第5話 修羅場は駄目だよ、修羅場は
翌日、日曜日。私は陽子と買い物に来ていた。昼過ぎにお願いされた時は、えー? と思ってしまったけど、そもそも金曜日に私がちゃんとブラを買った方がいいと言ったのだった。
確かにそこは姉として面倒を見てあげた方がいいだろう。そう言ったものを買うことを恥じらう乙女心が残っていることは疑問だけど。
恋愛対象として見られていることは認識してちゃんと警戒はするけど、それはそれとして普通に陽子を妹扱いはするよね。
「おねえはいつ、ちゃんとしたやつ買ったの?」
「私はキャミみたいなの使わなかったし、最初からスポーツブラつかってたよ。そこから自然に普通のになったし、いつってことはないかな」
スポーツタイプからちゃんとした、と言うのか、とにかく普通の後ろで止めるタイプはいつからだったか。なんか買い物の流れで自然にいつからか買ってた。スポーツブラもカップはついてたし、全然抵抗なくファッション感覚で移行してた。なのでいつから、と言われると記憶にない。
というかむしろ陽子がいつまでもキャミなのがおかしいよね。気づかなかった私が悪いのか。私のスポーツブラは当時全然ないけど生理が始まった六年生の時にお母さんが買ってくれたしね。
「ふーん。でも私…そんな、胸ないけど」
陽子はどうやら記憶が改ざんされているらしい。確かに現時点では私の方が多少は胸がある。だけど高校二年生の私と中学一年生の陽子では当然のことだ。
私が洋子と同じ年の時はぐんぐん背が伸びて痩せていたので、普通に陽子より胸はなかった。陽子はお母さん似なのか背が低いけど、全体的にちょっとぽっちゃりしているので胸らしい胸がちゃんとある。
「肉付きいいしある方じゃない?」
「で、デブ扱いすんな!」
「いやしてない。そのくらいが可愛いって」
「……」
あ、照れてる。え、可愛いって言っちゃ駄目なの? こんなささいな一言で意識してきたの?
妹なんだから可愛いし、客観的にも普通に陽子は可愛いし。えー。それは困る。て言うか基本私は素直と言うか、そう言うの軽く口に出しちゃうタイプなんだよね。言わないようにする方が難しい。
「陽子は私のどこが好きなの? 優しくてちやほやしてくれて頼りになるところ?」
「……自意識過剰じゃない?」
「陽子に対してはわりとそうだったと認識してるよ」
陽子に対してはいい姉をしていた自覚がある。だから好きと言われても嫌われるより全然納得できる話だった。まあだから勘違いさせちゃったんだろうけど。
私は別にいい人でもないし、そんな優しくもない。可愛い妹にだからいい顔いい姉してきただけだ。
「……そんなの、一言では言えるわけないじゃん。私だって変だって思ってるし。でも、気づいたら、好きだったんだもん。おねえの全部に、ドキドキするんだもん」
「ふーん」
「もう! 自分で聞いた癖に! 興味なさすぎだろ!」
「ごめん。つい」
真っ赤になってちらちら見てくるその顔も仕草も可愛いけど、妹の恋バナ興味ないなーって思ってしまった。相手が私なんだから恋バナってよりも情報収集なんだけど、他でもない陽子だからこそ、なんか冷めちゃうって言うか。うん、今のは私が悪かった。
「私的には、こう、私がついいい姉ぶってみせてしまう幻想の私を見て好きになってると思うからさ。どう言うところなのか聞いておこうと思って」
「幻想って……完全には否定はしないけど、そんな完璧にいい姉ぶれてると思ってるのはおねえだけだからね?」
「えぇ、あれだけ世話をしてもらってそんな言う?」
「そうかもだけど、私が口悪くなるのとかおねえのせいだし」
「人のせいにするのはよくないと思うな。子供ってあちこちから悪い言葉覚えてくるからさ」
確かに私も口が悪い要素があるのを否定しない。普段は優しめの話し方を意識してるから腹がたったりするとつい素の口の悪さがでるところある。
でもそれはつまり、普段は理性的に振る舞えるってことだし、人の悪意を知ったうえで善意を信じる性悪説的な、むしろいい面なところないかな?
