第269話 軋む音と淫らな声
内野がホテルに着いてから一週間経った頃、もう名乗り出たほとんどのプレイヤーがホテルに到着していた。
そのホテルの深夜の一室で、田村は川崎と連絡を取っていた。
「…てな感じで、訓練はかなり捗っていますよ。やはり広々とした場所で自由に動けるのは大きいですね。川崎さんが来れないのが残念です」
「こっちはこっちで訓練は出来ているから心配するな。
覚醒者の方は大丈夫そうか?」
「プレイヤーがアイテムの出し入れなどをしている事を疑問に思われてはいましたが、私達が魔物災害中は透明になる事同様に特別だって説明でなんとか納得…させる事は出来てませんけど、まあ問題は無いでしょう。プレイヤーの力を目の当たりにして実力差を分かっている彼らは基本的に従順ですから。
ちなみにまだ覚醒者でスキルを発現させたのは加藤君のみです」
「…ここまでスキル持ちの覚醒者が現れないのは明らかにおかしいな。沢山覚醒者を増やせば何人かはスキルを持っているかと思ったのだが…この調子だと望み薄かもしれない。覚醒者募集は予定通りするが期待はあまりしないでおこう。
そうだ、そういえば内野君にあれの紹介はしておいてくれたか?」
「ええ、今プレイしている最中でしょう…」
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同時刻、内野は自分の部屋でとあるゲームをプレイしていた。
それは川崎から紹介されたシングルプレイ専用の中世ヨーロッパが部隊での戦争のゲームで、そのゲームの超高難易度設定でプレイしていた。
松野は他の者達との会話を終えて部屋に入ってくる。
「お前そのゲームまだやってたのかよ」
「これも訓練の内だからな、真剣にやってるぞ」
「コーラとポテチを傍らに置いてバリバリ楽しんでるじゃねえか。てかこれ何の訓練だっけ?」
「俺この前さ、田村さんに「『独王』を上手く使えていない気がする」って相談したんだよ。今まで俺のステータスを前線で戦う人に予め預けてたりしたが、それ以外にも使えると思うんだ。
この前帯広さんで実験して覚醒者にもこれを使えるのが分かったから、覚醒者達全員に予め使っておけばかなりステータスの強化を出来るし、使い方を変えてみようと思う。
例えば攻撃が来る寸前に物理防御力を移したり物理攻撃力を大幅に上昇させたら相手の想定外の反撃が出来そうだろ?
だから戦局を見極めながら誰のステータスをどれだけ上げるかって判断能力を上げる為にこのゲームをやってんだ。
今は2国同時に攻めてる最中だが…クッソムズだわこのゲーム」
ポーズボタンなどを押してもゲーム内の時間を止める事は出来ないので、内野はゲーム画面に食いつきながらそう返答する。
まさか最高難易度がここまで難しい仕様になるとは思わず、さっきからコントローラーから手を離せずポテチとコーラの量は減っていない。
「ああそうか、普通の訓練じゃ判断能力は鍛えられないしな。
でもステータス移すのに魔力を結構使うって問題は解消されないよな?」
「まあな…俺も川崎さんみたいにSPで最大魔力を上げるか迷ってる」
前回のクエストで内野は10レベル上昇し、レベルが102となった。
なのでレベル100越えて新たにショップで『強欲の刃』『スキル削除玉』『スキル強化玉』『魔力水(MP200回復)』を購入する事が出来る様になった。
強欲の刃は刺した相手のスキルを奪えるという短剣。
スキル削除玉は文字通りスキルを削除するというもの。内野は『強欲』で相手のスキルを奪うので関係無いが、本来スキル・パッシブスキルはそれぞれ7個以上所持していると新たにスキルを獲得できない。その為いらないスキルがあったらこれで削除しなければならない。
スキル強化玉も文字通りスキルレベルを強化するというもの。SPの代わりにこれを使いスキルを強化出来る。
魔力水はプレイヤーのレベルが上がるにつれてより効率的に購入できる様になる。レベル1の時は回復量MP50の魔力水をQP10で購入出来たが、レベル100なら回復量MP200の魔力水をQP20で購入できる。
だから内野はこれまで以上にスキルの訓練を行えるのだ。そこで一番訓練したいと思ったスキルが『独王』であった。
「このスキルは相手のデバフにも使える。
対象にれば『独王』で繋った事になるから、対象のステータスを俺に移せる」
