第274話 作戦準備完了!

広島市近域で魔物が出現したという情報は瞬く間に広がった。そしてそれに伴い世間の目は覚醒者へと向かう。

主に覚醒者がどんな働きをしてくれるのかという注目だ。


東京から広島に移動するのに新幹線を使うという情報を耳にした者達が現在東京駅に集まっており、昼間だと言うのに東海道新幹線の改札前は普段の通勤ラッシュ時並みの人混みになっていた。


「いる!?覚醒者来てる!?」

「新幹線は止まってるけど覚醒者はまだ居ないみたい」

「あの発表以来情報がほとんど世に出なかったからな、一言何か聞ければ集客できるぞ」

「ホテルから出てるのはもう既に確認済みだし多分そろそろ来るぞ、カメラ逃すなよ!」


テレビ局のカメラ・新聞記者・野次馬・様々な者達が覚醒者を見ようと押し寄せていた所で、駅の入り口の方からざわめきが大きくなり始めた。

その声を聞いた者達は背後を向き、皆一斉に背伸びをして誰が来たのかを確認する。


「きた!覚醒者だ!」

「さ、西園寺さんは!?」

「あ!テレビに出てた人だ!」


「道を開けて下さい!」

「覚醒者の方々が通ります!道を開けて!」


自衛隊員が先陣を切って人混みを進んで道を作り、その道を覚醒者達が進んでいた。

自衛隊員に道を作ってもらい歩いている者が覚醒者だと言うのはなんとなく皆も分かり、騒ぎはより一層大きくなっていく。

皆の視線はすっかり自衛隊員に守られる覚醒者達へと向かうも、そこには覚醒者としての知名度が高い内野と西園寺の姿は無い。




「ふぅ…なんとバレずに乗り込めたな」


「この変装は流石に誰も見破れなかったみたいだね」


新幹線に乗り込んだ男性二人がそんな会話をしていた。一人は頬骨が極度に大きい男性で、もう一人は肥満体形の男性。

だが二人が新幹線の席に着くと、頬骨の男の頬骨部分と目元付近が闇へと変わり顔が変化する。闇が無くなり出現した顔は内野の顔だ。


次に肥満体型の男の全身が闇へと変化し、その中から西園寺が現れた。二人は『色欲』を使い変装していたのだ。


「まさか『色欲』で変装が出来るなんて思わなかった。表情を動かしても違和感なく肌が動くし、本当に顔と一体化したみたいだ」


「他人の頬骨の出っ張りを追加する程度容易いよ。流石に他の部位もとなると厳しいけど」


西園寺は足を組んで席に座り、鞄から取り出したジュースを飲みながらそう言う。かなり余裕気な雰囲気である。


「そう言う割に余裕そうな顔してるな」


「内野君は細身だし、僕が手を加えたら多少の肉付けでカッコよく出来たりもするよ。やってみる?」


「まじで!?今度やってみたい!

…あ、これ聞いて良いのか分からないのだけれども…西園寺は『色欲』で自分の顔に手を加えたりは…」


「してるよ」


失礼なのは承知で内野が恐る恐る尋ねてみると、西園寺は特に表情を変えずにスルッと本当の事を口にした。


「前も言ったけど、僕はこの世界の希望の象徴になるつもりだ。

歌って踊れるアイドルとして人々を笑顔にしながらも、覚醒者のリーダーとして世界を守る希望の象徴。その為には外見にも一切妥協しないよ。

この顔は毎日鏡と向き合って僕が作り上げた最高の顔、皆を魅了出来る完璧な顔さ」


赤裸々に全てを語り、改めて西園寺の目標に内野は感心する。

西園寺は覚醒者のリーダーであるがアイドルでもある。最近まで5人ユニットのセンターだったが、今は西園寺だけあまりにも知名度が上がってしまったのでソロでだ。

訓練をするのは勿論の事、歌や踊りの練習も西園寺は欠かさず行っている。内野が知る者で彼以上の努力家は見たことがない。


「本来顔は努力じゃどうしようもないけど、『色欲』の練度を上げる努力でここまで出来る様になった。努力で輝く希望の象徴って素敵でしょ、頑張り屋さんの全ての人に夢を与えられるしね」


