第293話 受け継がれる意思
新島が運を100にすると言い、内野が最初に口にしたのは
「……いや、俺が運を100にする」
否定でも肯定でもなく、もう一個の案を出すという新島の意表を突くものだった。
お互いに驚き合うも新島は首を横に振る。
「内野君がSPを運に使うのは勿体ないよ。だってまだ上げたいスキル沢山あるでしょ?」
「それはそうだけど、黒幕にも運を100にして来いって言われたし、欲しいアイテムもあるから無駄にはならない。
俺がやるよ。そこで3人についての事と『強欲』スキルの使用制限について聞いて来る」
ただでさえ戦闘に自信が無い新島に無駄にSPを使わせたくないという気持ちはあったが、自分自身で運を100にして黒幕と話したいという気持ちもあったので、これは決して思い付きでの行動ではない。
内野なりに考えて出したもの。新島もそれが分かったので否定はしない。
「そう……なら川崎さんと西園寺君に報告してから行かないとね。
二人も黒幕に聞きたい事とかあるだろうし何を聞いた方がいいのか確かめよ」
「だな」
その後、ゲーム大会会場を後にして二人にその旨を伝えた。
二人も内野が運を100にするのには反対せず、むしろ乗り気で質問を考えてくれた。
そして夜23時。
内野は今から自室で黒幕の元に行こうとしていた。部屋には同室メンバーである松野に加え、新島・進上・工藤もいる。
3人がここに居合わせているのは、内野が帰ってき時に自分達の『闇耐性』について早く教えてもらう為だ。
3人とも自分のこのスキルが何なのかずっと気になっていたので、少しそわそわしている。
進上はワクワクしているようで表情が明るい。
「ようやくこのスキルと偶に感じる妙な懐かしさの正体が分かると思うと、ワクワクしてくるね!」
工藤は、内野が今からSPを80使い運を上げる事に難色を示していた。
「行くのは良いんだけど……やっぱり少し勿体ない気がするわね。
そのSPでMP上限を上げた方が良い気がする。てかやっぱり他の人が行った方が……」
「黒幕は俺を呼んだ。だから俺以外の人が行っても聞きたい事を話してくれないかもしれない。
その可能性を考えると俺が行った方が確実だし、他の人に無駄にSPを使わせる事もない。だから俺が行くよ」
松野は内野の判断に特に反対はせず、手を振り見送る。
新島も同様に内野を見送っていた。
「謎が解けると良いな!いってら!」
「頑張ってね内野君」
4人に見送られながら、内野はステータス画面を開く。
『運』という表示を長押するとSPの値は減少していき、それと同じスピードで運のパラメーターの値が上昇していく。
そして運が100を超えた所で内野の身体は青色の光に包まれていった。
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次に目を開けた時に広がる景色は真っ白。もはや見慣れてしまった黒幕のいる場所だ。
ただ今回は椅子が一つしかなく、その前に黒い玉が浮いている。
やはり黒幕は普段の玉の状態で、本当の姿を現してはくれなかった。
ここに来るのは1週間ぶりなので内野は軽く黒幕に挨拶する。
「…よ、来いって言われたから来たぞ」
「やあ、遂に来てくれたね~内野君。対面して君の声を聞くのは
ま、そういう御託は良いか。ここには君10分しか居られないし。
そこに座ってよ、君の望み通りさっそく話に入るから。」
黒幕は話が早く、内野が着席すると『強欲』について説明を始めた。
「さて……君の『強欲』の話だ。
前回黒狼に使用を制限されたのは覚えているよね。
もう分かってると思うけど黒狼は君の味方、あれは君の為に使用を制限したんだ」
「それは分かってる。で、その『強欲』の使用制限って魔物を呑む事が駄目なのか?それとも使用自体が駄目なのか?」
「……その話をする前に、先に君のその力が如何に不十分なものか教えよう」
黒幕はいつになく真剣な声で力の説明を始めた。
声のトーンからここから一切嘘は無いだろうと内野は直感で思い、黒幕を信じて話を聞く。
「本来ならそろそろ君も『強欲』の使い方が上手くなってきて、闇の放出量も、呑む対象も自由に操れる様になっていただろうね。川崎さんの『怠惰』みたいに。
でも君は一向にスキルを自分で操作できない。
それには理由があってね……実は君のその力、他の人から移植されたものなんだ」
「移植……前の力の持ち主から移植したのか?」
「そう。前の強欲スキルの持ち主から無理やり君に力のパイプを通しちゃって、それが強引過ぎたせいで超不安な力になっちゃったんだ。設計図面無しでやる行き当たりばったり突貫工事ってな感じ。
大罪スキルの闇を水として例えれば、タンクに入った水を君以外の6人は蛇口で制御している。
だけど君の場合は、パイプが通っているだけだからそもそも操作する蛇口が無く、パイプに穴をぶち明けて中の水を出してるって感じ」
頭の中にそのイメージは容易に浮かべられた。
そして今の話を聞くと嫌な考えが浮かんでしまう。
「じゃあ俺は一生『強欲』を制御出来ないという事か?
