第297話 暴動の合図

内野は田村の車で送ってもらい、二人が現在暮らしているアパートへと向かった。

アパートの前で車を停めてもらおうと思っていたら、アパート前の道路に二人は立って待っていた。

内野が車から降りてくるや否や母は涙を流して抱き着いてきて、父は腕を組みながら涙を指で拭っている。


「勇太っ!」

「たった一月ぶりなのに……もう随分久しい感じがするな……」


1か月ぶりに会うだけなので大げさに思えるが、先週は魔物災害があったので両親にとっては戦争から兵士の息子が帰ってきた時の様な感覚だ。

母が強く抱きしめてくるので、内野も抱きしめ返す。


「ただいま。今日の昼ごはんは何?」


「サンドイッチを作ってあるから、今から自然公園に行って外で食べましょ!軽いピクニックよ」

「父さんも作ったぞ!当たりのサンドイッチには極薄ハンバーグも入っているから楽しみにな!」


「マジ!?腹ペコペコだから早く行こ!」


朝もそこまで食べていないので空腹状態。

だが更においしく昼飯を食べられるのなら、数十分の移動など容易に耐える事が出来そうだった。

内野家3人全員笑顔の微笑ましい場を、車の中から田村は見ていた。


本来あるべき幸せな家庭の姿、それを見て同じく子を持つ田村も感傷に浸る。

離婚を切り出した妻の事が頭に浮かび心を乱すが、最も田村の感情を揺さぶるのは……内野にはこの家族と共に居られる時間があまり無いという事だった。


内野が家族と幸せそうにしている姿を見ると、どうしても自分の息子と重ねて見てしまう。

もしも愛する息子が内野の様に戦場の最前線に行かねばならないなどという事になったら気が気でない。

だから内野の両親の涙を見ると胸が抉られる様な痛みが走る。


田村は決してそれを顔には出さないが、心の中では3人に謝っていた。


(まだ高校二年生の子供である彼に頼らなければならない……不甲斐ない大人ですみません。

でも…でも……私にとっては彼よりも息子の方が大切なんです。だから…彼には辛い道でも歩み続けてもらいます。この世界を守る為に)


決して汚い考えなどではない。

自分の息子を一番に考えるのは親として当然で、理想の親のあるべき姿である。

だがその理想を貫く為には内野に戦い続けてもらわねばならない。

だから田村は内野が戦闘不能状態にならないように彼に寄り添い、時に厳しく、時に優しく言葉をかける。

全ては自分の息子が暮らすこの世界を守る為に…


「田村さん!送ってくれてありがとう!」


田村がそんな事を考えていると、内野が手を振ってこちらに礼を言ってくる。

内野の両親も頭を下げて礼を言って来ている。


純粋に自分に感謝を述べてくる内野達を見て自分の考えが汚く思えてしまい、田村は軽く会釈だけして車を発進させた。まるで逃げる様に車を動かした。


普段冷静で感情をあまり顔に出さない田村であったが、誰も見ていない車の中で、彼は歯を食いしばり眉間にしわを寄せていた。

そして自分の愚かさに対する怒りで手には力が入っていた。


「……ごめんなさい、内野君」


怒っている様にも、泣いている様にも見える顔を田村は車内で一人していた。




内野は父の運転で南の海岸沿いにある大きな自然公園にやってきた。

車内にはサンドイッチの具材とパンの匂いが漂っており、今すぐにでも弁当箱を開けてパンに喰らいつきたい衝動に駆られそうだった。

だが両親は絶景のスポットがあると言うので我慢し、耐え忍んだ。


両親が連れてきたのは広大な原っぱにあるの小さな丘の上。

近所の子供達が原っぱの上を駆けまわり遊んでいる声が聞こえ、平和そのものな光景が広がっている。

大きな木が一本あるのでそこの下にレジャーシートを敷き、いよいよ昼食タイム。


3人はいただきますと言うと、ガツガツとサンドイッチを食べていく。

両親の予定じゃゆっくりサンドイッチを食べながら色々な話をしていくつもりだったが、内野の食べる速度は凄まじくそれどころでは無さそうである。


「お前、前より食欲上がったんじゃないか?

太る…事は無いだろうが、女の子の前でそんなガツガツ食べるなよ。新島ちゃんに嫌われるぞ?」


「訓練終わりの仲間は皆こんな感じだし大丈夫。

新島も前に俺の家に泊っていた時よりも食べてるし、今更誰も食い方なんて気にしない」


「やっぱり訓練厳しいのね……あんまり頑張り過ぎないでよ?

