第4話 油断のならない妹

「ただいま」

「……別れた? ちゃんと別れた?」

「ちょちょ、玄関でやめてよ。着替えてゆっくり会話すればいいでしょ」


 待ち構えていた妹ちゃんに呆れつつ、私は家に入る。こういう時、慌ててはいけない。嘘と言うのは堂々と、何でもないように自分でもそうだと信じ込んで言うのがコツなのだ。

 もったいぶって手洗いをして、着替えをして、よいしょと椅子に座るまで待たせる。


「と言うか、さらっと人の着替え見てるけど、変な目で見てないよね?」

「は、はああ? じ、自意識過剰なんじゃないの? そんなこと言ったら、おねえだって私の着替え手伝ったりしてるじゃん!」


 わかりやすい過剰反応。目を泳がせ、腕を振り上げんばかりに怒ったようなしぐさ。これはダウト。


「もちろん今まではね、着替え中に入られようと気にしなかったよ。でもほら、昨日襲われてるし、陽子がどスケベなことも知っちゃったし」

「だ、誰がどすっ、へ、変なこと言わないでよ!」

「えぇ……まあいいけど」


 ほぼ自爆で返り討ちにあってた時、陽子は勢いでとんでもないことをカミングアウトしていた。なので陽子がどスケベであることはほぼ間違いない。

 別にそれ自体は悪くないけどね。言われなきゃ何にも気づかないくらい隠れてしている分には問題ない。私も性欲あるほうだと思ってたし。まあ姉妹だし、普通にしてるってだけなら驚きすらしなかったよ。限度があるから驚いたけど。


 とりあえず次から着替えは一緒にしないようにしよ。


「で、陽子。まあ、うん、別れたよ」

「ほんと?」

「嘘言ってどうするの。いや、本当にさ、まだ私が好きになってないからって、一方的にフるのは精神的にめちゃくちゃ来るし、もう二度とやらないからね」


 軽く言うと顔をよせて問いただされたので、机に肘をついて手の平に顔をうずめる様にして、憂鬱な気分でそう言う。

 もちろん本気で今の状況に憂鬱でうんざりした気分なので声には実感がこもっているだろう。


 さすがの陽子も申し訳なさそうな顔になって、もじもじと両手を合わせている。


「……おねえ、ごめんね。無理を言ってるのはわかってる。でも、それでも……本当に好きでもない人とおねえが付き合ってるの、我慢できなくて」

「じゃあ、私が本当に好きになった人と恋人になるなら、邪魔しないね?」

「……」


 そこは嘘でも頷け。じっと見ていると、陽子はぎゅっと口を閉じた状態から、何故か私を睨んできた。


「おねえ、なんで、わかってくれないの? 私は、本当におねえが好きなんだよ? なのにどうしてそんなひどいこと言うの? 姉妹だから?」


 すごい、甘えたことを言うなぁ。と言うのが素直な感想だ。


「普通にさ、姉妹だから話を聞いてるんだよ? 今まで仲良くしてたとは言え、好きだなんて全然匂わせなかった人間が、恋人ができたら実は好きだったし別れろって、めちゃくちゃでしょ。仮に告白していたとしても、恋人ができたら諦めるものなんだよ。姉妹だから、めちゃくちゃ優しくしてるつもりだよ」


 まだ13歳とは言っても、世間的にも恋を知っていておかしくない年齢だ。クラスメイトにだって恋人がいる子だっているだろう。

 普通は好きだから別れろって、恋人でもなんでもない相手に言う言葉ではない。その時点でそれまでどんなに仲良くしていた友達でも引くし疎遠にしたいくらいだ。

 ただ、本当に可愛い妹だし、妹として我儘を言われ慣れているからまだ、好きと言われてもそんな盲目的に私に懐いてたのかと嬉しくなるし、悪い気がしていないだけだ。


「そ……それは、そう、かもだけど。でも、おねえは私のおねえじゃんか」

「だから優しくしてるでしょ。陽子の事、好きだよ。可愛い妹。だけどね、恋人としてはない。全くその気がないの。陽子はどう思う? 全然その気のない相手に、今陽子が言ったみたいなこと言われたら」


 被害者ぶってるなーとか、うざいなーとか、我儘すぎて暴君でしょとか、いやむしろ加害者だからね? とか思うでしょ?

 さすがにそこまでは面と向かって言わないけど、自分でそこまでちゃんと自覚してね?


「……わかってるもん。私だって、むちゃくちゃだって。でも、好きなんだもん。本当に、これから、妹じゃなくて、一人の女として、おねえに好きになってもらえるようにするから。おねえと恋人になれるように頑張るから」

「……」


 どうされようと無理。頑張られても迷惑。と言うのが今の率直な気持ちだ。でもそこまで言ってしまうのは可哀想に思えた。

 他人だったら言うかもだけど、でも、陽子だからなぁ。本当に、憎たらしい顔すら可愛いんだよなぁ。


「はいはい、好きにしたら。ただし、陽子があれなことはわかったから、もう私の部屋にノックなしではいらないでね。あと私も部屋にはいらないから、これから自分で起きて自分で着替えてね」

「えっ!? き、着替えは百歩譲っても、朝は起こしてくれてもよくない!?」


 なので仕方なく許可したのに、何故かひどい! みたいな顔をされた。ちょっと涙目だし可愛いが、さすがにここを引く気はない。


「よくない。陽子の部屋に入りたくない」

「う……」


 だってそういうことして寝落ちしたりしてるかもしれないじゃん? 実のところそんな気のする時もあったけど、そこは大人としてスルーしてたけど、私を思ってとかなると話が変わるので無理。


