第266話 強者が集う宿
魔物災害で高速道路は途中で途絶えており、想定よりも時間は掛かったがホテル付近には到着した。
橋簡易の柵は既に設置されており、検問所には多数のマスコミが押しかけていた。車が通らないのを良いことに道のど真ん中で。
「覚醒者の方と少しだけお話を聞かせてもらえないでしょうか!」
「今日から招集が始まると聞いたのですが…」
「西園寺さんは既にここにいらしていますか?もしもいるのでしたら是非お話を」
警備員の方はそれらのマスコミに呑まれながらも、「私からは何も答えられません」となんとか捌いていた。
そこで足立が運転する内野達搭乗の車が来た事で、道路の真ん中にいるマスコミ達は一旦横へと避ける。
足立は警備員の前に車を止めると、窓を下げて身分証を見せる。
その窓を下げた時、助手席にいた内野はマスコミの男性の一人と目が合う。すると彼は内野の顔を見て驚く。
「え、あっ君は覚醒者の子!ごめん、一つ質問良いかな!?」
「ん?覚醒者!?」
「その車の中にいるの!?」
彼の声に釣られて他の者達も反応し、内野の顔を見ようと車のウィンドウ越しに助手席を見てくる。なんとか内野から何か話を聞きたいようだが、覚醒者個人から情報を貰うのは禁止されているので何も話せない。
足立は直ぐに窓を閉めて車を発進させて検問所を抜けマスコミ達から逃げた。
松野、笹森、工藤は振り返って彼らの姿を見る。
「お前、またしても人気者だな」
「学校も事件起こった直後はあんな感じになってたけど…もう慣れた?」
「あれだけ注目されると少し恥ずかしいわね」
「ま、国民からするとまだ謎が多い存在だからな。メディアはその期待に応えたいんだろう。まだ完全に慣れたって訳じゃないが、ある程度恥ずかしさも減った気がする。今は他に考える事があるからかもしれないが、注目されるのがそこまで恥ずかしくなくなってきた。
てか人気と言えば、今西園寺の人気がとんでもない事になってるの知ってるか?」
内野はさっきスマホで見た情報について皆に尋ねると、3人は頷く。
「覚醒者ってワード並みに個人名でトレンドになってるんだよな。世の女子達はこぞって西園寺に惚れてるみたいだ」
「あのルックスで「日本を守る」って宣言されたら誰でも惚れちゃうよね~」
「しかも世間から見たら西園寺が人類最強ってわけだし、話題になるのも当然よね」
「え?西園寺さんが最強なんじゃないですか?」
工藤が口を滑らせてしまい運転手の足立が尋ねてくる。工藤の口ぶりから、本当は他にも西園寺に並ぶ強さの者がいるのだと捉えられてしまった。
大臣や世間には西園寺が覚醒者最強だと公表しているので、足立にこの事を報告されたら不味いと、松野は頭を回転させてなんとか弁明する。
「いや、当然西園寺が最強ですよ!リーダーですし!
でも最近は…その…内野が急上昇で成長してきてて、西園寺に並べるぐらい強くなりそうなんですよ!」
「あ~それでいずれは強さの序列が変わるかもしれないって事ね。内野君って凄い子だったんだ」
「そ、それほどでも…」
(弁明は出来たが、要らん嘘を付いちゃったな。あとで西園寺に謝っておこう)
なんとか難は逃れたものの、覚醒者ではなく国と繋がっている足立に要らない情報を与えてしまった。
この情報が後にどんな事を引き起こすかは、まだ誰にも到底想像は付かなかった。
ホテルは7階建てで敷地面積も広く豪華であった。本来ならば一人当たり一泊するのに2万円掛かるホテルという事あり、部屋も広くベッドもかなり高いものであった。
まだこのホテルに到着している覚醒者は内野達含めて10人ほどしかおらず、知人は誰一人いなかった。
場所は早い者勝ちという事で内野と松野は高層階の部屋を選択した。一応4人以上で止まる複数人部屋もあったが、そこにはお手伝いさん達が泊るので基本的に覚醒者は皆二人部屋に泊まる事になっている。
松野はホテルのベッドに夢中で、荷物を出す事よりもまず先にベッドの上で刎ねて遊んでいる。
「スゲぇー!俺んちのベッドよりフワフワだ!」
「確かに凄いが…そんなはしゃぐ程か?」
「ウチのベッドは長年使い古されたボロボロのやつなんだよ!家のやつとこれのギャップときたらもう…涙を流し感動するぐらいだ。
それに枕もフワフワだ!硬い枕じゃない!」
よっぽど寝具が気に入ったのか松野は本当に涙を流している。内野はそんな松野を横目で見ながら荷物を鞄から出していると、部屋をノックされる。
誰が来たのかと扉を開けると、そこには工藤がいた。工藤もホテルにワクワクしているのか少し興奮気味に足踏みしている。
「私と新島は隣の部屋に泊まる事になったわ、これからよろしく!