いつ魔物が現れるのかも分からないし、疲れている時に襲われなんかしたらもう……」


このエピソードトークから、母は覚醒者の訓練の厳しさが想像出来てしまい内野を心配する。

そして心配性の母は別の話へと移る。


「……魔物災害が起こる度にお母さん達の心臓が悪くなっちゃうわ。中継で街が壊れる映像を見た時はもう気絶しちゃって……」

「俺も肝が冷えたぞ、戦艦からの砲撃とはいえ町があんな風に壊れる所なんて見た事がなかったからな。まるで戦争みたいだったし……」


「…心配かけてごめん」


両親が魔物災害が発生していた時間、ずっと自分の事を心配していたと思うと申し訳ない気持ちが溢れてくる。

終わった後すぐに生存確認の為連絡はしていたが、それでも二人からすれば気が気ではなかっただろう。


実は前回のクエストが終わり内野の生存確認の連絡を受けた父と母は、覚醒者をやめて海外に一緒に逃げようという話を内野に再度しようと悩んだ。あとどれだけ続くか分からない魔物災害の度に、息子の生死の心配をするなど耐えられないからだ。

だが二人でそれを言っても従ってくれると思えず、二人はその提案をしない事を話し合って決めていた。

だから二人共その先の言葉に詰まった。本音を言えないから言葉に悩んだ。


内野も二人の本音をなんとなく感じとれた。だから自分から言葉をかける。


「これからも心配かけるけどさ、見守っててほしい。

絶対に死なないって言い切る事は出来ないけど、俺は戦い続けるよ。

またこうして家族3人で暮らせる世界になるまで、こんな平和な光景がどこにでもある世界に戻るまで」


8月に入り夏休み期間なので子供達は外で元気に遊んでいる。原っぱでボール遊びや追いかけっこをしてはしゃぐ子供達の笑顔を見ると、この平和な世界を守りたいという強い気持ちが芽生えてくる。

だから内野は力強い眼差しでそう言えた。


二人は内野のその言葉でやはり説得は無理だと思い表情が曇る。だがここで父は不安な気持ちを押しのけて雰囲気を変える。


「せっかくこうして3人で出掛けられたんだ。暗い話は無しにしよう!

そうだそうだ、向こうにかき氷が売ってるから後でデザートとして買いに行こう。久しく食べてなかったが、二人とも何味がいい?」


「俺メロン味」

「私はコーラ味にしようかしら」


真夏の炎天下の下、木陰にいるものの暑さは凄まじいのでかき氷を美味しく食べられそうな日だ。

なので昼食を取った後、3人は大サイズのかき氷を食べて身体中の体温を冷ましていく。

ベンチに並んで3人で食べるデザートはたまらなく美味しかった。


家族全員で出掛けられる日はこれ限りだが、クエストが全て終わったらまたこうして3人でかき氷を食べたいと内野は願った。



ボンっ!



内野がかき氷を食べきった瞬間、風船が割れる様な破裂音と小さな爆発音が混じった奇妙な音が辺りに響いた。

その音の発生個所は分からない。周囲全方向から聞こえた気がして、内野達だけではなく他の客達も周囲を見回していた。


「ん?何の音かしら?」

「でっかい水風船でも誰か割ったか?」


両親もキョロキョロと辺りを見回しながらそんな事を言う。

確かに風船が割れる様な音だったが、それにしては響き過ぎている……というより全方位から同時に音が発生するのはおかしいとしか思えなかった。

内野は特に音は気にせず、残ったシロップをストローで吸っていた。


だがその直後、一斉にそこら中から悲鳴が響き渡る。


「ギヤァァァァァァァァァァァァ!」

「嫌ァァァァァァ!」

「だ、誰か!きゅ、救急車……警察を!」

「おい!ざけんなオラァ!」


その悲鳴を聞いた瞬間、内野は手に『黒曜の剣』を取り出して気が付けば上に跳躍していた。

内野自身も動揺していたが、身体が思考よりも先に動いた。

この悲鳴がクエストで散々聞き慣れたものだったから身体が戦闘モードへと移行した。


だが今日はクエストは無いので、内野は跳躍しながらも自身の思い過ごしだと願っていた。


(魔物!?いや、そんなわけが無い。だって今日はクエストが無いし現実世界に魔物が現れるわけが……)


内野は一蹴りで20mほど跳躍し、上から悲鳴の発生源を探る。

そして公園の遊具近くで起きている騒ぎの場を確認した。


騒ぎの場に魔物らしき生物はいなかったが、何やら人が人を襲っている様だった。

女性が倒れている男性の上に馬乗りで乗り、何発も拳を振りかざしている。ここからではあまり見えないが、他の場所でも同様に人が人を襲っていた。

ある者は近くの者に噛みつき食べていたり、手に持っている草切バサミを振り回していたり。

何かのテロかと思うほどその異常行動は突発的に、そして同時に行われた。


(さっきの爆発音は何かの合図!?

