第24話
同窓会。
俺は成人式前後で開催されるそれにも行ったことないが、きっと穏やかな雰囲気なのだろうと夢想していた。
高校時代の友人に会い、近況などを報告しあう。
高校のときから変わってしまった趣味嗜好について語り合う。
高校時代にはクラス内ではしゃいでいた野球部の奴らも、今ではすっかり落ち着いて、「大人」になっている。
もしかしたら、高校時代にあまり話せなかった人たちとも話せる良い機会かもしれない。
同窓会とはそんなものだと思っていたのだが──
「同窓会うええええええええええええいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「うええええええええええええいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
帰りてぇ、同窓会。
開始僅か数十分で、俺は強く思った。
同窓会は、新宿のはずれにある居酒屋を貸し切るようなかたちで行われた。
どうやら、クラスメイトの一人のお店らしい。いやー、ひとに恵まれたんだよねーと語っていたが、純粋に凄いと思う。
俺たちの年齢で店を経営するなんて。ただのサラリーマンである俺からしたら、羨望の対象だ。
もっとも身近でいうと、花森もいるのでこれで二人目ではあるのだが。
だが、そんな凄ぇなぁという軽い気持ちで同窓会に来ていることを、俺は僅か数十分で後悔した。
何故なら──これは偏見を多分に含んではいるが──同窓会に来れるということは、今の自分に自信を持っているようなやつらしか来なくて。
つまり、端的に言えば成功者しかいないのだ。
そして、俺みたいな平凡なやつにとっては同窓会は地獄絵図になる。
「おい、堀越。お前、今何やってんの? ん? それ、どこの会社? 聞いたことねぇな。それより今、俺、××商事で働いてるんだけどマジで大変でさー」
「私、今、××出版で編集やってるんだけど、この間モデルさんに会っちゃってー。そうそう、みんな知ってるひとー」
「やっぱり給料一千万もらってても、心の余裕というか? ワークライフバランス、本当に大切だよなー」
「え、私の旦那? ううん、全然たいしたことないよ。格好良くないし。子供いると毎日大変で、全然自分の時間取れないし。独身が羨ましいなぁー」
マウント、謙遜、マウント、謙遜のコンボの矢継ぎ早に繰り出される。
そもそも、口では謙遜してたとしても、言ってることがあまりにも強者すぎる。
旦那が格好良くない? ならなんで自慢そうに写真見せるんだよ。めちゃくちゃ格好いいじゃん。
は? 年収一千万よりも、心の余裕がほしい? 何言ってんだ、こっちは年収も心の余裕もないんだよ。
などと思ってしまうのは、俺の心がきっと狭いからだろう。
だが、一度穿って見てしまえば、すべての言葉がマウントに聞こえてしまうのだから不思議だ。
ゴリラなの? サバンナなの、ここは? と思ってしまうぐらい、序列をつけようとする。
とはいえ、別のグループも別のグループで「俺たち大人になっても高校時代のテンションで騒げるのってヤバくね? 高校のときから結局変わってないよね?」的な精神でずっと叫んで飲み続けている。
あれはあれで、俺は入っていくことはできない。「うえええい」は今の高校生の間ではもう流行ってないと思うぞ。知らんけど。
というわけで、俺はいつの間にかテーブルの端っこでひとりぼっちで飲んでいた。
本当になんで来たんだろうな。
とはいえ、参加費としてそれなりの額を払っている。ここで帰ったら負けな気がする。
誰と勝負しているのかはわからないが。
と。
「堀越くん、楽しんでる?」
対面の席に座ったのは、花森だった。
今日はどこかドレスめいた印象を受けるワンピースだった。
色はグレージュ。
胸元には花柄の刺繍があしらわれており、生地が透けていた。そのせいで、魅惑的な谷間がちらっと見えてしまっている。
俺は視線がつられないようにありったけの精神力を振り絞り、顔をあげる。
「……まあ、楽しんでるよ。料理は美味いしな」
「同級生との歓談は?」
「それは見ればわかるだろ」
もし歓談を楽しめているならば、俺はこんなところで一人で料理を食べていない。
だが、花森がそんなひとりぼっちの俺に話しかけてきてくれたということは。
