第288話 一番危険な奴

敵側の黒幕である者から接触があり、7人は喋れないながらも顔を見合わせて驚いていた。

一体敵側である黒幕が自分達に何の用があるのか気になり、一同彼の話に集中する。


「私からの提案は簡単だ、どうか君達には降参してもらいたい。抵抗せず大人しく死んでくれ。

君達に勝機は無い、このまま抵抗しても悲しみが重なるだけで辛いだけだ。

だが君達が降参すると言うのなら、私は君達に安らかな死を与える事が可能だ。苦しまず全員で天国に行ける、一番全員が幸せな道を辿れる」


「え~そんな頼みの為にわざわざ話をしに来たの?

つまらないな~~プレイヤーに提案をしたいって言われて、君が何をしようとしているのかワクワクしてたのに……

なんか萎えるよ、それ。

こっちは一致団結して王を倒すつもりなんだよ!そんな言葉で意思がブレるほど弱い子達じゃない!」


「元々は全てお前のせいだろうが。いいから黙ってろ」


二人は仲が悪いのか、無機質の声だが相手の怒りが伝わってきた。

黒玉はそう怒鳴れて口を閉じる。そして敵側の黒幕は再び喋りはじめた。


「このまま抗えば君達は絶対的な恐怖と絶望に遭遇する事になる。

その絶望は人の身では抗い様がないもの、抗っても辛いだけだろう。きっと心が壊れる者が多数出てしまうはずだ。

別に私の目的は君達に苦しんでもらいたいわけではない、このクエストで勝利する事が目的なのだ。だから大罪の7人が大人しく死んでくれればそれで良い、それだけでもう全て終わるんだ。

だから考えてもらえないか?降参するという選択肢の存在を」


7人は何も喋れない。

だが不思議とこの場の全員の意見が重なっている事は分かった。


(今更そんな提案に乗るわけが無いだろ。

現在優勢なのはプレイヤー側だし、使徒を5体も倒されて焦って動いているのか?

てか、そうじゃなかったら俺達にわざわざコンタクトなんか取らないだろう。善意からの警告な訳が無いし打つ手が無くて焦ってんだろう)


内野は黒幕のこの行動で未来が少し明るく晴れた気がした。

他の者達も同様の結論に至った様で、力強い眼差しへとなる。


7人のその様子を何処からか見てか、敵側の黒幕は話し出す。


「川崎さん。貴方は賢明な者だから、きっとこの私の提案も「もしも本当にこっちに勝機が無いのならば、こんな提案をする必要は無い。だからこれは相手のハッタリだ」と考えるだろう。

だが前提が違うのだ。

私は君達が苦しむ事を望んでいない。人類を憎んでいるわけでも、殺してたくて殺しているわけでもない。

慈悲だ、これから起こる絶望を君達が味わう事にならない為の私からの慈悲だ」


敵側の説得の言葉は耳に入るが、その言葉は誰の心にも響かない。

今の所相手がハッタリを言って脅している様にしか聞こえないからだ。


「……私の友人が言っていた。

人間には絶対に逃げ道が必要だと。逃げ道が無い人間は無理にでも前に進もうとして心が壊れてしまう、そして廃人になると。

私は君達がそうなる事を望まない、だからこうして死という逃げ道を君達に見せたんだ。

ただ、今それを選ぶ者が居ないのはその目を見れば分かる。だから今じゃなくても構わない、君達が望む時にこの逃げ道を進んでくれ」


絶望する前に死ね、黒幕が言いたい事を要約するとこうなるだろう。

ここで話は一区切りついたのでこれで話は終わるかと思ったが、最後に黒幕は名指しで警告をする。


「勇太。やはりお前が一番危険で、この中でも真っ先に排除すべき対象だ。

だからもしもこの逃げ道をお前が選ばないと言うのなら、最初に絶望を味わうのはお前だ。諦め時を見失うなよ」


(え……俺?)


