第283話 絶望の淵の勇気
内野達は再び転移させられ、目に映るのはさっきと同じ光景、同じ浮遊感を感じていた。
そして一回の転移で全員を送る事は出来ないので内野達転移後も続々と人が人が送られてくる。
青い光と共に送られて来た者達は、次々と悲鳴を上げる。
一目で今回はさっきよりも規模が大きいとわかった。
海の空一面に人がいるのだ。さっきより人数が増えたが転移させらた範囲が広く人と人の間隔はかなり広い。
そこで田村から全プレイヤーが送られて来ていると連絡を受けた。
使徒は転移で高速移動しながら、クエスト範囲内でしらみつぶしに上空転移を行っている。
今回クエストに参加したプレイヤー・覚醒者の数は約1100人。
そんな数の人間を一斉に殺そうとしてる使徒に、内野は恐怖心を覚えた。
(あいつ……ここでプレイヤー全員を殺す気か!?
後で涼川さんが来てくれるだろうが、それまでにどれだけの人間が死ぬんだ!?)
今、内野の近くにいるのは新島のみ、転移の瞬間に手を繋いでいたので同じ所に転移した。
彼女もこの状況に内心穏やかではなかったが、不安が内野に伝染しない為にか冷静を装っていた。
「相手の手が増えたけど、こっちの人数の増加に対して見合ったものじゃない。
きっと大丈夫、またさっきみたいに西園寺君、梅垣さん、川崎さんが陽動すれば死者は減らせる」
「うん、俺もさっきみたいに……あ!きたぞ!」
会話をしている最中、またしても海岸のある堤防沿いに使徒は転移でやってきた。
そして今度は3本の腕をこちらに向けてレーザーを放ち、もう一個の腕は重力操作を行ってる。
さっき作らわれたもう一個の手は一見何もしていない様に見える。この腕が何をしようとしているのかはまだ分からなかった。
今回は範囲が広いのでさっきよりもレーザーは散りばめられて放たれた。
だが一つ一つが小さくなり威力が減ったとはいえ、さっきとは違いここには弱プレイヤー達がいる、彼らにとっては一つに触れただけでも肉体をえぐり取られる程の威力であった。
「い、いやぁァァァァァァァァ!」
「た、助けっ……」
「あ……ぐァ……」
血と共に叫び声が上空に響き渡る。
クエスト範囲を仕切る壁のせいで赤く見える空がより一層赤く染まっていく。
ただ、内野に彼らを救う事が出来ない。たださっきみたいに西園寺と合流し、西園寺がスナイパーの狙撃に集中できる様にバリアを張る事ぐらいしか出来ない。言わば時間稼ぎの作戦だ。
涼川が助けにくるまで堪える……それが最善だと頭に浮かべた直後、デジャヴの様に田村から絶望的な通信が入る。
「涼川さんの元へは残っていた魔物が送られており、彼女の到着は遅れます!すぐに駆けつけるのは厳しいとの事!
川崎さんが彼女の元に援軍として数匹魔物を送りましたが、10分以上は掛かると……」
その無線を聞いた全員に絶望の2字が過る。
内野と新島も、互いに不安を出さない様に顔を作ってはいたが、それが崩れた。
(お……おい、これ……何人死ぬんだよ。今日だけで何人死ぬんだよ。
こ、この状況で生き残れるのは誰だ?工藤達は大丈夫なのか?帰還石を使えるのか?)
絶望した内野は、この状況で帰還石を使える仲間が誰であるかと数えはじめた。そしてそれがより一層内野を絶望の闇に引きずり込む。
(だ、駄目だ…………飯田さんや木村君ぐらいしかいない。
梅垣さんも避けるのは得意だけど、あのステータスじゃ恐らく攻撃を受けきれない……そ、そうだ、『独王』だ!
あれで一人一人防御力を増加させて『帰還石』を使わせよう、じゃないと……ここで皆死んじゃう……
で、でも今回ターゲットの原井さんや柏原は逃げられない……いや、全滅と比べたら……)
内野達が着けている無線に個人でのやり取りをする術はない。
全部田村の元に届けられ、田村がそれを伝える事で情報が全員の耳に届くのだ。
内野は田村で無線にその旨を伝えようとする。
だがその直後、クエスト範囲外にある田村が乗っている戦艦に対して腕を一本使い、使徒は建物の瓦礫を固めて放った。
クエスト範囲を仕切る壁が防ぐのは魔物や魔力のみ、街の瓦礫などは普通に透過する。
なのでこのままでは大きな瓦礫が戦艦に直撃しそうであった。
上から見ていて内野は戦艦が落とされると焦るも、搭乗していた田村が寸前の所で『メテオ』を使い爆発でその瓦礫を飛ばした。
幾つかの瓦礫は戦艦に当たり場所によっては損傷しまったが、撃沈はしていない。
しかしその肝心の損傷箇所が通信室であり、念の為通信機能が一部負傷してしまった。
そして使徒の投擲は続いており、田村は完全に手を離せない状況となっていた。
内野は下の光景を見て自分の声が届かないと悟り、いよいよ仲間の死が頭に浮かぶ。
(駄目だ……このままじゃ皆死ぬ!だ、誰か……誰か何か無い!?
