第3話 クズの決断

 と言う訳で申し訳なさでいっぱいの小梅との最初で最後のデートの日。私はご機嫌な陽子に見送られ、待ち合わせ場所に向かう。


「はぁ……」


 昨日は勢いもあったし了承したけど、やっぱり気が重い。これから断らないといけないなんて。面倒くさいし、可哀想な気がしてしまう。いや、妹のいいなりになってる情けない姉の私と付き合う方が可哀想だよね。うん。と言い聞かせても申し訳ないな。


「先輩!」

「あ」


 先に待ち合わせ場所にいた小梅は私に気付いてぶんぶんと手を振ってきた。ちょっと注目が集まって恥ずかしい。小走りに近寄る。


「おはよう、小梅。待たせてごめん」

「いえ、私が早く来ちゃっただけなので、まだ時間余裕ありますし」

「そっか」


 じゃあなおさら距離があるのに呼ぶのは恥ずかしいからやめてね、と言いたかったけど、これが最後ならあまり言うのも可哀想だ。


「じゃ、行こうか。まずはお昼だよね」

「はい! うふふ。朝日先輩、食べたいものありますか?」

「うーん、小梅は?」


 本当に楽しそうにしている小梅を見ていると、これを裏切ると思うと気が重くなってきて食欲がわかない。


「先輩とならなんでも、と言いたいですけど、何にもないと動けないので、もしなんでもいいなら、ハンバーガーでどうですか?」

「ん、いいよ」


 こんな些細な会話なのに小梅は嬉しそうだ。そしてスムーズにすすむようちゃんと案を持ってきているのさすがだ。こういうあたり、話が通じないモンスターな妹とくらべちゃうよね。


 大手チェーンならここから近くの店はわかっている。二人で歩き出す。


「先輩はバーガーの中で何が好きですか?」

「てりやきかな。と言うか、基本てりやきしか食べないから」

「え、そんなに好きなんですか?」

「と言うか、選ぶのが面倒だからずっと同じのばっかり選んじゃうんだよね」

「そうなんですね、でも確かに。朝日先輩はそんな感じかもです」


 すっごいニコニコだ。何を言っても全肯定してくれそうだ。うーん、気分がいい。昨日は妹に振り回されて疲れた分、癒される。


「小梅は?」

「私は結構期間限定とかに弱くて、新しいのに手を出しちゃうタイプですね。あとポテトですかね。毎回頼みます」

「ポテトはねぇ。L頼んで分けようか」

「いいんですか? 嬉しいです。是非お願いしますっ」


 え、そんな喜んでもらうこと言ったかな。Sだとちょっと物足りないし、Mを一人だとちょっと多いから二人いたら普通だと思うんだけど。


「うふふ、すみません。私ちょっと、テンション高すぎですよね。その、初デートで、ふふ。浮かれちゃって。ごめんなさい」

「あー、全然いいよ。ていうか可愛いし」


 あ、普通に褒めてしまった。案の定、小梅は私の言葉に嬉しそうに頬をそめて目を輝かせている。


 しまった! これではふりにくい。私服も似合ってるとか言わないようにしていたのに。うーん。こうなったら、小梅の方から私に幻滅するようしむけるほうが早いかも?

 元々そんな仲良くないし、多少変なことしても元々そうだと思わせるのは簡単そうだ。その方が罪悪感少ないし……こ、こういう風に考えて相手からにしむけさせるのはちょっと、申し訳ないけど。


 でもうん、私って実際小梅が思うような優しいタイプじゃない。ただ面倒くさがりが過ぎて人に流されてるだけで、どっちかと言うとクズよりの性格だと思うんだよね。

 自分でもそこまで思ってなかったけど、今回陽子のことでよくわかった。頼まれたらそれが人を傷つけるとわかっててもめんどくさいからって了承するんだから、クズだわ。早く小梅の目を覚まさせてあげよう。


