第289話 這いよる狂化
広島市周辺で発生した魔物災害の被害は中継で晒された。
海岸沿いの街は平地になってしまっているが、その他の場所の被害は普段よりも少ない。
だから今回はお通夜雰囲気に呑まれていなかった。
クエスト終了後、内野達は広島市周辺のホテルに泊まる事になった。
魔物災害が発生した場所から1㎞程離れたホテルまで負傷が無い者達は歩いて行ったが、彼らがそこにたどり着くまでに避難した広島市の者達や野次馬達が詰めかけてくる。
「ありがとう!本当にありがとう!」
「貴方達のお陰で街が救われた!」
投げかけられるのは称賛の言葉。
ただ指定のホテルに行く為に歩道を歩いているだけだが、英雄気分の凱旋だ。
投げかけられるのは言葉だけでなく、彼らの喜の暖かな感情までこっちに伝わってくる。
これまでの魔物災害直後の雰囲気からは考えられない光景である。
「俺達プレイヤーが戦っている姿だとかは見えてないのに、よくあそこまで称えられるな……」
「なんか報道時にモザイク付きだけど沢山魔物の死体を移したんだって。
それに一般人の被害0人とも強調して、覚醒者の支持が上がる様にしてるみたい」
内野の隣にいる新島が詳しい事情について教えてくれた。
内野が「ほ~」と納得していると、後ろから田村が話に割り込んでいる。
「国民からの支持が低迷していた国、そんな国の下に覚醒者という国の希望になり得る者達が現れたのですから、国も報道陣に良い面の報道ばかりさせるのも頷けます。
それに今や覚醒者の活躍は海外からの注目の的でもあります、良い様に見せたくて仕方が無いのでしょう」
「た、田村さん?
後ろの方で怠惰グループの人達と話している所じゃ……」
「先程君に礼を言うのを忘れていたので、早い内に言おうかと思いましてね。
本当にありがとう。オペレーターの私が通信不可になり、君と西園寺君が代わりに作戦を立ててまとめてくれた事に深く感謝しています」
田村に感謝を伝えられ、街の人達の感謝の言葉もあって内野は頭を掻きながら照れる。
覚醒者の死者が大勢出ている事も分かっているが、内野は正直言ってこの結果に満足していた。
あの場で最大限やれることをやったと思っているので後悔などはなかった。
だからクエスト終了後1時間というのに顔は晴れている。
内野のそんな顔を見て新島もホッとする。
今回は感情が無くなるあの状態になっても悲惨な結果にならなかったから彼女も特に後悔などはない。
二人のそんな顔を見て満足した田村は、去り際に述べる。
「私は見えませんでしたが、きっとあの時の君は、あの場で一番の希望だったでしょう。もう君も立派な大罪です」
「……大罪って言われると誉め言葉に聞こえませんけどね」
凱旋の中、更に仲間から褒められて気分が良くなる。
傍には仲間達がおり、使徒も討伐出来た。
今だけはこの幸福を満喫するのを許して欲しいと死んでいった者達に願った。
_______________________________
〈日本防衛覚醒者隊、命を燃やし魔物を倒し切る〉
〈過去最少の被害者数。一部を除いて街の再興も直ぐ目の前に〉
〈空に輝く赤色の光がSNSで大注目!〉
〈戦艦の防衛成功。動画で拡散された今最も注目を集めている動画が凄すぎた〉
〈【朗報】覚醒者達は日本の希望になる事間違いなし〉
「ふーん、超話題になってんじゃん覚醒者」
内野達が一般市民から声援を貰っているのと同時刻、とある本がズラッと並んだ部屋で覚醒者に関する記事を見ている者がいた。
内野と同じ年の青年であり、ひたすら覚醒者と魔物災害関連の記事を読み漁っている。
ネット記事や掲示板には今回の魔物災害は人類の完全勝利だと掲載されており、ジュースを飲みながらそれを見てニヤつく。
「やっぱ興味深いな……知りたい……物凄く知りたい。あの生き物と異能力について。
政府は魔物や覚醒者について詳しく教えてくれなかったから父ちゃんに聞いてみたけど、今回だけは何も教えてくれなかったな~
覚醒者ってどんなんだろう」
『田村』という表札がある家で一人、彼は独り言を呟いていた。
_____________________________
時は少し遡る。
千葉県南部の海岸付近にある自然公園に赤黒い実が漂着した。まだ漂着物に気が付いた者はおらず、その赤黒い実はしばらくの間崖沿いで息を潜める様に育ち、数週間後には崖壁10メートルにも渡りツルが伸ばされた。
まるで崖のそこだけが緑化したように不自然に植物が生い茂っている。
その植物の中には、見る者全てに不快感を与える様な禍々しい色の実が実っている植物もあった。
その植物はうねうねとゆっくりだが動き続け、その根を広範囲に広げていく。
そして4度目の魔物災害で世間が覚醒者を讃えていたのと同時刻、その植物が動き出してしまった。
夜の公園の散歩がてら崖の近くまで散歩をしている男性がいた。
普段通りのただの日課、それだけのはずだった。
だが男性が崖沿いの道付近にまで来ると、暗い森の中で地面の草が蠢いているのが分かった。
何か小動物でもいるのかと男性が忍び足で近づいてみると、生物らしきものは居なかった。動いていたのは植物だった。
男性がそれに気が付いた瞬間、その更に奥の暗闇から一つの実が投げられる。
男性の足元をコロコロと回る赤黒い実、その実は地面に落ちて数秒した後に破裂する。
破裂するとその実の種子が当たりに散らばり、その内の数粒が男性の身体に突き刺さる。手榴弾の様な威力の爆発だったので、生身の彼の身体に容易く粒が入り込む。
「ぐぁ……な、なんだよこれぇぇぇぇぇ!」
男性は数ヶ所に直径3mmほどの粒がめり込み、突然の痛みと奇妙な植物に恐れ慄く。そして男性は血を身体から流しながらも叫びながら走って逃げた。
その時、彼の身体にめり込んでいた種子は小さな芽を出していた。
身体から出た目はみるみるうちに成長し、男性が100mほど走った所で彼の身体の動きが止まった。
成長した種子からツルが生えて男性の動きを止めたのだ。本気でツルを引き剥がそうとしても身体から生えているので激痛が走り、男性は動けない。
「ぁ…ああ……なんで…なんで身体が………」
男性は動かない自分の身体に文句を垂れ、必死に逃げようと足を動かそうと力を入れる。
だがここで、彼の身体は逆の方へと向かう。
ツルはそこらの木に巻き付いて男性をさっきの場所へと引きずり込もうとしているのだ。
抵抗して力を入れると身体に激痛が走り、彼は恐怖を味わいながら再び暗い闇の中へと引き摺られていった。
「た、助けてくれぇぇぇぇぇぇぇ!」
男性は助けを求め大声を上げる。
夜の静かな公園なのでその声は公園中に響いたが、彼を助けに現れた者はいなかった。
声を聞いた者が警察に通報をしたもののその男性が見つかる事はなかった。
_____________________
この章はここで終わりです、ここまで読んでいただきありがとうございます!
次の章はいつもより短めになる予定で、休み挟まずそのまま更新します。
是非とも高評価やレビューお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます