第271話 7倍の世界

内野、工藤、新島、進上は横に並びながらスキルの訓練を行っていた。

内野は魔力消費が激しい『マジックショット』、工藤は『アイス』、新島は『ポイズンウィップ』、進上は『炎斬一閃』の訓練だ。


4人の中でスキルの扱いが一番上手いのは圧倒的に工藤で、『魔力維持』というスキルの持続時間が長くなるパッシブスキルを手に入れてからは長時間氷柱を操作できる様になり、今は自分の身体の周囲に2つ氷柱を浮かべている。

その二つの氷柱は生き物の様にグルグルと工藤の身体の周りをまわっている。


新島はその氷柱を捕まえる様に『ポイズンウィップ』を伸ばしている。新島の杖から伸びる紫色の鞭も蛇の様に動くが、工藤の氷柱を捕える事は出来ない。


「やっぱり工藤ちゃん凄いね…私の操作技術じゃ全然捕まえられないよ。しかも杖を使ってる私に対して工藤ちゃんは杖持ってないし…」


「確かに杖を持つとスキルの威力は高くなるけど、私の手には馴染まなくて操作が難しくなるのよね。

素手で毎日氷柱の操作技術を洗練してきたから最近かなり上手くなったの。ほら、こんな事も出来るわ」


工藤は自慢げな顔をしながら氷柱を進上と内野に放つ。その突然の攻撃に驚きながらも二人は直ぐに氷柱を砕こうと剣を振るう。

すると氷柱は機動を逸らして刃を避け、二人の周りをグルグルと回り出した。


「どうよこれ!前よりも操作の自由が利くようになったから、実戦ならそのまま敵に攻撃出来たりするのよ」


「まるで素早い小さい魔物を相手してるみたいな感覚だな」

「凄い…ちょっと本気で氷柱を壊してみていい?」


「やれるものならやってみなさい。全部避けきってみせるわ。」


進上が氷柱を壊したいと言うと、工藤は進上の近くに2つ氷柱をまとわせ壊してみろとドヤ顔で挑発する。余程壊されない自信があると見れる。

進上は手に持つ剣をしっかりと持ち直し、工藤に視線を合わせる。


「いつでもスタートして良いよ」


「じゃあ…よーいスタート!」


スタートの合図で進上は身体を捻り氷柱へと向き直った後、剣を振って氷柱を攻撃する。

氷柱はぎりぎりの所で刃を避け、掠りはしても破壊とまではいかない。


氷柱に数回攻撃をスルスルと避けられ、進上は攻め方を変えてみる。工藤の意表を突く攻撃方に。


「そこっ!」


進上は剣を振るった後に武器をインベントリで持ち変え、剣を逆手持ちにして氷柱を突き壊した。

インベントリを利用しての技は進上の得意技であり、工藤はそれを見切れなかったので氷柱が二つ同時に刃に貫かれてしまった。


「どう?ビックリした?」


「ああー!そんなの避けられる訳ないじゃない!もう一回!もう一回!」


「良いよ。でも今度は二つじゃなくて一つの氷柱だけに集中して操作した方が良いんじゃないかな?」


「言ったわね…いいわ!絶対に避けきってやるんだから!」


二人はそんなやり取りをした後にまだ再戦する。

お互い楽し気な雰囲気であるので、内野と新島は少しそこから離れてそれを見守る。


「二人とも、楽しそうだね…」


「やっぱスキルを使っての訓練は中々出来ないから楽しいもんだよな。工藤の場合は上達のスピードがやけに速いからめちゃくちゃ楽しいんだろう」


「そうだそうだ、最近私も『ポイズンウィップ』で出来る事が増えたよ。見せてあげようか?」


「お、どんな事?」


内野がそう言うと新島は天井を見る。天井には大きなシャンデリアがあり、今はそのシャンデリアの上に松野が『テレポート』で乗って揺らして遊んでいる所だ。

新島はそこに向けて杖を向けると、そこから『ポイズンウィップ』で鞭を出してシャンデリアに捕まる。そしてその鞭を縮める事で新島の身体は杖と共に天井へと飛び上がった。


そして更に空中で鞭で他の場所に掴まると、新島はターザンの様に空中でも自由に動く。杖だけで身体を支えるので多少の力は必要だが、プレイヤーである新島には自重を支えるなど余裕で、シャンデリアの周りをグルグルと飛び回る。


