第11話私だって怖い!

金曜日の放課後、私は学園のカフェでお茶を飲み、流れていく雲を眺めていた。


あれが全部綿菓子だったら食べ応えあるだろうなぁー。


「こんな所で何をなさってますの?」


人が詩作に耽っているのを邪魔しないでよ。


「フィーラ様、マリン様、御機嫌よう。」


一応二人の方が爵位が上だから、立ち上がって挨拶しておこう。


そして無視しよ。


「ご一緒しても宜しくて。」


宜しくないんですけど、許可する前に座らないでよ。


これだから身分が高い貴族って嫌なんだよね。


「言っておきますが貴女も高位貴族なんですよ。」


そうですね~。

伯爵位ってギリギリ高位貴族ですよね~。

ギリギリだけどね。


フィーラ様みたいにがっつり高位貴族じゃないんですよ。


わたくしの家公爵家より爵位が低くても権力はお持ちででしょう。」


人の心を読まないでよね。


「権力を持っているのは私ではなく父と母です。

私は一介の伯爵令嬢でしかありません。」


お父様じゃなくて一番権力持ってるのはお母様か。


お父様はお母様の下僕だもんね。


「あら、第二王子殿下や騎士団長子息と幼なじみである貴女が一介の伯爵令嬢だなんて謙遜が過ぎますわ。」


シリル、マリン様にチクったな。


「しかもシリル様のあの怪我はアーシア様が負わせたとか。

一介の伯爵令嬢にはできませんわ。」


マリン様、喧嘩売ってる?


「マリン様、そんなに気になるならご自身で体験してみます?

そうすれば色々と・・・理解できますよ。」


例えば私を煽ったらどうなるかとかね。


そういえばこの前の件不問問題もあったわ。


「刺激的な日常を送る心の準備ができたようで、私もやり甲斐があります。」


ニッコリ笑顔で言ってるのに青くなるな。


婚約者ってそんなんまで似てくるの?


「·····お許しくださいませ。

すぐにこのような物言いをしてしまう癖がありますの。

それでシリル様もわたくしを遠ざけているとわかっているのに·····」


後悔してるのはわかるけど、シリルとの事はどうでもいい。


人の恋路に関わると馬に蹴られるし面倒だからね。


「前回の件はアジスが間接的に許しましたから、もう言わないでおきます。

シリル様の怪我は手合わせ中のよくあるものですよ。

大袈裟に受け止めないで頂けるとありがたいのですが。」


これ以上何か言えば同じようにしちゃうぞ♪♪


マリン様は言外の言葉をしっかり読み取って高速で頷いた。


やっぱりシリルと似てるわ、この人。


「それより今日はカルゼ様の邸に行かれる日ではありませんか。

何故こんな所で黄昏ておられますの?」


忘れたかったのにどうして思い出させるのよ、フィーラ様ー!


「黄昏ている訳ではありません。

詩作に耽っていたんです。」


二人して胡乱な目で見ないでよ!


「カルゼ様と一度きちんと話し合ったほうがよいのでは?」

「カルゼ様は阿婆擦れシフォンとは殆ど接点を持っていなかったとお聞きしましたわ。」


話し合わなきゃいけないけど邸に行ったらどうなるかフィーラ様だって想像つくでしょ。


それにマリン様はどこまでシリルに聞いてるのよ!


「女は度胸ですわ!」


「じゃあフィーラ様が行ってきて下さい!」


「わたくしが行ってどうしますの?!」


「私が行っても逃げたらカルゼが落ち込んじゃうじゃない!」


私のヤケクソな告白に二人は呆気にとられた。


「アーシア様、もしかしてですが·····」


溜めないでよ、フィーラ様!


「怖いんですの?」


マリン様はズバリ言い過ぎーーー!


「反対に聞きますけど、怖くない人っているの?

いるなら連れてきてよ!」


私は突っぶして泣いた。


自分がカルゼに怖いなんて思う日が来るとは思わなかった!


「ごめんなさい、アーシア様。」


「わたくしも貴女がそんなに繊細だったなんて知らなくて·····」


マリン様は一言多いんだって!


「大丈夫ですわ。

カルゼ様は紳士ですもの。」


「ほんと?」


「たぶん?」


「やっぱりフィーラ様もカルゼがケダモノだと思ってるんじゃないーー!」


恐怖で私が逃げたらカルゼの男としての矜恃はボロボロになるけど、ケダモノを相手に逃げない自信がないよーー!


「落ち着いてくださいませ。

フィーラ様はカルゼ様は紳士だと思っていますが、少しだけ自信が無いだけですわ。」


「少しってどれくらい?」


「「·····」」


「やっぱり少しじゃないんだーー!!」


「こればかりは·····」


「殿方しかわかりませんもの。」


「アジスは曖昧にしか答えなかったのよーー!」


「「アジス様に聞きましたの?!」」


なんでハモるのよ。


弟に聞いたっていいじゃない。


「アジス様はなんと?」


「『カルゼ様だって本気じゃないはずだから』って涙溜めながら言うのよ!

