第276話 感情無き殺意と行き場無き『憤怒』
私は勘が鋭い。
勘と言っても相手の殺意が分かるといったもので、相手が殺意を向けている相手がわかるという力。なのでこの力は普段生活に役立つ事はない。
この力は私が生まれ持ったものではなく、親が日々私にドス黒い感情を向けてきた事によって磨かれた力だろう。
だがクエストでは存分にその力を発揮してくれる。
本気で他の生き物に対して「ぶっ殺す」…なんて思った事はあるだろうか。
私は何度もある。魔物と戦かう度に殺意を燃やし武器を振るった。
そしてそれは相手も同じであり、相手も私に殺意と牙を向けてくる。これが殺し合いだ。
そして必ず殺意の裏には感情がある。
自分が生き残る為に戦っている場合、仲間の仇を討つために戦っている場合だとか色々な状況はあるものの、そこには悲しみ、怒り、憎悪だとかいった感情が必ずある。
そもそもそれらの感情があるから殺意が発生するのだろう。卵が先か鶏が先かという問題に似ている。少なくとも私は感情があるから殺意が生まれると思っている。
だがあの日、2回目のクエストで私が負傷してしまったばかりに笹森が犠牲になった日、私は感情無しの殺意を目の当たりにした。
その殺意を出したのは内野、『強欲』スキルを持つ男だ。
初対面の時はプレイヤーとしての覚悟なんて決まってないただの夢見がちな善人だと思っていた。平塚さんみたいに頼りになる人だとは到底思わなかった。
だが笹森が使徒に体を乗っ取られた時の彼の殺意は異形だった。
殺意は感情の上に乗っているはずだが、彼の殺意には感情が無かった。まるで皿無しのまま料理が運ばれてきたような異形さだ。
私はそれが堪らなく恐ろしかった、あんな気持ちの悪い殺意を出せる内野が気も血悪かった。
「だから私はアンタを避けてたんだよ。
気持ち悪い上に…怖かったから」
一咲は赤裸々に自分がこれまで内野を避けてきた理由を語った。
笹森には出てもらったので部屋には平塚、内野、一咲の3人しかいない状況だ。
語っている最中、やはり彼女は一度も内野と顔を合わせようとしなかった。
「アンタの事は聞いてる。
ああなるのは負の感情が大きくなった時に心を逃がす為の自己防衛手段だって、それでも…私は無理だよ、多分もうアンタとは一緒に行動出来ない」
「…そ、そうだったのか。俺のアレがそんなにヤバかったのか…ごめん、俺でもあれは制御出来ないんだ」
自分のせいでこんな事になってしまったので、内野は彼女に謝った。
彼女はそれに対して特に何も返さないが、平塚がじっと彼女の顔を見ると、彼女も根負けする。
「…私も悪かったよ。
あの奇妙な殺意を感じたくないってこっちの我儘でこうなってんだから…」
一咲は頭を掻きながら、目を合わせていないが内野に謝った。
すると平塚は目を瞑って満足気に頷く。
「これで良いのじゃ。避け合う関係が変わらなくとも、本心を知り合っているだけでその関係は大きく変わるのじゃ。
儂は人生経験をお主らの数倍詰んでおるからな、それの重要性は良く理解しておる」
「ちっ…じゃあもう私は笹森の所に行かせてもらうぜ。コーヒー牛乳取ってくるのを忘れたから少し外出もする。
内野、私が帰って来る前には絶対部屋から出てろよ」
「ああ、おやすみ」
一咲は内野のおやすみの挨拶に返す事なく部屋を出て行く。だが部屋から出る直前に一咲は一度足を止め、小さく呟く。
「頼むから混ざらないでくれよ」
「え…」
まるで一人事ぐらいの声の大きさであまり聞き取れなかったが、何を言ったのかは分かった。だがそれがどういう意味なのか彼女に聞き返す前に一咲は部屋から出て行ってしまった。
ただ彼女を追いかけるのも無粋な気がするので、内野はとりあえず平塚に礼を述べる。
「今日はありがとうございました、平塚さん」
「一咲は儂の孫みたいなものじゃ、ついつい過保護になってしまうのじゃ。
…もう失いたくないからのぉ」
平塚は娘と孫を亡くしている。内野達はそれだけしか知らなかった。