「そ、そんな嫌わなくても」

「嫌ってないって。好き好き。でも恋人になりたいなら、妹扱いされてたら駄目でしょ。頑張れ」

「……うん。頑張る」


 私の雑なはげましに陽子は気合を入れたような顔になって真剣に頷いた。勢いで言ったけど私が応援するのもおかしいよね。


 そのまま陽子は部屋を出ていった。それにしても、そんなに私の事が好きなのか。小梅に言われた時は純粋にちょっと嬉しいと言うだけだったけど、陽子だとやっぱり違う感じだ。


 私はクッションを転がして床に寝転がって考えてみる。


 恋愛。小梅の件で興味が出てきたところだ。小梅に好意があったわけではないのだから、陽子も急に告白してきたと言う意味では立ち位置は同じはずだ。だけどやっぱり、違う。

 小梅とは血がつながってないから結婚だってできるけど、普通に妹は無理だし、世間的にも禁断の恋みたいな扱いだ。そりゃあそうだろう。生物学的にもそうなりにくくできてるし、親族間って微妙に力関係あるし、逃げ場もない。簡単に縁を切れないからこそデリケートな問題だ。


 私としてはこれが他人の話で、例えば友人が兄弟と付き合ってるとか言うなら、ふーん。で流せる。そもそも誰と誰が付きあうとか興味がないし、私に関係ないことについて偏見はないつもりだ。

 でも私だ。陽子が私を好きなのだ。ふーんでは流せない。


 恋愛対象とか、好みとか、具体的に考えたことがない。でも小梅には今のところ好意を持っている。可愛いとは思う。

 と言うことは、こう、ふわふわして女子っぽくて、私のこと好き好き全開でわかりやすいわんこ系女子が好みなのかな?


 ……ううーん。陽子も、髪色は私と同じだけどちょっと癖っ毛だし、生意気だけど私のこと好きなのは伝わってるし、子犬系の可愛さを感じてはいる。

 でも恋人となんて思えない。今まで思ってなかったのもそうだし、普通に、陽子は我儘だ。妹だから可愛いけど、なんで恋人の世話をあれこれしないといけないのか。一緒に出掛けて足が疲れたから帰りにおんぶするとか、そんな恋人絶対嫌だ。

 あと性格とか置いといても、普通に中学生、どころか小学生に見える小さい見た目も、恋人にしたいとは思わないかなぁ。赤の他人だとしても、あのちびっこに告白されて仮でも恋人になるかって、ならないなぁ。


 恋人ってことはそう言うこともするわけだし。陽子の体を触ってもなぁと言う気持ちだ。まあ、触られるのは悪い感じではなかったけど。自分でしまくってるからか、悪い感じではなかった。うん、まあそれはね。

 と言うか今更だけど、小梅ともいずれそういうことする関係なのか。うーん、そうか。……ないではないと言うか、ありよりのありと言うか、ぶっちゃけ恋人はわからないけど、昨日の陽子のせいでちょっと対人戦に興味が出てしまった。

 でもそう言う目的で恋人になるのはまた違うしね。小梅にはちゃんと真面目にこのまま向き合うことにしよう。


 そんで陽子ね。陽子はまあ、要は好みじゃないってことがはっきりしてしまった。陽子には可哀想だけど、陽子の為にもこれからもはっきり無理なものは無理って断らないとね。

 最初めんどくさいからキスも好きにさせたけど、あれもよくなかったよね。気を付けよう。


 今まで陽子の世話を焼きすぎたよね。朝から夜まで気にかけてあげてた。それじゃあ陽子も勘違いしてもおかしくない。と言うか、単にどスケベすぎて身近な私をその対象にしてるだけな可能性もある気がする。

 とにかく距離をとって、陽子が独り立ちして精神的に自立するようにしないとね。それまで小梅のことは内緒かな。まあ、それまで続くかわからないけど。うん。よし。そういうことで。


 今日は色々あって疲れたので、そのままお昼寝することにした。休日の夕方頃って眠くなるよね。









「……、おわぁ!?」

「わああ!」


 すっと意識が浮上して、今何時だろ、と思いながら目を開けると目の前に陽子の顔があって反射的に思いっきり右手で張り手をしてしまった。


「い、いったぁ……」


 頭の側面をおさえながら陽子が床にうずくまっている。


「え、なに?」

「ば、晩御飯だから声かけにきただけだもん。ノックしたけど返事なかったから、はいっただけなのに……ひどい!」

「えー、ごめん。でも起こしてなくない? あんな至近距離な必要ないし、もしかしなくても寝込み襲おうとしてたよね?」

「そ、そんなことしてないし! 何の証拠もないのに疑うなんてひどい!」


 起きて目を開けるまでの一瞬に声聞こえなかったし、そもそも距離近いし、本当に違ったらキレて言葉遣い汚くなってるはずと言う状況証拠からダウトな気もするけど、確かに明確な証拠はない。


「わかったわかった。ごめんね、陽子。てっきり私にキスをしようとしてるのかと思って」

「……い、今は違うけど。でも、嫌じゃないって、言ったのに。駄目なの?」

「あれは妹としてのスキンシップとして別にいいっていったの。恋人になりたい人間とはキスしません」

「……ずるい」


 いや、何もずるいことないし、むしろ妹の立場利用して襲い掛かってきた陽子が一番ずるいでしょ。

 私はこれから、ちゃんと部屋の鍵をかけよう、と心に決めた。

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