第299話 知らぬ彼女の微笑み
2023/11/7
更新する話を299と298話で間違えていたので修正しました
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もう何十人殺しただろうか。
内野の武器は何十人の人間の首を刎ねただろうか、誰もそんなの数えていないので分からないが、今の内野は大量殺人鬼を十分名乗れるほど凶暴化した人間を殺していた。
数十人殺して分かったが、ツルについている赤黒い実は今の所一つも爆発しない。なので内野は接近を恐れず次々と凶暴化した人を殺していった。
内野が作る血だまりの道を、両親だけでなく他の市民達も走る。
子を持つ親は子供に目を塞ぐように言って抱きかかえて走っている。
到底こんな光景など子供に見せられないからだ。
その思いは内野も良く分かった。
だからこそ、我が子が人間を殺している光景を今も走りながら見ている両親の心情が気になった。
(どんな姿を見せようとも俺は俺……さっき二人にそう言ったけど、二人はそう思ってくれるかな?)
二人の顔が怖くて見えない。もしも魔物を見る様な目で自分を見ていたらと思うと足が竦み動けなくなりそうで、両親の顔はもうずっと見ていない。
内野の心にその恐怖が現れ表情が暗くなる。元より明るくなかった表情が更に闇へと落ちる感覚だ。
「なんて顔して戦ってんのよ!
もっとしっかり前を向きなさいって!」
内野の耳に入ったのは聞き馴染んだ工藤の声。
顔を上に上げるとそこには氷柱に乗り手を振る工藤がいたのだ。
こんな状況だと言うのに
工藤は氷柱を解除して降りてくると、直ぐに内野の母のお腹に触れて『ヒール』をかける。
緑色の優しい光が内野の母のお腹を包むと、さっきまで辛そうに声を出していた母が普通に喋りだす。
「い、痛みが引いた……なにこれ、もうさっきまでの痛みが無い!」
「本当か!?もう歩けるのか!?」
「うん。ほら……さっきまで腰を動かす度に激痛があったのに今は無い!」
父と母は涙を流しながら傷が癒えた事に喜ぶ。
ここでようやく内野は両親の顔を見れた。喜ぶ声を聞いてから見るなどビビり過ぎと思われるかもしれないが、それぐらい両親からの目を気にしながら内野は戦っていたのだ。
そして『ヒール』を目の当たりにして他の市民達もざわめきだす。
列が人を呼び、今では50人近く後ろに着いて来ている。
「す、すげぇ覚醒者……」
「あんな事も出来るのかよ……」
「やった!増援だ!これで俺達死なずに済むぞ!」
新たな覚醒者の登場に歓喜して騒ぎ、その騒ぎを聞きつけて更に人が集まってくる。
凶暴化した人間はそこかしこにおり、自然公園よりはマシだが凶暴化した人間が暴れまくっている。
避難をするにしても道に凶暴化した人間がいるので出るに出られなかった者達が家から飛び出してきた。
「わ、私たちも連れてって!」
「覚醒者様!もうネットの掲示板に悪口を書かないのでどうか俺達家族を守って安全な場所にっ!」
「あのヤバイ奴らなんなんですか!?テロとか!?」
人が続々と集まってきた。
覚醒者と言う単語にそこらの家の中にいた全ての者達が飛び出てきて助けを乞う。
工藤はそれを見て、氷柱に立って乗ったまま高度を上げる。そして自分の胸に手を置く。
「皆!もう大丈夫よ!
私と勇太で皆を安全な場所に連れて行くから!まだ結構歩く事になるけど道は私達が作る!」
「「やったぁぁぁぁぁーーー!」」
「ありがとう!」
「ありがとうございます!」
「神様ぁぁぁぁぁー!」
工藤の言葉でその場にいる全員の顔に希望が灯った。
人を助け癒し、不安から心を救う彼女の姿はヒーローそのものであった。
だが内野のみ動揺していた。
今の彼女の自信満々の姿が
内野が動揺し工藤を見て固まっていると、工藤は内野にルートを教える為に氷柱を降りて話しかけてくる。
「勇太。この先ずっと北に直進でいいわ、先導してちょうだい。
私は列の側面から来た敵を倒すから」
「敵を倒すって……お前、人を殺せたのか?」
「私が優しいのは人に対してだけ。もう人じゃなくなった彼らに温情を掛けたりなんてするわけないじゃない」
「そ、そうなのだが……お前はそんな簡単に割り切れるタイプじゃ……」
内野が知っている工藤は弱く優しい性格だ。
初の防衛クエスト時に一般人にヒールをかけようとするぐらい優しく、人型の魔物を殺すのに抵抗があるという弱さを持っている。
その抵抗は前回のクエストでも完全には消えていなかったのを内野は知っている。
だから今回の暴走化した人を殺すという事が工藤に平然と出来ると思えなかったのだ。出来たとしても今の晴れやかな顔が出来るわけない
なので最初は凶暴人を避けてきたのかと思ったが、今の「倒す」という言葉からそういう訳ではなさそうである。
これが内野が困惑している理由である。
今の工藤は普段の工藤とはまた違う気がした。
「む、無理はしてないよな?」
「魔力の消耗が激しいけど、ある程度は無茶しなきゃ全員を助ける事は出来ないわ」
「そういう事じゃなくて心の問題だよ!人を殺すのはお前にとって……」