「…ほんと眩しいぐらい立派な目標だし、そこまで頑張れるお前は本当に凄いよ。でもどうしてそんな目標を立てたんだ?」


「ほら、よく言うでしょ。自分が恨んでいる相手より幸せになる事こそ最大の復讐になるって。

昔、僕に嫌がらせしてきた奴らを見返す為に世界一になってやろうって復讐だよ」


西園寺はあっさりと自分の過去を語り、目標の深層にあるのが復讐であると言う。

内野にとっては衝撃的な事だったが、西園寺はまるで昨日の晩飯について話すかの様に一切表情を変えず普通に語る。

だが驚き固まる内野と数秒目が合うと、西園寺は少し肩を落とす。


「汚い人間だ…って思った?

でもこれが僕の本性だよ、復讐を動力源に輝く希望さ。失望した?」


「いや、根っからの善人思考じゃなくて理解しやすい。俺はこっちの方が分かり易くて良いな」


「ん?もしかして内野君もこっち側?」


「それは分からないけど…少なくとも俺は顔も知らない人達の為に希望の象徴になろうだなんて思わないし、なんか西園寺の裏を知れて少し安心したんだ。

今まで西園寺の事を根っからの善人だと思ってて、正直俺じゃ着いて行く事なんて出来ないとも思ってた。

でも裏があると分かれば自然とその不安も消えた感じがしてな」


これを聞いて内野がホッとしている事は流石の西園寺も予想外で、目を見開き口を小さく開けっぱなしにして驚く。

普段被っている彼の仮面、闇で作られた仮面が剥がれた様な気もした。

だが直ぐに彼は表情を元に戻す。


「え、ああ…ごめん。まさかこれを聞いて安心されるなんて思わなかったから驚いちゃった。

そうか…汚い部分を曝け出した方が心を通わせられる事もあるのか。知らなかったな~」


「俺も驚いてる。二人して驚くっていうのもおかしな話だな」


「だね。あっ、この話は皆には内緒にしてね」


西園寺はそう言うと席を立ちあがり、トイレへと向かう。

内野は彼の本音を聞けた事でまた僅かに彼と親密な中になれたような気がした。




3,4時間程で広島に到着した。

行きの東京駅や乗り継ぎの駅などとは違ってその駅は避難区域になっているので人が押し寄せたりはしない。街の店のシャッターは締まっていたり、電灯が消えていたり、人がおらず静まり返っている普段の駅は見られない様な光景になっていた。

駅の運行を行っているのも通常の駅員ではなく先にこちらに来ていた軍の者であり、新幹線の運転手の他に民間人はほとんど居ない。


駅に車両が停車し西園寺が降りるや否や、市街地迷彩を着た一人の渋顔のおじさんが駆け付けて来る。

彼は西園寺の前に立つと敬礼をして自己紹介をした後に口を開く。


「覚醒者達支援部隊、隊長の熱盛です。到着して相曾で恐縮ですが現状の報告を行って構いませんか?」


覚醒者達支援部隊とは、魔物災害発生時に覚醒者達のサポートをする者達だ。

軍隊とは違い武器を持って戦うのではなく、あくまで覚醒のサポートに特化し、覚醒者達がより戦い易い様に立ち回る部隊である。

主にする事と言えば、ドローン偵察で得た情報を随時覚醒者達に発信したり、負傷者を車両で安全圏まで運んだり、必要な物資を届けたりといった事だ。


その隊長が報告をしに来たので西園寺は足を止めて頷く。


「構わないよ」


「では被害状況から。

現在確認されている被害者数は0。出現している魔物はどれも身体が小さく建造物などを荒らしたりしているだけで、人を襲う気配はありません。

偵察ドローンなどを飛ばすと特に襲ってくるだけでもなく物陰に逃げていき、これまでの魔物災害で現れた魔物とは全く異なる動きをみせています」


川崎が出した魔物なので人は襲わないし、ドローンなども堕としたりしない。ただ街を荒すだけだ。

今回は魔物の動きがおかしいと思われてはいるものの、川崎が見つからない限りその疑惑を掛けられる事は何も問題は無い。

西園寺達がその異変に一枚嚙んでいるというのも知らずに、熱盛は報告を続ける。


「呉市から甘日市市にかけて数隻の調査潜水艦を配備しているので、強力の魔物が出現し本腰を入れて暴れだしたら、戦艦でそれらの魔物を街の建物ごと粉砕する手筈は整っています。