「相手は弱体化するのに勇太は強化、やべえなこのスキル」
「2,3秒触れないと駄目って条件と、ステータスを移すのに魔力が必要ってのが難点だけどな。実戦で使える相手は限られてる」
スキルについて内野が語り終わると、松野は思い出したかのように新たな話題へと移す。
「そうだそうだ、そういえば明日から覚醒者適正試験が始まるんだってな。応募人数は全国で20万人だってさ」
「適性試験って確か…動体視力、反射神経、グロ耐性の試験だよな?」
「そ、筋力だとかは魔物を殺したら力が手に入るから見る必要が無く、その3試験である一定のライン以上の成績を取れたら覚醒者として次のクエストに連れて行く事になるって。
新規プレイヤーと違ってある程度能力がある者が来るから、最初のレベル上げは楽そうだな。でもスキルが無いからそれ以降どうなるかってのは…正直何とも言えない気がするけど」
「…何人ぐらい合格すんのかな」
「さぁ…西園寺が合格点をどれぐらいにしたのか分からんからな。
あ、この試験を試しにプレイヤーに受けさせて、それを元に合格点を出すみたいだから、試験を受けた人に聞けば少し難易度が分かるかも。
確か強欲グループだと梅垣さん・飯田さん・森田の3人が試験を受けてた気がするし、今から聞きに行ってみるか?」
(飯田は内野が初クエストの時にリーダーを務めていた者。
森田は異世界での最終クエストの時に新規プレイヤーとしてクエストに参加したメガネの男)
「ああ、行こうぜ。ちょうど今国滅ぼされてゲームオーバーになった所だし」
ゲーム画面には『GAME OVER』の文字がデカデカと現れ、内野は立ち上がる。誰かと話しながらやってどうにかなる難易度設定じゃないと察し、本気でやるのはまた今度にしようと半ば諦め気味である。
その顔を見て、松野は取り敢えず一言謝っておく。
「…すまん、話しかけちまって」
「いやいや、お前が部屋に入ってきた段階でもう壊滅は免れない状態だったから気にするな。
実はさ、さっきから上の階の飯田さんが何か訓練してるのかガタガタうるさくて集中出来なかったんだ。試験の事を聞くついでに何をしてるのかも聞いてみよう」
内野達は上の階の飯田・川柳が住んでいる部屋に向かおうと部屋を出ると、そこで偶然工藤と新島と遭遇する。時刻は23時なのでそろそろ部屋に戻ろうとしている所であり、二人は今から部屋の外に出ようとしている内野達と目が合い首を傾げる。
(川柳は、強欲グループの中ではそこそこプレイヤーとしての歴が長いおじさん。寝てる最中にロビーに転移してしまった内野をいつも起こしてた人)
「ん、二人とも今からお出かけ?」
「何処行くのよ」
「今から飯田さんと川柳さんがいる部屋に行くんだ。なんかドタドタ動いててうるさかったし、適性試験の事についても聞きたくて」
内野がそう言うと、新島と工藤は一度顔を向かい合わせる。
「あれ…さっき私達上の階から来たんだけど、そういえばあの部屋の前に何故か川柳さんがぽつりと座ってたんだよね」
「なんか飯田と喧嘩したのか知らないけど…部屋から追い出されたのかしら」
「え!?追い出された!?」
「あの二人が喧嘩って…全く想像つかんな」
二人からの情報で川柳がどうして廊下にいるのか気になったので、内野は新島達も連れて4人で上の階の廊下へと向かった。
すると二人の情報通り川柳は部屋のドアの前でぽつりと体育座りで座っていた。その姿はどこか哀愁漂うもので、中々話しかけにくい雰囲気がある。
4人は一度話しかけるのを躊躇うが、川柳と目が合うと彼の方から近づいてきた。
「あっ…内野君、もしかして僕らの部屋が
「それもありますけど、飯田さんに覚醒者適正試験というものについて聞こうと思ってきました。どうして川柳さんは部屋の外に?」
川柳にそう尋ねてみると、彼は返答に困りながらも言葉をゆっくり選び事情を説明する。
「う~ん…その…実は今この部屋の中に飯田さんと松平さんがいるんだけど…プロレスごっこと言うか…男女の戯れと言うか…」
「っ!?」
ここにいる4人全員、今の言葉で現在部屋の中で何が行われているのか分かった。飯田と松平が好き同士というのは強欲グループの者なら皆知っており、その二人が中で戯れているとなると答えは一つ…
その中の光景が頭に浮かび、内野、松野、工藤の高校生組は顔が少し赤くなる。
(え…あっ…あのうるさかったのってベッドの上で二人が合体してた音って事!?