か、川崎さん!)
内野は自分じゃどうしようもないと思い、頼れる者を探す。
先ず最初に探したのは川崎、彼は内野よりも下の方で使徒のレーザーを避けていた。そして避けながらも遠距離攻撃可能な魔物を出して使徒の気を引いていた。
だがそれで手一杯そうである。
(さ、西園寺……平塚さん!)
次に西園寺と平塚を見る。
西園寺は灰原に守られながら狙撃しており、平塚は『憤怒』でレーザーを消して皆を守っていた。そして守られている者達は使徒に攻撃を浴びせようとスキルを使っている。
二人共それが限界そうである。
(高木!梅垣さん!清水さん!二階堂さん!)
高木は『嫉妬』で闇の球体を作り攻撃を防いでいるが、それ以上何かできる様子は無い。
梅垣はさっきと同じく降下しながら『ステップ』で攻撃を避けている。
二階堂は『ウォーターフィールド』で広範囲のレーザーを防いでいる。
清水が得意の槍で全てのレーザーを打ち弾いている。
3人もそれ以上に何か出来そうにはない。
ここにきてようやく、誰も余裕なんて無い事が分かった。分かってはいたが認めたくなかった事が確定してしまった。
内野は呼吸が荒くなり頭の回転が鈍る、もう自分がどうするべきか判断をつけられなかった。目の焦点が合わずどこを見れば良いのかすらも分からない。
使徒を見るべきか、下で陽動をしている者達を見るべきか、戦艦を見るべきか、隣の新島を見るべきか。
(に、逃げるか?戦うか?
逃げてどうする?戦うってどうやって?
どうしようどうしようどうしよう……)
新島は取り乱す内野を見て何か言いたげであったが、口を閉じて黙って内野の手を握った。そして彼が変わるのを待った。
絶望の淵に立たされた瞬間、頭の中でスイッチが切り替わる様な音がした。
そして頭の中がクリアになる。
絶望から逃れる為に感情が無くなるあの現象が起きたのだ。
さっきまでの動揺は何処へやら、内野は深呼吸をして呼吸をいつものペースへ戻す。こういう時に便利な自分の特性に感謝しながら。
そして内野がこの状態になるのを待っていた新島はようやく口を開く。
「逃げるの?それとも戦うの?」
今の内野なら決断が出来るとふみ、細かい話などせずに単刀直入にどうするか尋ねる。
そして少し考え込んでから返答が帰って来る。
「……戦う。
時間稼ぎだとかじゃなくてあいつを殺す。あいつはここで殺さなきゃならん」
「何が必要?」
「相手の索敵能力を消すのと……これだ」
内野はステータス画面を開き、SP14使いで運を20まで上げる。
そして運20を達成したのでショップで買える様になった『契りの指輪』を3つ購入する。
『契りの指輪』は2つで1セットのアイテムで、ペアの指輪を装備していると転移時に同じ場所に転移するという能力がある。
これが今回の作戦の要になるアイテムだ。
「さっきの川崎さんの作戦は相手が転移する前に殺すってものだが、それとは違う。
相手が転移で安全な場所に逃げられるっていうなら、転移後の場所を安全じゃなくすれば良い。
だから俺が片方を装備し、このもう片方を使徒に付ける。そうしたらあいつがいくら転移して逃げてもそこに俺はいる」
「じゃあ今数個買ったのは、内野君は数人であの使徒と……」
「そう。俺と『契りの指輪』で繋がった人と数人で奴と戦う。
使徒とそんな少人数でやり合うのは危険だが、俺以外に出来る人がここに居ない。俺がやってやる」
内野は大罪として使徒と真っ向勝負を挑む決意をした。
この時の彼の目には恐怖などは一切無く、今の彼の姿と覚悟は誰が見ても頼れる大罪としてそこにあった。
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