第300話 貴方しか愛せない

2023/11/7

更新する話を299と298話で間違えていたので修正しました

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西園寺達は灰原が運転するジェット機に乗り込み移動中。

速度は時速950㎞。20分で千葉へと到着出来る速度だが、4人はヘルメットを被っていない。しかも席が二つしかないので西園寺は子供二人を膝に乗せている。

灰原の操縦は荒いのでプレイヤー以外がこんな乗り方でこんな速度出したら大惨事は免れないだろう。


だが西園寺はこんな乗り方をしながら、さっき会話していたオペレーターの者と連絡する余裕もあった。

この数分である事が判明したらしく、西園寺は彼女の声に耳を傾ける。


「判明した事が二点。

先ず暴走化した人間がいる場所は、送った座標の自然公園を中心に綺麗に円形を形成しています。

そして中心に向かうほど暴走化した人間の数は多く、身体にツルを纏っている者がいます」


「え、ツルを纏ってない暴走化した人間がいるの?

仲間からの情報じゃ全員ツルを纏ってるって聞いたけど」


「情報をまとめると、自然公園付近と海岸沿いはほぼすべての暴走者がツルを纏い驚異的な力を出し暴れています。

そこから離れるほどツルを纏っている者は少なくなっていきます」


「なるほど、仲間は全員アクアブリッジを渡ったからツルを纏った暴走人間としか遭遇していないわけか。

やっぱり君達を頼ったのは正解だ、仕事も速くて正確で助かるよ」


「ん……//

あ、いえ……西園寺さんは任務に集中してください。まだ荒いですけど暴走者人数の分布図をお送りいたしますので」


西園寺に褒められると女性のオペレーターの者は一瞬小さく喘ぐ。

機内がうるさいので小さなその喘ぎ声は聞こえなかったのが幸いだ。

そして西園寺は送られて来た分布図に目を通す。


ドローンから随時情報が送られ、暴走者の分布が地図に更新されていく。

最初の方は疎らに情報が散らばっていたが、もう数分すると次第に図が円を描き始めた。

その円の中心に位置するのは海岸沿いの自然公園。

西園寺はここに狙いを付けた。


「灰原、ここの付近に送ってくれ。

相手の頭を取る為に川崎さんとか強い人の招集をしておくから、お前は俺達を降ろした後はどっか適当に止めてから来い。壊すなよ?」


「ちゃ、着陸苦手なので自信を持って頷く事は出来ません……」


灰原がジェット機の操作を覚えたのは一月前、当然車の様にそんな簡単に操縦が出来る様になるわけがない。

しかも日々訓練を行いながら、西園寺のマネージャーとして働きながら、覚醒者の長を支えるポジションにいながら操縦の練習をしているので上手いわけがない。

着陸に不安がある灰原は小さく呟く。


「墜落着陸の方が楽なんですけど……駄目ですか?」


「一機幾らかかると思ってるの?

移動する度に墜落させて降りたらあっという間に資金が底をつくぞ。

あ、そうなったらアイドル事務所の方から金出してもらおうか。僕という英雄のお陰でこの前のライブの収入跳ねたもんね」


「無傷で着陸させてみせます」


灰原は金の話になった途端、大人しくなった。

そしてしっかりと前を向いて安全運転を心得た。




内野が先導して道を作り移動し、数十分で前方に他のメンバー達が見えて来た。

前方から走ってくる薫森に会えると、ようやく覚醒者の前線にまで到着出来たのだと安堵しホッと一息つく。


「薫森!」


「ん……あれま、内野君じゃん。

どうしたの、ピクミンみたいに後ろに人引き連れて」


薫森は短剣を指で回しながらそんな馬鹿げた事を言う。

戦闘好きでマイペースな人間で、一度は相対した相手。だが今ではもう普通に味方として訓練を共に行っている。

梅垣程ではないがよく動ける方の者だ。

そんなボケる彼に内野はツッコミを入れる。


「避難させてんだよ!状況を考えろって」


「ウソウソ、しっかり全部分かってるから。

そのまま直進すれば避難地点がある。まだ全ての暴走人を倒せてはいないけど、9割方は倒してあるからここから先は安全だよ」


「助かる」


ようやく内野は両親たちを安全な道へ送れ、肩の荷が下りた。

後方にいる者達もその言葉を聞いて盛り上がっている。


ここまで殺した者の数は百を軽く超えるが、その一回一回に精神が擦り減られていたので、身体的な疲労はないものの内野はよろめく。

そこで薫森が腕を使い支えてくれた。


「疲れて寝たい気分だろうけど、後ろを見てみ」


「ん?」


内野が振り向いた瞬間、助けた者達から感謝の言葉が大量に浴びせられた。


「ありがとう!本当にありがとう!」

「君名前は何て言うの!?」

「俺達の為に戦ってくれてありがとう……」


助けられた市民らは内野と工藤に感謝の言葉を述べている。凶暴化したとはいえ内野は人間を殺したのに感謝され、戸惑いがあった。

だが人殺しが英雄として称えられるのは人類史でも珍しくない。

こんな狂った世でもまだ、辿っているのは人の道である。

その時なんとなく「人を一人殺せば人殺しだが、数千人殺せば英雄である」という言葉が頭に浮かんだ。


内野は戸惑っているも、工藤は上から手を振り皆に声をかけている。


「もう大丈夫よ!

