第295話 噂の昇華

内野は現実世界に帰還した後、先ず部屋で待っていた4人に黒幕から聞いた事を教えた。

色々と気になる話はあるも、やはり4人が一番気になっているのは3人に植え付けられた意識の事だ。当人達が揃っているからこの話に注目が当てられないわけがない。


最初にこの話を聞かされた3人の反応は……


「なるほど、そういう事だったんだ」

「本当っぽいねこれ」

「あ……ちょっと納得……かも?」


3人共口々に納得の声を出した。

どうやら全員その植え付けられた意識とやらに心当たりがある様だった。

新島からその心当たりを述べていく。


「あの転移してくる部屋で初めて会った時から、なにか違和感があったんだ。

言葉にすると難しいけど……君を無意識に見ていた気がする。

もう結構前だから記憶は曖昧だけど、寝っ転がりながら君の姿を見ていた気がする」


「僕も分かる!

他の事を考えていたのに、何故か意識が内野君に向かってた感じがあったよ!」


「私は……二人ほどは心当たりはないかも。

クエストを通して内野をほっとけない奴だと思っていくようにはなったけど、それが最初に植え付けられた意識かと言うと……少し違う気がする」


新島と進上は心当たりに強い確信があるも、工藤は少し頭を悩ませていた。

その3人の様子を見て内野の中にあった心配と罪悪感は薄まった。

心配事が消えてホッとしている内野を見て、松野は肘を机に突いてジュースを飲みながら尋ねる。


「どうしたどうした、今の話にそんな安心する箇所ってあったか?」


「いや、思っていたよりも植え付けられた意識ってやつが弱くて良かったって思ったんだ。

その話をあそこで聞いた時、黒幕の言い方だとまるで呪いをかけたかの様な言い方だったから、今の言葉を聞いて凄い安心した」


「なるほど、そういう事か。

確かに呪いのせいで3人共自分から離れる事が出来ないんじゃないかって思ったらそうなるかもな。俺だったら……いや、正直安心しちゃう気もするわ。必ず味方してくれる人がいるってのは魅力的だし。

でもその呪いとやらも薄っすら勇太を意識する様になるってだけだしそこまで効力が無いっぽいな」


松野は納得した様子で頷き、内野も「そうそう」と頷く。

この話を黒幕から聞いた時は表情は曇ったが、いざ仲間に話してみればいい意味で予想を裏切られた。

だから晴れた顔でこの部屋から出る事が出来た。





その後、西園寺と川崎にもあそこでの話の内容を共有しに向かった。

西園寺は覚醒者支援隊の人達と戦艦の改良について何か話し合っていたので、邪魔にならないよう簡潔に話をし、川崎には電話で連絡をする。


連絡を終えた後、内野は自室へと戻る。

今日早めに訓練が終わったのは、明日久々に両親に顔を合わせに出掛けるからだ。

内野の両親は今千葉県の東京湾沿いのアパートに住んでいる。どうして家を出ているのかと言うと、魔物災害発生地がいずれも人口が多い場所だからだ。

そこで政府は人口が集中している東京在住の者を他県に移住、宿泊させるという策を練った。


我が家から離れればならないというのはストレスが溜まる事だろうが、他県に移るという選択をしてくれた一家には海外への移住手続きが優先的に行われるという特典を付け、少しでも自分から移ってくれる人達を増やすようにした。

そのお陰もあり、内野の両親は今月中にアメリカへ移住する事が決定した。


だから対面して会えるのは、明日と空港での別れの時の2回だけ。

そのうちの一回を良いものにする為に、西園寺から「両親にしたい話が沢山あると思うし、今日は早めに訓練打ち切って何を話すか考えておきな」と気を使ってもらった。

結局エミリーという海外の報道陣に絡まれ話を考える暇も無かったが、今日の出来事も二人に話せそうなのでこれはこれで良かった。


ちなみに千葉県に向かうのは内野だけではない。

田村も千葉県在住であり、久々に息子に顔を出す為に明日内野と共に出掛けるのだ。なので内野は田村の車に乗って向かう予定である。


そしてなんと、もう二人明日千葉に用がある者がいた。

それは最近付き合ってイチャイチャが止まらない飯田と松平の二人。飯田の両親が今週海外に移住するので、今のうちに恋人の紹介をしておこうという事で明日千葉に向かう事になった。

