第7話婚約者が豹変した!

次の日、王城の鍛錬場に行くと第二王子ラグナが先に来ていた。


あれだけボコられてもシリルは出てこなかったのか。

反省してないな。


周囲は久々のラグナの登場に喜んでいる人と戸惑っている人と苦々しく思っている人の、思惑と欲とが複雑に混じった場となってた。


王族って大変だわ。


ラグナを見ながら同情していると、背後から気配を感じて振り返りざま模擬剣を相手の首ギリギリで止める。


「鍛錬場で後ろに立つの止めてくれません?」


周囲がどよめいたけど場所考えたら不可抗力でしょ。


模擬剣を降ろしてまた前を向く。


「ごめんね。

シーさんに一言お礼が言いたかったんだ。」


「お礼は形でお願いします。

でもお礼言われるような事してませんけど。」


後、シーさんはやめて欲しい。


響きが悪い。


「ラグナが出てきたのはシーさんのお陰だろう?

兄として礼を言うよ。」


ふむ、こんな兄と比べられてはラグナもしんどかろう。


実際ラグナは兄を嫌ってはいないけど、苦手意識を持ってるし。


私もこの人は苦手なんだよね。


いちいち出しゃばりすぎって感じる。


「お礼はラゼントリオの商品でお願いします。

では訓練に参加しますのでこれで失礼致します。」


口先だけのお礼なんていらないんですよ。


それに貴方王太子が一人にかまけると周りがどう思うかわかってて話しかけてくる、その神経が嫌なんだよね。


王太子ダリル。

品行方正で文武両道、容姿端麗な完全無欠の王太子と言われてるけど、自分が得をするように計算して動いてる。


損得勘定で動く人は本来なら好きなんだけど、ラグナまで使って良い人を演じるのが気に食わない。


ラグナは自己中で視野の狭い王族としての自覚も薄い奴だけど、家族や友人は本人なりに大事にしてるから嫌いになれないのよ。


だからシリルやカルゼやアジスもラグナの友人やってる。


ラグナは私を見つけるとお顔を赤くして無理してるのがわかる笑顔を向けてきた。


止めてよね。

こっちまで思い出しちゃうでしょうが!


「おはよう。

昨日は誤解が解けて良かったな。

僕も一安心だよ。」


こっちは安心どころかカルゼにどう接したら良いか悩んでるのに暢気だね。


「ラグ、一緒に訓練しよう。」


笑顔で誘ってんのに逃げ腰にならないでよ。


「だ、大丈夫だ。

訓練に参加するのは久しぶりだから基礎から始めるつもりなんだ。

また今度でいいよ。」


「じゃ今度ね。

それと周りを観察する訓練もした方がいいよ。

今の雰囲気感じてはいるでしょ。」


私の声音に真剣に頷いた。


「わかった。」


危機察知能力が高いとやりやすいわ~。


この能力が恋愛にも活かされてたら良かったのに。



王太子は王城に戻ったのか、訓練には参加してなかったので伸び伸びとできる。


訓練が終了して汗を流してから制服に着替えていると、王妃陛下付の侍女が待っていた。


⋯もしかして昨日のラグナとの手合わせの件かなー。


今から王妃様の所へ行くとなると完全に遅刻なんだけど。


王族ってどうして人の都合を考えないかな。


私も貴族の端くれだから大人しく着いて行くけどね。


王妃様のお部屋に入るとラグナもいた。


王妃様に挨拶しながら昨日の件での呼び出しが濃厚になって溜息が出そう。


「来てくれて嬉しいわ、アーシア嬢。

どうぞ座って。

朝ごはんまだでしょう?

簡単に摘めるものを用意したの。

召し上がってね。」


王妃様が指示したんだろう、テーブルいっぱいのサンドイッチやキッシュ、プチケーキや焼き菓子が所狭しと並べられている。


この方もお母様と一緒で、会う度にお腹いっぱいになるまで勧めてくるのよ。


お母様の早世したお姉様とお友達だったからかしら?


私の昔の食いっぷりも知られてるし、ここは遠慮なく頂こう。


「マナー違反だけど食べながら聞いてね。

今日はお願いがあって呼んだの。」


栗の入ったキッシュを食べながら、お願いって事は昨日の手合わせのお叱りではないとホッとした。


「ラグナとシリル殿と、婚約者の話し合いの場を設けて欲しいの。」


ホタテのカナッペが喉に引っかかり噎せてしまった。


お叱りよりも凄い爆弾を落としてきた!


ラグナも紅茶を飲んでたから噎せてる。


侍女がすかさず私達に新しいナプキンを渡してきた。


まだ噎せる話が続くの?