それより今から笹森も誘って4人でホテル内を探検しない!?今日からここが私達の家になるわけだし!」
「それは良いけども…多分松野はベッドから離れようとしないぞ」
「なら置いて行きましょ!さっき失言した所を助けてもらったけど、そんなにベッドが好きならここに置いて行く方がアイツの為よ!」
「そ、そうか…じゃあ行ってみるか」
念の為松野を誘ってみるも彼はベッドの上から動こうとしないので、彼の意を汲んで置いて行く事にした。
そして笹森にも声をかけてみたが、彼女のペアになる牛頭がそろそろ到着するみたいなので部屋で待つと言う。だからホテル内の探検は内野と工藤の二人っきりで行う事になった。
ホテルの探検と言っても、2階より上はほとんど個室ばかりなので回るのはほぼ1階だけ。そして元々このホテルにあったお土産屋さんは店を閉じており、ホテル内には特に遊べそうな場所は無い。
だが複数のアーケードゲーム機はそのまま設置されていた。主に音ゲーのものだ。
そして二人が着いた頃には既にその音ゲーを遊んでいる者がいた。
音ゲーをしているのに傍のベンチにあるスマホとスピーカーからは女児向けアニメの曲を大音量で流し、頭に「スズちゃん大好き」というハチマキを付けている変人。見間違える訳がない、彼は前クエストで会った暴食グループのプレイヤーだ。
彼がやっているゲームについては知らないが、高難易度の曲をやっているという事は分かった。音に合わせて動くカーソルに沿って腕を素早く動かしボタンを押している。
彼の姿+一人で二つ音声を流しているのが異様な光景過ぎて、二人は彼が一曲プレイし終えるまで目を奪われていた。曲が終わるとフルコンボという文字が出たので、彼がこんな状況なのに一ミスもしなかったと分かり、内野は驚きながら彼に尋ねる
「その…二つの音楽が重なってる状況なのに音ゲーって出来るんですか?」
「ん?あっ、君って大罪の子か。これからよろしく。
取り敢えず俺は音は関係なくプレイ出来るから全然大丈夫だ」
「
「動体視力というか…ほぼ反射神経だけでやってるから。動くサークルが灰色の範囲の中に入ったタイミングでボタンを押すっていうトレーニングみたいなものよ」
変人はそう言いながら2曲目を始める。そこで自己紹介していないのに気が付いたのか、プレイしながら話す。
「そうだ、俺の名前は『宮田
こちらに背を見せながらそう言ってくる変人の男。彼の中身はまだ大罪の川崎を除いて他にいないレベル150越えのプレイヤーだった。
今言っていたスズちゃん護衛団というのは恐らく暴食の涼川を守る者達の事なのだろうが、念の為聞いて見る。
「スズちゃんって…」
「スズちゃんはスズちゃん、俺の推しのアイドル兼『暴食』の大罪スキルを持つ美女、涼川ちゃんの事さ」
「涼川って人アイドルやってるの?」
工藤がアイドルという単語に気を取られそう尋ねてみると、宮田は首を横に振る。
「いや、本業は知らない。プライベートも全く知らない。
ただ初クエストで彼女に惹かれ、勝手にファンを名乗っているだけだ。
スズちゃんはそれを嫌がって俺を殴ってくるけど、初クエストで俺に色目を使って来てたし多分照れ隠しだ。
ま、言わば俺だけのアイドルって訳よ。そして俺は彼女を守る為の騎士って感じだ」
「あら、あの人随分と酷い変人に絡まれてるみたいわね」
「おいおい、先に色目を使って誘惑してきたのは彼女だぞ?俺が嫌われてる訳が無いだろ。
最近はいつも「いい加減許してくれ」「もうついて来るな」「あの誘惑は自分が生き残る為の嘘だった」とか言ってくるが、俺は言葉の裏を読める男だからクエストの時はいつも彼女の傍にいる」
変人がストーカーに昇華してしまい、工藤は震えながら小声で内野に話す。
「…内野、クソ強い奴がストーカーになったら絶望しかないわね」
「大罪の涼川さんでも引き剥がせないとなると、もう俺らは見守るしかないな」
二人は最後に「それじゃあこれからよろしくお願いします」とだけ挨拶し、その場を立ち去る。
幸い音ゲーと女児向けアニメソングが同時に大音量で流れていたので、二人の小声の会話は宮田には聞こえていなかった。
「ふふ…まだ高校生の二人には難しい恋愛の話だったかな」
二人がいなくなりぽつりと宮田はそう呟いた。
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本当はここでの生活の日常生活パートを長めに取りたかったですが、ストーリーを進めるのを優先する為そこまで日常・訓練パートで尺は取りません。
ただ、今後偶に番外編的な感じでここのパートの事を書く可能性はあります
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