今まで詳細に聞いた事も無いし、あまり聞ける機も無かった。だが今のこの状況なら平塚に過去の話を…
「儂の話を聞きたいか?」
過去の話を聞けるんじゃないかと内野が思った瞬間に、平塚が先制してそう言った。まだ一切口を開いていなかったのにどうして分かったのかと内野は驚く。
「えっ…あ…良く分かりましたね」
「言葉にせんでもなんとなく分かるぞ。
それに儂も自分の過去のある事を君に言っておきたかったのじゃ。儂の事を誤解されたくないのでな。
一咲が帰って来る前に済ませねばならないから話は手短にするぞ、儂の話を聞いてくれぬか?」
「ぜ、是非お願いします」
内野がそう言うと、平塚は自分の顔をパンと軽く叩く。
先に話をしたいと言ったのは平塚であったが、その平塚でも再度覚悟を決めてから話さねばならない程の話である。
「十数年前の…儂が人生の幸せの絶頂に居た時の話じゃ。
儂には一人娘がおってな、良い旦那さんと結婚をしていて既に子供もいた。娘は舞で孫は春香と言ってな…春香は当時4歳にして小学1年生の勉強も出来る賢い子で、礼儀正しい子で、そして何よりも可愛かった。
当時既に婆さんは他界しておって、儂の家には娘家族が暮らし、儂は幸せな日々を過ごしていた。
じゃがある日、娘と孫は轢き逃げに遭って殺された。
人通りが少ない水田近くの道で自転車を漕いでいた時、未成年者の者が運転する車にはねられたのじゃ。二人は自転車ごと水田へと落ちた。
未成年者の者達は3人グループだったが誰一人賢明な判断を出来ず、まだ意識のあった二人を救わずにそのまま逃げた。
二人は轢かれたがまだその時は意識があり、ただ激しい負傷で動けずにいただけだった。そこで救急車を呼び、二人の身体を水田から出していれば助かった状態であった。
どうしてそんな事が分かるかと言うとな…二人の死因は溺死だったのじゃ。出血も酷かったが、水田の主が見つけた時点ではまだ死に至る程の血は流れてなかった。動けない二人は痛みに苛まれもがく事も出来ずに苦しみの中溺れて死んだ。
そして悪夢はまだ終わらない。
なんと儂と娘の旦那の大切な者達を奪った若者達には正当な裁きが与えられなかったのじゃ。
未成年で、更に障害を抱えており善悪の判断が付かなかったという理由だけで、そんな理由だけで大した刑を受けなかった。
当然それを聞いて当時の儂と娘の旦那は二人して絶望した。
神と世界とその罪人を憎んだ、腐った世の中に憤怒した。
それからというもの止まらぬ憎悪と憤怒を抑えて過ごすだけの生活を過ごす事になったのだが、ある日旦那からの提案でとある計画を企て、それを実行する事にしたのじゃ」
ここまでの話で既にお腹がいっぱいだった。
胸糞悪い話を聞かされ内野も平静ではなかったが、平塚はもっと余裕が無さそうである。
当時の事を思いだし怒りが込み上がってきているのだろうと内野は勝手に思っていたが、どうやらそうではないみたいだった。
「…この話で内野君に伝えたい事というのは…儂が綺麗な人間じゃないという事じゃ。
こ、ここから先の話に一切嘘はない…今から語る事全て真実じゃ。その上で儂という人間がどんな人間なのか判断してほしい」
「…はい!」
平塚が平静ではなく身体が震えていたのは、これから語る内容が大変酷く、内野にそれを離す勇気が出なかったからだった。
平塚が今何を思っているのかは、まだ話を聞いてない内野には分からない。だけど今ここで彼とは向かうべきだと判断し、内野は真剣な眼差しを平塚に向けながら返事した。
その内野の対応に平塚もここから先の内容を離す勇気を出す事が出来て、平塚は深呼吸をした後にその後の事を語る。
「儂と旦那の二人で…その3人に苦しみを与え殺す計画を企てた。
国の法律が罰を与えないのならば、儂らが罰を与えようと。
神が罰を与えないのならば、儂らが罰を与えようとな。
そして企てた計画は、3人が成人し幸せの絶頂にいる所で全てを奪ってやる事であった。3人に出来た家族を殺す…つまり儂らと全く同じ目に合わせるというものじゃ。