あの子だって私が無事に帰れるなんて思ってないのよ!」


「「それは·····」」


だからハモんないでよ!


「アーシア様、今からお聞きする事に正直に答えて下さいませ。」


なんなの、フィーラ様?


私は基本自分には正直よ。


正直本能に忠実過ぎてこんな事になってるくらいなんだから!


「カルゼ様をどう思ってますの?」


「好きよ。でもその好きがカルゼとキスしてからどういう好きかわからなくなったの。

こんな曖昧な気持ちでしちゃって、後でやっぱり恋じゃないってなったらカルゼにどう詫びればいいのよーー!」


あっちは婚約する前から好きっぽいのに!


色々考え過ぎてもうしんどいのよ!!


「落ち着いてくださいませ。

一度深呼吸をしましょう。

一番大事な事をお聞きしますわ。

カルゼ様を信じておられますか?」


「もちろん。私がこの世で信じているのは家族とカルゼだけよ。」


即答できるくらい信じてる。


好きとか嫌いとか関係なく、どんなに離れても、伴侶ができても、昔から家族とカルゼは何があっても私を裏切らない私も裏切らない。


「では貴女を不用意に傷つけたりはしませんわ。そしてカルゼ様もアーシア様が(今は)恋愛感情を持てなくても傷ついたり致しません。」


「どういう意味?」


フィーラ様は少し躊躇ってから、私を刺激しないように言葉を選びながら話してくれる。


「多分ですがカルゼ様は本当にアーシア様が嫌がれば無理矢理暴いたりなどなさらないと思いますの。」


そうかな?

でもこの間も強引だったけど、乱暴にはされなかった。


ちょっと目がイッちゃってた気がするけど。


「そして恋愛感情どころか婚約者の最低限の義務すらしていなかったアーシア様を見限らずに好意を持ち続けた方ですのよ。

(今は)向き合っただけでも満足されていると思いますの。」


フィーラ様もマリン様に負けず劣らず辛辣だわ。


「恋愛感情が持てない心配をするくらいなら、これからはカルゼ様を放置せずどんな時も向き合いなさいませ。

そうすれば(今の所は)カルゼ様は傷つきませんわ。

もし本当にことに及ぼうとしたら急所を蹴ってしまえば宜しいのよ。」


マリン様の過激な発言に驚いたけど、本当に嫌ならそうすればいいと思えた。


急所を狙うのは得意だし。


そうすればカルゼも止まるし、私も逃げないで「怖かったから思わずやった」と真摯に謝ったらいいんじゃない?


「ありがとうございます。

フィーラ様、マリン様。」


私は立ち上がって頭を下げ、2人の( )を読み取れずカルゼの邸に行くべくカフェを後にした。





* * * *


「ありがとうございます。

大変な時なのにご迷惑をお掛けしてすみません。」


深緑色の頭が深々と下げられた。


二人の令嬢は苦笑して頭を上げるよう促す。


「アジス様には前回わたくし達がご迷惑をかけたのだからお互い様ですわ。」


「それにしてもアーシア様があのような事で悩んでいらっしゃるなんて。

可愛い所も知れて役得でしたわ。」


マリンの言うように傍若無人で恐怖など無縁だと思っていた姉が、カルゼに対して怯えていたのにアジスは驚いていた。


「僕も姉が怯えるのを初めて見たので動揺してしまって。

こればかりは男性が言うよりお二方女性の方が気持ちを理解できるかと甘えてしまいました。」


はにかむように微笑む貴公子に二人は感嘆の吐息を漏らす。


「貴方のような弟が傍にいれば、安心して自由に生きようと思ってしまいますわ。」


その言葉にアジスは衝撃を受ける。


「な、何故ですか?」


フィーラがふふっと小さく笑う。


「こんな風に心配してくれる

身内がいるんですもの。

貴族ではあまり築けない信頼関係ですわ。」


マリンも羨ましそうにアジスを見ながら笑った。


「先程信じているのは御家族とカルゼ様だけだと言っていましたわ。

あれほどはっきりと断言できるなんてアーシア様は幸せですわね。」


アジスは二人の言葉を聞いて困ったような顔をした。


「どうなさいましたの?」


「いえ、その·····」


「遠慮なく仰ってくださいな。」


アジスは口篭りながら話す。


「姉や父は損得で動いているように見えますが、僕が本当に困ったら、理屈抜きで手を差し伸べてくれると知っているから、僕もそうあろうとしているに過ぎないんです。」


自嘲気味に笑うが二人の令嬢はやはり羨望を覚える。


これ程の絆を誰かと持ちたいと二人は思った。

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