「ラグナやシリルが小娘にいいようにされているのは噂で知っているわ。

今後を考えるにしても一度本音、とまではいかないでしょうけど、ちゃんと向き合って話して欲しいの。

陛下やわたくしが表立って動くとあちらが萎縮してしまうでしょう。

貴女なら同じ学生だし二人をよく知っているから、馬鹿な行動をする前に止められるでしょう。」


王妃様の耳にも入っちゃってたか。

確かに王族が介入したらどんな形であっても命令になっちゃうからね。


でも面倒くさいな。


「今年の年末の夜会でのドレスはラゼントリオの商会でお願いしようと思っているのだけれど。」


「王妃様、私にお任せ下さい。」


あ、やってしまった。


私の性格をよくわかっている王妃様の、にっこり笑顔がちょっと悔しいけど、言っちゃったものは仕方ない。


「場を設けるのはいいのですが、2つだけお許し頂きたい事があります。」


「何かしら。」


「1つ目は話し合いで何があろうと全て不問にする、2つ目は学園の警備を今日だけ私の命令に従うようにして欲しいのです。」


王妃様は少し考えてから頷かれる。


「構わないわ。

ラグナが暴言を吐かれようが殴られようが不敬罪に問いません。

警備もシーちゃんの命令に従うよう学園長に手紙を書きます。」


王妃様までシーちゃんは止めてください。


もう子供じゃないんですから。


でも言質は取ったし、ラグナが青い顔してるけど今日中に場を儲けよう。




私とラグナは学園に向かう馬車の中で今日の昼休みに婚約者を特Aに呼ぶように言った。


「どんな手を使っても特Aに連れて来るのよ。

これにあんた達の未来がかかってるんだからね。」


「未来って·····」


「この前も言ったでしょ。

学園は社交界の縮図だって。

王子だからって胡座かいてたら、しっぺ返しされるよ。」


「シーちゃん·····」


情けない声出さないでよ。

こっちだって好きで世話焼きおばちゃんしてるんじゃないんだから。


学園に着いたら2時限目の授業が始まっていたから、ラグナは昼休みまで執務をすると言って特Aに向かい、私は学園長の元へ行き王妃様のお手紙を渡した。


手紙には王妃様に頼んだ警備の件が書かれている。


ついでにシリルとアジスと、まだ会いたくなかったけどカルゼを特Aに呼び出してもらう。


特Aにやって来たカルゼの方をなるべく見ないようにした。


昨日の今日でどんな顔をしたらいいのかわからないのよ!

だからってカルゼだけ呼ばなかったら拗ねるだろうし····





シリルは両頬を腫らし右腕を吊るしていた。


「肋骨と右腕の骨が折れているんだよ。」


アジスが非難めいて言ってくるけど、鍛錬してなかった本人の責任だから。


でもこれで今日の早朝訓練に参加してなかった訳がわかった。


「王妃様からラグとリルと2人の婚約者の話し合いの場をお膳立てするようお願いされたの。

リルは昼休みにマリン様の所へ行って土下座してでも特Aに連れてきて。

カルゼとアジスはフォローをお願い。」


私だけじゃしんどいからこの2人も巻き込んだろ。


「今更話なんてない。」


「リル~、これは王妃様の命令なんだよ。」


左腕も折ったろか。


私の黒い思考を読んだのか、王妃様の命令にビビったのか渋々頷いた。


「シーちゃん。」


私の名を呼びながらいつの間にか近づいて来たカルゼが私の手を取ってきた。


「昨日は1人部屋に残されて寂しかった。

今度俺の邸に遊びに来て。

昨日の続きをしよう。」


甘い声で耳元で囁かないでよ!


あんな恥ずかしい事する為にあんたの邸に行くわけないでしょ!


「当分忙しいのよ。」


目を逸らして言い訳にもならない返事になってるー!


「じゃあ、いつならいいの?」


だから耳元で囁くな!


「ひ、暇になったら?」


いつって聞いたらはっ倒すからね!


「ふふっ、楽しみにしてる。」


離れる前に耳の下にキスしやがった。


色気たっぷりに私を見つめるカルゼに一言言ってやろうと思ってるのに声がでない。


あの・・姉上が押されてる。」


アジス、五月蝿い!


「シーちゃんが真っ赤になるなんて。

恋愛のれの字も知らなかったもんなぁ。」


ラグナだって人の事言えないでしょうが!


もう何なのよ?!


昨日までカルゼに嫌われてるとか思ってたのに。


完全に私の勘違いだったけど。


私のせいでそんな風になったんだけど!


ラグナとシリルは自分の婚約者に特Aに誘う口実を探して頭を抱えてるし、カルゼは私をじーっと見つめてくるし。


私は昨日初めて知ったカルゼの気持ちと向き合わなきゃと思って、目をそらさずに引きつった笑顔を返すのにいっぱいいっぱい。


アジスだけ落ち着いていて私達にお茶を入れてくれたりラグナとシリルの相談に乗ったりしてる。


あの子、私達の一個下なんだよね?

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