「あ、あの。手、つないでもいいですか?」

「え?」

「あ、だ、駄目だったら全然いいんです。嫌ですよね、ごめんなさい。急に」

「え、いや、嫌じゃないし、手くらい」


 ……いやー、なんでそう言っちゃうかな。こんな時こそ了承しておけよ。いやでも、今のは流れに乗ったらそりゃこうなる。


「あ、ありがとうございます。じゃあその、お、お願いします」


 小梅は案の定真っ赤になりながらとっても嬉しそうだ。うーん、正直ね、可愛い。こんな素直に好意を表現されて、嫌な気がするわけがない。

 しかも了承したけど自分から手をださずにもじもじしてるし。


 さっと手を取ってつなぐ。妹に比べたら大きいけど、私より小さくてほっそりした手だ。なんてことはない。手を繋ぐくらい恋人じゃなくてもできる。

 だけど小梅は明らかに意識して固くなっていて、不自然な力の入れようだ。軽く力を入れて、わざとぶんぶん腕をふる。


「小梅、もっと気楽でいこう。その方が楽しめるしさ」

「は、はいっ、頑張ります」


 うーん、話が通じてない感。まあいいか。


 がちがちの小梅だったけど、しばらく黙って歩いてるとなれてきたようで私の手を握れるようになったし、私をちらちら見る余裕もでてきた。その調子だ。と内心応援しながらお店についた。


「私、注文してきますね。先輩は席をお願いできますか?」

「りょーかい」


 気遣いの子だ。休日のお昼時、そこそこ混んでいたけど時間が早めなのでなんなく席を確保できた。一人になったので何となくスマホを見る。陽子からメッセージが届いていた。

 ちゃんと不機嫌そうにしてフってもおかしくないようにしてるんだろうな、と。陽子は本当にさぁ、鬼の子なのか?

 めっちゃ順調だよ! お姉ちゃんを信じて。と返事しておいた。ここはさすがに嘘も方便だ。


「お待たせしました」

「ありがとう」


 スマホをしまってお昼にする。ポテトはひろげて半分こ。食べなれたバーガーの味。滅多に食べないけど、たまに食べると美味しいよね。ポテトのカリカリ感もいい。


「んっ、す、すみません」

「いやいや、元気で、いいんじゃない」


 小梅が複数本のポテトを食べようとして、短いのがぽろりと落ちた。恥じらう小梅に笑いながらフォローする。つい、元気で可愛いじゃん、と言いそうになってしまったのは耐えた。だって陽子もよくしてるからつい。


「落ち着いて食べていいよ、デートなんだし」

「は、はい。……あ、あの……あーん、なん」

「ん、え? ごめん、駄目だった?」


 言いかけてたのに差し出されたので普通に食べてしまった。昔から陽子にもういらないとなるとあれこれ食べさせられていたので、口元に出されると反射的に食べてしまうのだ。


「い、いえ。も、もう一口お願いします」

「ふふ、その言い方だと、小梅が食べさせてもらってみたいだね」

「……」

「食べさせてあげよっか?」

「是非っ」


 うーん、可愛い。普通に仲良く過ごしてしまった。

 ご飯を食べてお店を出てから、手を繋ぎなおして小梅と一緒に適当にモールを見て回る。ちょっと早いけど店頭には秋物が並んでいる。

 秋物は特におしゃれな気がして好きだ。と言ってもそれほど予算があるわけでもない。軽く冷やかしていく。


「これなんか可愛いですよね」

「ああ、いいね。小梅は髪が明るいから、そう言う可愛らしいポップなのが似合うよ」


 通りかかった雑貨屋の店先にある髪留めを見て小梅が足をとめた。

 小梅は髪が明るい。ふわふわした長い髪でいかにも女子と言うか、小動物っぽいと言うか、そんな感じの可愛さだ。


「そうですか?」

「うん。うーん、でも暗いシック系も似合いそうだし、なんでも似合いそうだけど」


 私なんか髪色がマジで黒なので、黒系はおしゃれでやっても目立たないしね。学校的には別に染めてもOKだし興味はあるけど、面倒だしなぁ。実際、クラスメイトも染めているのは少数派だ。案外OKだされるとあんまりしないよね。