「そうやって、いつまでも私を子ども扱いするとこ、嫌い」
「そうやって子供扱いを怒るところ、子供だよ」
「……嫌い」
「あ、そー。別にいいけど」
「もー! ……嘘。好きだから、そう言う言い方やめろよ。私の気持ち知ってて言われるの、まじで、傷つくから」
恋人になりたいって言うより嫌われる方がいいから素直に言ったのに、涙目で睨まれてしまった。
本当に我儘だなぁ。自分から嫌いって言ったくせに。妹のノリで嫌いって言っておいて、いざ肯定されると恋人になりたい気持ちで傷ついて、それでいて妹の顔でそんな風に言うの、まじでずるいなぁ。
扱いが難しすぎる。泣かしたいわけではないし、嫌われたいわけじゃない。どうしようもなくなったら距離をとって縁を切るけど、できることなら可愛い妹を失いたくない。
今まで通りが一番いい。でも、陽子にしてみれば私のこのごく当たり前な願望も、それはそれで我儘なんだろう。
別に陽子だって悪意があって私に恋をしたわけではないし、本人は真剣なんだろうし、こうして困るとわかってるから今まで言わなかったんだろうし。
陽子のことは解決したと昨日は短絡的に思ったけど、全然そんなことない。むしろ小梅より難しい。小梅は陽子のことも知らないから今まで通りで問題ないけど、陽子には嘘をついて新しい関係を探らないといけないんだから。ああ、面倒くさい。
「だったら陽子も気を付けるとこあるでしょ。今まで通りの態度されたら、私だって今まで通りにするよ」
「うぅ……だって、そんな急に態度かえるとか、恥ずかしいよ」
「だったら妹でいたらいいでしょ。そうしてくれるなら、私は可愛い妹としてずっと陽子を可愛がってあげるよ」
「……それって、その、大人になっても一緒に住んで、夜は一緒に寝て、ずっと一緒にいてくれる妹って、あり?」
「なし」
「……」
いやなしに決まってるし、さり気に一緒に寝ようとしてるの、それって下心だよね? ありって言ってもらえる可能性があると思ってることがこわいわ。何を不満そうな顔をしているのか。
そんな感じで姉妹がするにはちょっと怪しい会話で距離感をはかりつつ、私たちは買い物をした。
店員さんの前ではもちろんごく普通に接した。そこはさすがに陽子もわかっているようだった。
そうして買い物を終えて休憩。カフェでお茶をすることにした。
これから始めるとなると買う量は少なくない。結構な金額だ。当然お母さんから軍資金をもらってきたとはいえ、そもそも中学生の陽子には金銭的余裕はないだろう。
なのでここはおごってあげることにした。当然の顔で、ありがとっと笑顔でお礼を言う陽子は可愛くて、やっぱり面倒でもうざくても憎めない妹なのだ。
「ね、ねぇ、おねえ。こうやってお茶してたらさ、私たち、デートに見えるかな?」
「意地悪でもなんでもなく、姉妹にしか見えないと思うよ。顔も似てるし」
「えー、似てるかなぁ?」
私の言葉に陽子はえへへと嬉しそうに笑った。
そこは嬉しそうにするのか。どういう感情かわからないけど可愛い。でも似てると思いながら好きってどういう? ナルシストか?
陽子は母似で小柄で癖毛、顔つきもまるっこくてちょっとタレ目で鼻筋は通ってて、口は大きめ。
私は父親似で背は高いしストレート、輪郭は陽子と比べると面長かな? でもやっぱり目元はねむそうだし、鼻筋も黙ってると口の端が降りてて不機嫌なのも同じだ。ぱっと見た感じ、並んでいれば普通に姉妹にしか見えないだろう。
だからこそ可愛いし、だからこそ妹なのだけど。
「せーんぱい! 奇遇ですね!」
「んぐっ!?」
などと妹の性癖について考えていると、背後から聞きおぼえがあるけど聞きたくない声が私を呼んだ。ぽんと肩を叩かれながら振り向くと、そこにいたのは予想とたがわず、昨日も会った小梅がいた。
「うふふ。見かけたのでつい声をかけちゃいました。妹さんですか? 紹介してください」
「……おねえ、誰?」
やばい。やばいしかない。知られたら絶対に陽子は騒ぎ出す。こんな屋外でそんなことされたらもうこのモールに自体来れない。いや、大丈夫だ。まだ取り返しがつく。
私は平静を装いすっと立ち上がり、さりげなくいざとなれば陽子を取り押さえられる位置取りをし、二人を紹介することにする。
「お察しの通り、こっちは妹の陽子だよ。陽子、こっちは高校の後は」
「先輩、恋人って紹介してくれないんですか?」
「は」
はあ!? と形相を変えて怒鳴りだそうとしたのを察した私は、その前に陽子の顔に右手をのばした。顎の下に親指と小指をいれ口を開けないよう口を握るようにしてつかみ、抵抗されそうになるのでそのまま引き寄せ背中から抱きしめる様な形で左手を陽子の左脇下からいれて曲げて拘束する。
「落ち着け陽子、ステイ」
「んーー!」
「ど、どうしたんですか? 先輩」
おっと。陽子が騒ぎ出す前に先手をとったせいで、まるで私が何もしていない妹を唐突に拘束したみたいになってしまった。
小梅も引いているし、周りからも奇異の目を向けられている。
「ちょっと移動しよう。悪いけど小梅、飲み物とか荷物も持ってくれない?」
「いいですけ、あ、荷物多くないですか」
「ごめん。ちょっと落ち着いて話せる、カラオケに行こう」
「?? はあ」
さすがに家までこのままは難しい。すでに足を蹴られて痛いし。何とか落ち着かせないといけないけれど、この状態から一度も陽子に大声をださせずに開放するのは難しいので、騒いでもいい場所に行くことにした。
陽子を引きずるように連れていくと、最初は抵抗していたけど店を出る辺りから大人しくなったので、口は塞いだままだけど腰をだくようにして歩いて移動した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます