第298話 正当な殺人

この暴動の裏に嫉妬の使徒がいると確定し、内野の頭には様々な可能性が過る。

その中で最も可能性として高いのは……


「……種子…あの植物の使徒は種子をこの世界に流していたのか?

そうとしか考えられない。だって嫉妬の使徒自体は川崎さんが呑み込んだのだから………っ!父ちゃん!母ちゃん!」


内野は今取り押さえている女性の脚部を蹴りで折って動けなくした後、すぐに両親がいるベンチの方へと戻る。

振り向き二人の姿を確認するより先に既に走り出していたが、そこで両親の声が聞こえる。


「や、やめろっ!」

「ゆ……勇太…父さんを……」


父が凶暴化した人間に押し倒されていた。

父はそれに抵抗しようとしているが力で勝てるわけもなく、今にも顔を殴られそうである。

母は凶暴化した者を押し倒そうとしたが反撃を喰らい、腹を抑えながら内野の名を呼んでいる。


その瞬間、内野は両親の前だというのに『ストーン』のスキルで容赦なく凶暴化した人間の頭を飛ばした。

二人は状況を呑み込めず唖然としていたが、内野が駆けつけ直ぐに二人の安否を聞く。


「大丈夫!?怪我は!?」


「い、いや……俺は大丈夫だが母さんが……」

「私……これ……立てそうにない…………」


母は腹を殴られた様だが、内臓にまでダメージが及んだのか吐血している。

今も痛みを堪えて辛そうに声を絞りだしている。


母の負傷具合を見て内野は直ぐに『ヒール』が必要だと焦り工藤に連絡をする。

通話に出た工藤は訓練中で息を切らしている所であった。


「どうしたの?今訓練中だから後で……」


「今すぐ千葉まで来い!嫉妬の魔物出現だ!

母ちゃんが負傷した……工藤は一人でも良いから直ぐに東京湾を氷で渡ってこっちに来てくれ!」


「え、魔物って……今はクエストじゃ……」


「良いから早く!西園寺には俺から連絡するから、工藤は一刻も早くこっちに!GPSで場所を送るから!」


「わ、分かったわ」


工藤は訳が分からないながらも内野の焦り方から嘘ではないと察し、こちらに向かうと言う。

通話を切ると、次に内野は西園寺に通話をかける。

日本防衛覚醒者隊の出動は西園寺の命令で行われるので、彼に事情を話せばすぐにホテルから覚醒者隊のメンバーが来てくれる。


「西園寺!千葉の自然公園で魔物発生だ!相手は嫉妬の使徒……凶暴化させる力を持った使徒だ!」


「その話はたった今届いた所、だから今全てのメンバーを動かしている所だ。

でも……どうやら被害は君のいる場所だけじゃないよ。木更津市より南で凶暴化した人が発生しているみたいだ。

被害範囲は通常のクエスト並みに広いとさ」


西園寺からこの騒動の情報を述べられる。内野が思っていたよりも遥かに被害規模は大きく、もはやクエストと変わらぬ程の事態であった。

たった今覚醒者隊メンバーに出動要請を出している様だったが、到着までに数十分はかかってしまう。


この自然公園にいる覚醒者隊の者は内野一人のみ。今も大勢の者達が襲われているのが悲鳴から分かる。死にゆく人々の悲鳴が絶え間なく続いている。

そして今は一刻も早く工藤と合流して母親に『ヒール』を掛けてもらわねばならない。暴走者を無力化しながら他の者達を悠長に守っている余裕は無いのだ。


だから内野は西園寺にある頼みをする。


「西園寺……人を殺す許可をくれ」


現在、クエストの最中ではないので内野の姿は一般人にも見られる。

だからクエストの時の様に凶暴化した人間を殺せば、内野は殺人罪として犯罪を犯す事になるのだ。

だがそれも日本を守る為に活動する日本防衛覚醒者隊、その隊長の許可があれば別。魔物の進行を抑える為に人を殺したという事になるので後で吊るされる事も無い。


西園寺はその一言で内野が何をしようとしているのか察し、許可を出す。


「……それが正しい判断だよ。凶暴化を直す手段はないし、彼らの為にも殺るしかない。

凶暴化した人間は殺しても構わない、日本防衛覚醒者隊のトップである僕が許可を出す。凶暴化した人間を殺して人々を守れ。

僕も今から関東に戻るから」


「助かる」


内野はそれだけ言うと通話を切って、地に腰をつけている両親の方を見る。

二人ともこの事態に困惑し、恐怖し、震えている。さっき横でかき氷を食べていた他の者達も同様に震えて立ち竦んでいる。その中には原っぱで遊んでいた子供達もおり、内野を除いて全員の顔が恐怖に染まっている。

