど、この後一緒に帰るとわかってるからか黙っていた。

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