第284話 契り交わした友
帰還石の使用中は身動きが取れないので、今この状況で帰還石の使用が可能なのは攻撃を喰らってもへっちゃらな高ステータスの者か、予め張って置ける『バリア』を持っている者ぐらい。
そんな者はほとんどおらず、今ここで逃げる判断をしてしまえばほとんどのプレイヤーが死ぬのは目に見えていた。
だから引くに引けず、川崎は撤退命令を出すのが遅れた。
もう少し早く決断出来ていれば、田村のいる戦艦の通信室が損傷する前に皆に連絡を出せていたかもしれないのに。
と、そんな後悔の念を頭に浮かべながらも川崎は縦横無尽に空中機動が可能の魔物に乗り移り、相手の攻撃を避けていた。
使徒も、いくら魔物を殺しても本体の川崎が生きている限りきりがないと分かり、一本の腕は完全に川崎に狙いを定めていた。
(俺のミスが招いた状況だ。
ここで俺が引くわけにはいかない。幸い西園寺も狙撃の頻度を上げ、梅垣も降下し陽動の手伝いをしてくれているが、これでは時間稼ぎにしかならない。
もっと一手……もう一手多ければ、戦艦への瓦礫投擲に使用しているあの腕も使わせ涼川が裏取り出来るというのに……)
今の自分には涼川が到着するまでの時間を稼ぐ事しか出来ず、作戦発案者としての責任を感じる。
そして川崎が避けながら魔力水を飲んでいる所で、無線が回復した。
これで田村を通して指示を出せると内心歓喜した。
だがその無線から聞こえたのは田村の声でも、予備でいたオペレーターの声でもない、が聞き馴染みのある声だった。
「この無線が聞こえている全ての高レベルプレイヤーへ告ぐ。今から10分間、全魔力を使い尽くす勢いで陽動を頼む。
魔力の使徒は俺達が何とかします」
「……内野君!?」
声がしたのは自分達同様に空に上げられたはずの内野の声だった。
内野は新島と共に西園寺と灰原がいる元へと向かい、『色欲』で田村が所持している無線機を作ってもらった。
西園寺は不測の事態に備えて、予めクエストで必要になるイヤホンや無線機を作れる様に頭にレシピを頭に作り上げていたのだ。
生成した無線に内野がその指示を出す。
そして指示を出し終えるや否や西園寺から
空中での別れ際に西園寺は内野に話しかける。
「内野君、随分と無茶な事をするね」
「俺以外の奴じゃ出来ない事だからな。大罪としてあの使徒を絶対に殺し切る」
「はは、そっちの君も超いいね!
じゃ、また後で合おうか!今のアイテム生成で滅茶苦茶魔力を使ったけど、陽動は任せて!魔力水の出し惜しみはしないさ!」
「今の君は西園寺さんより頼りになる気がするよ」
西園寺と灰原からのその掛け声に内野は特に答えるでもなく、そのまま次の行動へと移りに離れて行った。
内野・新島と西園寺・灰原に再び分かれる。
内野は新島と抱き合いながらバリアを数重に張り、周囲の状況を見る。
今の内野の指示に困惑しながらも「残り数分なら……」と取り乱していた高レベルプレイヤー達が士気を取り戻し、再びスキルを放ち抵抗する様になっていた。
ほんの僅かな差ではあるかもしれないが、自分に向かう相手の意識が少しでも薄れたのを見て内野は頷く。
「よし、それじゃあ今からやるぞ。覚悟しろ」
「大丈夫、私はもう慣れたから」
「そうだったな。じゃあ……『強欲』」
内野は新島と短い会話をした後、大罪スキルを使い身体から闇を放ち始めた。
既に内野は自分やら西園寺やらにバリアを数重張って、更に『独王』で皆のステータスを多少頂いていたので魔力はそこそこ減っていた。
なのでこの『強欲』で発生する闇の量は多すぎる少な過ぎないものであった。
だが内野が落下する軌跡を遠目から余裕で視認出来るほどの闇はある。
そして内野は、ある者の到着を待つ。
(俺達大罪だけが使えるとっておきの
さあ来い…俺の元に来い。俺らだけが触れる
内野がそう願った瞬間、新島が「来た!」と叫んだ。
この闇の狼煙でやってきたのは自分で生成した氷柱に乗っている工藤であった。
彼女は魔力探知の兜を被りながら氷柱で空を移動し、ひたすら内野を探していた。そしてこの狼煙のお陰で遠くからでも内野と新島を視認でき、二人の元へとやってきたのだ。
厳密に言えば工藤以外の者でも可能なのだが、闇で狼煙を作っても他の者では触れられない。
だから『闇耐性』持ち+空中機動可能な氷柱を持つ彼女が最適だったのだ。
氷柱に乗る工藤は二人の元にやってきて手を伸ばす。二人がそれに触れて一緒に氷柱に乗る事でようやく3人合流が出来た。
工藤は到着するや否や何か言いたげであったが、先に内野が話す。
「今から直降で海中まで頼む。相手の攻撃を避けたりだとかは一切考えるな、全部俺が防ぐから」
「ちょ……えっ、え……分かった、スピード重視で行くよ!」
内野が感情消滅状態であると分かった工藤は、特に何も聞くでもなく大人しくそれに従った。
氷柱は真下を向き、真下へと高速移動する。
下に行くにつれて下からより強い重力に押されるという不思議な感覚を味わうも、それでも氷柱は真下の海へと向かって行く。
内野は『ブレードシューズ』という刃を出せる靴と新島の『ポイズンウィップ』で足を氷柱と固定し、『哀狼の雷牙』を持つ。
そして武器を振り回し相手のレーザーを弾く。
弾き損ねたレーザーはバリアが防いでくれるので、3人は無傷で降下していく。
内野の闇は大勢の者が視認した。
その中には川崎もおり、今も西園寺から無線が届いていた。
話されているのは内野が立てた作戦について。
〈……という訳だから、彼らが降下して相手に接近するまで僕らは必死に陽動を務めるよ。一部のメンバーを除いて魔力温存だとかは気にせず行こう!〉
西園寺の無線で伝えられた内野が立てた作戦、これがこの状況を打開する活路になると判断する否や、川崎は魔物放出を出し惜しみせず、空に大量の魔物を召喚する。
(作戦は分かった。
つまり俺が今展開すべきは、下方向への移動じゃなくより横への面だな!
さっきまでレーザーを避けながら下に向かっていたが、川崎は完全な陽動の為に横に大量の魔物を出し始めた。
空を覆い尽くす勢いで所持する魔物を出して魔力を消費する。
あまりの数に流石に魔力の使徒も、戦艦を攻撃している腕をレーザー放出に回した。
西園寺は川崎の魔物放出で生じた隙を見計らい、空中で目を暫く閉じる。今から生成したいものの設計図面を頭に浮かべ、そして闇を出す。
これによって生成されたのは小型のジェット戦闘機であった。
このジェット戦闘機は人体の安全度外視のプレイヤー搭乗用の設計で、初速から身体に5G以上の負荷が掛かるとんでもないエンジンを搭載している。
出力が高く、今の様な空中からの飛行も可能。
操縦が可能なパイロット席に灰原が乗り込み、後部座席に西園寺が乗った後に直ぐに発進させる。
彼らが乗る戦闘機は轟音を立て、赤い空を舞った。
灰原が操縦するジェット機は川崎同様に、下へは下りずに横へと移動しレーザーを回避する。
ただ、操作がおぼつかずかなり揺れている。
「操作方法が難しい!この変な重力下だからか!」
「蛇行運転は勘弁してよ。ま、これでも狙撃では出来るから構わないけどね」
西園寺はコクピット席にある超強度のロープと身体を固定すると、ジェット機のコクピットのガラスを開けて外に出る。
高速移動しているので、当然その瞬間に強風と激しいエンジン稼働音が耳に入る。そして身体に衝撃が走るも、西園寺は機体の羽に足を掛けて下の使徒の狙撃を行う。
プレイヤーの身体能力ありきのさっき思いついた無茶苦茶な戦法だが、使徒の気を引くのには最適なのでぶっつけ本番での戦法だ。
