非日常の狂気編

第290話 世界の希望

4回目の魔物災害から1週間が経過した。

世間はすっかり覚醒者を持ち上げ、彼らを英雄と讃えた。

別に普段とやっている事は代わり無いが、国が味方につき、犠牲者が少なかったというだけで世間の評価は大好評。

そして覚醒者志望の者も、魔物災害以前よりも増加した。


一方、既に覚醒者だった者達の辞退が相次いだ。

200人近くいた覚醒者のうち、今回で80人死亡、50人脱退。

脱退者の中にはPTSDで精神が病んでしまった者も多いので。


精神が病んだのは覚醒者だけでなく、プレイヤーもそうだ。

使徒に空に浮かべさせられ殺されかけた経験から、もう戦えないと膝を折る者が続出した。

だが彼らには逃げ場など無い、精神が病もうが、クエストに参加せずにいようが、3ターン目のクエストが始まったら強制的に戦わねばならない。

戦って強くなる事以上に生き残る道などなかった。


だがそんな彼らに強く言えるわけもなく、仮に強く言っても精神が回復する事も無いので、彼らの事は一時放置する事になった。




西園寺は宿の自分の部屋で川崎と通話をしていた。

もう一週間も経過したので、プレイヤー達はいつもの宿に帰ってきている。

宿があるのは羽田空港周辺のホテル、以前まで3つのホテルに人が分割して暮らしていたが、新たに1つ増設され4つのホテルでそれぞれ暮らしていた。

西園寺や内野、基本のメンバーは特に場所移動は無い。

移動したのはいずれも精神面の問題で戦闘続行不可と判断された者達だ。


「今回のでQPを大量に消費してしまったし、有能な人材を『狩人の招待状』でプレイヤーにするというのも厳しそうだな」


『狩人の招待状』は運を80にすればショップに並び、QP30で購入できるアイテムだ。効果は、これをロビー転移時に所持していた人間はプレイヤーになれるというものだ。

本来ならば有能な人材にこれを持たせてプレイヤーの戦力強化を計っていたのだが、そもそも運80越えというのも厳しく、他者にQPを渡せる者も今は少ない。だからこの計画は次のクエストまでは無理だろうという話をしていた。


「でもあの3人はプレイヤーにするんですよね?

