第265話 始まる新生活

とある病院にて人工呼吸器を付けてベッドに横たわり、スマホでアニメを見ている少女がいた。

彼女の名前は『尾花 葉月』、今年で18歳の女性だ。一回目の魔物災害で病院が被災地に入っていたが、変異体に守られ奇跡的に生還した少女と言われていた。

ただ昨日透明な存在が覚醒者と呼ばれる人間だと分かり、彼女の交流関係から彼女を守ったのは兄なのではないかと病院内で噂になっていた。

今日は人が少なく受付場所で暇を持て余した職員達が話している。


「あの子のお兄さん、今話題の覚醒者なんですって!」

「嘘!生身で魔物を沢山倒せる不思議な力を持っていうあの覚醒者!?」

「魔物とかいう存在が無ければ信じられない話だけど、あれを見ちゃあね…信じるしかないわ」

「あ、尾花さんきた!」


そこで自動ドアが開き病院に3人の男性が入ってきた。

一人は尾花 嶽尾、彼は覚醒者として名乗り出て国の保護下に入る予定なのでその前にここの病室にいる妹に会いにきた。

そしてもう二人は木村と進上であった。このメンバーは最初のクエストで共に行動していた者達で、尾花が二人を誘ったのだ。

「もう覚醒者の事を自由に話せるし、あの時お前を守ってたのはこの3人だったって言いに行こうぜ」と誘い、その誘いに二人は乗った。


受付場所にいた看護師たちは病室に向かう尾花の前に飛び出し、小声で話しかける。


「あの…尾花さん、もしかして以前彼女を守っていた変異体の正体って…」


「俺らですよ。3人で今からそれを報告しに行く所です」


「「さ、三人!?」」


病院ではお静かにと注意する立場の者達が思わず声を出してしまうほどの衝撃だった。まさか3人共今話題の覚醒者だとは思っていなかったから、看護師達は3人の顔を順番に見る。

そして3人の視線は最終的に木村に集まる。理由は簡単、彼がまだ中学生だからだ。


「えっと…3人って事はその子も…」


「そうですよ。たとえ子供であっても俺の頼れる仲間です」

「僕も戦えますから安心してください」


こんな子供が魔物と戦っているのだと彼女らに心配され、尾花と木村は彼女らを安心させる為の言葉をかける。

それだけでは安心しきることは出来ない様子だったが、ここで力を見せるわけにもいかないので不安気の彼女達を置いて3人はそのまま病室に向かった。


病室の扉をノックして開けると、尾花の妹である葉月は上体を起こす。


「葉月、今日はお客さん連れて来たよ」


「あっおはよう!お兄ちゃんの仲間の方…ですよね?」


「そうそう昨日言った通りこの人達が魔物災害の時に俺と一緒にお前を救ってくれたんだ」


既にこの話はメッセージでしており、葉月も自分より年下の木村が魔物と戦っている事以外はあまり驚きもせず頭を下げる。


「その節はありがとうございました。病院を守るために戦ったり、私を安心させる為にこのぬいぐるみを渡して来たり、色々してくれた恩は絶対に忘れません!」


葉月はその時の魔物災害で尾花達から貰った象のぬいぐるみに視線を向ける。

それは進上がクエスト中にそこらのお店で選んで持ってきたものだが、彼女はこれを気に入って大切にしており、今では寝る時にいつもこれを抱えて寝ていた。

進上は彼女のその言葉を聞いて喜ぶ。

自分の色んな感性が人とズレていると自覚している進上だったので、自分がチョイスしたぬいぐるみを気に入ってくれた事がかなり嬉しかった。


「気に入ってくれたんだ!一応お店で一番可愛いと思ったやつを持ってきたんだけど、感性が合って良かったよ。実は二人には「もっと可愛いやつある」って止めらたんだけどね」


「はい!とっても可愛いです!」


「そ、それ可愛いですかね…?