まさかの自分だけへの警告に内野は驚く。一番危険と言われるほど自分が強いとは思っていなかった。

今日川崎の本気を見てしまい、尚の事川崎を上に見ていたのでそんな事を言われる覚えはなかった。


敵側の黒幕が言いたい事はそれだけで、その後相手の声がすることはなかった。

部屋にあの声が響く事は無くなり、再び黒玉が話し出す。


「内野君、彼に狙われちゃったね~

ま、彼の言葉を信じるか信じないかは君達に任せるよ。決断は君達の判断で下しな。

ステータスの運を100にしてここに来た時に「降参したい」って言ったら、彼の言う安らかな死を下してもらえるってルールを追加しておくからさ。

って事で、ここからはいつも通り今回のターゲット生存率を見て行こうか!」


ここからは本来の流れに戻り、ターゲットのリストが目の前に掲載される。


_________________________

防衛対象

〈レベル126〉原井 静子 生存

〈レベル113〉柏原 蓮 生存

〈レベル92〉小野 隊 死亡

〈レベル94〉狩野 元太 生存

〈レベル93〉岸部 奈々子 生存

〈レベル85〉副辺 志  死亡

〈レベル〉帯広 太知 生存

_____________


「プレイヤーの死者数も別に普段とは変わらなかったけど、覚醒者って呼んでるプレイヤーではない者達が大量に死んでしまったね。

これから大変な事になりそうだね~軍隊作りこれから頑張って!」


黒幕のその言葉に西園寺は頭を抱え、川崎はため息をつくかの様に目を閉じる。

今回のクエストで覚醒者は半数死んだ。今回連れてきた覚醒者はこれまでの魔物災害に参加していたり、訓練で良い成績を収めている者達だった。

だから宿舎で待機している者達も大勢いる。

だが彼らが仲間者達がこぞって死んだという報告を聞いたら、恐らく脱退する者が続出するだろう。


なので今後の組織の運営の為に彼らへの対応を考えなばならなかった。

そんな二人の暗い顔は黒幕も見えていたが、それには特に触れずに最後に一言。


「じゃ、皆このまま頑張ってね!

そうそう、ルールに抵触するから詳しくは言えないけど……黒狼には従っておいて方が良いからね、内野君。

もしも詳しく話を聞きたいなら、君自身がここに来ると良い。運にSPを振ってね」

______________________


最後に黒幕にそう言われ、内野達は現実世界に帰還してきた。

一応自分達の味方である黒幕がああ言うので、本当に黒狼が止めたのは自分に身を案じてのものだと分かった。


「運を100にか……今SP150あるしやれなくもないな」


内野は自分のステータスを見ながらそう呟く。

今回のクエストでQPは280手に入った。だが今回の支出はかなり大きい。

契りの指輪を幾つか購入し、魔力回復の為に魔力水も沢山買った。

次のクエストまでの訓練時にスキルの訓練はあまり行えそうにはない。


それは他のプレイヤー達も同じ。使徒の陽動の為に大量の魔力を使ってもらったので魔力水の購入にQPを消費した。

だから訓練時の魔力消費は節約せねばならない。


訓練効率が落ちそうだと内野が肩を落としていると、そこで田村が話しかけてくる。


「黒狼の話やら逃げ道の話やら色々ありましたが、気になる言葉がありましたね」


「言葉?」


「ええ、何故か黒幕が君を名前呼びした事。

川崎さんはしっかり「川崎さん」と言っていたのに」


大罪以外のプレイヤーは全員ロビーであの光景を見ていた。だからどこのグループでも話題は出ていた。

新島達も気が付いていたので、梅垣も一言付け足す。


「「」とも言っていたし、もしかすると相手は内野君について何か調べているのかもしれないな。

絶望を与えるっていうのが何なのかは分からないが、用心はすべきだ」


「使徒を呑み過ぎたせいで目を付けられましたかね……」


これまで内野が呑み込んだ使徒は、黒い空間を作り出すダンゴムシ・心が恐怖に染まる波を出す機械人・今回の魔力の使徒の3体。

そのお陰で大幅にステータスは上がっており強力なスキルも持っている上に、内野自身の戦闘技能も高くなり続けている。

これらの事を鑑みても相手に警戒されるのも頷けた。


内野達はそんな話をするも、その近くにいる川崎は白い空間に居る時からずっと思い詰めた顔をしており、会話に全然入って来なかった。

普段の川崎ならこういう時に真っ先に話に入ってきて自分の考えを述べたりするはずなのに。


それを不審に思い内野が声を掛けてみると、川崎は表情を変えずに話す。


「……非常に興味がある話だしそっちの深堀りをしたい気持ちもある。

だが今考えるべきは今後の動きだ。今回の公表で世間からの評価がどうなるか、覚醒者達はどれ程脱退するか、そして覚醒者の志願者がどれだけ減るか。

それらを念頭に置いて様々なパターンの動きを考えておかねばならない。

今日みたいに少しでも行動が遅れれば取返しが付かない事になる可能性もあるからな」


川崎にも黒幕の正体に迫る話に食いつきたい気持ちはあったが、決断が遅い自分の不甲斐なさを晒した直後でそれが出来るほど恥知らずではなかった。

一度使徒を逃し、決断が遅れ、内野に尻ぬぐいをしてもらった。

作戦参謀だとかプレイヤーのまとめ役としての面目を保つ為にも、今はひたすら頭を回す。


(結果的に大成功だった。

逃げなかったお陰で使徒を殺せたし、今後のクエストで奴に誰も殺されなくて済むというだけで今日出た死者数もそこまで悲観する程のものでもない。

だが……結果良ければ全て良しとはいかない。

最初のクエストで内野君が黒沼を呑み込む事になり、彼の心が傷ついたのだって俺の下らない好奇心と無情さのせい。彼の手に『独王』が渡ったから良いというわけではない。

……彼に道を指し示してやらねばならない立場として、もうそんな後悔したくはない)


始めは自分のグループメンバーの生存を一番に考えていたが、気が付けばそこに内野達も加わっていた。

そうなったのがいつからだろうかは川崎自身にも分からなかった。

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