そうと決まり次第、儂らは二人で『憤怒』に心任せ計画を立て続けた。3人が成人し結婚するまでまだ時間がかなり合ったから、時間は十分過ぎる程あった。
…あり過ぎたのじゃ。
娘の旦那さんの憤怒が先に尽き、この計画から手を引いたんじゃ。自殺という形でな。
恐らく疲れたのだ…儂の憤怒の大きさに着いてこれず燃え尽きてしまったのじゃろう。
だが儂はその彼の死すらも更なる憤怒のエネルギーにし、あの3人に与える罰の計画を企て続けた。
そして半年以上前、儂は七つの大罪『憤怒』としてプレイヤーとなった。
プレイヤーの力を得てから儂の計画はハイスピードで進行していった。ちょうど3人とも同じ時期に結婚し、子を授かったのじゃ。
全員第一子で、最愛の我が子を可愛がっておった。そしてその様子を見て儂は計画の実行を決意した。
憎い相手の笑顔を見て『憤怒』を抑えられなくなった。
プレイヤーになり3度目のクエストが終わり、ある程度身体が強くなった所で儂は一人一人の家に出向き…彼らの家族を苦しませ殺してみせた。
不思議な事に、憎い相手の家族というだけで儂はいくらでも無実の彼らの妻と子供を痛ぶり殺す事が出来たのじゃ。全身の骨をバキバキに折ってから水に鎮め、儂の娘と孫と同じ苦しみを与えた。
家族が死に絶える様子を見て絶望し、あの時の事を今になって謝る3人を横目に。
…そして最後に、その3人には自殺した旦那の苦しみを与える事にした。
儂は敢えてあまり3人の身体には手をかけず、椅子とロープだけ与え自殺させた。
そしたら3人は呆気なく自ら死んでいった。死ねば家族に会えると思ったのかのぉ…自分達が地獄行き確定なのに。
その後、儂は証拠を全部スキル『憤怒』で何もかも全て消し去った。
その場に残ったものと言えば…儂の中にある達成感のみであった。そこには久々に『憤怒』が消えた儂の姿があった」
内野はずっと平塚の事を気の良いお爺さんだと思っていた。
だからこんな今までの平塚の像が壊れる様な話を聞いて直ぐに呑み込む事は出来ない…事が普通だろう。
だが内野は、平塚が想像していたよりもあまり大きな反応をしていなかった。
別に軽蔑の目や失望の目を向けてくるわけでもなく、ただ一言喋る。
「…大罪人らしいですね」
「…う、内野君、儂を軽蔑せぬのか?
儂は自分が犯罪者と変わらぬドス黒い心を持っていると思われ、君に失望されるつもりで全てを話したのだが…」
「と、当然驚きましたし動揺もしていますよ。
あれですかね…動揺し過ぎてちょっと混乱してるかもしれないです。
ただ……心に問題があったりする人がプレイヤーになるのは分かってしましたし、別に今正常ならそれでいいかな……とは思ってます」
内野の意外な反応に平塚はただ驚くしかなかった。
本来内野がビックリしているはずの場面なのに、反応の逆転現象が起きている。
「内野君、思っていたよりも淡泊じゃのぉ……だが」
「別にもう犯罪者だとか気にする段階じゃないってだけだと思いますよ。俺も既に人殺しですから…」
内野がこれまでに直接殺したのは黒沼のみ。
あれも闇の暴走による事故ではあったので明確な殺意を持っていたわけではないが、自分が殺した事には変わりない。
今でも『独王』を使う度に黒沼の事を後悔と共に思い出す。
もしかしたら自分の行動次第で今このホテル内に黒沼も仲間としていたんじゃないかと。
でも自分が辿れなかった道を見ても仕方がないので、内野は前に進み続けられるのだ。
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最近新しく『人のイメージが具現化する世界になったある日、僕には『神様』が現れた。へっぽこ女神と共に俺は世界を救う』という小説を投稿し始めたので、平塚の語りを3人称視点での話に直す時間がありませんでした。
ちなみにこっちの小説の方は平和で、6万文字以内で完結するものなので、暇な方は見てみてください。
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