ま、まあ…そうだよな。相思相愛の人が同じ建物で泊まったらそういう行為もするよな。べ、別に禁止もされてないし…)
内野はチラリと新島の顔を見る。
彼女は多少驚いてはいたものの、内野達ほど動揺はしていなかった。
彼女は19歳とまだ成人はしてないが、それでも人生経験の差でそう言う行為にも寛容になっているのだろう…と内野は勝手に捉える。
そしてそれと同時に少し気になる事もあった。
(新島…男とのああいう経験とかあるのかな……高校生から引き籠ってたからぶっちゃけ人生経験は俺とは変わらないと思うけど、中学生の時点で経験済みだったり………)
新島の横顔を見ながらそんな事を考えると、まだ存在したかも分からない新島の初めてを奪った男の事が憎く思えた。
そこで新島と目が合う。視線を感じたからか、はたまた彼女も内野を意識したからか分からないが、両者視線が合うと二人共そっと視線を逸らす。
その様子は松野と工藤には見られていなかったが、川柳にはバッチリと見られており、彼は自分の青年期を思い出すかのように懐かし気に内野を見ていた。
それが更に内野の恥ずかしさを加速させ、それを誤魔化そうと内野はある提案をする。
「そ、そうだ。今日は俺らの部屋に泊ります?
何時に終わるか分からないですし、ずっとここにいる訳にもいかないでしょう。ソファーで寝てもらう事になりますが…」
「助かるよ!実は今朝、僕が日にちを間違えて飯田さんに「他グループの友達の部屋で一晩飲むから今日は帰らない」って言っちゃって、飯田さん集中し過ぎてメッセージも見てない感じだし、この調子だと多分早朝まで部屋が空かないんだよね。
あっ、ただ…実はこの部屋のドア近くにいると松平さんの…あの声が聞こえてるんだよね。だから通行人が沢山いる時間の間は僕はここに残ってるよ。
…他の人にこの声が聞かれない様に」
「だったら少しの間俺らもここにいますよ。実は内野が部屋にコーラとポテチを置いてあるので、それ食って飲みながら色々話して時間を潰しましょう」
松野が勝手にその提案を出すと、工藤がそれに乗っかってしまう。
「それ良いわね!ちょうどコーラ飲みたくなってきた所だったのよ!
騒ぎ過ぎなければ廊下で話してても問題ないだろうしやりましょ!」
「その声が既にデカいから…せめて0時なったら戻ろうね」
工藤の事を新島が止める。二人もこれに付き合ってくれる様で急遽5人で夜食タイムが始まった。内野は荷物を持ってくると言い指示を出す。
「じゃあ新島と工藤の二人でそこに居て。俺らはコーラだとか色々持ってくる」
「あっ、僕はちょっとお手洗いに行ってくるよ。さっきからここを動けなかったから…そこそこ限界でね」
「うん」
「おっけー」
内野と松野はお菓子を取りに部屋に戻り、川柳はトイレへと向かった。
残された女性陣二人は部屋のドアの前で座る。
少しの間両者の間に沈黙が続くと、ほんの少しだがドアの先から女性の喘ぎ声が聞こえてくる。
その声は中にいる者が松平だと知らなければ彼女の声だと分からないぐらい普段よりも声が高い、そして淫らな声であった。
その声を聞き、工藤は顔を赤くしながら新島に尋ねる。
「…顔少ししか赤くなってないし、もしかして
「ううん。男性とそういう行為をした事なんて無いし、所詮は元引き籠りだし人生経験なんて
「じゃあ何で全然…」
「いや…私って顔じゃなくて耳が赤くなるタイプだから…」
新島がそう言うので、工藤は試しに新島の耳に掛かっている髪を指で除けてみる。
新島の耳は工藤達の顔よりも真っ赤で、触れなくても熱くなっているのが分かった。
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