目の位置がズレててヘンテコな顔してません?」

「俺も可愛い様に思えなかったが…まぁ葉月が気に入ってるならそれで良いよ」


そこから特に二人の話は盛り上がり、なんとなく進上と葉月がいい雰囲気になっている事が分かった。

恋愛経験少ない木村でも葉月が進上に好意を寄せ始めた事は何となく感じ取れた。

兄の尾花は、妹が好きになったのが自分が信用している進上ならば安心と、少しホッとしていた。そして今まで病室暮らしで恋を知れなかった彼女の初恋が叶う事を望む。

一方、進上が彼女をどう思っているのかはまだ誰にも分からなかった。




内野や進上達だけではない、覚醒者として名乗り出る他の者達も今日は色んな人に会いに行っていた。家族や友人にその旨を伝える為に。


そして3日程経過した所で、覚醒者の招集が始まった。

覚醒者が暮らすのは羽田空港近くのホテルで、国がこの3つのホテルをまるまる買い取って運営する事になったので完全に覚醒者だけの貸し切り宿になった。

この付近は1・2回目のクエストで崩壊した街、国はそこを訓練場所として利用する事にした。既にそこに人は住んでいないので十分に訓練が行えるであろう。


7グループから覚醒者として名乗り出たプレイヤーは約400人。全グループ合計で今のプレイヤー数はおよそ1000人ぐらいなので約4割の者が名乗り出たという事になる。名乗り出たと言っても、グループに彼ら自身の個人情報を張ってもらい、西園寺がそれを国に報告するという形である。


プレイヤーでもまだ様子見をしている者が多く、どんな待遇かによって後に名乗り出るか決めようとしている者が多数いる。ただ内野の知人たちは大体覚醒者として出ていた。

ちなみにプレイヤーではない覚醒者達は、前回のクエストで100人近くにまで増加していた。当然彼らは西園寺の指示で覚醒者として名乗り出ている。

つまり今、羽田空港付近には500人近い超人が揃っているという事になる。世界一安全な場所と言うべきか、それとも世界一危険な場所と言うべきかはまだ定かではない。



内野の家に迎えに来たのは、以前内閣府庁でアイスを無駄に多く買って来た若い男性の『足立 恭介』だった。彼は内野達の暮らしのサポートをする者の一人である。

他にも数十人の国の者が覚醒者達の暮らしを支援し、覚醒者が訓練に集中できる様にするという。具体的にどんな支援をしてくれるのかはまだ分からないが、長い付き合いになる事はなんとなく分かった。


彼は内野から渡された荷物を車のトランクに詰めている。これから近辺の覚醒者である工藤、松野、笹森の荷物も載せる事になるので端っこに寄せる様に詰める。


「勇太君、荷物はこれだけで良いのかな?」


「はい」


内野の荷物は衣服類・必要最低限の生活用品・スマホ・ゲーム機だけでそこまで荷物の量は無かった。ホテルに着いてからでも足立に言えば色々頼める様なので、そこまで沢山荷物を持っていく必要が無いのだ。だから内野の部屋はほとんど変わらない、そこに部屋主がいるかいないかのみ。


内野は自分を見送る家族の方を向き直り、別れを言う。


「じゃ、俺行くよ。毎日連絡するから」


「うん…出来れば仲間と一緒に撮った楽し気な写真とか送ってね…その方が安心できるから」

「魔物災害で死なない様に訓練めちゃくちゃ頑張れよ。それに新島ちゃんを堕とすのも忘れるな」


「分かった分かった、写真も送るし訓練も頑張るよ。

新島の事は…進捗があったら報告するかも」


そんなやり取りをしている間に足立は出発の準備が完了する。

ちょくちょく内野がここに帰って来る事はしばらくの間は出来ないが、事態が落ち着けば出来るという。だが両親が海外に行けば直接会う事はもう叶わくなる。いつでもビデオ通話だとかで顔を見る事は出来るが、やはり直接会えなくなるというのは寂しいものだ。


内野は車の助手席に乗り込み、ドアのガラスを下げて玄関前に立つ両親に手を振る。


「じゃあ行ってくる!」


「「いってらっしゃい!」」


足立は3人が別れの挨拶を済ませられたのを確認し、車を発進させた。

そしてその調子で松野・工藤・笹森の家にも点々と回っていった。わざわざ家の前まで迎えに行くのは、彼らが最後まで出来るだけ長い間自分の育った家の傍、家族の傍に居られる様にという足立からの配慮であった。





