第277話 4度目の赤い空
金曜日、クエスト当日の10時時点で既に覚醒者達はスタンバイ完了していた。
今回の広島市でのクエスト、15㎞×15㎞の範囲だと海と山が占める範囲の割合が過去一番高い。
今まで都会である事が多かったが海に面している時もあった。
その時に海にも少数だが魔物が沸くのは確認済みなので、覚醒者支援隊の元で動かせる潜水艦と戦艦は一旦広島から離れた場所に待機させ、クエスト開始以降動かす事にした。
その戦艦可動の指揮を執るのは田村である。
本来はリーダーである西園寺に与えられた権限だが、今回大罪の彼には重要な役目があるのでその代わりだ。
指揮と言ってもクエストの境界線で戦艦と潜水艦を動かすだけで、後の役割と言えば海の魔物を狩る事ぐらいである。
今回の作戦の最たる目標は使徒の討伐、その為大きな戦力は全員出現した使徒の元に向かう事になっている。
その大きな戦力とは当然大罪の事である。今回、6人の大罪部隊が使徒を囲み討伐する。
内野と共に居るメンバーは進上・工藤・新島・中村・梅垣・松野・飯田・松平で合計9人である。
使徒討伐で内野が高確率で『強欲』を使用するので同期組3人はおり、松野は緊急時の『テレポート』での退避役である。
その他のメンバーは戦力として申し分ないので同行している。
ちなみに今回、覚醒者支援隊が観測したデータや指示などは全て田村がいる戦艦に送られ、田村が指示を出す事になっている。
覚醒者全員には小型イヤホンが配られ、いつでも指示を聞けるし情報を送る事も可能だ。
内野達は広島市の山と面している郊外で待機していた。
イヤホンの準備や作戦の確認をしている最中である。
梅垣が念の為皆に再度作戦を伝えている。
「消去法的に残る使徒は、『怠惰』の所の魂を他の生物の身体へと移す力を持つ使徒か、『暴食』の所の無尽蔵に魔力を使える使徒のどちらか。
もしも『怠惰』の方ならば使徒と戦闘するのは更に少数精鋭隊にし、他のメンバーは周囲の魔物を殺る役に徹する。その時、使徒の方に向かうのは俺と内野君だけだ。
もしも暴食の使徒の方だったら、主役は相手との相性が良い『暴食』の涼川。
涼川の『暴食』スキルなら相手がどれだけ魔力を使いまくって弾幕形成しても全部消せるからな」
「その間俺らは何をするんだっけ」
ノンアルコールの飲料を飲みながら中村が手を上げ質問する。
他のメンバー全員覚えている事なのに彼だけ作戦を覚えていなかったので、梅垣は呆れながらも説明する。
「俺達は一時戦況を見守る事になるが……恐らく涼川一人の手に余る相手だろうし囲んで物量で攻める事になるだろうな。
だがさっきも言った通り主役は涼川だ、俺達じゃないって事は覚えておけよ。情報だとその使徒はこれまで偵察に向かわせた全てのプレイヤーを皆殺しにし、尚且つ姿を消している。こっちは相手がヤバいって情報しか持っていないという訳だ」
相手の力は未知数、これまで以上に気を張らねばならない相手である。
ただ大罪が自分の他に5人も揃っているとなると何とかなりそうだと思ってしまい、内野は緩んだ自分の気を覚ます為、自分の顔を思いっきり叩き、自分で自分に暗示を掛ける。
「油断は駄目だ…いくら強い人が集まろうと敵はそれより強大、死者を少しでも減らせる様に気を抜くな…」
「油断、駄目、絶対、油断、駄目、絶対。油断、駄目、絶対。油断、駄目、絶対。油断、駄目、絶対」
「松野、その通りなのだが気が散るからやめろ」
松野が途中から邪魔な声を掛けてきたので、肘で軽く松野を突く。
ただそんな彼のおふざけのお陰で内野も緊張も少し解れた、肩の荷が少しだけ和らいだ。
ちなみにまだ以前川崎からされた話は誰にもしていない。
相手しているのが7つの世界だという話だが、別にこのクエストが終わった後で問題無い気がするので話すのは保留している。
内野は適度に緊張が解れたので立ち上がり、頼れる仲間の顔を見る。
一人一人の顔を見ていると新島に気が付かれ、彼女は内野の隣に来る。
「ほっとした顔してるね」
「まぁな、背中を預けられる皆がいるから安心出来る。
……今や俺も大罪として貴重な戦力の一人として数えられてるが、正直まだ荷が重いんだよな。
川崎さんや西園寺みたいになれる気がしないし」
「ガサツな髭を生やしてヨレヨレのシャツを着たら川崎さんみたいにはなれると思うよ」
「いや、そういう見た目の話じゃ…」
「大丈夫大丈夫、分かってるよ。
川崎さんは一番最初に強欲グループに手を差し伸べてくれた恩人で、強くて頭も良くて頼りになる人だもんね。
それに西園寺君も立派な目標を持ってて、戦闘だけじゃなくて色々熟してるもんね。
でも内野君には、君には君の役目があるんだから。他の人と自分を比べたりしなくて大丈夫だよ」
新島にそう優しく言ってもらえると、内野はなんだか安心出来た気がした。
同じく大罪で、同級生で、色々と重なる部分がある西園寺と自分を重ねる事は多かったので比較しない方が難しい話であったが、そう言ってもらえるだけで自分はこのままでも良いと思えた。
(このままでも良いなんて……甘えすぎかな?
きっとこの道を変わらずにいられるほど優しくないだろうし、きっといつか俺には大きな転換点が来る。
でも……)
「私達はずっとそばにいるから、焦らないでね」
新島の声で内野の心は落ち着く。
そしていずれ来る転換点へも希望を抱く事が出来た。
(そうだよな、皆が傍にいれば道を踏み外したりしないよな。
だから大丈夫、きっとその大きな転換点も乗り越えられる)
仲間に導かれ成長する物語といった所か、それぐらい内野は仲間の有難みを感じていた。
そして暫くそのメンバーでその場で待機し、正午を数分越えた時間。
4度目の赤い空が広がった。
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