第273話 慎重派は大嫌い
「おい!人数分の宿泊場所は用意できたか!?」
「こんな急に出来る訳が無いじゃないですか!少なくとも明日200人分の部屋しか…」
「こんな時間だから電話に出ない…ああもう!だから上層部に確認して許可を得てからホテル探すなんて無理だって言ったんですよ!20時ならまだ全然行けたはずなのに!」
「もう道中の県のホテルでも良い!とにかく空いている所、貸し切れるホテルを探し尽くせ!俺は交通手段をどうにかして取る!」
西園寺に全覚醒者は急遽広島に移動すると言われた深夜、珍しくホテルの事務室は騒がしかった。
宿泊場所の確保、交通手段の確保、上層部との連絡を行っていおり、深夜0時を回っても事務室内は活気づいている。
そこで一人の男が呑気にアイスを食べながら入室してくる。
「おっ、なんか今日は皆元気だね!
僕はさっき上から怒られてげんなりしてるけど、皆が元気そうで何よりだよ。それよかどうよ、一緒にアイス食べる?」
「「足立ぃぃぃぃーーー!」」
覚醒者との重大な約束を破って上からのお叱りを受けていたのでこの激務に参加していなかった足立。
説教を受けていたとはいえ彼も状況は知っているはずなので、そんな彼が呑気にアイスを食べている事に一同腹が立ち、頭に血筋を浮かべて罵声を浴びせながら一同は彼に接近する。
「お前状況は聞かされてるだろ!?」
「はい。覚醒者が急に広島に行きたがり始めたんでしょう?」
「そうだよ!西園寺さんの命令に従えってさっき上から言われてこっちがこの夜中にどれだけ頑張ってるか……」
「頑張るって何をです?」
「そりゃあ泊る場所や交通手段の確保をだよ!お前も手伝えって!」
足立は上司のその言葉を聞くと首を傾け、眉を顰める。
「ん?国の権限をバリバリに使って宿と交通手段を無理矢理確保すれば僕らがこんな夜勤する必要なんかないじゃないですか」
「それが出来るのは魔物が現れてからであって、今この状況じゃ使えないんだよ…お前も分かるだろ、覚醒者が突然皆で大移動したいと言ったからってそんな事したら、ただでさえ低い国民からの信頼を国は失う事になるって」
「…先輩、広島に移動したいって言いに来た者達が全員今日の晩飯頃に消えた人だって話を聞きましたが、それって本当ですか?」
足立は食べきったアイスの棒をゴミ箱に捨てて椅子に座り、話の方向を突然変えた。突然の話の転換に上司は若干驚きつつも答える。
「あ、ああ…そうだが…」
「…彼らは魔物災害の時に透明になる人達。
突然透明になって消えた者達が、帰ってきて突然広島に行きたいと言い出したと…………これ多分広島に魔物が出ますね。
って事で国の権限バリバリ使って僕らは
二本目のアイスを開けながら足立がそんな事を言いだし、仕事仲間の者達は動揺する。上司もそんな足立の話を聞いて驚くも、魔物が出るなどと簡単に言って良い話ではないので話を遮ろうとする。
「ちょちょちょ!待て待て!そんな突拍子無い話を…」
「いや、割と当たってる気がしますけどね。前回の魔物災害からそろそろ20日空きますし、近い内に次の魔物災害が起こってもおかしくない状況ですし。
それに魔物災害中に透明になる人達は
「そ、それは…」
「恐らく守山防衛大臣もこれには気が付いていますけど、どうせ大臣の判断に対して省の意気地なしの人達がうだうだ言ってる止めてるんでしょうね~
速攻即決即判断でさっさと避難させれば良いのに~頭に糖分足りてないんでしょうかね」
足立の推察には説得力があり、それを聞いた者達は何も返す事が出来なかった。上司もこれには納得し、足立の言う通り上に報告する事にした。
だがこの推察を電話で本部に報告してみるも「あぁ…と、取り敢えず報告しておきますね」と曖昧な返事しか貰えなかった。
なので結局足立達はこの晩、覚醒者の移動の為の様々な手続きをして過ごす事になった。
そしてそんな光景を田村はひっそりと隠れ見ていた。今の彼らの動きを見て少しがっくりし、ため息を付いている。
「はぁ…臨機応変に動ける人が上には居ないのですね、それならば…」
____________________
覚醒者が広島に向かうと言い出した次の日の昼、広島市で魔物の目撃証言が多数出た。
どれも小型の魔物で特に人は襲わずただ街を駆け抜けていただけだが、それは魔物を映し出した映像と共に大きく報道された。
