第280話 殺せぬ飛び使徒

空中での高速移動が出来る魔物に乗って降下中川崎は、梅垣同様に皆の為に相手のヘイトを引いていた。

ただそれでもレーザーを受け止めきれなかった者達は数人おり、何人かの死体が宙を漂っている。


しかしそんな彼らの血しぶきが目に入っても、川さっきはその間も思考は止めない。


プレイヤーを上空に転移させるという作戦実行にあたり『暴食』と『嫉妬』を遠ざけたという事は、相手に知能があるのは確定だ。

的確に二人を別の場所に転移させたという事は、これまでのクエストで『千里眼』でも使い情報収集でもしていたのだろう。

……二人がこっちに戻ってくるまで残り数分だが、二人が帰ってきたらどうするつもりだ?

こいつの魔力を無尽蔵に使えると言う能力も『暴食』の前では無力だし、逃亡するか?それとも二人をまた転移させるか?

どちらにせよ二人にはここへ来る道中も闇で身を守る様に言っておこう。


梅垣と違い自分で攻撃を避けている訳では無い川崎は、無線で田村にその旨を伝える。

そして次に使徒の腕に着目する。

レーザーを発射している腕は3本で、残りの1本が特に何もしていない事に違和感を感じていた。


同時にスキルを使えるのは3本までなのか?

……いや、違うか。俺達の落下スピードが遅いのも使徒のスキルだろうし、あの最後の一本は重力操作のスキルを使っているんだろう。

恐らく同時に使えるスキルの数は4つ。今は3つレーザー、1つを重力操作に使っているから、奴はこっちに向かって来ている二人の監視は出来ていないかもしれない。

それならば……


川崎は使徒の隙を伺う。

これ以上降下すると川崎の使徒がレーザーを避けきれないので、使徒が腕の一本を二人の監視に使った時に一気に距離を詰めねばならない。


ただ、まだ二人は到着しないので川崎はひたすらレーザーを避けて待つ。




空中転移されてから3分、遂に使徒の元に涼川が駆けつけてきた。

川崎に言われた通り闇のドームを展開させながら来たので、彼女はもう転移させられる心配は無い。

だが闇のドームと外の境界線は視認出来ないので、彼女の数メートル先は闇である。


だがそれでも駆けつけられたのは、田村が無線で彼女に向かう方向を指示していたからだ。


〈涼川さん、もう数十メートルで使徒です!〉


「了解、私らだけ遠くに飛ばしたクソ使徒にお礼をしてあげなくちゃね」


順調に涼川は使徒に接近し、ある程度近づいた所で『暴食』の闇のドームを急激に広げる。

この中に入れば涼川以外誰もスキルを使えないのでこの使徒を簡単に倒す事が可能になる。


だが使徒もそれは分かっていたので、闇のドームが接近してきた所でレーザを打ち切り、一本の腕が青色に光る。

そして使徒の身体は青い光に包まれ消えた。


その途端、プレイヤー達に掛かっていた低重力のスキルが解け、上空にいたプレイヤー達は全員急降下する。

突然元の重力に戻り、空中機動の術が無いプレイヤー達は重力のままに海へと落下した。


内野は、落下寸前の所で新島が『ポイズンウィップ』で陸地に引き寄せてくれたお陰で海に落下せずに済んだ。

その近くには涼川がいた。二人は使徒に逃げられ不服そうな顔をしているが、彼女に礼を言う。

すると彼女は大罪である内野の無事を確認し、少し機嫌を取り戻す。


「あら、大罪が全滅してなくて良かったわ。

ま、あの程度で死んじゃう大罪がいるとは思ってなかったけどね」


「ところで一緒に遠くに転移させられた高木は何処に……」


「ああ、あの子ならあっちにいるわよ」


『嫉妬』の高木の場所を尋ねてみると、涼川はプレイヤーが落下した海辺りを指差す。

多数のプレイヤーが泳いで岸に上がろうとしている所だが、彼女の姿は見当たらない


一体どこに高木がいるのかと内野と新島が見回し探していると、彼女の声が聞こえる。


「しゅんくん大丈夫!?ごめんね離れちゃって……もう絶対に離れないから!」


「う、うん……大丈夫、大丈夫だから魔力を温存しておこうね」


海の上に小さな闇の足場があり、そこで高木と俊太が抱き合っていた。

どうやら落下する俊太の為に『嫉妬』で足場を作って受け止めた様だ。

本来なら涼川と共に使徒へ攻撃を加えて欲しかった所だが、彼女は使徒への攻撃よりも彼を守る事を優先した。


そんな彼女らしい行動に内野達は呆れつつ、涼川は次の動きの話へと入る。


「使徒はどこに逃げたのかしら?私は『使徒の羅針盤』を持ってないから確認してもらえない?

さっき転移先でも赤いレーザーを見たけど、あんなのを野放しにしてたら大被害が出るわよ。強いプレイヤーはほとんどここに集まっちゃってるし、もしも新規プレイヤー多めの所にでも行かれたら大虐殺が起こるわ」


「分かりました」


涼川に言われるがまま内野は『使徒の羅針盤』を取り出し、相手の場所を確認する。

そこで、羅針盤の針はこれまでに見た事が無い異様な動きをしていた。

数秒ごとにカクカクと方向が変わるのだ。この動きから、相手が『テレポート』をメインに使い移動している事が分かった。


『テレポート』連打での移動は確かに高速だが、本来は魔力量の問題で多用は現実的では無い。だがこの魔力を無尽蔵に使える使徒だけは別で、好き放題テレポートでの超高速移動が可能の様だ。


ここで3人の中に「この使徒を捕まえる事が出来るのか?」という疑念が湧く。

そして更にそこに追い打ちをかける様に田村から驚愕の情報が発信される。


〈転移して逃げた使徒が離れにいたプレイヤー達を空に浮かべています!

北の山間部の方のプレイヤーの数は多数、まだレーザーは発射されていませんが既に100人近く浮かべさせられている模様。動ける者は直ちに北へ!〉


「「っ!」」


涼川がさっき口にした懸念が現実になってしまい、3人は表情に焦りを浮かべる。

あの使徒が強豪プレイヤー無しの所へ行ったとなると、相当な死者が出てしまっていると容易に想像が付いたからだ。


だがその絶望的な連絡がされている最中さなか、川崎は動きを止めていなかった。

川崎は海に落ちた者達を素早く救出する為に飛べる魔物を大量に出し、そして内野達の方へ向かってきていた。

今彼は陸地を素早く移動するのに特化している獣型の魔物に乗っており、3人に声をかける。


「そこ3人!この魔物に乗れ!俺達だけで一足先に向かうぞ!」


3人と同じく表情に焦りが出ているも、川崎の思考は3人の一歩先にあり行動が早かった。

一同川崎の乗っている魔物に飛び乗り、高速で北を目指す。

搭乗メンバーが川崎・涼川・内野と大罪揃いの中に普通のプレイヤーである新島が一人いるのは異様である。

彼女もそれを感じていたが、今はそんな事どうでも良いので、川崎の話を聞く事に集中する。


「向こうのプレイヤーはまだ空に浮かべられただけで、レーザーは放たれていない。

さっきも田村から告げられた通り、相手は4つのスキルを同時に使用できる。

今は自分の転移と相手の転移に2本腕を使い、1本の腕で重力操作、残り1本で俺達を監視しているのだろう。

使徒がレーザーでプレイヤーを殺し始めるのは、空に浮かべるプレイヤーの数に満足して相手が転移をやめた時だ」


「って事はあまり猶予はありませんね……確か他プレイヤーには使徒がいる地点から1~2㎞以上は離れる様に言ってありましたが、あの使徒の移動スピードだとそんな距離一瞬でしょうし」

「で、どうやってあいつを追い詰めるの?」


涼川の問いに、川崎はまだ答えを出せていないが今の考えを述べる。


「相手の腕をずっと索敵に使わせられれば、腕一本分相手は攻撃にスキルを使えない。

ここからは涼川と俺達は他ルートから回り込む。相手は確実に涼川の監視に一本腕を使うだろうが、二手に分かれれば俺達の監視にも腕一本使うかもしれない。

涼川はとにかく『暴食』で自分が転移させられる事を避けてくれれば問題無い」


「了解。さっきは青い光が見えてから仲間全員を闇で囲もうとしてたからテレポートを受けちゃったけど、私一人ならどうとでもなるわ。

でもこれ、追い詰めるというよりかは時間稼ぎって感じね」


「ああ、まだあれを追い詰める方法は浮かんでない。

相手の索敵方法が『千里眼』だけじゃなくて『魔力探知』も所持している可能性だってある。現に最初の広範囲転移は俺達を的確に範囲内に入れての発動だったからな。

そうなると奇襲が成功するとは思えない。かと言って勝機の高い涼川が闇を纏ったまま正面からぶつかろうとしたら相手は逃げる。

相手が逃げられない様な状況を作らないかぎりは俺達は奴を倒せないだろう」


「相手が逃げられない状況……それって作れるのでしょうか?」


「……『暴食』のドームで囲んでテレポートを封じる、これ以外に思い浮かばないな。だがそれが可能とは思えない、相手の索敵が張り巡らされた状態じゃな。

索敵する余裕を無くすにしても、そのすべを持っている者達が接近してきたら相手は逃げるだろう。

正直使徒討伐は手詰まりしている気がするし、彼らを救出してから作戦を断念するのも視野に入れた方が良いとも思ってる」


聞けば聞くほど相手の逃げ性能の厄介さを痛感する。

もはや川崎は使徒討伐を諦める方向に思考を変えていた。


他の者達も特にこれといって有効そうな作戦を思い浮かべられなかったので、内野の思考もそっちの方向にシフトしてしまっていた。


しかし、ここで川崎が指を一本縦に立てた。


「……だが、一個だけある。

一発限りの作戦だが奴を殺す方法がな。それもさっき言った不可能なものではない作戦が」

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