第23話



 同窓会。

 多くの人はその言葉にどんな印象を持っているのだろうか。


 大半の人にとっては、楽しいイベントなのだろう。

 高校時代などの交友を再び温まる貴重な機会。それが、同窓会なんだと思う。


 だが、俺にとっては少し違う。


 高校時代、俺はクラスの端っこで本を読んでいるタイプだった。

 だからか、同窓会に行ってまで会いたいと思う同級生がいないのだ。


 もちろん、クラスのなかにも友達はいたが、それは個人的に集まればいいと思う。わざわざ同窓会に足を運ぶ理由があるだろうか。


 そういうわけで、俺は同窓会に行くことはなく──それどころか、同窓会に誘われることすらないと思っていた。


 だけれど、



『今度、同窓会やるんだけど来ない?』



 花森からのLINE。


 まさか、俺がこんなメッセージを貰うことになるなんて。数ヶ月前までは予想すらしなかったことだ。


 しかし、貰ったからには参加可否を返信する必要があり。




「──水瀬は、同窓会どうするつもりなんだ?」



 朝。通勤前。

 俺は、隣を歩く水瀬にそう訊ねた。

 ゴミ出しの時間が被ったのか、アパートの廊下でばったり出会ったのだ。


 水瀬の格好は今日も今日とてクールなスーツ姿。背中には大きなリュックを背負っている。前に見た格好と同じだ。


「私? 私は同窓会行かないわよ」


 水瀬はゴミ袋を丁寧に置きながら答え、こちらを振り返った。


「用事ができちゃったから。祖母の家で、姉の持ち物の整理をしなきゃいけなくて」

「そっか」


 理由が明確にわかったわけではないが、きっと大事な用なのだろう。

 ならば、仕方ないのだと思う。

 それが行方不明になった姉に関連することなら尚更だ。


「君はどうするの?」

「え?」

「同窓会、行くの?」


 小首を傾げて訊ねてくる水瀬。

 俺は頭を掻きながら答える。


「さあ、どうだろうな。正直迷ってるけど……多分行くだろうな」

「へぇー。こういうこと言うと失礼かもしれないけど……ちょっと、意外ね」


 まあ、そうだろうな。


 お世辞にも、俺は高校時代の同級生と交友を温めるようなタイプには見えない。

 なにせ、お隣の同級生とも未だに仲が良いとすら言えないわけだしな。


 それでも、ここ最近はマシになってきた方ではあるのだが。


「ところで、話は変わるんだけど……その、水瀬は花森に何かしたりとかしてないよな?たとえば、恐喝とか」

「詩葉に? なにそれ、恐喝なんかするわけないでしょ。君、時々変なこと言うわよね」

「は、ははっ。まあ、そうだよな」


 水瀬がくすっと笑みをこぼすのに、俺は半笑いで受け流す。


 だが、水瀬にこんな質問したのにも当然理由があった。というのも、花森からこんなLINEのメッセージが来ていたからだ。




『堀越くん、今度の同窓会来てくれるよね?』

『来て、くれるよね……?』

『ところで、彩奈に私が喋ったって話をしたでしょ! 絶対に喋らないで言ったのに! あのあと、堀越くんのせいで大変だったんだからね! 思い出すだけでも……』

『そんな仕打ちをしたのに、来てくれないんだ……』


 そんな文面とともに、デフォルメされた動物のキャラクターが号泣しているスタンプが送られてきていた。


 いったい何したんだよ、水瀬。

 俺は張本人が隣にいるにもかかわらず、何も聞けず。


 ……はぁ、仕方ない。行くか。


 諦観とともに、俺は同窓会に行くことを決めた。

 花森とも再会してしまった以上、無視をするのも心苦しいしな。

 まあ、良い経験になるだろう。




 このときは、まだそう思っていた。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「彩奈ちゃん、愛莉ちゃん遠くからごめんね」

「ううん、大丈夫」


 土曜日。

 今日は同窓会が開催される日。ではあるのだが、私は祖母の家にやってきていた。


 祖母は遠いというが、実はそれほど距離があるわけでもない。特急電車で移動すれば、1時間かそこらで辿り着くことができる。


 そして、今日やってきたのは、愛莉の私服を回収するためだった。


 姉が行方不明になった後、姉夫婦の持ち物の多くは祖母の家に運び込まれた。他に移動できるような場所がなかったからだ。


 なにせ、昨年、私が住んでいた間取りは1Kで1人暮らしを想定したもの。

 そのせいで、愛莉の服をあまり持ち運ぶことができていなかった。


 しかし、今年になってから引っ越し、衣服等を収納できるスペースも増えた。


 だから、この機に、愛莉の持ち物を移動させようとしているのだ。

 ちょうど、季節の移り変わりの時期で衣替えも行える。タイミングとしてはばっちりだ。


「じゃあ、愛莉。持って帰りたい服を見繕ってくれる? あまり持って帰れないかもしれないけど、なるべく頑張るから」

「はーい!」


 愛莉は元気よく手をあげて、祖母の家のなかを走っていく。


 祖母の家は、穏やかな田園風景のなかにある一軒家だ。

 