この報告を受けて国からは直ぐに魔物警報が出され、その近辺の街から人々は避難を開始した。
覚醒者が車両に乗ってホテルから移動をしているという情報も既に朝の段階で広まっていたのもあり、自分達の街が魔物災害に遭ったのだと街の人達も危機感を感じ、住民全員の速やかな避難に成功する事が出来た。
更には軍隊までも動き出し、世間の目は一斉に広島市近辺へと向いた。
「予定通り国に動いてもらえましたね」
「クエスト前に魔力を使うのは避けたかったが…まぁ仕方がない」
そんな魔物が出現した広島市の中央で、川崎が無人のコンビニ内で電話越しに田村と話していた。
そこで数匹の魔物が川崎の元に帰ってきて、川崎の身体近くで闇へと還る。今日街に現れた魔物は全て川崎の『怠惰』で出した魔物であり、魔物災害前に魔物を何匹か出す事で避難警報を出したり軍を動かすのを躊躇っている国を無理矢理動かしたのだ。
そしてそれに伴って覚醒者を最優先に動かす準備も始まった。今日の昼過ぎぐらいから新幹線を覚醒者の為だけに動かすと言う。
「今日中に皆さんこっちに来れる様ですので、その時にまたお会いしましょう。そうだ、報告は遅れましたが例の実験は成功していたみたいです」
「『狩人の招待状』のやつか。それは良かった」
川崎はその報告で希望を見出し表情が緩む。昨日のロビーで自分達の相手が七つの世界であると判明したばかりで気分が沈んでいたので尚更その報告を嬉しく思う。
『狩人の招待状』とは、運を80にするとショップで購入出来る様になる紙のチケットである。これを所持している者は次のクエストで新規プレイヤーとしてロビー来る事になる。
西園寺は覚醒者の中でもかなり動ける方の者2名にこれを渡しており、昨日ロビーにチケット所持者が現れたのだ。
「これで一つ判明した事があります。これで覚醒者の時にスキルが使えない者が多かった理由が分かりました。
どうやらスキルとは、プレイヤーとして
「ほう…それはどうして分かった?何か見落としはないか?」
「確実な事です。
今回その者が最初に所持していたスキルは飛行スキルである『フライ』。以前覚醒者40人に色々なスキル名を口にさせた時にその者も居ましたが、その時はスキルは発動しませんでした。彼らに十分魔力があったのは確認してあったので魔力不足という線はありません」
「そうか…それが判明したのは嬉しい知らせだが、そうなると覚醒者で唯一スキルを所持している彼の謎が益々高まるばかりだ」
プレイヤーではない覚醒者の中で唯一スキルを所持している『加藤 勇気』、彼はクエストの最中でも他の者達とは違ってプレイヤーを視認出来たり、謎が多いのだ。
今まで覚醒者にもスキルがあると思っていたのは、そのイレギュラーな彼の存在があったせいでもある。
「一応言っておくと、『狩人の招待状』で来た彼はこれまでに数匹魔物を倒していたので初期レベルが18でした。
SPは0ですがステータスはレベル相応に上がっていたので、プレイヤーでないとレベル上昇時に手に入れたSPは勝手にステータス割り振られるのでしょう」
「なるほど、自分の戦闘スタイルに合わせてステータスを強化出来るのはプレイヤーの特権という事か。ステータスボードを弄れない魔物達と異なり、俺達は好きな様に力を伸ばせると…もしかするとこの差が人類が異世界の魔物に勝利する突破口になるかもしれないな。
ところで…確か西園寺は二人に『狩人の招待状』を渡していたらしいが、もう一人はどうなった?」
川崎がもう一人の覚醒者についての話を移すと、田村は少し言葉に詰まる。電話越しなので川崎からは表情は見えないが、田村はばつが悪そうな顔をしていた。
「帯広さんの事ですね、あの今回初めてプレイヤー以外でターゲットになった者。
実は彼…風呂場にいたせいで転移時にチケットを所持していなかったみたいです」
「…19時からは肌身離さず持っておけと言わなかったのか?」
「言ってあったのですが…彼、フィギュアの塗装をベランダで行って失敗し、シンナー臭かったらしく食堂の近場の席の者から「風呂入れ」と言われてそれに従ってしまったみたいです。
…ちなみにそれを言った犯人は柏原です」
「あの馬鹿……いや、あいつには言ってなかったしそれを責めるのはおかしいか。