今のところ逃げ遅れた避難者の報告は上がっておらず、避難区域の封鎖は間もなく万全な状態になるので作戦実行はいつでも可能であります」


小型ドローンの徘徊と、潜水艦による海辺からの監視。魔物暴走時の戦艦からの砲撃。それらの準備が整っていると報告を受ける。

一見それで万全な準備が出来ている様にも思えるが、まだ準備完了していないものもある。


「そうだそうだ。今回はまだ使う予定無いけどプリズム散布機の進捗はどう?」


「昨晩ようやく試作型の性能が満足いくものになったので、近い内に大量製造が可能です。突然のプリズムの大量注文ですが、そっちも滞りなく進んでいるみたいです」


西園寺が頼んだのは対光の使徒用のプリズム散布機体である。

積載した大量のプリズムを空から散布して相手の動きを縛る役割で設計された大型ドローンである。

空の迷彩色の機体で多方向から使徒に向かい同時に発進させ、上空から逆扇型にプリズムをばら撒く。そうする事で相手を追い詰める事が出来ると考え、西園寺が国に要望を出したものである。


前回の光の使徒討伐作戦を失敗した事で、相手のプリズムの警戒度は間違いなく高くなっている。なので半端な物量で作戦を行うのは逆効果だと考え、規定量のプリズムと機械が準備出来てから作戦を行うつもりである。

前回の様に西園寺がプリズム生成に無駄な魔力を使わずに済むのも国と協力した事の大きなメリットだ。


西園寺に一通り報告した所で、熱盛から私的な質問をされる。


「すみません、これはあくまで私個人の見解なのですが…」


「言ってごらん」


「これまでのクエストはどれも土曜、日曜と人が多く外出している時間に起きました。ですが今回は水曜日と、過去3回の魔物災害と異なる点があります。それに魔物の数がここまで少ないのも過去に無い事です。

ひょっとすると魔物が本腰を入れて襲撃してくるのは今週の土、日曜日なのではないでしょうか。

もしそうだとするなら今のうちにもっと兵力を集めておくべきだと思うのですが…西園寺さんはどうお考えになりますか?」


「相手が本腰を入れて攻めてくるのは後日…ってのはあり得るね。でも覚醒者だけで動いた方が動きやすいし、そこまでの兵力は必要ないよ。

ただ、覚醒者支援の偵察ドローンだとかは増やしてもらえるだけ助かるよ」

(惜しいけど良い線行ってくれてる考察だ、こっちからは詳細の事を口に出来ないからこうやって勝手に考えてもらえるのは実にありがたい。

今回クエストがあるのは金曜日。黒幕はこれまでのクエストで土曜、日曜日に魔物災害が発生すると世間に思い込ませ、今回意表を突くべく金曜日にしたのかね)


西園寺は良い考察をする熱盛に笑顔でそう言う。熱盛はその後「かしこまりました」と要望を受け入れ、その要望を国に報告する為に立ち去る。

直ぐに魔物が発生している場所へと案内をする覚醒者支援隊の者が現れるが、西園寺は彼に聞こえない程度の小さな声でぼそりと呟く。


「相手の黒幕がどれだけこっちの世界を見れているのか、どれだけこっちの世界を知っているのか。

それにプレイヤーは何処までクエスト関連について語って良いのか、もっと詳細に分かれば楽なんだけどな~

…黒幕、これ聞こえてる?お前がルール不表記のせいだぞ」


それは一人事ではなく、あの白い空間で寛ぎながらこちら側の事を見ているであろう黒幕へ向けた言葉であった。

恐らく自分達の事を上から楽しんで見ているであろう黒幕に文句を口にし、いけ好かない黒幕がイライラしてくれるのを願って。

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