 遠くを眺めれば山が見え、近くには綺麗な色の川がある。

 虫が多いのが玉に瑕ではあるが、都会の喧騒から強制的に離れられるリフレッシュできる場所もである。


 私は幼い頃からそんな祖母の家が好きだった。


 縁側を歩くと、ぎしぎしと音が響く。

 ちらっと庭に目を向けると、縁側のそばでは花々が慎ましく咲いていていた。祖母が手づから育てている植物たちだ。


「彩奈ちゃん、ごめんねぇ。苦労かけて」


 私が縁側から庭を眺めていると、祖母が熱いお茶をいれて持ってきてくれていた。


「ううん、ここまで全然遠くなかったから」

「それもそうだけどねぇ……愛莉を引き取ってくれたこと、わたしがもっと元気があればよかったんだけどねぇ」

「それも気にしないで。私、愛莉と一緒にいるの好きだから」


 私は笑顔をつくって応じる。


 だが、もちろん嘘ではなかった。

 愛莉と一緒にいるのは楽しいし、そもそも一緒にいることを選択したのは私自身だ。

 誰かに押し付けられたわけでもない。


 されど、祖母はずっとそれを負い目に感じているようだった。


 祖母は祖父を早くに亡くし、今では決して身体も丈夫とは言い難い。愛莉を育てるのも難しいはずだ。それでも、罪悪感を覚えているようだった。


「じゃあ、私、お姉ちゃんの持ち物整理するから」


 笑顔とともに祖母にそう断り、私は姉の持ち物が集められた部屋へと足を踏み入れる。




 ──その部屋は、しんと不気味なほど静まり返っていた。




 愛莉の持ち物とは、別に集められた姉夫婦の所有物。そのすべてが、まるで《息》をしていないようだった。


 幼い頃、祖母から「使われなくなったものはね、生きるのをやめちゃうんだよ」と言われたことがあった。


 当時は理解できなかったが、今ならわかるような気がする。


 誰かが使っていれば物は息づく。呼吸をする。だが、一旦、人の手を離れて使われなくなってしまえば、物は死んでしまう。そんな光景がまさに目の前に広がっていた。


 ずきり、と胸の辺りが痛む。


 それでも、私は座り込んで姉夫婦の所有物にそろそろと手を伸ばした。

 一つずつ拾って整理するたびに、姉のことを思い出す。


 幼少期に姉と遊んだときのこと。

 中学生のときに姉と一緒にカラオケに行ったときのこと。

 高校のときに姉と、寂しくて身体を寄せ合った寝たときのこと。

 大学合格のとき姉が自分のことように喜んでくれたこと。

 姉が旦那さんと結婚して式で晴れ晴れするような笑顔だったこと。



 そして、愛莉が生まれたときに本当に嬉しそうに目を細めて喜んでいたこと。



 ──ねぇ、彩奈、赤ちゃんってすごいでしょ?

 ──こうやって指を近づけると、きゅっと握るの。可愛いでしょ?

 ──それでね……すごく温かい。ぽかぽかするの。



 赤ちゃんは生後まもなくは体温が高めだ。

 だから、温かくてもそれはおかしいことではない。


 でも、きっと、姉が言っていることはそういうことではないのはわかっていた。

 だって、愛莉をぎゅーっと抱きしめる姉は本当に幸せそうで。


「…………おねえ、ちゃん」


 ぽつりと呟くと、途端に寒気に襲われた。


 季節は秋に移り変わり始めた頃。

 ちゃんと服を着込んでいるはずなのに、身体の芯から冷えてしまったような感覚に包まれる。手を見れば血の気がなく、どこか青白かった。


「…………」


 かちかち、と部屋の隅に取りつけられた時計の秒針が動く音が妙に響き渡る。

 壁に立てかけられた古びた鏡には、私が映っていた。


 ぽつんと、孤独に立ちすくむ私が。

 その光景は、まるで世界にたった一人で取り残されたようで。




「──彩ちゃん、大丈夫?」





「……え」


 急に、意識が現実に引き戻される。


 いつの間にか隣には、愛莉が立っていた。

 私の服をちょこんと掴んでいて、その表情はどこか不安そうだ。


 不味い。愛莉を心配させてしまった。私は笑顔を張りつけて、愛莉と目線を合わせるために腰を落とす。


「ご、ごめんね、愛莉。どうしたの? もしかしてもう終わった? 早くない?」

「うん、愛莉は終わったけど……早くはないよ? だって二時間経ってるし、もうお昼だよ?」

「え」


 ばっと勢いよく時計に目を向けると、確かに12時を指し示していた。


 姉夫婦の物品は、ほとんど整理なんてできなかった。どうやら、気を取られて長時間無為にしてしまったようだ。


 そんな私を見てか、愛莉は気遣うように顔を覗き込んできて。


「彩ちゃん、やっぱり体調悪いの?」

「う、ううん大丈夫よ。それより、ご飯にしよっか。もうお昼だし何食べたい?」


 慌てて話を変え、私は台所へと向かう。


 しかし、脳裏には先ほどの光景がこびりついたままだった。

 鏡のなかで、私はずっと一人でぽつんと取り残されていて。



「……会いたい、な」



 消え入るような声量で、声がこぼれる。

 それは、誰かを意識した言葉ではなかった。

 その、はずだった。


 だけど、頭のなかに浮かんできたのはあの言葉で。



 ──水瀬、大丈夫か?




「……なんで、君が出てくるのよ」



 私は文句を言いながら熱くなった頬をつねり、愛莉と一緒に台所に足を踏み入れた。


 もう、寒気はなくなっていた。












 ──と。


 ぴろん、と。スマホが不意に音をたてた。


 LINEを開くと、詩葉から一通のメッセージ。

 そこには、こう書いてあった。



『同窓会の参加者改めてチェックしてるけど、このままだと堀越くん一人になっちゃうよ〜』




「……私にどうしろって言うのよ」


 私は唇を尖らせて、スマホに向かって文句をこぼしたのだった。





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次回は、11/3(木) 19:00更新予定です。

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