だが今回ターゲットになった者が偶然チケットを手放していたとは運が悪い。本来ならプレイヤーとなってより動きやすくなっていただろうに…まあ、過ぎた事をとやかく言うのはやめよう。
次のクエストでの討伐対象は変わりないし、皆に告げた作戦を続行するぞ」
既に使徒は4体討伐しており、残る使徒は3体。
1体は前回殺し損ねた光の使徒で、残る2体は正体が判明していない使徒である。その判明していない2体の使徒も、片方は『使徒の羅針盤』という使徒の方向を指し示すアイテムですら反応せず情報を掴めていない使徒と、『使徒の羅針盤』に示され場所は分かる使徒がいる。
今回川崎達が狙うのは、『使徒の羅針盤』に示され場所は分かる方の使徒だ。その使徒についてプレイヤー側が持っている情報はただ一つ、その使徒の近辺にいたプレイヤーは誰一人生還していないという事だ。
特に激しい戦いの跡などはなく死体も無いので、まるでパッと人が一瞬にして消えたのかと思う様な異質さがあった。
しかも更に異質なのが、プレイヤーだけでなく魔物も消えているという事だ。人の死体だけでなく魔物の死体すらも無いので、相手は人や魔物を見境無く殺しているのではないかと予想される。
ただ、その使徒は始めに転移して来た場所からほとんど動かないので被害の範囲はそこまで広くない。
今回川崎達が狙うのはこの使徒。
羅針盤の針に反応する使徒二体のうち、あまり動かない方がこの使徒だというのは直ぐに分かり場所の特定が容易なので、今回はその使徒を高レベルプレイヤーで囲んで倒すつもりだ。
この使徒を確実に倒す為に西園寺は他の大罪グループにも協力を求めた。
その結果、今回のこの作戦には協調性が全く無い『傲慢』の椎名以外の大罪6人が参加する事となった。
7グループの高レベルプレイヤー達が集い行う作戦なので、過去最大の規模の戦闘になる事が予想される。
相手の力が分からないのでそれぐらい本腰を入れて戦わねばならない相手だと話し合いの結果なったので、全員がこれに賛同して作戦に乗っている。
ちなみに大罪メンバーは椎名以外の6人全員が現在同じホテルで寝泊まりしているので、この作戦の話も田村から口頭で伝えられたものである。
「消去法的に残る使徒は、俺ら『怠惰』の所の魂を他の生物の身体へと移す力を持つ使徒か、『暴食』の所の無尽蔵に魔力を使える使徒のどちらかだ。
もしも『怠惰』の方ならば使徒と戦闘するのは更に少数精鋭隊にし、他のメンバーは周囲の魔物を殺ろす役に回るという作戦だが…そっちの方でメンバーの編成は出来たか?」
「ええ、大罪6人+その他4名の10人での戦闘になります。
梅垣・清水・二階堂の3人は先日お伝えした通りメンバーに入れ、残る一人は暴食グループの『宮田 愛駆』です。
涼川さんから彼を強く推薦され、能力を見てもメンバーに加えても十分だと判断しました」
「俺も異論無い。確か…大罪の俺を除けばプレイヤーの中で最高レベルの男で、反射神経試験のテスト時にトップスコアを取った者だな」
「はい。物の軌道を読める目を持つ吉本さん、空間把握能力が高い梅垣さんと同じく、彼も生まれつき秀でた能力を持っていたみたいです」
プレイヤーになってから手に入れた力とは全く別の、生まれつき持っている特別な力。こればかりは努力で手に入るものではなく、何かそれを補うスキルを確保するしか差を埋める方法が無い。
この差をプレイヤーとしての才能の差と言えるだろう。
とにかく彼は凄まじい才能の持ち主であるので、誰も彼の参戦に異を唱えなかった。
通話でそんな話をしている二人だったが、川崎がいるコンビの上空に魔物出現と聞きつけてやってきた軍隊のヘリが数機接近してきた。
接近してくるのと共にヘリの羽音が大きくなってきて通話の声が聞こえにくくなってきたので、川崎は一度話を切り上げる。
「羽音のせいで聞こえない、そろそろ切るぞ」
「了解です、今の晩までにはそっちに到着するのでその時にお会いしましょう。
こっちもそろそろ新幹線が来るので切りますね」
お互いにそう言って同時に通話を切った。
今外に出ればヘリに見つかりパイロットに逃げ遅れた者だと思われ厄介な事になるので川崎はコンビニから出られず、その後もコンビニ内にあるものを勝手に食して時間を潰した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます