第270話 特殊検索
覚醒者適正試験は体力テストなどの試験は無いので体育館などの大きな建物を貸切る必要がなく、全国の様々な建物で行われた。応募人数は男女合計20万人にも上った。
彼らが自ら応募した理由として一番大きいのは、西園寺達がテレビで見せたあの謎の力について知れ、自分達もあの力を手に入れる事が出来るのではないかというものだった。
国からは力の取得方法は公表されていないがネットには様々な考察があり、中でも最有力なものは「魔物を殺害する」というものだった。
魔物災害で偶然魔物を殺せて力を得た者達は多数いる。その中には覚醒者としてまだ国に名乗り出ず外で暮らしている者がいた。彼らが最初にこの情報を漏らしたのだ。
他にも色々な説は上がっているが、とにかく力を手に入れる為に募集する者が跡を絶たず、軽い気分で臨む者が多かった。
そしてそんな者達を突っぱねるのが最初の試験。最初の試験はグロテスクな映像を見るというものだ。
魔物災害の被災地にある魔物や人の死体の写真や、ネットで広い集められた人が死ぬ瞬間の映像を30分ほど見せられる。死体の個人の特定がされない為に、映し出されるものは人の形を留めていないものが多い。
映像を見て気分が悪くなった人は早急に退出してもらい、30分間その部屋で耐える事が出来れば一つ目の試験はクリアである。
この試験の後に動体視力と反射神経の試験が行われるが、グロさ耐性の試験の後に別の試験を直ぐに行う事で、万全の状態の力ではなく多少動揺が心にある状態での能力を計れる。
魔物災害の被災地に初めて向かった者が万全の時の状態で力を発揮できる事は先ず無く、動揺がある状態での能力の方が重要であると踏んで試験の順番はこうなった。
次の動体視力の試験は、視線を感知するシステムと高速で物が動く映像を合わせ、その者の目がどれだけ動く物を目で追尾出来るか計るというもの。
そして最後の反射神経の試験は、台にある8個のボタンを光った瞬間に押すというもの。モグラたたきのボタンバージョンである。
この2つの試験で一定以上の成績を治めたら、魔物災害の時に覚醒者と共に行動し力を目覚めさせる事が出来る。
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7月17日
その日も特に普段と何も変わりなく訓練を行っていた。
普通に朝起き、そこから昼食や休憩を挟みながら晩飯まで訓練を行う。
そして晩飯の時間となって覚醒者達が一斉に食堂へ向かい始めた。
食堂には数百人もの人達が集い賑わう。運ばれてきた料理を黙々と食べている者もいたが、ほとんどの者が仲間と会話しながらゆっくり食事していた。
だが時計の針が19時半を指した瞬間、その食堂から突然ほとんどの者が消えた。
「…多分食堂にいたプレイヤーが一斉に消えたから騒ぎになってるよな」
プレイヤーは普段通りロビーに転移した。内野は強欲グループの仲間と大聖堂の中央におり、今の現実世界で起きているであろう事を口にする。
内野の言う通り現在、現実世界ではプレイヤーが消えて残された者達があたふたしている所であった。プレイヤーはクエストの事を話せないので予め「19時半になったら消える事がある」などと言えず、せいぜい「突然覚醒者が消えても事を大事にしなくて良い」と話をしておくことが限界だった。
これを西園寺は始めに国の者達に言っておいたので、彼らはあたふたはしているもののパニックなどは起こっていなかった。
内野達は呑気にべらべら話しているが、そこに一人の男が声をかけてくる。
「おい内野!今回も新規プレイヤーが多いからお前の知名度を使って説明させろ」
それは予め決めておいた新規プレイヤーへの説明役である森田の呼ぶ声であった。
内野はテレビにも出たので西園寺に次いで覚醒者としての知名度がある。森田はその知名度を利用して新規プレイヤーに現状の説明をするつもりだ。
「人数は?」
「数えてないが50人以上だ。取り敢えず説明の短縮の為に面を貸してくれ」
「おっけー」
内野はそれを承諾し、そこから次のクエスト場所が出るまでの間は新規プレイヤーへの説明を手伝った。
そのお陰もあって彼らは前回までよりも遥かに物分かりが良く、すんなりと話を進める事が出来た。30分という短い時間ではあるものの、詳しい話はここでは省き、彼らに説明するのは現実世界に帰ってからしてもらう事だ。
日本防衛覚醒者隊のホームページには覚醒者関係の記事を調べられる検索欄があるのだが、実はそこには秘密の機能がある。
それは検索欄に「ステータス インベントリ ショップ 七つの大罪 19:30 」と打ち込むと、本来は見る事が出来ない特殊なURLが出るというものだ。
そのURLを踏むと後日集まる日時や場所が指定され、そこで覚醒者志望の紙に署名する事で日本防衛覚醒者隊に入れるのだ。
クエストの事を口にすれば力を失うという半ば脅しめいた事を新規プレイヤーには言っておくが、万が一その特殊検索の情報が漏洩して一般人が紛れても、指定場所でプレイヤーの力を示せなければ帰ってもらえば良いだけである。
この特殊検索の説明をした後、森田は西園寺に聞いておけと予め言われていた事を新規プレイヤーに尋ねる。
「ちなみにここの中で…既に覚醒者だったという者はいるか?」
新規プレイヤー達はどよめくも、誰一人森田の問いに対して手を上げない。その事からある一つの事が分かり、森田はぽつりとつぶやく。