「ふふふ、そうですか? 嬉しいです。ねえ、朝日先輩、今日の記念に買いますから、選んでくれません?」

「いいけど、後から文句言わないでね?」

「いいませんよぉ。ふふ」


 楽しそうだなぁ。こっちも楽しくなってしまう。小梅にあれこれ髪留めをあててじっくり見比べて悩みながら選ぶ。

 何でも似合うけど、あんまり無難だと面白くない。こういうのは自分では選ばない手持ちにない物がいいよね。

 と言う訳でちょっと面白いアイスクリームヘアピンにした。リボン型とかだと無難すぎだし、それでいてつけてておかしいほど突飛でもないしね。ちょうどいいんじゃないかな。似合うし。


「可愛いです。ありがとうございます! すみません、なんだか、催促したみたいになりましたよね」

「全然そんなことないよ」


 ヘアピンは私が買った。さっきの昼食時、後からお金を払ったのだけどポテトを自分の方が食べたからとポテト分はらってなかったから、ヘアピンくらいならちょうどいいでしょ。


「私も何かおかえししたいんですけど」

「基本髪はいじらないし、気つかわなくていいよ。今日の記念なんでしょ?」

「……はい、ありがとうございます。ふふ。大事にしますね」


 渡した小さい小袋を、ぎゅっと胸に抱くようにして小梅は微笑んだ。

 それから私と小梅は適当なお店でお茶をすることにした。


「ふー、ちょっと疲れたね」

「そうですね、ふふ。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃいました」

「そう? いつも通りかと思ったけど」

「えー、そうですか? ……もしかして、私、朝日先輩の前だといつもはしゃいでるってことですか?」


 こくこくと季節限定マロンドリンクを飲みながら照れ笑いする小梅は、小首を傾げた私に不安そうに眉をよせた。

 うーん、いつも私の前ではしゃいでいるなら、それはもう私の目にははしゃいだ小梅しかいないので、通常状態がわからないから比較できないよね。


「ちょっとわからないけど、でも、そうなの?」

「うぅ。う、浮足立ってる自覚はありますけどぉ」

「そう。まあ、可愛いから大丈夫だよ」

「朝日先輩……うふふ。今日のヘアピン、また今度デートするとき、つけてきますね」

「うん、そう……だね」


 普通に相槌をうってから、はっと気が付いた。やばい。モール回ってる途中くらいから完全に、小梅に別れを切り出さないといけないこと忘れてた。ていうか忘れたすぎて記憶を封印していた説すらある。

 最後にちゃんと言えばいいよね、と思ってた。でもあの、めちゃナチュラルに次の約束をさせられてしまった。


 やばい。小梅ちゃん、実はこういうの強い?


「あ、あー、次のデートって、言うか」

「はい。ご予定とかどうですか?」


 小梅はにこにこして、断られるなんて全然考えてない顔をしていた。そりゃそうだ。今日一日楽しく一緒に過ごしたし、小梅と別れる決定打もミスもなかったんだから。


「こ……告白の返事、だけどさ」

「! 朝日先輩、私、この間も言いましたけど全然、急ぐつもりありませんから。一か月でも、なんなら一年だって、全然、いつでも。と言うか、私のこと好きになってもらえるまで、頑張りますから」

「……そ、そう。なら、いいけど」


 全然何もよくないけど。でも断れる流れじゃなさすぎた。

 いや、あの……よし! 断ったことにしておこう。そもそも私が口を滑らせなきゃばれない。学校も違うし、バレる要素がない。

 だいたい妹の言いなりになって仮とは言え恋人と別れるなんて、非常識な話だよね。うん。とりあえず陽子の精神安定の為に付き合ってないことにはするけど、小梅は何にも悪くないもんね。

 それに小梅といるのは楽しいし、癒されるしね。私が別れたいと思ってないのに別れるのは違うよね。よし。そういうことで!

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