何かのヤバイ集団が騒ぎを起こしてるのか!?)


襲っているのが人なので魔物の仕業という線は消し、内野は暴徒でも現れたのかと、その騒ぎの鎮静へ向かう事にした。


内野は跳躍から着地すると直ぐに両親へ声をかける。


「なんか人が人を襲ってる!良く状況は分からないけど俺が止めてくる!二人はそこから離れないで!」


「わ、分かったわ……」

「た、頼んだぞ」


二人が返答した時は既に内野はその場にいなかった。

魔物がいないとなれば武器を使う必要も無いので、武器をインベントリに収納して直ぐに全力ダッシュで現場に向かっていたのだ。

プレイヤーである内野の全力ダッシュの初速は凄まじく、地を蹴った瞬間に地面の土が舞う。

これには両親だけでなく周囲にいた者達も目を見開き驚いていた。


内野はわずか数秒で100m以上離れた暴動の現場へ到着し、馬乗りになっている女性の身体を掴み、男性から剥がそうとする。

だがそこで、一般人が怪我しない程度の掴む力で彼女の手を抑えようとしたが、その加減した力では彼女の振り上げる拳を止める事は出来なかった。

女性は腕を掴まれると内野の方へ振り向く。


20代前半の女性だったが、彼女は充血した白目を向いてゾンビの様に「ウギャァァァァァ」としか呻かない。

そして内野に掴みかかり手を噛んできた。

高ステータスの内野の手を本気で噛んだので相手の歯の方が折れ、彼女の口から大量の血が噴き出す。

それに腕を掴んで気がついたが、既に女性の拳の骨はボロボロに砕けていた。


この彼女の噛む力と腕の力に、内野は違和感を感じる。


(な、なんだこの女性の力……これ、弱い魔物程度には力があるぞ!

それにまだ暴動が始まって10秒も経ってないのに、殴られていた男性の顔がぐちゃぐちゃだ……これは生身の女性が出せる力じゃない、明らかにプレイヤーの力を持っている人間だ!)


殴られていた男性は既に虫の息で顔面がぐちゃぐちゃになり、身体がピクピク痙攣している。顔の中央が凹んでおり残り数秒で息絶えるであろう負傷だ。

その他にも、周囲にはこの女性を止めようとした大人が数人いたが、全員が骨折していたり身体のどこかしらを負傷していた。


たった10秒でこんな事が出来るのはプレイヤーの力を持つ者ぐらい……と内野は考えたが、他の場所でも起きている暴動犯も、現在内野に噛みついている彼女の顔も見た事無いので、とても覚醒者とは思えなかった。


暴動を起こしている者達は目に着いた人間へ飛び掛かり襲い続ける。その人が人を襲う光景を見て、内野はある者達を思い出した。


それは2回目の防衛クエストで嫉妬の使徒に凶暴化させられた者達の動きだ。

痛みも理性も無いので周りからどれだけ殴られようとも近くの者を絶命するまで攻撃を続ける暴力ゾンビ。

今暴れている者達はそのゾンビ達の動きに似ている気がした。


でも一つ違和感はあった。

あの時の人達は少なくとも人の出せる力の範疇の身体能力だった事である。

だが今回のこの女性含め、他の者達の身体能力は明らかにレベル20程のプレイヤーが出す力ぐらいに高い。

跳躍、機敏さ、破壊力、どれをとっても人が出せる力じゃない。


そこで内野が暴れている女性を注意深く見てみると、その女性身体に異様なものを発見した。

彼女の裾や襟からうねうねと動くツルが見えたのだ。


それは嫉妬の使徒が出していたツルとサイズ以外類似しており、内野は「まさか!」と思い彼女の服を手で破く。


すると彼女の服の下には肌が見えくなるぐらいツルが巻き付いており、その節々には赤黒い実があった。

どうやらツルが彼女のパワーアーマーとなり力を増幅させている様だ。

髪で隠れていたのでよく見えなかったが、彼女の顎に付近にはツルが巻き付いており顎の力を強化させていたのでそれはもう確実である。


そしてもはや疑う余地はなくなった。

この暴動の裏には嫉妬の使徒がいると。

殺したはずの嫉妬の使徒が生きていると。

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