「やっぱりプレイヤーになる前に魔物を倒して力を手に入れていると、プレイヤーとして召喚されないのかもしれない。他6グループがどうなのか聞かないと分からないが…」
「もしそうなら、プレイヤーじゃない覚醒者達はプレイヤーとしての力を得る事が出来ないって事か。結構強い人もいるしその人達がプレイヤーになったらありがたかったんだけどな」
「まぁ、こっちの方が頭数は増えるがな」
二人が新規プレイヤー達の前でそんな話をしていると、次のクエストの場所の情報が出たのか大聖堂の前方が騒がしくなる。
それによって大聖堂の端でスキルの訓練を行っていた者達も手を止め、クエストの詳細を確認しに向かう。
内野も森田に「もう説明にお前はいらないから自由にしてて良いぞ」と言われ、クエストボードを確認しに向かった。
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防衛対象
〈レベル121〉原井 静子
〈レベル109〉柏原 蓮
〈レベル92〉小野 隊
〈レベル90〉狩野 元太
〈レベル88〉岸部 奈々子
〈レベル85〉副辺 志
〈レベル〉帯広 太知
場所:広島市
クエスト開始:3日後の昼時
クエスト時間:8時間
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上から順に見て行ったので、先ず最初に知人の『原井』『柏原』の名前に目が付いた。
そして次に一番下の欄の名前のモノに意識が向けられる。一人だけ異端なのだ。
「あれ、一番下の人のレベルが書いてねえな」
「ほんとだ。バグ?」
「黒幕の表記ミスじゃね」
周囲からそんな声が聞こえてくる。内野の近くにいた新島も首を傾げていたが、内野はこの『帯広 太知』という者と知り合いだったのでこれの原因が一瞬で分かった。
「この人プレイヤーじゃなくて覚醒者だ…だからレベル表記が無いんだ」
「なるほど……でも貴重なターゲット7枠のうちの1枠を使うぐらい強い人なの?」
「まだ訓練でも合った事が無いから詳しい事は分からないけど、スキル無しなのにそこらのプレイヤー程度には戦えるって川柳さんが言ってた。
川柳さんは訓練の監督者をやってるから他にも色んな人を見てるけど、覚醒者の中ではトップレベルの実力があるって評価してたな。
でも…わざわざプレイヤーじゃない帯広さんを狙う理由はさっぱり分からんな……
ここでいくら話しても相手の狙いなど分かるはずもなく、内野は一旦話を切り上げてとある男の元に向かった。ここでしか会えないので訓練をするのはその後だ。
その男は大聖堂の端にぽつりと一人で座っている。
「大橋さん、久しぶりです」
「あ、ああ…内野君か…。おはよう…ござい……おはよう」
ここでしか会えない者というのは大橋だ。以前恐怖を植え付けられる使徒の能力を喰らって以来あまり外には出られず、今も覚醒者として名乗り出ず実家に引き籠って暮らしている。
魔物災害でPTSDになったという事で、今は両親の元で生活中である。
今の彼には以前までの勇ましい男の面影はもう無い。ここに来てクエストの事を思い出したからか今は身体が小刻みに震え、歯がガチガチと鳴っている。
ただ、大橋もそんな自分を変えたいのか言葉遣いに気を使い始めた。今まで通りの豪快な男の口調を出来る様に。
「大橋さん…」
「だ、大丈夫…だ…さっき木村君達も話しかけてくれて震えも少し収まったし…君は訓練に向かうといい…です。あっ、まただ…また口調が…」
「無理しなくて良いですよ…俺らが戦うので大橋さんはもう無理して立ち直ろうとしなくても…」
「だ、駄目なんだ…この口調だと…む、昔の自分を思い出す…もう嫌だ!もうあんなの思い出したくない!僕はっ!俺は…強いんだ!」
大橋は急に泣き出し声を荒げる。両腕で壁や床をドンドンと叩き暴れ回る。
恐怖の使徒の力を喰らった大橋自身にしか分からない事だが、自分でも感情をコントロールできないのだ。何を考えても少なからず恐怖が心の中にあり、昔の嫌な思い出やクエストの事を考えると恐怖が膨れ上がってしまう。
その恐怖からの逃げ道はなく、限界が来るとこうして情緒不安定になり暴れるのだ。
プレイヤーが自分で心を制御出来ず暴れたら当然家はボロボロになるので、大橋は現世に帰った後は直ぐにスキルを使って魔力を使い果たし生身の状態に戻る様にしている。そうでなければ共に暮らしている家族を怪我させてしまうから。
この大橋の騒ぎを聞きつけ、泉が大橋に駆け寄る。
彼女は一番大橋の事を心配しており常に彼に目をかけていた。最近は覚醒者として名乗り出て会えていなかったが、恐らくプレイヤーの中では一番彼と共に時間を過ごしているので、彼女に抱きしめられると大橋は落ち着きを取りもどす。
「大橋さん!大丈夫、大丈夫だから…ここには怖い人は居ないよ…ほら、深呼吸して…」
「ふぅ…ふぅ…」
「そう…もう大丈夫だから。
あっ、内野さん…大橋さんの事は私に任せて訓練してて大丈夫ですよ」
「う、うん…ごめんね、何も出来なくて…」
内野は自分がこれ以上大橋の前にいても何も出来ないと思い、肩を落としてその場を立ち去る。
落ち着きを取り戻した大橋は深呼吸しながらその後ろ姿を見送った。
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