ずっとパイプを破っての強引なスキル使用しか出来ないのか?」
「無理だね。
2,3回の使用で気絶したりするのも、自己再生じゃ破れたパイプの修復が完璧じゃないから。
ロビー転移だったりと僕を介する転移が行われ、僕によって完璧にパイプが修復される事でようやく使用制限が回復するんだ」
『強欲』を細かく使い分ける様になるという道は閉ざされた。
川崎の様に呑みたい魔物に少しだけ闇を覆うという事などは出来ないと確定した。
それを聞いて気分は沈むも、内野は続いて気になる事を尋ねる。
「じゃあどうして移植なんかしたんだよ。大罪スキル持ちの復活とかってルール違反じゃなかったのか?
それにどうして完璧にパイプの修復を出来るのにこんな面倒な移植方法をした」
「うん、僕がそれをするのはルール違反だ。それにそのルールが無かったとしても、僕なら一瞬で綺麗に移植出来たよ。
……君にパイプを移植したのは僕じゃない、君に希望を見出したとある者だ」
黒幕の口から第三者の存在が匂わされた。
プレイヤーを勝利に導く黒幕と、魔物側を勝利に導くもう一人の黒幕。その二人だけだと思われたこのゲームにもう一人なんらかの目的をもった者がいる事が今の言葉から分かった。
内野がその謎の人物について尋ねる前に、黒幕がどんどん真実を明かしていく。
「彼は君が人類の希望になると思い、前の『強欲』使用者から強引にパイプを移植した。
そしてそれと一緒に、彼は常に君の絶対的な味方になってくれる者達を3人用意した。
その三人が誰なのかは……なんとなく分かるよね?」
パッと頭に浮かんだ。
そんなのはもう同期のあの3人しかいないと、自分を支えてくれる大切な仲間達である3人の顔が頭に浮かんだ。
だがその最中、黒幕の「絶対的な味方」という言い方に内野は少し引っかかっていた。
しかし、その引っ掛かりも次の黒幕の言葉で変化する。
「彼はあの3人が君の絶対的な味方になる様に力と魂に細工を掛けた。
一つは『闇耐性』、不安定な力を持つ君をサポートする為の力だ。現にあれのお陰で君はスキル使用後に動けなくなるというリスクを気にせず使えたりしたよね。
そしてもう一つは記憶の譲渡。彼はとある意識を3人に植え付ける為に、3人に自分の魂を渡した。
その意識とは……「内野勇太を守れ」ってものさ」
「……は?」
小さな引っ掛かりだったものが大きくなってしまった。
あの3人が自分の傍にいてくれるのはこの植え付けられた意識のせい、新島が命を使い自分を助けようとするのも植え付けられた意識のせい。
そう思うと心臓の鼓動が早まり続けた。3人に対して罪悪感が生まれてしまった。
内野はその植え付けられた意識とやらについて問う。
「じゃ、じゃあ新島が俺の為に命を使ったりしたのも全部その命令のせいって事か?
3人が俺の傍にいてくれるのも全部…!」
「君があの3人の傍に居たいと思っている様に、3人だって変な意識を植え付けられてなくてもきっと君の傍に居たと思うよ。だから流石にそれは言い過ぎ、彼らをもう少し信用してあげなよ~
それに意識を植え付けるっていうのは、命令とはまた少し違う。
あくまで意識が芽生えるだけで行う行動自体はそれぞれの性格によって異なるよ。
彼女の場合、元々狂人だったのも相まってあんな事になっているだけで、自分の命を武器として見れるって所は元々彼女が持っていた意識だ。
だから君が思っているよりも3人の意識は変えられていないよ。強いて言うなら少しだけ彼の記憶を引き継いじゃって時々妙な感覚がするぐらい」
「……3人が黒狼と遭遇した時に感じたやつか。
なんだ?俺と3人にそれを仕掛けた奴は黒狼の飼い主とでも言うのか?」
黒幕から説得の言葉を掛けられるも、内野は3人に細工された意識があると聞いて冷静にはいられなかった。
いくら言われようとも、新島の奇行の原因が自分のせいで何者かに植え付けられた意識だと思うと罪の意識が芽生える。
だから内野はぶっきらぼうに返答してみたのだが、黒幕は頷く様に上下に動く。
「遠からず近からずって感じな答えだね。彼は黒狼とも顔馴染みだったし。
申し訳ないが彼についての情報はこれ以上話せないから諦めて。
ま、ここまで色々話してきたけどこれで君がその力を手に入れた経緯は何となく分かったよね。
君に希望を託す為に誰かが大罪スキルを無理やり君に繋げた。君を守る3人の仲間を添えて……
そして彼の行動は特にルールに引っ掛からなかったから、君は二人目の『強欲』としてクエストに参加する事になった。
これが君が力を得た経緯、とりあえず理解は出来たかな?」
「……まぁ……そうだな」
理解は出来たが認めたくはなかった。
3人が既に何者かに意識に弄られてしまっているなんて。
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