第302話 苗床改造

相手の本体がいると思われる場所は、内野が最初にいた自然公園付近であった。

川崎に召集をかけられたので内野は来た道を戻って再び自然公園へとやってきた。


そこには既にお馴染みのメンバーが揃っている。

2回目の防衛クエストで使徒討伐部隊にいたメンバーが大方おり、彼らはボスを捜索していた。

内野が最初に会えたのは平塚だったので彼から話を聞く。


「おお、来てくれたか。

今日はご両親と共に過ごし幸せな日になるはずだったのに災難なものじゃ……二人は救えたかのぉ?」


「ええ、もう安全な所まで避難させてます」


「それは良かった。家族を亡くせば儂みたいにどうなってしまうから分からぬから…何よりも大切にするのじゃよ。

それで今の状況じゃが、ボスを全員で捜索している所で捜索範囲を徐々に拡大させている。ドローンでこの近辺3㎞を包囲するように監視してもらっておるからここらから既に逃げられているという可能性は少ないと思われる。

『使徒の羅針盤』も『魔力感知』も今の所反応が無いからまだ居場所は掴めておらぬが……一刻も早く探しださねばならない。

内野君も捜索に協力しておくれ。このイヤホンを付けていれば通信の音声が聞こえるから、そこで場所の支持を受けてくれ」


平塚から前回のクエストで使ったイヤホンを渡され、内野は耳にそれを付ける。電源をオンにするとイヤホンからオペレーターの声がする。


「ナンバー37、名前をどうぞ」


「内野勇太です」


「37番は内野さん……っと」


イヤホンの向こうから女性の声と共にパソコンをカタカタ打つ音が聞こえる。

今回は緊急でのイヤホン譲渡だったので、予めどのイヤホンを誰が付けているのかという設定を出来ていない。

だからこうして名前を聞いてどのイヤホンを誰が付けているのか設定を打ち込んでいるのだ。


「今平塚さんから詳しい事情はお聞きになりましたか?」


「はい何処に向かえば良いのか指示をお願いします」


「内野さんはここから海岸沿いに向かった所をお願いします。清水さんが海岸沿いから北に捜索しているので、内野さんは南に捜索していって下さい。

現在田村さんが不在な為、緊急で私が指示を出す事になりましたが……み、皆さんと比べたら全然クエスト経験もありませんが指示だし頑張ります」


「はい、お願いします」


オペレーターの女性もプレイヤーで、この通信を聞いているのも全てプレイヤーなのでプレイヤーの前でしか出せない用語も使える。

まだ経験が少ないというのがオペレーターが抱える責任は大きいので、彼女は良い結果を出せる様に意気込んでる。


内野はさっき工藤と分かれる直前に魔力探知スキルが付いている『鉄の兜』を譲渡してもらったので、それを被って捜索にあたった。


(まさか俺らがいた公園近くに相手のボスがいたとは……危なかった、もしも二人が居る状態でボスに遭遇してたら助けられなかったかもしれない)


ありえたかもしれない世界を考えながらも、内野は街を駆け回りボス捜索を行う。

相手に魔力探知が掛かるか分からないが周囲を見回しながら走る。

暴走者を倒すのは他の部隊の役目なので、戦闘は避けて街をパルクールの様に移動する。


そして内野がとある建物に飛び移ろうとジャンプをした瞬間、地中に赤色の光が現れた。

鉄の兜の魔力探知が敵を見つけたのだ。

その魔力の大きさはこれまでの使徒と比べたら遥かに魔力は小さく、普通の魔物程度の大きさしかなかった。


現在の魔力量だけ見たら内野一人でも勝てそうなぐらいだが、一先ず内野は報告する。


「こ、ここに魔物の反応発見!

魔力の大きさは通常の魔物と同程度か、もしくはそれ以下!」


「急いで連絡を回し援軍を呼びよせます!」


オペレーターが内野の位置情報を皆に口頭で伝え、他の場所を捜索していた者達がこちらに向かってくる。

一番近い所にいるのは1㎞離れた場所にいる平塚だそうだ。


内野はその魔物の真上の建物で待機し、皆が来るのを待つ事にした。

すると数分経たずで平塚が内野の元へとやってきた。素早い身のこなしで建物の上を移動してきた平塚は、内野と合流すると地面を見る。


「この下にいるという訳か」


「ええ。詳しい深度は分かりませんが、地中50mぐらいの所に潜っているでしょう。『穴掘り』スキルで行くのは流石に危険だったので上からなんとか攻撃出来ないかと思い……」


