第296話 後追う者の決意

内野は田村の息子である良太の部屋にいた。

さっきまでリビングで田村も含めて話していたが、内野に見せたいものがあると部屋に招き入れたのだ。

ちなみに田村は今リビングでくつろいでいるので二人きりである。


良太の部屋の壁には、窓とクローゼットがある面を除いて本棚が置いてある。そこには幼い子が読む絵本だとかの簡単な本から、タイトルだけでお腹いっぱいになる難しそうな本まであった。


それらの本のタイトルを内野がぼーっと見ていると、良太がノートパソコンをいじりある動画を見せてきた。


それは2回目の魔物災害時の、魔物と戦闘している覚醒者が映された動画だ。

しかもその人物は内野が知っている覚醒者である帯広である。

この動画は魔物に襲われている所を助けられた者が撮影した動画で、一時期話題になった事がある動画の一つだ。


「内野もこんな風に魔物と戦っているんだろ?

だったらこんな動きも出来たりする?出来るなら是非見せてほしい!

父ちゃんは何も見せてくれないんだ!」


「出来るけども……申し訳ないが、あまり目立つ行動をすると厄介な事になるから披露は出来ない。ごめん」


「まぁそうだよな。それは何となく分かってたから……じゃあこっちで良いや、この引き出しを開けてみて」


良太が指差すのはパソコンやら教科書が広げられている机の引き出し、内野は言う通りにその引き出しの取っ手を掴み引く。

すると中にあったのは握力測定に使用される握力計だった。

もしかしてこれで握力を計って欲しいのかと、内野はそれを手に取ってみる。


「これで俺の握力を計りたいの?」


「そう!プレイヤーの本気の握力を見てみたい!

それを壊す勢いでゆっくり握って欲しい、どうせそれ学校で処分しようといしてたやつだからバキバキに壊しちゃって!」


良太がじっとこちらを見てくるので、内野はこれぐらいなら良いかと握力計を握る。

するとそこそこの力で握った所で計器の取っ手がバキバキと鳴りヒビ割れ始め、110㎏という表示の手前で画面にエラーという文字が現れる。


それを見て良太はパチパチと高速で拍手する。


「限界超えてエラーでちゃった……すっご!

なあなあ!やっぱり話せる範囲で良いからその力について教えてくれない!?」


「は、話せる範囲が曖昧だけど……まぁ、いいよ。他の人に話さないって約束してくれれば田村さんも許してくれるだろうし」


「よっしゃ!

んじゃあさっそく色々聞いて行くぞ!

実は玄関の扉と今の机の取っ手に重りを付けていたんだけど、父ちゃんと内野はそれに対して特に何も言わなかった。って事は重さを感じなかったって事!?

俺が開けるのに結構苦労する20㎏程度のやつ重りだったんだけど」


内野は特にその引き出しを開ける時に力を入れなかったのでその事に気が付かなかった。

だがよく見るとその引き出しは二重底になっており、下の段にはダンベルが4つ入っていた。


「え、この引き出しに重り?

俺は特に何も感じなかったな…でもこの引き出しを引いても机自体あまり動かなかったし、実はそこまで重量ないんじゃないか?

ほら、この机自体軽そうだし」


「この検証をする為に机と壁をナットと釘で固定したからね。だからこの机は動かないよ。

それに玄関の扉に接着剤とロープで着けた重りも、多分もう外せない」


「力の検証における覚悟が凄まじいな。

強引で良ければだけど、あとで玄関の重りは取ろう。毎朝超重い扉を押すのは大変でしょ」


良太の覚悟の鋭さを認識し、内野は彼の為にも後で玄関の扉を直そうと思った。

だが良太にとっては玄関の扉を開けにくくなる事など今はどうでもよく、覚醒者の力の話を続ける。


「それよりも気になるのが、覚醒者の力の調整方法だ!