ジェット機は高速で移動する上に操作技量不十分で機体が激しく揺れるので、当然使徒本体に狙いを定める事は困難。
だがこちらに向かってくるレーザーを撃ち落とすのは訳なかった。片手で牽制の為の狙撃をし、もう片方の手で『ウィンド』を使い近づいてきたレーザーを落とす。
すると明らかに使徒はレーザーをこちら側に集中的に使い始める様になった。
その様子に冷や汗を掻きながらも狙撃を続け、暫くした後に西園寺は薄っすらと笑う。
「今だけは僕がステージになってあげる。だから君は僕の代わりに輝けばいい。最後に一番輝いているのが僕ならそれで構わない。
任せたよ、内野君!」
無線を入れていないので誰にも聞こえない、だからこそ本心を口から堂々と出せた。
そしてその西園寺の言葉に答えるかのようなタイミングで、展開に進展が起こる。
なんと使徒が立っている足場の堤防から、内野が現れたのだ。
内野はさっき西園寺から生成してもらった10個の『契りの指輪』と、強力接着剤をべったり付けた物を使徒に向かい投げつける。
使徒は寸前の所で内野の奇襲に気が付き転移しようとするも、3つの契りの指輪が身体にくっついた。
彼の指には十数個もの『契りの指輪』が装着されおり、これで使徒と内野の転移はリンクした事になる。
使徒が転移を使用し身体が青く光り出すと共に、内野の身体も青く光り出した。
そして……次の瞬間にはその場から二人して消えていた。
転移先は建物が倒壊して平地になった街。
そこで使徒と内野は向かい合っていた。
使徒の身体についた『契りの指輪』は3つ。1つは使徒のローブ、もう1つはスカスカの体内の骨の側面、そして最後の1つは顎下の骨。
使徒はその3つ全てを取らねば内野との転移リンクを解除できないが、いずれも簡単に取る事は出来ない位置にある。
だが隙を与えれば5本腕の使徒ならば取れてしまうだろう。
だから内野は相手に隙を与えない為、転移した瞬間に一人で使徒へと向かって行く。
使徒は2本の腕でレーザーを構え、もう2本で黄色の壁を出して防御する。
そして最後に残った一本の浮かんでいる手で、身体に付着している『契りの指輪』を取ろうとする。
このままでは内野は使徒の攻撃に直撃するし、契りの指輪を取られてしまう状況だ。
だが内野はそこまで焦っておらず、たった一言呟く。
「じゃあ…少しの間はこの3人でやりますよ」
使徒とリンクしたのは内野のみ。
だが、その内野とリンクしていた者が二人いた。
その二人の人物も当然この場に転移してきており、使徒の後ろから奇襲をかける。
一人が『炎斬一閃』で使徒の首を狙う。
もう一人が『ナインエッジ』という9つの攻撃が飛ぶスキルで、使徒が浮かばせている手を破壊した。
完全に意表を突かれた使徒は首のガードは間に合うも、さっき人間の死体から生成した手は完全に破壊されてしまった。
そして使徒は背後の警戒をしながらも横に飛ぶ。
「これが言ってた作戦ね、さっそく役に立って良かったよ。僕の誠意の証が」
「じゃあ、ここからは僕が主役だ。短い主役ご苦労様」
内野が『契りの指輪』で既にリンクしている者は二人。
一人はさっき作戦を告げた時に指輪を渡した西園寺、『ナインエッジ』で相手の手を破壊したのは彼だ。
そしてもう一人の、使徒の首を落とそうとした人物は前回のクエストで内野に『契りの指輪』を誠意の証として渡した進上であった。(235話)
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次話で内野が使徒に接近する所について書きます
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