第281話 5本目の腕
「うわァァァァァァァ!」
「キャァァァァァ!」
上空から多数の人の悲鳴が響く。
空に転移させられたプレイヤーと覚醒者達が使徒のレーザーで、続々と空で肉塊と化していた。
ここにいる者達はそこまでステータスが高くないので適当にばら撒かれたレーザに直撃するだけで致命傷、中には『帰還石』で逃げる事が出来た者もいるが、ほとんどの者はそれは叶わなかった。
そして重力操作のスキルが使われているので落下が遅く、死体は空に留まっている様に見える。
元々赤くなっている空が、彼らの血で更に赤く染まる。
ただそんな地獄絵図の山間部に、『暴食』大罪のである涼川が到着した。今、彼女は身体に闇を纏っていない。
そんな状態で建物の上で余裕気にレーザを放っていた使徒と向き合う。
「やっと見つけたわ。そんな雑魚処理だけじゃなくて私と一戦交えない?」
スキルメインで戦うこの使徒に対して、涼川は『暴食』で絶対的な防御壁を張れる。だから彼女のみこの使徒に強く出られた。
そして彼女一人だけなのも作戦だ。一人でなければ相手が逃げる可能性が高かったから。
使徒は自分の前に立つ彼女を見て、レーザを放っている腕を止める。
顔が龍の頭蓋骨なので表情は分からないが逃げる気配は無い。
(良かった。私一人だけでもこいつが逃げる可能性はあったけど、それは外れた。多分私が一人のうちにさっさと排除したいんだろう。
あとは私がこいつに多数の腕を使わせれば、周囲の索敵を出来ず奇襲が可能になる。私に全て掛かってるわね)
涼川は相手に早く腕を多数使わせようと、槍を手に持ち相手に接近する。
闇を相手の近くで出せば逃げられる可能性があるので、大罪スキルの使用は本当に危険な時のみである。
なので今この場で頼れるのは、彼女の自身の戦闘技術のみだった。
彼女はプレイヤーの中でも動ける方ではあるが、流石に梅垣や清水には劣る。
それに普段は強敵戦う時は『暴食』でドームを張り、相手がスキルを使えない状態でボコボコにすると言う戦い方が主流なので、分が悪いタイマンではあった。
先ず最初に仕掛けたのは涼川。
『ツインスピア』という魔法の槍が手に持つ槍に重なり二段攻撃が出来るスキルを使用し、その上で『
すると二つの効果が重なり二回分の『雷突』が飛ぶ。
使徒は腕一本前に出して黄色の壁を出現させてその攻撃を防ぐ。
突いて分かったが、自分の物理攻撃力ではこの壁を破壊出来ないと涼川は直ぐに分かった。
続いて、正面からの突破だと判断し『ウィンド』で横への高速移動を行った後に武器を投擲。そしてその流れで更に横に移動し、涼川本人が距離を詰めて攻撃する。
使徒は後ろに飛び避けながらも、その二つの攻撃を二本の腕で再び防いだ。
今の二回の攻撃をわざわざ二本の腕を使い2つのスキルで防いだ事から、ある推察が出来た。
(多分内野君みたいに全方位を囲むタイプのバリアは持っていないのね。なら不意打ちも出来るわ。
それに私を警戒してか反撃して来ない。それもそうか、私はこれまでクエストの大半を闇のドームの中で戦っていて、こいつは私のスキルを知らないのだから。
私が持っている上位スキルとサボテンの使徒の武器はコイツにバレていない、なら行けるわ。この二つを合わせれば相手のバリアは容易に破れる。
あとはそれをいつやるかだけど……今じゃないわね、知性があるコイツに対してそれが通用するのは恐らく一度だけだもの)
そんな事を考えながらも涼川はとにかく攻めまくった。
相手の腕が自分に向けられる様にスキルを連発し、相手の意識を完全に向けさせる為。
「ほら、私に夢中になりなさい!」
「…」
普段その美貌で男を誘惑するように、涼川は自分の力で使徒の全思考を浴びようと更に動きを加速させる。
その動きは彼女自身もこれまでに出せた事が無い程の速さで、とうとう使徒も3本目の腕を使い始めた。
3本目の腕が使用するスキルは炎の渦巻きを大量に放出するという防御と共に反撃に出るもの。
まだプレイヤー達は低重力のスキルを喰らい空に浮かんでいるので、これでもう偵察スキルを使われていない状態になった。
そしてそのタイミングを待ちわびていたかの如く、炎の渦巻きが発生したと同時に川崎が使徒の背後から飛び掛かる。
そして川崎は使徒へと手を伸ばす。
「ソウルダスト」
川崎が使用したのは上位スキルの『ソウルダスト』で、効果は敵の強さ関係無く相手を即死させるというものだった。
だがこれで殺してもレベルは上がらないしQPも獲得できないので、いざという時にしか使えないスキルだ。
これまでの使徒にもこのスキルを使用すればもっと楽だったのではないかと思うだろうが、川崎はこのスキルで使徒を殺すのを極力避けたかったのだ。
それは本当に相手を殺せているのか分からないからだ。