その二人も田村の車に乗るので、明日は田村・内野・飯田・松平の4人で千葉行きだ。


なんとも珍しい組み合わせだが、二人が空気を読まずにイチャイチャしない限りは会話に困る事は無いだろう。

厳格そうで近付きにくい雰囲気がある田村だが、訓練の教官として強欲グループのほとんどの者と面識がある。だから初対面同士特有の気まずい雰囲気は発生しないだろう。




発生した。

運転席に田村、助手席に内野、後部座席に飯田と松平という組み合わせで座ったら二人がイチャイチャし始めた。


普段迷彩服という味気ない格好をしている松平がメイクや服装に気を使って出かけるのは珍しい事で、その姿に惹かれてしまった飯田のテンションが上がってしまっていた。


武道たけみち君のお父さんとお母さん、歓迎してくれるかな?」


「絶対大丈夫だよ!二人とも優しいし、僕が愛奈の良い所を沢山言えば絶対喜んでくれるよ!」


「もう……///」


二人は両親への挨拶の時の事をずっと話しており、声をかけても二人の耳には入らなそうであった。

なので内野は運転中の田村と話す事になるのだが、以前田村が離婚しているという話を耳に挟んだので話しかけるのが気まずい感じもあった。

なにせこれから幸せを掴み取ろうとしているイチャイチャ二人組が後部座席にいるものだから。

でもこのまま何も話さないというのも辛いので内野から話を切り出す。


「えっと……そういえば田村さんの息子さんって俺と同じ年なんでしたっけ?」


「ええ。好奇心旺盛で、知りたいものがあったら思考よりも先ず行動に移す子なんですよ。

宇宙の謎に迫るテレビ番組を見た次の日に図書館に行って色々調べたりするぐらい世界の謎が好きで、広い分野の知識をいつも部屋で蓄えています。

運動はからっきし駄目ですけどね」


「ちなみに高校のレベルは?」


「…地域最難関の高校で偏差値70越えの高校です。トップは難しいですがテストは毎回上位に食い込んでいますね」


「俺とは天地の差だ」


偏差値50の高校でまずまずの成績である内野と、偏差値70の高校で上位を獲得している二人の差がとてつもなく大きい事は直ぐに分かった。

学校の小テストに苦戦していた自分なんじゃ理解出来ない内容を勉強を習っているのだろうと容易に想像できる。


見たことも無い田村の息子と自分の差を考えていると、田村が一つ提案をしてくる。


「実は私の息子が君と会いたがっているものでね。飯田さん達を下した後に少し私の家に寄って顔を合わせて話をしてくれると助かります」


「お、俺に?西園寺ならまだ分かるけど……一体どうして?」


「不良を殴ったあの動画を偉く気に入っていましてね。

覚醒者と名乗り出た時に機会があれば是非君に会いたいと言っていました」


「アレを見てか……息子さん、血気盛んなんですね」


「普段穏やかな性格なので私もびっくりしましたよ。

まあ、意外な一面も見れたって事で得したと考えられますよ」


自分の息子の事を話す田村の顔は穏やかで、仲間達といる時の表情とはまた別の顔であった。

以前田村から一番大切なものは息子だと言われていたので、本当に自分の子を愛しているのだと分かった。


田村はクエスト前から勤務地近くのホテルで泊まる事が多く中々息子と顔を合わせる機会が少なかったので、こうして息子に会う日が決まったら基本的にお土産を持って帰るのが定番。なので今回も普段通りお菓子を買って来ている。息子はどら焼きが大好物みたいなので羽田空港でたっぷりとどら焼きのお土産を買っていた姿は目撃されている。


その行動からも息子想いな事が分かったので、きっとこの顔は田村の父親の顔なのだろうと内野は勝手に思う事にした。





飯田と松平を途中で車から降ろして、内野と田村は田村家へと向かう。

まだ昼飯時前であり、ホテルに帰るのは明日の夕方。時間はたっぷりあるので内野は自分の両親と合うのを焦ってはいなかった。

それに田村家と内野の両親が住んでいるアパートはそこまで離れていないので、昼飯の時間には十分間に合いそうである。


10時頃、田村家に到着した。

少し小さめの一軒家だが二人で暮らす分には十分の広さである。

車から降りて内野が家を見上げていると、二階の一室のカーテンの隙間からこちらを覗いている者を見つけた。

小さな隙間からこっちを覗いていたので普段の自分なら気が付かないはずだが、何故か直ぐに彼の目線に気が付けた。


きっと彼が田村の息子なのだろうと内野は思い質問する。


「ん……もしかしてあの部屋が息子さんの部屋ですか?」


「カーテンでも動いてました?

そうです、あそこが良太の部屋です」


田村はそう答えながら鍵で玄関の鍵を開ける。

すると階段からドタドタと騒がしい足音が降りてくるのが聞こえてくる。

田村がドアを開けると、そこには内野と同じ年ぐらいの高身長の青年がいた。彼が田村の息子である『田村 良太りょうた』だ。

普通の顔立ちだが田村の厳格そうな顔とは真逆で緩い雰囲気がある。

彼は笑顔で出迎えてくる。


「いらっしゃい!そしておかえり!

部屋汚いけど入って入って!」


「ただいま、掃除機は毎日しっかりかけたか?

それと洗濯物も毎日……」


「お客さんいるのにぐちぐち言うのやめよ。

ほら、内野さんもどうぞ」


「あ……お、お邪魔します」


普段敬語しか使わない田村が砕けた口調になっている事に驚き戸惑うも、内野は良太の手に引かれるままに家へと入り込んだ。


リビングに招かれ内野は席に着席させられる。家は清潔に保たれており田村はその様子を見て安心していた。


「つい1年前はろくに家事出来なかったのに、随分とやれるようになったな」


「全ての家事を熟せる様になったのは父ちゃんが覚醒者として家を出てから。急成長を果たせたぞ。

ほら、魔物に殺されたらもうずっと帰って来ない可能性だってあったし自分で何でもできるようにならないとって事で頑張る様になったんだよ」


「勉強は大丈夫なのか?

前も言ったが家政婦ぐらい雇えるのだが……」


「この前家政婦を1週間雇ったけど、なんか知らない人が家にいると落ち着かないんだよ。自宅なのに。

それが嫌だからいい。

てか俺の話よりもそっちの話を聞きたい!」


良太は父にコーヒーを、内野にアップルジュース入りのコップを渡して席に着く。そして内野の方に詰め寄る。


「さっきなんで俺の気配に気が付けたんですか?

カーテンを重りで固定していたからカーテンの動きもなかったはずだし、部屋の中も暗かったから影が見えるわけでもなかったはず。

それなのに俺と目が合った……一体どうやったんですか?」


「なんとなく気が付いただけだから、偶然偶然。

てか同じ年だし敬語じゃなくていいよ」


「それは助かる!

じゃあ内野、さっそく力を見せてくれ!」


「良太、距離の詰め方が相変わらず下手過ぎるぞ」


とんでもない距離の詰め方をする息子に田村はチョップする。

頬が緩み優しい目で我が子を見ている田村のレアな顔を見れたのは、プレイヤーの中でも内野ぐらいだっただろう。

__________________________

内野が田村家に着いたのと同時刻、千葉県南部の海岸付近の街で暮らしている学校帰りのとある少年達が友達ととある噂話をしていた。


「なぁ、お前ツル人間の噂って知ってる?」


「なにそれ?怪談?」


「なんか最近ここらで身体からツルが生えている人間の目撃証言が沢山あるって父ちゃんが言ってたんだ。

服の隙間からツルが生えているのが見えたって話らしい」


「ああ、そういえばお前の父ちゃんお巡りさんだもんな。

……てかなんだその話、どうせ通報した奴が毛と見間違えたってだけじゃないのか?」


噂話をする少年の話を聞いて友人は冷静にそう答えると、少年は首を横に振る。


「実はそのツル、うねうねとその人の身体にくっついて動いてたらしい。

最初に通報した人は蛇かと見間違えるぐらいだったらしいから、多分普通の植物じゃなかったんだと思う。

って事で今日から警察が動きだして聞き込みを始めたんだって、違法な植物の持ち運びがされている可能性もあるから」


「……だからさっき警官がいたのか。ちょっと信憑性あって面白いなそれ」


「だろ!もしかした近くに大きな犯罪グループでもあってヤバイ植物の持ち運びをしてるのかな!?」


まだ12歳で中学にも上がっていない二人の少年、彼らはそんな噂話をワクワクしながらした。

なにかトラブルが起きるとワクワクするという経験がある者も多いだろうが、二人にとってもこの話はその程度の軽い噂話であった。


そんな噂話をしながら二人が横に並んで歩いていると、何を踏んでしまった噂好きの少年が前に転んでしまう。


「っ……!?」


「お、おい!大丈夫か!?」


「大丈夫……なんか丸いやつ踏んで転んだだけ」


転んだ少年の足元には赤黒いパチンコ玉サイズの玉が転がっていた。彼はこれを踏んで転んだのだ。

通常なら変なものを踏んだと気にせず立ち上がる所だが、その玉はひとりでに少年の方へと転がってくるという奇妙な動きをした。

少年はその玉を拾いあげて近くで観察する。


「なんだろうこれ、この玉勝手に動いてたよな」


「この道って実は少し坂になってたりする?

じゃなかったら進行方向が真逆になるなんて変な動きしないよな」


「面白いし一個持ってかえろ。どうせゴミだろうし。

そんで噂の続きなんだけど……」


転んだ少年は玉を拾い上げポケットに仕舞い、再び噂話をしながら歩き出した。


しかしこの日、ここら近辺に住んでいる全ての者が思い知る事になる。

これがほんの小さなトラブルなどではない事を。この玉が恐ろしい代物であると。

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