全員が乗り込み車での移動中、足立にこれからの事を色々聞いてみた。


「具体的に足立さんは何をするんですか?」


「僕の仕事は皆のスケジュールを管理する役割と、毎晩の点呼ぐらいだよ。

スケジュール管理と言っても、西園寺君が立てた訓練プログラムを全員が受けられる様に調整するぐらいだからそこまで仕事量は無いね。

他にも僕みたいに国から雇われて君達のサポートをする人達が大勢いるよ。覚醒者達の家事関連全般をするお手伝いさん達やメンタルケアの為の先生、それに様々な分野に特化してる料理人だとかね。他にも居た気がするけどあんまり覚えてないや。

あっ、今日も沢山アイス買って来たけど食べる?」


「クーラーボックスに何十個アイスを詰め込んでんだこれ…」

「あっ!私この醤油バニラ味のアイス貰うわね!」

「それ絶対に相いれない味じゃない?」


松野、工藤、笹森はクーラーボックスの中のアイスを探って好みのものを見つけて食べる。内野も自分が好きなアイスを見つけてそれをゆっくり食べていった。

車での移動と言っても、都会の方は魔物災害で高速道路が壊れ途切れているので下道で行かねばならない。なのでそこそこ時間がかかる。

その間に聞いておきたいことを各々聞いていった。判明したのは以下の事だ。


・ホテルの部屋は適当に振り分けられる。二人一部屋だが、毎日行われる点呼時以外基本的に出要り自由で、覚醒者同士の交流に関して一切制限しない。


・親や友達と会えるのは今から1か月以上ぐらい経たねば厳しい。不法侵入者が現れない為にも覚醒者が自由に行動出来る範囲は鉄柵で囲うつもりで、そこに立ち入るには検問を突破した車しか入れない。

だが今はその検問に割く力を他の所に使わねばならないので、しばらくは隔離される事になる。

しばらくの間は覚醒者の数の把握と生活の安定を最優先にする。


・魔物災害の被災地での訓練は自由。30平方キロメートル以上の訓練範囲では何をしても良い。


・覚醒者の人数が増えたら、何割かの者は前回の魔物災害があった大阪の方へ移動するのも視野に入っている。


・SNSで覚醒者、魔物、訓練関連の投稿は避ける。混乱を避ける為、それらの情報は全て国から世間に報告するから。


ここまで色々話を聞いたが、一同が気になったのは二人一部屋という点だ。

松野がそこについて尋ねる。


「もしかしてペアの人ってランダムですか?」


「いや、仲が良い人と同じ部屋にした方が良いと思うし自由だよ。今のうちにスマホで仲の良い人と連絡取って話をしておいてくれるなら、その意は汲めるよ」


「うわっ、体育の時の先生の「二人組を作ってー」ってやつに似てるな。内野、ボッチになる前に組もうぜ」


「まだ誰からも連絡届いてないし良いぞ」


松野と内野が組む事は直ぐに決定した。この招集は西園寺から報告された覚醒者のみに行われるが、内野と松野は既に覚醒者としての力も見せていたので優先的に招集が行われ、他の者達よりも招集が早かった。だからまだ誰からもこの話をされていないのだ。

工藤は新島とペアを組めないかと連絡し、笹森は憤怒グループの中から誰を選ぼうか迷っている。


そこで工藤がこんな事を言う


「ホテルで一緒に過ごす人を選ぶのって…なんか修学旅行の班を決めるみたいな感じがして楽しいわね。

…もう学校には行けないけど、青春はここでも出来るかな」


学校で出来ない青春の代わりになれば良いなと工藤はぼやく。

ここにいる4人はかけがえのない青春の高校生活を捨てる訳なので、工藤が良いたい事も分かる。

だが訓練が遊びではなく、魔物災害で沢山仲間が死んでいく事も知ってしまっているので、それが叶うとはあまり思えなかった

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