確か貴方達が最初に見つけた3人の覚醒者」


「ああ。

4度のクエストを生き残ったあの3人ならば問題無いだろうと思ってな。さっき田村経由でチケットを渡してきた。

……その内の一人は前回お風呂に入っていてチケットを手放していたからプレイヤーになれなかっただけ、だから今回の出費は2枚分のQPで済んだ」


「ロビー転移がある時間は暇な人に見張らせておきましょうか。万が一チケットを手放そうとしていたら訓練3倍って罰で」


二人はその後も今後の動きなどについて詳しく話していった。

川崎は相変わらず覚醒者として名乗り出ていないので自分の家で過ごしている。

だからこうして通話で現在の状況などを知らせねばならなかった。


「そうだ。二日前から海外の研究グループだとかが魔物の解剖を行ったり、軍隊が覚醒者志願をしに来ました。

ほら、日本のサポートをしてもらう代わりに魔物の死体提供や覚醒者の力付与の手伝いをするってやつです」


「力付与の志願者数は?」


「全て合わせて100人ぐらいですね。

今も彼らはよく僕達の訓練を見に来ていますよ。ま、英語が分からなくてコミュニケーションを取れない者が大勢いますがね」





その英語が出来ないという者の中に、内野はいた。

新島のお陰で英語の文法はそこそこ出来る様になったが、話すとなると別次元の難しさで、ほんの数日の勉強では到底話せる様にはならなかった。


なので今、訓練終わりにホテルに戻った時に外国人の女性に話しかけられて対応に困っていた。

金髪の白人女性に笑顔で話しかけられるも、なんと返せば良いのから分からずオロオロしている。

彼女は大学生ぐらいの年齢で、青い瞳が美しく美人。きっと彼女に見惚れる者も少なくないだろうと思うぐらい綺麗であった。


そんな所で森田が偶然近くを通った。

黒狼のクエストからの仲なのでそこそこ話す事もあり、最近メガネを新調して調子が良い。

彼はオロオロしている内野に気が付くと、日本語訛りはあるが英語で彼女と会話し始めた。

内野は二人が一切何を話しているのか分からず、森田が翻訳してくれるのを待つ。


「あーこの人あれだな、次の魔物災害で覚醒者の力を得る人だ。

それで覚醒者が泊っているホテルを見て回りたいんだとさ」


「って事は軍人さん……には見えないな、筋肉もそこまで無いし」


今日は8月1日、日本の炎天下の猛暑中なので彼女はかなり際どい格好をしている。

なのでどうしても彼女の身体が目に入るが、彼女には筋肉は全くなく軍人とは思えなかった。


「日本の覚醒者選定とは違って、海外じゃ軍の人達にしか力を与えないって話聞いたのだが……この人だけ特例?」


「今聞いて見る。

……ふむふむ、ギフテッド持ちだから特例で選ばれたらしい。あ、名前はエミリーだってさ、カナダから来たらしい」


「ギフテッド……もしかして戦闘に役立つとてつもない才能を持ってるのか?」


「……そうみたいだ。

なんか見た人の動きを一発でコピー出来るらしい、どれだけ激しく、技量が必要な動作でも完璧コピーが可能だとさ」


海外からとんでもない人材が来たと内野は驚く。

もしもそれが本当ならば、力を手に入れ即戦力として活躍がしてくれるかもしれないから。

そんな彼女がどうして覚醒者のホテルをみたいのか分からないが、内野はちょうど訓練終わりだったので彼女を自分がいるホテルへと案内する事にした。


現在の時刻14時、今はほとんどの者が訓練やらで外出しているので館内にはあまり人が居ない。

だから思う存分彼女に館内の案内をする事が出来た。




1階から順番に紹介をし2階へ上がろうとしていると、そこである二人が手を繋いで階段を降りてきた。

それは元強欲グループのリーダーと副リーダーの飯田と松平だ。

お互い指には『契りの指輪』と『魔力共有の腕輪』を付けている。


『魔力共有の腕輪』の効果は、MPを共有して、お互いのスキルでダメージを喰らわないというものだ。

二人がこれを付けているのは、前回のクエストで使徒に空に浮かべさせられた時に飯田の防御スキルを長時間発生させるために松平が買ったからだ。

運を60に上げねば購入出来ないが、前衛と後衛で魔力リンクを付けるのは相性が良く無駄にはならなさそうなので、今もずっと付けている。


ただ、その指輪を付けている個所は二人共左手の薬指だった。

だから二人は何も語らないが、もう仲間全員この二人が付き合っている事をなんとなく把握している。

二人も最近では見せつけるかのようにイチャイチャする事が多くなった。


「あっ内野君。今日はもう終わりなの?」

「あら、もしかしてその女性とデート?

……って森田君もいるから違うか」


二人とも明るい表情のままそう言ってきたので事情を話す。

すると二人共納得した様で、「頑張ってね~」と手を振り去って行った。

そんな二人を尻目に、森田はボソッと呟く。


「最近益々仲が深まってる気がするな…上限はあるのだろうか」


「二人共まともな人だからそこら辺はしっかりしてるでしょ。

なんか前回の魔物災害で同じ所に転移して、命を共有する一心同体状態が続いてたらしいから、今それが爆発してイチャイチャが止まらないだけだと思う。

……ん、エミリーさん?」


内野がふとエミリーという成人女性の方を見て見ると、片手にスマホを持ち手を繋ぐ二人を撮影していた。

一体何を撮影しているのかと内野が森田経由で聞いてもらう。


「……どうやら覚醒者のイメージを変えたいらしい。

あの高所からひたすら飛び降りる訓練の映像が世間に漏れてSNSで話題になった事もあっただろ?

それで海外でもあまり良いイメージが無いらしいから、それを払拭するために幸せそうな人の映像を撮りたいんだとさ」


「ああ、確か誰かが規則を無視してSNSに動画を上げちゃったやつな。

確かにあれ海外でも凄い拡散されてたよな、「非人道的」「日本人はマゾ」だとか言われて……」


彼女の狙いが分かり、内野は少し頭をひねって考えてみる。


(なら彼女の為に、笑顔があふれる場所とか楽しそうに笑ってる人がいる場所に行ってみたほうが良いかもしれないな。

鬼畜訓練をやってる場所には連れて行かない様にルートを考えてみるか)


こうして内野・森田・エミリーの覚醒者宿舎の観光ツアーが始まった。

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