内野は到着してきた平塚に情報を渡そうと話していると、地中に見えている魔力の反応が急速に上に迫ってきた。

それを察知した内野は平塚の腕を掴んで横の建物へと飛び移る。


「来た!上に来ました!」


「ぬっ!」


二人が横の建物に飛び移った瞬間、その建物の地中から、数百本ものツルが固まり球状になったものが飛びしてくる。ツルの塊が建物が下から上に飛び出て建物は倒壊した。

建物の中にいた者達の悲鳴が一瞬聞こえるも、全員建物の瓦礫に押しつぶされて声を出せなくなったのか静かになる。騒がしいのはそれを見ていた他の者達の悲鳴のみ。少しは収まったと思っていた悲鳴が再び辺りに響く。


内野と平塚は臨戦態勢に入り武器を構える。

だがツルは二人を攻撃する事はなく、瓦礫の撤去しはじめた。

瓦礫をどかして負傷者や死体へ絡みつくと、その者達を一か所へと集める。


そして地中から赤黒い実と黄色の実が現れたかと思うと、その二つが被害者達の近くで爆発した。


赤黒い実は爆発すると薄っすらと煙を発生し、それに触れた人間は次々と暴走を始めた。白目になって唸り暴れる。

そして黄色の実は爆発すると中から大量のツルが現れ、暴走させられた者達の身体に巻き付いた。

死体は二つの実の効果を受けず、そのまま地中へと引きずり込まれる。


内野は今の光景を見て、ツルを纏う暴走者が現れる理由が分かった。


(き、黄色の実……あれが暴走者の身体にツルを巻き付けていたのか!

そういえば俺が倒した暴走者の身体に黄色の実がごくたまについていたし、あれのせいでツル付きの奴が増えていたと……

てかあの地中から現れたツルの塊の中に魔力の反応があるし、あの中に本体がいるのだろう。

それなら……)


内野は手をツルの塊に向けて『火炎放射』を放つ。

するとツルが絡んでいた暴走者含めて全員が火だるまになり、そして地上に出て来たツルは全て燃える。

ただし、ツルが球状に固まっている所はなかなか燃え尽きないのでここは平塚に任せる。


「あの塊の中に本体があります!」


「儂の出番じゃな」


平塚は剣に闇を纏わせ、その球へ向かい剣を振るう。

『憤怒』は相手のステータス関係無く触れたもの全てを切る事が出来るので、球状に固まったツルはいとも簡単に両断された。

そして本体が切断されると、途端にそこら一帯にあったツルの動きが停止した。

暴走者を纏っていたツルもしなびて解けた。


二人はその様子を見て事件解決したかと一瞬喜ぶも、ここでとある通信が入る。


〔魔力の反応がある球状のツルが他の場所でも3個見つかりました!

いずれも地中から飛び出してきたものです!〕


「っ!それって今倒したこいつが沢山いるって事か!?」


「ふむ……この騒動を起こした敵にしては弱すぎた気がしていたが、やはりまだ終わっておらぬか」


平塚と内野はその通信を聞きながらも倒したツルの塊へ近づく。

周囲にいる暴走者は全員内野の炎で燃え尽きたか、平塚の闇で両断されたので一人も生きてはいない。

二人はその確認をしながらも両断されたツルの塊へと近づき、その断面を見て見る。

そこで二人はあるものを見た。


ツルの塊の断面から人間の臓器が出てきていたのだ。真横に両断されて腸がぶらぶらとぶら下がり、肝臓が下へとズルズルと落ちてきている。いずれも色が緑色に変色している。

内野は生見という奇人の魔物解剖や人体解剖を何度か見ていたので一目で分かった、ツルの塊の中にいたのは人間だと。


平塚もある程度は察し、事態を呑み込もうとする。


「ひ、人か?あれを操っていたのは人だったという事か?」


「……人の臓器なのは間違いないですけど、臓器の色がおかしいですね。

生見の解剖の時に冷凍保存された死後3日後の死体を見ましたが、その時以上に臓器が緑色に変色しています」


「よく見れば臓器に芽が生えておるのぉ……人の身体を苗床にしているのか?」


内野は真実を確かめるべくツルの塊に近づき、その中にいる人間の死体を手で引っ張り出した。

もはや人の死体に触れるのに抵抗はなく、一切の躊躇なく内部の人間の上半身を外へと出した。


中にいたのは肌が緑色に変色し、表面から何かの植物の芽が大量に生えている男性の死体だった。

恐怖の表情で顔が歪んだまま死んでいる。

男性の開いた口には弁の付いた太いパイプの様なものが通っている。外してみるとパイプの中には変な液体が入っていた。


内野はここで、今見て分かった事をまとめて一つの推論を立てる。


「さっきまでこの人から魔力反応がありました。という事はこの人、ずっとこの中で生かされていたのでしょうか。

この口に通されたパイプは食事を運ぶものだったのかもしれません」


「一体何のために……はっ!もしや人を苗床にして増殖しようというのか!?」


「その可能性が大きいですね。さっき死体を地中に運んだのも養分にする為だと考えられます。

……これが実の爆破を起こした主にも思えないですし、まだまだ終わら無さそうですね」


「使徒がこの世界に種を蒔いた様に、果たしてこの敵の頭を倒しても解決するかどうか危うくなってきたのぉ……

地中で増えるとなると、ドローンでの捜索の意味もないし想定よりも被害が増えそうじゃ」


今の敵が暴走化の実を撒き爆破させているのではないとなると、本体は他にいる。その本体は今の敵を地下で増殖させており、勢力を拡大している。

この事から、ボスを倒せば全て終わるなどという単純な問題でなくなってしまった。


内野達が一番最初にこの敵を倒したので、オペレーターにこの報告と今の推論を述べる。

するとオペレーターの者の息を呑む音が聞こえた。


〔死ぬ直前に残した種がここまで大きな被害を出すとは……死して尚人類を脅かす、まるでピッコロ大魔王とかゴキブリみたいですね……〕


「地中を動かれるとなると、恐らくドローンでの監視じゃ被害の拡大は抑えられない。被害を抑える打つ手が思い浮かばないな……」


〔……一先ず情報を皆さんに共有しますね。

もしかすると川崎さんが何か思い浮かぶかも……って、他力本願なオペレーターでごめんなさい〕


女性オペレーターは謝りながら皆にこの情報を共有した。

内野と平塚はその間特にする事も無いので、市民達に避難誘導をした。プレイヤーが多い北へ方向を示すだけで同行はせずこの場で待機だ。


そしておおよそ周囲の者達が全て避難したのを確認し、内野は再びツルの塊の残骸へと寄る。

しなびたツルはもうさっきまでの真緑色の生き生きとした色をしておらず、茶色に変色していっている。

そしてそれに影響されてかツルに呑み込まれていた死体もしなびていた。

普通の腐敗とはまた違う腐り方で、彼の身体が既に植物と同化していたのだと内野は思う。


(本当に植物なら除草剤で倒せないかな。

プレイヤーになっても水の中では窒息するのと同じように、魔物もそこらの除草剤で……ん)


内野がツルの残骸を見ていると、地面の根元の色がまだ緑色な事に気が付いた。

『火炎放射』で燃えなかったから無事なのかと一時は思ったが、さっき燃えていなかった部分も茶色に変色しているのは確認済みなので、内野は探る為その根を掴んでみる。


根はまだ地面に強く張っており、内野の力でも引っこ抜く事は出来なかった。

千切れそうなので本気で引っ張る事は出来ない。

内野が根を引っ張ろうとしているのを見て、平塚が声をかけてくる。


「どうしたんじゃ内野君」


「このツルの根が何処に繋がっているのか気になって……」


「ふむ……もしかするとさっき引きずり込んだ死体が埋まっているのかもしれんのぉ。じゃが根の耐久がもたないから引っ張り出すのは難しそうじゃ」


確かにその根を引っ張り出すのは無理だろうが、内野にはあのスキルがあるので引っ張り出さずに中を確認する方法があった。


「……俺の『穴掘り』スキルなら、引っ張る必要なく確認できます」


「内野君、地の中では思う様に動けないし他の者も同行出来ない。危険過ぎる」


「それはそうですが……もしかするとこれが本体に繋がっているかもしれないですし、今の八方塞がりの状況で確かめない手は無いと思います」


「むぅ……じゃが君の身にもしもがあっても、そこじゃ誰も助けられん。そんな場所に君を行かせるのは……」



「ならば俺が同行者を付けよう」


川崎のそんな声が上空から聞こえて来た。

上を見ると、特撮ヒーロー物の仮面を被って顔を隠した川崎が空飛ぶ魔物に乗ってこちらを見下ろしていた。

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