力を籠めれば簡単に物ぐらい握り潰せるのは分かったけど、間違ってドアノブを握りつぶしちゃったりはしないの?」


「そんなの聞いた事ないな。

……そういえば普段の生活で物を持ったりするのも、力が無かった時と同じ感覚だな。覚醒者としての力があっても手に持つ物の重さは同じに感じるし」


「つまり力は無意識に調整している…と。

じゃあ身体能力が上がると言っても常にそれは維持されている訳じゃないって事ね……ふむふむ、興味深い」


良太はクローゼット上の収納スペースからノートを手に取り、メモを取り始めた。

その時、内野はその収納スペースに最新ゲーム機器と積み重なったソフトがあるのを見逃さなかった。


「あ……もしかしてゲームとかも結構やるの?そこそこの量のソフトが見えたけど」


「え、もしかして内野もゲームとかやるの。

へ~意外だな~、てっきり体育会系みたいに毎日運動して過ごしているのかと思った」


「俺も意外……頭が良いって聞いてたからてっきりずっと勉強ばかりしてると思ってた」


お互い相手がゲームをするタイプだと思っていなかった。

なのでそれを知り、二人共同じ事を想いつく。


「なら一緒にやろうぜ!覚醒者の話を聞くのはゲームしながらでも良いし」


「だな。昨日ちょうどゲーム上手い人と戦って悔しい想いをした所だから練習がてら相手してもらおう」


内野は昨日の晩のゲーム大会で足立の実力では負けていた事を気にしており、ちょうど同じゲームを良太が持っていたので二人は対戦する事になった。


同年代の二人が肩を並べてゲームをプレイする後ろ姿からは、二人が今日出会った仲だとは到底思えない。

まるで昔から友達だったかのように見える。


そんな二人を微笑ましく見守る様に、哀狼の指輪にある赤色の宝石は赤く光っていた。




1時間が経過し、内野は両親が現在住んでいるアパートへ向かう為に田村の車に乗り込んでいた。

結局二人してゲーム熱中してしまったので途中からはゲーム関連の話しかしていない。だが二人共その時間が楽しかったので満足気な顔をしている。

たった1時間半程度の時間だったが、二人の仲は一気に深まっていた。


「じゃ、俺はそろそろ行くよ。

次いつ会えるかは分からないけど、また機会があったら対戦しよう!」


「いつでも来てくれ!

あっ、覚醒者だから気軽には来れないか。でも俺は海外に移る予定は無いし、多分ずっとこの家にいるから状況が落ち着いたらまた来てくれよな」


「ああ、そこまで距離無いし訓練の日を削ってまた来るかもしれん。

次来た時は玄関にへばりついた重りが取れればいいな」


結局玄関の扉にくっついた重りは接着剤で固定されており、それを外そうとすると扉の方が壊れてしまいそうだったので取れなかった。

だから次来る時は対策を考えてくると約束した。


内野は既に車に乗り込んでいるが、サイドの窓を開けて二人はそんな言葉を交わし合っている。

そして一通り話終えた所で田村が車のエンジンをかける。


「では、そろそろ行きますよ。

良太の分の昼飯は帰りに買ってくるから何も食べない様に」


「りょーかい」


こうして内野は田村家を離れ、両親のが待つアパートへと向かった。

もう少し良太と遊びたいという名残惜しい気持ちはあるも、両親に会えるのも楽しみなので顔は晴れていた。

_______________


基本的に日本防衛覚醒者隊の者達は訓練を8時から開始し、12時半に昼休憩を挟む。そして14時から再び訓練を再開して18時に訓練を終える。

その後は自主練をしても、休んでも良しというスケジュールで毎日を過ごしている。

休みは週2日あるが、特定の日に休日の者の人数が偏らない様にスケジュールを国の者達に設定されていたりする。


昼休憩での食事は仲が良い者とだけではなく、訓練で初顔合わせとなった者達と一緒に昼食をとる事も多い。魔物災害で共に戦う仲間達との交流を深めておく事も重要だからだ。

そこにはプレイヤーと覚醒者の壁はない。内野と帯広の関係の様にプレイヤーと覚醒者の気の合い仲良くなる者も多い。



食堂で現在、『木村 空』は一人で食事をとっていた。

内野達の次のクエストでプレイヤーになり、防御スキルで皆の盾になる役割に徹している中学生の青年だ。

気優しく正義感が強い彼を好きになる者は多く、友好関係もかなり広い方である。


そんな彼は、今日は慎二(川崎の弟)と二人で食事をとっていた。

慎二が中学3年生、木村が中学2年生と年が近いので二人は仲が良くこうして一緒にいることも多かった。

だが最近、木村はそこまで元気がない状態が続いている事を慎二は気にかけていた。

なにやら最近訓練の時間や自主練時間を増やし強くなろうと努力をしている様だが、どうして突然やる気を出したのかは分かっていなかった。


今日はせっかく二人で話せる機会が出来たので、慎二はそれについて尋ねてみる。


「最近元気ないけどさ、大丈夫?