焦る必要が無いからここから先はペースを下げて動くけど、ちょっと休憩は挟んだ方が良さそうだし5分だけここで待機ね!」


工藤は上から皆が疲弊している様子を見て休憩が必要だと判断して指示を出した。

やはり違和感だらけだ。こんな状況でも強気で自分から指示を出す余裕すらもある彼女は明らかにおかしい、内野はそう思った。





内野はこの休憩時間中に工藤を呼び出し話を聞くことにした。

一応暴走者が来ないか見張っておくために、話すのはある建物の屋上だ。そこで二人は向き合っている。内野は外を見張りながらも外柵に背を付けている


「聞かせてくれ、お前の身に何があった?」


「ようやく分かったのよ。私の武器が」


工藤はそう言いながら内野の真横へと来た。

特に表情に曇りは見えないがわざわざ隣に来たので、顔を見合わせるのが嫌なのだろうかと思い、内野は彼女が真横に来た事に何も言わず話を聞く。


「一人殺した時、私の弱い心は限界を迎えたの。幼い子を殺して私は戦えなくなった。

勇気がある人を思い出して自分を鼓舞しようと色々な人を思い出したんだけど、そこで大橋さんを思い出した時、私閃いたの。

「豪胆で強い自分」を演じ戦い続けた彼と同じ事を自分は出来るって直感で分かったの。

プレイヤーになる前にずっと張り続けていた虚勢、これの要領だと。以前、私の武器が「虚勢」だって新島が言ってくれたから思いついたわ」(232話)


「……じゃあさっきの平然とした態度は嘘って事か」


「……分からない。

私は今、どこまで演じているのか自分でも分からない。でも悪を倒すヒーローのイメージを演じていたから心が潰れずここまで来れたよ。

今も自分が素の状態なのか演じている状態なのか分からないお陰で、人を殺した罪悪感だとかはない。

あるのは……共感かな。

私のこれと似てるから、勇太の感情が無くなるモードに今は共感できる。そしてこの状態が解けた後、私は自責の念に潰されるっていうのも分かる」


工藤は平然とした顔で話す。

内野の時と違って感情が無いわけではないので、彼女の顔からは困惑が少し窺えた。

まだ彼女はヒーローを演じている状態なのでその程度で済んだが、その後どうなるかを考えると内野の不安が膨れ上がる。


(このままじゃ工藤は元の状態に戻った時に人を手を掛けた事を思い出して、きっと心が壊れる。どうする、俺に何が出来る?

……そうだ、新島・進上・工藤が俺を助けてくれたように俺も工藤の事を助ければ良いんだ。具体的に何をすれば良いのか分からないが……)


「なぁ、俺は何をすれば良いと思う?」


「何をって?」


「2回目の防衛クエストで俺の心を助けてくれたように、俺もお前を救いたい。でも具体的にどうすれば良いのか思い浮かばないんだ。

だから……だからなにか……」


「……っぷ」


内野の言葉に工藤は吹き出し小さく笑う。

今の言葉に笑いどころなど無いし、そもそも笑わせるつもりなど無かったので内野は一体何故彼女に笑われたのか分からなかった。


「え、俺何か変な事言ったか?」


「いや、カッコイイ事言った後直ぐに情けない事を言ったからおかしくて……締まらない感じというか、勇太らしいというか。

……久々に弱い部分が見えた気がして安心したの」


工藤の頬が緩む。

以前西園寺から世界の希望になりたい理由を聞いた時に内野が安心した様に、彼女もまた人の弱さに安堵していた。


「思えば勇太さ、最初の頃は変な声を出して驚いたり抜けてる所があって放っておけない感じがして、頼もしさと頼りなささが両立してたわ。

でも今は一人でも戦えて、頭も切れて、完全に頼れる男になっちゃって……正直最近は少し勇太が遠くの人になっちゃった気がしてたの。

でも今の勇太は……」


工藤はそこで言葉を切った。

言葉に詰まったと言うよりも、何かを思いつきそれを言葉にするか悩んでいる様子だ。

彼女は内野から目を離したり合わせたりしていた。


「何かあるのか?何でも良いから言ってみろ」


「……今一個頼みを思いついたわ。ほら、さっき何をするべきか情けなく聞いたきたじゃん、それの返答」


「ああ、いいぞ。俺に出来る事なら何でも言ってみろ」


「休憩時間が終わるまで残り1分間しかないけど、動かないで黙ってて」


工藤は立ち上がり内野の肩を抑えると、内野を無理矢理その場で座らせた。

そして彼女もその真横に座り内野の肩に頭をのせて寄る。


彼女は何も喋らない。ただ寄り添って座るだけ。

これには内野も動揺を隠しきれず何をしているのか聞こうと思ったが、黙ってろと言われたので無言で一分間過ごす。


二人の顔は赤く、お互い心臓の鼓動が普段より早くなり、鼓動の音が重なる。

内野は工藤が何を思ってこんな事をしているのか考え、そして自分の気持ちを整理していた。


(こ、これって何だ?

疲れたから休みたいってだけこんな事してる訳じゃないのは俺でも分かる。もしかして工藤は俺の事が……

そして俺は工藤の事を…………どっちだろう。俺ってどっちが好きなんだろう)


恋愛知識は無いが、彼女に好かれているという事は流石の彼も分かった。

だが新島の顔が頭に浮かぶと、自分はどうするべきなのか、どっちの方が好きなのか分からなくなってしまう。

順位付けが出来なかった。


一方、工藤の心は真っすぐでシンプルだった。

迷っている内野とは違い、自分の気持ちを今ハッキリと理解出来ていた。


(強くて頼りになるのも良いけど……やっぱり私はこっちの勇太の方が好きだな……

新島みたいに全て勇太を愛せるわけじゃない、私は多分こっちの勇太しか愛せない……)


どうかこのまま変わらないで欲しいと願い工藤は目を閉じた。


二人共上から市民を見守らねばならない事など忘れ、一分間寄り添い座り続けた。

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