「ダスト」は舞い上がった塵だとかほこりという意味があり、この名前的に相手の魂を身体から離す力があるのだと推察できる。
つまり魂を身体から離すだけで、相手の魂を殺せてはいないとも言える。
怠惰の所の使徒は魂を他の身体に移す事が出来るので、万が一このスキルで相手を戦闘不能にしても、後に不測の事態が起こる可能性がある。
どうしてもその不測の事態発生の原因を作りたくなく、川崎はこれまで使徒相手への使用は避けた。
だが今回の相手は流石にこのスキルを使わざる得ないと判断した。
この使徒を野放しにしていれば発生する被害が計り知れないから。
川崎の不意打ちは成功したかと思えた。ローブ越しだが川崎の手は魔物に触れる事が出来たから。
だがスキル発動と同時に、使徒の一個の首がグルリと後ろに回り川崎を見たかと思うと、使徒の骨の身体がバラバラと崩れた。
川崎が触れようとしていた背骨が塵と化し、川崎のスキルは不発に終わった。
使徒は自力で立てなくなり倒れながらも、遂にテレポートで逃げだした。
その場に残るのは川崎と涼川と、塵になった使徒の下半身のみだった。
内野は『独王』で川崎の敏捷を強化し、後は遠くで新島と共に作戦の生末を見守っていた。
だが使徒に逃げられ失敗を確信し、再び焦りを顔に浮かべながら『使徒の羅針盤』を見ながら周囲を見渡す。
「しくじった!新島、使徒が逃げたから場所の特定をした後……」
「内野君、上にいる」
新島にそう言われ、内野はその言う通り上を見上げる。
現在空には低重力で浮かばされているプレイヤー達がいる。今空に残っているのは帰還石を買えない新規プレイヤーと覚醒者達の数十人で、後は死体が浮いている。
そしてそんな彼らの中に、使徒がいた。
死体の血のデコレーションで染まる赤い空、その中央に浮かぶ上半身のみの使徒。今から一体何が行われるか予想など到底出来ないが、嫌な予感はその光景を見た全員が感じた。
そしてそれは低重力により地面に逃げれない者達も感じた様で、途端に取り乱し空でもがく。
「た、助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「いや、怖い!怖い!やめてぇぇええ!」
「早くそれを殺してくれ!」
「誰か助けてぇぇぇぇぇーーー!」
助けを乞う声が耳に響くが、内野達に出来るのは今から使徒が行う事を見る事のみ。
使徒は4本の腕を上に掲げると、徐々に空に浮かんでいる血肉と生存しているプレイヤー達が使徒の元へ集められる。
超重力で一ヶ所に集められ、ステータスが低い彼らの身体はバキバキと音を立てながらミンチの様に無理矢理丸められる。肉団子状態だ。
そして今度はその肉団子が使徒の身体に付着したかと思うと、使徒の下半身と背骨が復活し、更に使徒の周囲に小さな歪な形の手が1つ浮かぶ。
普通の『ヒール』とは違い他の生き物の身体を使用する回復手段、そして新たに手が生成されているので、もはや回復スキルというより身体生成スキルと言った方が良いだろう。
このスキルを目の当たりにした瞬間、使徒が何故わざわざ人を空に浮かべたのか内野は分かった気がした。
(新たな手、それとまた生えた下半身……まさか死体を集めて自分を強化出来るのか!?
そうか……だから空で人を殺す事で、死体を集めやすくして、更に身体生成の邪魔がされない様にしたのか!
そして新しく手を作られたという事は……)
内野のその予想は当たってしまう。
使徒は新たに生み出した歪な手を身体の周囲に浮かばされると、またしても転移の青い光を広範囲に放った。
4つまでしかスキルを同時に使えない相手が、5こまで同時にスキルを使用可能になってしまった。
その転移の光から逃れる術を持っている者は『暴食』持ちの涼川のみで、彼女以外の者はあっけなくその場から姿が消える。
しかも次に『暴食』を解いた時、そこには使徒すらも居なかった。
残された彼女は直ぐに田村へ連絡を行う。
「使徒と皆が消えた!何処にいったの!?」
「す、涼川さん!急いでさっきの海岸へ戻ってください!
今回はさっきの比にならないぐらいのプレイヤーが転移させられています!」
無線越しに聞こえてくる声は、これまで聞いた事が無い様な田村の焦った声。
交流関係はあまり無いし涼川は彼の事を良く知っていなかったが、それでも今がヤバイ状況である事がその声から分かった。
「貴方以外の全員、さっきの所に転移させられました!」
今、このクエスト範囲にいる涼川を除く全てのプレイヤーがさっきの所に転移させられていた。
そしてそこで起きているのは使徒による一方的な虐殺であった。
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