だから皆を安心させる様に内野は話しかけた。子供達の不安を煽らない様に優しく。


「皆、今からアクアブリッジの方まで移動するよ。暴れてる怖い人達は覚醒者の俺が何とかするから大丈夫。怖いだろうけどどうか足を動かして、ゆっくりでいいから」


「う……うん……」

「お、お願いします…」


「親御さんは子供達が目を瞑っていられる様に、抱えるか手を繋いで歩いてください」


覚醒者と聞いて少しだけ皆の不安は解消された。子供や大人関係無くびくびく震えながら頷いた。

そして次に内野は父親に頼みをする。


「父ちゃんは母ちゃんを抱えて動いてくれ。俺が絶対に守るから安心して」


「ゆ、勇太……まさか今から……」


「……うん、酷い光景になるよ。だけど……どれだけ酷い姿を見せても俺は俺だからね」


内野は二人にそれだけ言うと前へと走り出し、東京湾に掛かるアクアブリッジ方面へと走り出した。

そしてその道中にいる凶暴化した人間達の首を一刀で刎ねていった。

最短ルートを繋ぐ為にある者は『ストーン』で頭を潰したり、数が多い場合は『ブレードシューズ』の刃で切り裂き殺していった。

両親達と付かず離れずの距離を保ち、内野は次々と首の無い死体の赤い血で染まった道を作って行った。

その息子の後ろ姿を見た二人は、目の前で次々と人を殺していく男が自分の息子だというのを一瞬忘れるほど畏怖してしまった。






「覚醒者だ!」

「やった!助けが来た!」


東京湾沿岸にて、アクアブリッジを覚醒者隊の車両が渡ってくるのを目撃した住民達は歓喜していた。

羽田空港周辺に覚醒者隊が駐在している拠点があり、わずか数分経たずでやってきてくれた。

覚醒者隊の中で能力が低い者達は橋付近で避難誘導に回り、ある程度能力がある者達は騒動の中へと飛び込んでいくという役割分担が成されている。

だがあまりに急な作戦なので、具体的に誰が何処に行くだとかは決まっておらず、イヤホンで本部と随時通信しそれに従う事になる。


住民達は覚醒者隊の歓喜して急いで橋を渡っていく。

だがそんな中で、とある避難者は覚醒者が乗る車両ではなく、海上を飛ぶあるものに目を釘付けにされていた。


「え、あれって……人!?氷みたいなやつの上に乗って移動してるのか!?」


その者が見たのは、氷柱の上に乗って海上を高速移動している金髪の女性。

彼女は他の覚醒者達とは違い単独で海を渡りショートカットしていた。


その避難者が目撃した女性とは工藤の事である。

内野に名指しで来いと言われ、彼女のみ内野の元に直行している。

他にも飛べる者達は海をスキルで渡りショートカットし、最短ルートで現場を目指しているがその数は少ない。

この移動方法は魔力消費は激しいが、工藤は内野の母の負傷を直す為に惜しみなく魔力を使っている。


(もしも家族が殺されたりなんかしたら、きっとまた勇太は笹森の時みたいにあの状態になっちゃう……出来ればそうはならせてくない、これ以上不安を大きくなんかさせない!)


工藤は一番最初に対岸の千葉県へと足を踏み入れた。

地に足を付けるとクエストで聞き慣れた悲鳴が四方八方から耳に入る。

青い空の下で悲鳴を聞くのは初めてだが、もはや慣れてしまった。

だから工藤は迷わず内野のGPS情報の元へと駆けていく。今襲われている者達は後方の仲間達が助けてくれると信じて。


さっきもそうだが、工藤は魔力消費を抑える為に氷柱をかなり小型にして移動しているので、急速旋回などをすると振り払われて落ちてしまう。

だから工藤は出来るだけ直進のみを続けた。

家屋の上スレスレを飛びながら下を逃げ惑う人々を見る。


こうして低高度を飛んでいるのは、道中にいる暴走人間を殺す為だ。

内野からの情報によれば身体が強化されているのはツルが纏っている所だけで、身体自体は通常の人間のものらしいので,暴走人間の頭をスキルで軽く撃ちぬくだけで相手を殺せる。

……撃ち抜ければの話だ。


工藤は低高度を飛んでいるおかげで人が人に襲われている瞬間を目撃出来た暴走者が一般人を馬乗りし噛みつこうとしている場面。今スキルを飛ばせば十分市民を助けられる状況だった。

だがその暴走者が5歳ぐらいの背丈の女の子で、工藤はスキルを撃つのを躊躇ってしまったのだ。

手を女の子に向けるもスキルを撃つ決心が付かない。


(無理……私にには無理……ゴブリンとか人型の魔物を殺すのとはわけが違う……だって人なんだもん、姿形がそのままの人間なんだもん!)


人型の魔物を殺すのには慣れたが人を殺す事は自分には無理だと、工藤は自分の限界を理解しスキルを人に放てなかった。

なので暴走した少女は市民へと噛みつき、人の血肉を喰らう。


「ぐっ……いだぁぁぁぁぁぁぁい!助けてぇぇぇ!」


「っ!?」


噛みつかれた男性が痛みによって叫んだ事で、工藤は反射的にスキルを放った。少女が人を噛みついた事でようやく彼女を魔物として見れて動けたのだ。

少女の頭に工藤のスキルは直撃し、小さな頭はミニトマトの様に潰れ飛んだ。


それを自分がやったのだと思うと手の震えが止まらない。幼い女の子をこの手で殺してしまい、自分の手が恐ろしく感じた。

氷柱に乗って移動中だが、工藤は自分の手を見ながら頭に幾つもの自責の念が過る。


(や、やっちゃった……人を助ける為に人を殺しちゃった……私は小さな女の子を殺した殺人犯……頭を一瞬にして飛ばして殺した殺人犯……)


頭に嫌なものが大量に過るので、工藤はそれを防ぐ為に仲間の事を想う。

仲間の事を思い出し、彼らならどうするかと考えれば自然と心が楽になれた。


(きっと皆強いから……仕方のない犠牲って割り切ってる進めるんだろうな。私みたいに戸惑ったりしないんだろうな。

……きっと、きっと勇太は大切な人を守る為なら沢山人を殺せるんだろうな。だから今もこっちに向かいながら自分の手で何人も何人も……)


自分も皆の様になりたいとは思うも、なれるとは思えなかった。

今さっき人を殺せたが、それに慣れる気配はなく他に襲われている人が見えてもスキルを撃つ覚悟が出来ないのだ。

全部凶暴化した人間が人に噛みついたり殴ったりしてからしか撃てない。


工藤は改めて思った、自分は心が弱い人間なのだと。

そして改めて思い出した、弱さを隠す術を。

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