訓練時間増やして疲れすぎたりしてるの?」


「それもあるけど……どちらかと言えば心の問題かな」


「もしかして前回の使徒のあれでトラウマが…」


「慎二が考えている様な事じゃないよ。あの時、僕は自分の力で周囲にいた人を助けられたからそこは満足してる。

僕が気にしてるのは……内野先輩の事」


木村が内野を最も慕っているという事は、彼と仲が良い者は全員が知っている。

内野にのみ「先輩」呼びをし、彼の様に強くなろうとひたむきに訓練を続けているのも他の人の目からも分かった。


木村は頭をポリポリと掻きながら心境を話す。


「二回前のクエストの話だけど、内野先輩は仲間の身体を乗っ取った使徒を殺す為に、その仲間に酷い言葉を浴びせたんだ。もう助からない仲間に対して言葉をかけて、その人を激情させて死に誘導した。

そのお陰で作戦は成功して使徒を殺せたらしいんだけど……僕はそれを受け入れられなかった……」


「……それは俺も兄ちゃんから聞いた。判断としては間違っていないって事もね。

でも正しい判断云々言われても、そう簡単に割り切れないよね。実際俺もその話を聞いて……内野さんを恐ろしいと思っちゃったし」


それは2回目の現実世界でのクエスト時の話。一か月半以上前の話で、てっきりそれはもう木村の中で割り切り仲直りしたと思っていた。

なのでまだその話を木村が引き摺っているというのは意外であった。

だが木村の次の言葉で、木村が悩んでいる原因が自分が思っている様な事ではない事を慎二は知る。


「この前、新島さんと工藤さんの話が耳に入ったんだ。

内野先輩があの状態にならないといけないのは、私達が弱いせいだって言葉が。

極論だけど、僕らがもっと強かったら先輩があんな事せずに済んだかもしれないし、僕も確かにそうだって思った。

それを思うと、僕は過去の自分が許せなくなっちゃった……

僕は……尊敬していた内野先輩に寄り添ってあげられなかった。

何度も命を救って貰えたのに、考える時間をくださいって言って先輩から距離を置いて一時は逃げた。

自分は何も出来なかったくせに、その尻拭いをしてくれた内野先輩を畏怖して尊敬と負の感情を抱いた。

それが今になって許せなくなったんだ……こんな醜い性格の僕が許せなくなっちゃった……」


木村の心境を聞いて慎二は改めて木村の性格を知れた気がした。

「正義感が強く」「仲間思い」なのが彼の特徴。

だけどその両方がある故に彼は悩んでいるのだと分かった。

正義感が強いので悪に見えてしまった内野を突き放してしまったが、仲間思いという特徴のせいで内野の事を考えてしまい、仲間を突き放してしまった自分を許せないという状況。

この状況は彼のその二つの性格がある故に発生してしまった状況と言えるだろう。


慎二は内野と一緒に居た時間はそこまで長くない。なのでまだ知らない事だらけだが、一つ確かに言える事があったのでそれを使い木村を慰める。


「内野さんが仲間の事を大好きなのは分かるよね。その中には木村も絶対にいる。って事は内野さんが好きなのはありのままの性格の君だと思う。

ならその木村自身の性格を無理に変える必要も無いし、自分を憎む必要も無いと思うよ。

今すべきは強くなる為の訓練。これまた極論だけど、強くなればきっとありのままの自分のままでも大丈夫だから。

だから木村はありのままの自分を通して行動していけば良いんじゃない?

無理に心を曲げて寄り添うのより、自分の心に従って行動してくれる事を内野さんも望むと思うし」


慎二はありのまま自分の考えを話した。

内野も木村も優しい人だって分かっていたので、木村が自分の考えを通して仲が悪くなるなんて事は考えずアドバイスをする。

アドバイスと言っても二人の関係を当人二人以上に分かっているわけではないので、果たしてこれで良い結果を導けるかは分からない。


ただこの言葉で木村の心が晴れて道が見えたのは確かであった。


「そうだ…僕は僕だ!無理に変える必要なんかないよね!

内野先輩にこれまでの恩返しと贖罪の為にも、内野先輩が困っている時は絶対にかけつけて助ける!その為に訓練をもっと頑張らなくちゃ!」


木村はそう意気込むと昼飯を食べる手を早める。

そして爆食いした後、直ぐに訓練場へと向かっていった。


「はっや。あれだけ早食いした後に激しく動くとなると…多分吐くな」


やる気に満ちている彼を止める事は慎二には出来なかったが、木村が吐くためのビニール袋を用意して慎二も遅れて後を付いて行った。

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