第272話 ご飯が冷めちゃう
30分経過してプレイヤーが現世に帰って来ると、残されていた者達は幽霊が目の前に現れたかのように腰を地に付け驚く。
「わぁぁぁ!」
「で、でたぁぁぁァァ!」
眩い青い光と共に大勢のプレイヤーが帰ってきたので、食事を運んでいた者は床に料理をぶちまけたり、プレイヤーを見てガクガク震えたりしている。
だがプレイヤーは今何があったのかを彼らに語る事は出来ないので…
「…よし、飯食お」
何も語れないプレイヤーらはまるで何も無かったかの様に飯を食べるのを再開した。
内野は30分放置され飯が冷めている事にしょんぼりしながらも、箸を手に持ち黙々と食べ始めた。他のプレイヤー達も同様に。
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半月以上前、ちょうど前回のクエストが始まる数日前の事。
ロビーに転移する瞬間を他の者達に見られるという問題は、当然覚醒者の存在を公表する話が出た時点で上がっていた。
その問題について内野達はいつもの山奥の訓練場で話しており、そこで話し合った結果…
「転移、インベントリ、クエスト場所、アイテム、スキル等々…クエスト関連のものについてはもう隠さずに行きましょう。
覚醒者の目を気にしてては訓練効率も悪いですし、そもそも訓練の効率が下がるのならばわざわざ国にこれを公表するメリットが消えますから。好き放題やってしまいましょう」
田村が話し合った結果をまとめた。
内野は訓練が長引いた為ついさっき話に参加してきたので、疑問を田村に述べる。
「隠さないって…それじゃあ絶対に覚醒者達に疑われませんか?
それにクエスト場所を隠さないというのも意味がよく…」
「公表する際には何故か私達の姿が透明になるという事も言っておきますし、それらもその延長線上の事だと言っておきます。
当然それで納得してもらえるとは思えませんし変な探りも入れられると思いますが、次のクエストで私達が魔物を殺すヒーローであると評価を得て、彼らの信頼を得れば問題ありません。
正直に言えば、私達は不便無い訓練場さえ確保できればそれで良いですから完全な信頼など取る必要無いんですよ。
次に「クエスト場所を隠さない」の意味ですが…先ず考えてみてください。もしも私達プレイヤーが突然ある場所に移動し、その場所で魔物災害が起きたらそれ以降どうなるか」
田村に考えて見ろと言われたのでその状況を一般人視点で考えてみる。すると何を言いたいのか直ぐに理解出来た。
「…あっ、覚醒者が集団で移動し場所で魔物災害が起きるって分かる様になりますね」
「そう。私達が何も語らずとも「覚醒者が大移動を始めたら注意」という認識が付き、クエストのルールを破らずに一般人の避難、軍隊の配備などが出来る様になるのです」
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そのルールの穴を突いた作戦に全員が賛成し、プレイヤー一同に向けてこの作戦を発表し実行した。
なのでこの日本防衛覚醒者隊に入る段階で始めに覚醒者は西園寺から以下の事を言われている。
『異能力・透明になる事・武器を虚空から取り出す事など、様々な異常な能力に対しては何も聞かずに流す』
それが覚醒者がここに居られる条件であり、プレイヤーが国に対して出した条件でもある。
言わばこれはプレイヤーが国に協力する条件でもあり、国にとっては超重要な約束事である。そんな約束事だが…
「ねえ内野君、なんでさっき皆消えたの?」
内野ら覚醒者の世話係のへっぽこ野郎である足立は、皆が集う食堂でそんな事を口にした。プレイヤー達が突然帰ってきた所だったので食堂は普段よりも静まり返っており、彼の言葉は普段よりもよく室内に響く。
足立の約束事を破った発言が耳に入った者は、たちまち口を閉じて足立の方を見る。
それが連鎖してものの数秒で食堂は静寂に包まれた。数百人いるのに聞こえてくるのは「今あの人やばい事言わなかった?」「え、なんで皆黙ってるの?」とボソボソ話してる声だけだった。
このまま足立がその約束を破った事が知られれば彼の立場が危ういと思い、内野は足立のその失言をカバーしようとする。
「そのぉ…消えたってあれですよね、昨日やってたゲームで国の住民が大量失踪した……」
「違うよ、今さっき皆が消えた事の方!
30分で帰ってきてくれたからまだ良かったけど、料理冷めちゃったんだから!反省しなさい!」
足立はこんな状況だと言うのに自分が失言してしまっている事に気が付かず、少し説教っぽい雰囲気がある発言をする。
その発言は食堂の全ての者達に聞こえ、ある者は頭を抱え、ある者は笑っている。
そんな中、真っ青な顔をしている足立の同僚が彼に駆け寄り詰め寄る。
「ちょ、足立!その事は言ったら駄目だって最初に説明が…」
「言わなきゃ伝わらないって昔祖母から言われてね、だからしっかりと言わせてもらうよ!勝手に消えたら駄目!特にご飯前は困るの!」
「おい足立!それ言ったら駄目なんだって!」
「馬鹿野郎!何処まで食に対する意識が高いんだお前!」
「ちょっとこっち来い!」
鈍感過ぎる足立の言葉を遮る様に、彼の仕事仲間や配膳係の者達が彼の口を塞ぎ、彼を食堂から引っ張り出して行った。
だが彼が去った後もこの静寂な空気は消えなかった。
ホテル1階には覚醒者の外出受付場所がある。そこで外出申請をしておくことで、覚醒者達も遠出などが可能である。
普段はあまり人がおらず受付者が一人しかいないこの場所に、今日は大勢の者達が押し寄せていた。
来ている者達は全員今晩の晩飯の時に姿が消えた者達だ。
「明日広島市に行ってきます」
「広島行きの新幹線の手配お願い」
「明日明後日の内に広島行かせてもらいます」
「ちなみに許可が出なかったとしても絶対に行ってやるからな」
「俺ら外の柵飛び越えて行っちゃうよ」
彼らはこぞって「広島に行く」と言っており、これには受付所に緊急配備された者達もおどおどしていた。
「ちょちょちょ!なんでこんなに急に広島に行きたがる人が現れたんだ!?」
「覚醒者の間で広島ブームが起きた…って感じじゃないよな…」
「だ、誰か上に連絡をしろ!それに西園寺さんに確認の連絡を…」
「ごめん皆、ちょっと道を開けて」
おどおどする受付役、騒ぐ覚醒者達、その中で一人の声が聞こえた途端にその場は静まり帰り、覚醒者達は声の主が通る道を開けた。
その者は日本防衛覚醒者隊のリーダーである西園寺であり、この場にいるプレイヤー達の騒ぎを鎮静させられる人物だ。
そんな彼の登場に、さっきまで焦っていた受付の者達の顔は明るくなる。
「さ、西園寺さん!一体この事態は…」
「ごめんごめん、話がややこしくなるから僕一人で来るべきだったよね。
皆、僕から話をしておくから今日は帰って良いよ」
西園寺は部屋内にギューギューに詰まっている大勢の覚醒者達の方を向いてそう言い、彼らを部屋から出させた。
そして部屋に西園寺と受付役だけとなると、西園寺はカウンター先にいる受付役達全員に宣言する。
「上に伝えといて、僕の権限で今日から一週間は外出制限人数を完全に無くし、これから全覚醒者で広島に向かうってね」
日本防衛覚醒者隊のリーダーである西園寺の命令により、翌日の7月21日から歴史に刻まれる初の覚醒者大移動が行われる事になった。
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