新島の鞭に掴まれてシャンデリアが激しく揺れた事で、その上にいた松野はバランスを崩して落ちていたが、内野の視線は新島に釘付けだった。

楽しそうに空を舞う彼女に安心していたのだ。


(前まで工藤と上達のスピードを比較して沈んでたけど…良かった、自分にしか出来ない事が見つかって楽しそうだ)


しばらく空を舞った後、彼女は内野の近くへと着地する。

今の飛び回る姿は新規プレイヤー達の目にも付きワイヤアクションショーでも見たかのように「おおおー!」と驚いていた。

新島はそれに照れて少し顔を赤くしながらも、ワイヤーアクションの成功が嬉しく笑顔で内野に話す。


「どう?空中でも割と鞭で物を掴める様になったんだ」


「凄い!これならもう機動力は申し分ないな!」


「ずっとやってると流石に酔ってくるけどね…今も少し頭クラクラし…あっ」


着地した所までは良かったが、その後歩き出そうとした所で目が回った時の様に頭がクラッときて横に態勢を崩しそうになる。


「っ!」


そこで内野は咄嗟に手を出し倒れる新島の身体を支えた。

内野の腕に身体を抱きかかえられ、二人の顔の距離は1メートルも無い。


別に転んでも怪我などする訳が無いのだがつい手が出てしまった。自分でも無意識に助けてしまったので、自分が新島の事を抱えていると視認するまで内野は新島の目を見て固まっていた。

新島も直ぐには立ち上がれず、抱かれるがまま内野と目を合わせていた。二人の顔の距離は1メートルも無い。


「…あっ」

「…あっ」


数秒固まっていたが、二人共同じタイミングでハッとしてお互い離れる。

内野はあからさまに照れて顔が赤くなっていたが、新島はそこまで顔が赤くなっていない。

内野はその差で新島の異性との交流経験を悟り、少しだけ落ち込む。


(やっぱ…経験の差か。経験…異性との交流経験……彼氏…か…)


ただ新島は顔よりも耳が赤くなるタイプで、髪に隠れてはいるが実はかなり照れていた。

唯一それを知っている工藤は進上との対戦に熱中しておりそれを見ていなかったので、その事に気が付いた者は誰一人いなかった。




同時刻、他のグループの者達もそれぞれ異なるロビーに転移していた。

強欲グループのロビーは大聖堂の中だが、怠惰グループのロビーはとある城の玉座の間である。悪魔の顔の様なものが刺繡されている紫色の旗が壁に複数立てかけられているが、そんな旗は歴史の資料をいくら調べても出て来なかったので、異世界にある城だと川崎達は勝手に解釈していた。


ただ川崎はこの城が何なのかなどが気になる性分であり、ある一つの事を試そうとしていた。


「出て来いナクビ」


ナクビとは川崎が前回のクエストで捕まえた人語を喋る魔物だ。初めて会った時が生首だったので、「なまくび」の「ま」を抜いてナクビという名前になった。彼の喋り方が「間抜け」だと田村が言った事から付けられた名前である。


異世界には王国という文明があり、彼はそこの改造兵士である魔物である。

なのでこの城について何か知っているのではないかと思い、川崎はこの風景を見せる事にしたのだ。


「おはようっす」


「もう19時半だからこんばんはの時間だ。それよりお前、この風景に見覚えはあるか?」


「…あっ、あ…る……なんだこれ、頭が…」


「おい、大丈夫か!?」


生首はいくら攻撃されても痛みを感じず死なない様に身体が改造されているが、この風景を見た途端に激しい頭痛がして頭を抱え始める。

一時は何も喋れなくなるほど頭痛に苛まれていたが、二階堂が『メンタルヒール』を掛けてしばらくすると頭痛が収まり、生首は一息ついて立ち直る。


「どうだ?もう話せるか?」


「ええ、俺はここ知ってます…というか少し思い出しました」


「本当か!?」


「はい…ここは…魔王城の玉座の間です」


「「なっ!」」


ここが向こうの世界を統べる王がいる場所だと言われ、それを聞いていた者達は川崎含め驚いていた。そして驚きはそれだけでは済まない、次に生首が口にした言葉は衝撃的なものであった。


「それともう一つ思い出しました…とても重要な事です」


「な、なんだ?」


「世界は複数あります。確か10個以上…」


「世界が複数?