「……もしかして、気にかけてくれたのか?」
「まあね〜。ほら、私、一応幹事でしょ? だから、みんなが楽しめてるか気になっちゃって」
花森はにこにこと笑顔を浮かべながら、あっけらかんと打ち明けた。
「特に堀越くんは無理に誘っちゃったし」
「悪いな。同級生と折り合い悪くて」
「ううん。実は、堀越くんと仲良かった高橋くんたちにも声をかけてたんだけどね。直前で断られちゃって。もし来てくれてたら、堀越くんも退屈しなかったかもしれないんだけど」
「まあ、それは仕方ないだろ。それに、どっちかといえば上手くコミュニケーションが取れない俺が悪いしな」
会社で働いていれば、性格が合わないひとたちと仕事することだって当然ある。
だから、コミュニケーションだって取れなきゃいけないのだ。まあ、今回は俺が勝手に諦めているってだけのもあるが。
だって、仕事じゃないしなぁ……。
しかし、それはそれとして花森に気を遣わせてしまっているのは申し訳なく思う。
もうアラサーなのに何やってるんだろうな。
「でも、堀越くんの気持ちもちょっとわかっちゃうな」
「ん?」
「ここだけの話だけど……私もあのノリはあんまり得意じゃないから。だから、堀越くんを口実にして逃げてきちゃった」
ちろっと舌を出して、お茶目に振る舞う花森。
そうなのか、意外だな。
花森はクラスの中心のなかの中心。
むしろ、高校時代はあのノリに合わせられるからこそ、スクールカースト上位にいたかと思っていたのだが。
「でも、堀越くんが来てくれてよかったな」
「そうか……?」
「私は嬉しかったよ? こうして喋られるし。それに……彩奈のこともあったし」
「水瀬?」
ここでなんでその名前が出てくるんだ?
俺が眉をひそめていると、花森は顔を近づけてきて小声で喋る。
「これもここだけの話なんだけど……この同窓会、輝くんに頼まれて開いてるんだよね」
輝くん、というのは恐らく
高校時代、女子のツートップが花森と水瀬だった。その対となる男子のトップ層、その一人が西条だ。
イケメン。サッカー部キャプテン、勉学も優秀なやつで、水瀬と付き合ってるという噂も一時期あったやつだ。同時に、恋愛関係については高校時代にはあまり良くない噂も聞いたことがあった。
そして、今日は俺に一千万の収入のありがたみよりも、ワークライフバランスの大切さを説いてきたやつでもある。さぞかし、良いところで働いてるんだろう。
ただ、
「西条と水瀬がどうしたんだ?」
「輝くん、狙ってるみたいなんだよね。私は後から気づいたんだけど……それが目的で同窓会開いてほしいって言ってたみたい」
花森はどこか気に入っていない様子で言う。
なるほど。
確かに同窓会で久々に会って、恋愛に発展するという話は聞いたことがなくもない。西条もそれを狙っているのだろう。
しかし、それでもわからないことがあった。
「それに、俺が何の関係があるんだ?」
西条が水瀬を狙っている。それはわかった。
だけど、そこに俺がいても何も変わらなくないか?
「え? だって、堀越くんがいれば彩奈を守ってくれるでしょ?」
一方で、花森はふわふわの笑顔とともに、さも当然かのようにそう言ってのけた。
俺としては呆れるしかない。
そもそも、俺がいたところで西条は普通に水瀬を口説くに決まっているからだ。
それに、水瀬の気持ちもある。
高スペック同級生なら、水瀬も満更でもないんじゃないか? それ以前に、水瀬今日来ないし。
と。
「詩葉、こんな端っこまで来てどうしたんだ?」
俺と花森がこそこそと話しているうちに、件の西条がこちらのテーブルまでやってきた。
その手首には高級腕時計。
あまり詳しくない俺ですら知っているブランドのそれだ。
西条はさりげなく花森の肩に手を回しながら、爽やかな笑顔をつくる。
「詩葉、よかったらこっちに来て話そうぜ。今、三年生のときの文化祭の話しててさ。詩葉、実行委員会やってただろ」
「あっ、後でいくよー。今、堀越くんと話してるから」
「堀越?」
そこで、今、気がついたかのように、西条が視線をこっちに向けた。
とはいえ、それは演技だろう。
花森の近くまで来てて俺が見えないことはない。そう振る舞うことで、俺をあえて無視しようとしていたのだろう。
俺の被害妄想が強いだけかもしれないが。
西条はにやにや笑いながら、大仰にぱんっと両手を合わせる。
「悪い、気がつかなかったわ。堀越、詩葉を借りていってもいいだろ? 待ってるやつも多いしさ。──なあ?」
「詩葉、こっち来ようぜ!」
「今、高校のときのアルバム見ててさ! 詩葉が来ないと始まらないって!」
西条が振り返って呼びかけると、対向のテーブルから男どもたちが花森に親しげに手を振った。
かつての高校時代のカーストトップが集まっているテーブルだ。
気がつけば、テーブルごとにグループが分かれている。俺が属していたグループのメンバーは、同窓会には来ていないので当然俺はひとりぼっちだ。
ここで「嫌だ」と断ったら、どう反応するんだろうな。
西条は予想もしていないだろう。カースト底辺のやつが反抗するとは思ってはいまい。
……あー、なんか思い出してきたな。
高校時代、何度もこんな光景に出くわしてきた気がする。
表面上、西条は問いかけているものの、実のところ俺に拒絶の余地はない。そこで拒絶したが最後、俺には村八分の未来が待っている。
結局、社会人になったところでそれは変わらないのか。
いや。
社会人になっても変わっていないのは、俺なのかもしれない。
高校時代にあったカーストなどというものを嘲って言う一方で、いつまでも縛られているのは俺自身だ。
だから、俺は西条に向かって拒絶の言葉を口にできない。
会社では当然のようにしている反論や拒絶を、西条には言えない。それは、俺がずっと高校時代の関係性に囚われているからだ。
それは、西条だけではなく──おそらく別の意味では、水瀬に対してもそうで。
結局、俺は選択の余地を花森に受け渡した。
「……花森がいいならいいんじゃないか?」
「そっか、ありがとな。じゃあ、詩葉行こうぜ。堀越もこう言ってるしさ」
「え、えっ?」
花森が俺と西条の顔を交互に見る。
だが、西条は花森が何か言う前に強引に腕を引っ張った。まるで、花森が拒絶する可能性すら考えていないようだ。
現に花森は「ちょ、ちょっと待ってよ」と言いかけていたが、西条は「まあまあ」と宥めて連れ去ろうとしていた。
……帰る、か。
不意に、そんな考えが脳裏に湧いてでた。
だが、もういいだろう。
これ以上、ここにいても楽しい思いをすることはない。ご飯も十分に食べたしな。
俺は帰宅するために荷物をまとめつつ、言い訳を脳内で巡らせ始め──。
ざわざわと。
急に、お店のなかが騒めき始めた。
「えっ?」「嘘? マジで?」「こ、来ないって言ってなかった?」「うわっ、すげぇ綺麗になってる」と小声の会話が飛び交う。
だが、そのすべてが彼女の来店を示していた。
彼女の格好は、いつものスーツでも、ましてやTシャツとジーパンの組み合わせでもなかった。
結婚式の披露宴にも着ていけそうな、上品そうな深いネイビーのカジュアルなドレス。
胸元のレース生地が華やかな印象を与え、ウエストを彩るリボンはきゅっと絞られてスタイルの良さを際立たせていた。靴は淡いグレーのパンプス。バッグも靴と同色。
大人の美を現した、完全武装の同級生の姿がそこにはあった。
誰もが一瞬見惚れる。
そんななか、最初に動いたのは西条だった。
「久しぶり。来ないって聞いてたからびっくりしたわ。でも、ちょうど良かった、こっちのテーブルでアルバム見てたんだ」
こっち来いよ、と誘う西条。
だが、彼女はそのグループのテーブルを一瞥すると。
「ううん、いいかな。私、もっと人が少ないところに座りたいから」
「い、いや、でも──」
「えーっと」
西条は食い下がろうとするが、それを他所に、彼女は居酒屋内を見回した。
各グループに緊張がはしる。あるグループに至っては、わざわざ席を用意していた。
だが、彼女はある一点で視線を止めたあと、かつかつとヒール音を鳴らしながら店内を移動する。
店内中の視線を集めても、まったく動じない。
そして。
俺の前で足を止めると、彼女──水瀬彩奈は言う。
「君の隣に座ってもいい? 堀越くんの隣、空いてるし」
水瀬の笑顔はどこか悪戯っ子めいていた。
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次回は、11/6(日) 18:00更新予定です。
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