「今は言わないで、それは後で話すから。
ほらほら、私達が動かないから皆不安がってるしさっさと行かないと」
工藤は強引に内野の言葉を切りそう言って建物の上へと跳躍し飛び乗った。見下ろしこちらに暴走者が来てないか監視をする為に。
工藤について聞きたい事はあるが、今は彼女の言う通り皆を安全な場所へ送るのを最優先に動く事にした。
内野を先頭に100人もの列がゾロゾロと動き出す。
3度目のクエストで被害を被った大阪、そこに西園寺はいた。
色欲グループの灰原と双子の姉弟が同行しており、今日は大阪に建設する二次拠点の話を国の官僚達とする為に4人は東京から離れていた。
だが、千葉県で嫉妬の使徒が現れたと聞いてそれどころではなくなり、西園寺は覚醒者支援隊の施設から皆に指示を出し動かしていた。
そして暫くすると覚醒者支援隊の情報統括役の者から今回の騒動の拡大理由を告げられた。
「まだ確証はありませんが、目撃者の証言から察するにこれだけ騒ぎが広くなったのは赤黒い実の性質だと考えられます。
一斉に割れて人々を凶暴化させた赤黒い実は、動いているものに向かい転がるという性質を持っています。
その謎の実の通報は昨日の夜中から何件も送られてきていました。
なので人などの動きを追って広範囲に拡大したと思われます。
ちなみに現在、凶暴化した人間の身体からツルが生え、そこから実が増えているという報告もあがっています」
「たった一日で県半分を覆う範囲にまで広がるとなると……とんでもないスピードで動いてたのそれ?」
「車と同じ速度で半径1センチの小さな実が転がる映像が千葉県各地のSNSに上がっています。
それに暴走が起きているのは千葉県南部のみですが、その実の発見報告は既に東京でも上がっています。ただ爆発が起きていないというだけで実自体は今も動き続けている模様。
現在実の発見報告がある市には、外から出ない様に呼びかけを行っていますので実の範囲拡大は防げています」
その話を聞いて西園寺は眉をひそめる。
西園寺が気になっているのは実の拡大移動などではなく、暴走化の実の爆発が起きた範囲の事だ。
(実の散らばり具合はかなり拡大しているが、爆発が起きたのは千葉県の一部だけ。
相手が嫉妬の使徒の殺し損ねた種子で、そいつから実が拡散されているのは大方分かるけど……これはわざとなのか?
もしもわざとだったら、相手はもっと実が広まってから爆発を起こすつもりなんだろう。
でももしも爆破範囲に限りがあったとしたら……)
西園寺は覚醒者達の配置などは覚醒者支援隊の本部に全て任せ、支援隊のオペレーターにある頼みをする。
「ドローン隊で今動かしている機数はいくつ?」
「40機です!現在凶暴化した人間が現れた町の状況を確認中です。」
「索敵範囲を広くして、凶暴化した人間のおよその分布を出してもらえる?
どこの地域に凶暴化した人間が多いのか知りたい。出来れば早めにね、僕は今から千葉に向かうから」
「か、かしこまりました」
西園寺はそれだけ言うと通話を切って部屋から出る。
廊下には小町姉弟が待機しておりいつでも出る準備は出来ていた。
「パパ!灰原はもうジェット機に乗って出発の準備出来てるよ!」
「ちーば君が大変なの~?」
「そう。今大変な状況になってるから僕らで助けに行くよ!
市民の救助は皆に任せ、僕らは頭を狙う」
西園寺の狙いは実の爆発を行っているであろうボス。
さっき凶暴化した人間の場所事の人数分布を知りたいと言ったのは、そのボスの場所を特定する為だ。
爆発させられる範囲に限りがあり、そのせいで遠方にまで向かった実が爆発しないのならば、凶暴化した人間がいるのはボスを中心と円状に広がっていると考えられるのだ。
西園寺の言葉に、
「頭を狙う……ヘッドショットって事?」
「いいや、頭って言うのは実の爆発を起こしているだ相手のボスの事だ。
下を統括し指示を出す者の事を頭って表現したりするから覚えよう」
「うん、覚えた」
「私は知ってた!」
西園寺は希望と片栗の頭を撫でてからジェット機を停めてある場所の方へと向かう。
既に灰原がジェット機を出す準備をしているので、支援隊オペレーターからの情報は千葉に向かいながら聞く事になる。
無駄に魔力を使えないのでこのジェット機は『色欲』で出したものではない、なので通常の軍隊が使う仕様のものだ。
「ケチって一機に4人搭乗して来たけど、二人を膝の上に乗せないといけないから窮屈なんだよな~」
「じゃ、私灰原の膝の上座る!」
「運転手の邪魔したら墜落しちゃうからダーメ」
呑気に思えるかもしれないが、その間も西園寺は覚醒者隊のメンバーをどう動かすか思案している最中である。
普段から彼は多忙でこの大阪に建てる拠点の話し合いが終わったら休むつもりであったが、どうやら彼に憩いの時間が来るのはまだまだ先の様だった。
千葉で大混乱が起きている最中ではあるものの、そんな彼が家族とこんな会話をするのを咎めるのは、世の誰にも出来ないだろう。
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