俺達の世界と魔物がいる世界の二つだけじゃなくて更に他にも異世界が……いや、待てよ…」


川崎は今まで他グループのプレイヤー達に、異世界での事を聞いてきた。

ロビーの場所・クエスト時の日の上り具合・生息する魔物など様々な事を聞いてきたので、プレイヤーの中で最も異世界について詳しいと言っても過言ではなかった。

まだ謎が沢山あって解明出来ている事は少ないが、今の「世界は10以上ある」という言葉を聞いてある仮説が思いついた。

そしてその仮説が頭に浮かんだ瞬間、今まであった違和感などが全て解かれた気がした。

川崎はその仮説を田村達へと話す。


「…『七つの大罪』VS『七人の王』

『七つの大罪』がいる俺達の世界VS『七人の王』がいる異世界。クエストとはその二つの世界の戦争だと俺達は勝手に思っていた。だが、それは大きな間違いだったのかもしれない」


「間違い…?」


「厳密に言えば『七つの大罪』がいる俺達の世界VS『七人の王』がいるの戦争なのかもしれない」


「そ、それじゃあ私達は7つの世界の魔物を相手にしているという事ですか!?」


田村の返しに川崎は小さく頷く。

これが川崎の頭に浮かんだ仮説であり、こう考えると川崎の中で色々合点がいった。


(俺達怠惰グループの所には人型の魔物が多い、憤怒グループのクエスト場所には真っ黒な空間がある、暴食グループの所には所々に機械化した魔物がいる、世界全グループロビーの場所が異なる…これらの説も7グループのクエストが全て異なる異世界で行われていたと考えれば何らおかしくない。

それに王国とやらが肉塊の魔物が使って死体を集めている理由も、他世界の魔物の死体を回収して研究していると考えれば納得できる。

となると…)


「…俺らは圧倒的に不利だな。

1つの世界に対して7つの世界が潰しに来てるとなると、クエストの規模が広がれば広がるほど物量の差で確実にこっちは負ける」


「7つの世界の魔物が現世に来ているとなると、魔物をいくら殺してもキリが無いですね。

こちらはプレイヤーの数が限られているのに、向こうの世界に生き物はほとんどスキルだとかの力を持っている。

しかも文明の力があるというこちら側の利点も無い様なものです。機械の魔物だとか、生物を改造出来る王国が相手にいるので…」


相手との戦力差・物量差がとてつもない程あると判明してしまい、辺りには暗い雰囲気が漂う。別に絶望している訳でないが、地道に魔物を殺してもほとんど意味が無いと分かってしまいモチベーションは下がっていた。

だがそんな中で、ある能天気な者はやる気が上がっていた。


「逆境を乗り越えてこそ主役に相応しいって漫画であったし、相手はそれぐらい強くて良くね!?

それに今の全員が7倍強くなれば7つの世界が相手でも問題ねぇし!」


命が掛かっているクエストの事なのにそんな事を言うのは、槍の素振りをしている最中の柏原だった。

一同は彼の馬鹿さ加減と自信過剰具合を改めて頭にインプットするも、何だかんだで彼の何も考えていない様な発言を聞いて安心する者も大勢いた。


彼の槍の師匠的ポジションである清水は柏原の頭にポンと手を置くと、指に力を入れて彼の頭を掴む。


「…じゃあ先ずは俺に勝ってみせろ。それともお前は口だけの男なのか?」


「イデデデ…やめっ、掴むの禁止…絶対近い内に追いつくから首を洗って待ってろ!」


「おい、俺に勝てるまでは敬語を使うって約束破るなよ」


「痛い痛い痛い!ごめんなさい!」


イジワルで頭を掴む力を強められ、柏原は直ぐに清水に謝る。

そんなので7倍強くなれるとは到底思えないが、そんなやり取りを聞いて暗い雰囲気はいつの間にか消えていた。

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