第264話 終わるアオハル2

静まり返った暗い学校は違和感だらけだった。普段廊下も教室も騒がしく、教室の電気は大体付いている。そんな学校に慣れていたのでこの静けさと暗さには少々気味の悪さも感じた。

まだ昼前なのでそこまで暗くはないがどうしても普段と比べてしまう。


両親が横におり、対面には担任・学年・校長先生の3人が座っている。

最初は退学関連や手続きの話だったが途中からは担任の想いで話になっていた。


「連絡を貰ったが、まさか松野と他学年の笹森まで覚醒者だったとはな!」


「すみません小西の事とかで色々と問題起こして…あの時は力の使い方がまだなってなくて…」


「まだ控え目にしてた方じゃないのか?俺が高校生の時にそんな力手に入れてたら大暴れだったぞ。ハーレム作るのを目指して」


しんみりとした雰囲気にならない様に担任の篠原は話をする。

内野としてもそっちの方が話易いので助かり、この2ヶ月の思い出話をする。思い出話と言うと、担任ではなく学年主任の先生も出来る。彼には一つ秘密にしておいてもらった話もあったからだ。


「以前窓ガラスが割れたり屋上に血痕があったりしたが、もしかしてあれは魔物と戦っていたからなのか?」


「…まあそんな感じですね。学校荒らしてごめんなさい」


「魔物と戦っていたという事は学校の皆の命を救った事でもある。謝らないでくれ。それに…君に超人的な力があったから良いものの、私達は君を守れなかった。謝らねばならないのは私達だ。本当にすまなかった。

不甲斐ないばかりにご両親のお二人にも心配をかけさせてしまい…」


3人は深々と頭を下げるが内野も、両親も今となっては怒っていない。

あの問題が起きてから父は学校と電話して学校の対応の遅さに怒っていた時もあったみたいだが、もはやお互いその話も懐かしめるものになっていた。

たった2ヶ月だが、最近色々と濃密過ぎて時の流れを早く感じ、内野もあの事件の事を懐かしいと思っていた。


それからしばらく話し、そろそろ話を切り上げようという所で担任の篠原のスマホにメッセージが届く。彼はそれを確認すると内野を向き


「山田から聞いているが、今日学校に来れる者だけだが教室で皆に会うんだろ?もう来れる者は全員集まったとさ。行ってきなさい」


「っ!じゃ、じゃあ行ってきます!」


その連絡を聞いて内野は自分の教室へと走っていく。今だけは廊下を走ってもそれを叱ろうとする者はいなかった。



クラスには半分ぐらいの者しかいなかった。このご時世で親が外出を許してくれず来れなかった者が多いが、幸いよく話す仲だった者達は全員揃っていた。

中でも山田には特に世話になったので、彼には丁寧に感謝を伝える。


「小西に目を付けられてから色々と俺を守ろうとしてくれたよな。本当にありがとう、受験準備でただでさえ忙しい所だったのに…」


「はは、今となってはそんな護衛必要無かったって分かったけどね。

それにしても内野君があの魔物と戦う力を持つ覚醒者だったとはね…どうりでボールの投げ方が無茶苦茶なのに剛速球だったわけだよ」


「パワーごり押しだったの…流石にお前の目は欺けなかったか」


「まあね。あれ、そう言えば松野も覚醒者だから今日ここに来るって言ってたけど…まだ来てないね」


「いいや!俺はここにいるぞ!」


山田が松野の話を出すと掃除用具入れからそんな声が聞こえ、中が光ったと思うと青い光と共に教壇の前に松野が現れた。皆の為にサプライズで『テレポート』を使いたくて、掃除用具入れの中に隠れて自分の話が出るのを待っていたのだ。


そんな斬新な登場の仕方に驚き「すげーー!」と皆のテンションが急上昇する。これが初めて目の前で見た異能だったので、皆のテンションの高ぶり方は止まる事を知らない。

そこで調子に乗った松野は頭にある事を閃き、ニヤニヤする。


「へへっ…んじゃあいっちょ先生を脅かしにでも行ってくるか。勇太、今先生達って会議室にいる?」


「いるけど…まさかあそこにテレポートするつもりか?」


「絶対面白いぜ!皆で今から会議室行こう!」


松野の提案に従い一同はウキウキしながら会議室へと向かう。内野が先頭で、扉を開けるとそこにはさっきと変わらず先生と両親が話合っていた。

内野がぞろぞろとクラスメイトを連れて来た事に5人は驚いてはいたが、内野含めて皆がニヤニヤしている事に困惑もしていた。

担任の先生が「どうしたどうした」と席を立ちあがろうとすると、テレポートで背後に松野が現れ、先生の両肩を掴む。


「バァ!!」


「ヒギャァァァァァァァァ!」

「「うわっ!」」

「キャー!」


一番情けない声を出しているのは肩を掴まれた担任で、内野の両親含め他の4人も大声を出して驚いていた。

その反応に一同はギャハハと笑う、珍しく山田も目に涙を浮かべて笑っていた。内野も皆のその反応に大満足し、一緒に笑い合う。

普段の教頭と校長なら叱っていた所だろうが、今日だけは特別誰にも叱りつけなかった。

一通り笑うと、今度は松野は内野に芸をさせようとする。


「おい、今度は勇太が何かやれよ!お前なら色々出来るだろ?」


「そうだな!じゃあ今から火を吹いてみせよう!

ここじゃ危ないから校庭行くぞ!」


「「おおー!」」

「何それ面白そう!」


内野を先頭に、直ぐに全員会議室から立ち去って校庭へと向かった。担任の篠原は「校庭荒らすなよー!」と注意をしておくだけで、はしゃぎながら廊下を走る彼らを止めやしない。


「止めなくて良かったんですか教頭先生、廊下を走ってますけど」


「最後ぐらいは良いんじゃないかと思いましてね…それに彼があれだけ笑っている姿を見れて、安心して気が緩んで叱るのを忘れていました」


先生達が内野の笑顔に安心した様に、両親も心の底から安心していた。


「いい顔してたね」

「ああ…最後にあの顔を見れて良かった」


あの笑顔のせいで息子を退学させるのに気が引ける気持ちもあったが、彼の覚悟の為にも二人は退学手続きを進めていった。



校庭で内野は『火炎放射』を使って見せた。

既にスキルの操作が可能なので控え目な火力での披露だが、この火吹き芸を皆は楽しんでいた。途中で松野が理科室から盗み込んできた銅を炎に投げ込んで炎色反応を楽しむ。

皆で楽しんでいると、どこからともなく自分の名を呼ぶ声がする。


「勇太ー!」


「に、新田!?」


炎を吐いている内野に背後から新田が飛び付いてきた。

体育祭以降内野に惚れて学校でべったりしていた元ギャルのクラスメイトである。

彼女は昨日魔物災害があり祖父母の家が被災地近くだったので帰省していた所だが、昨日内野の覚醒者の話を聞いて今朝急いでこっちに帰ってきた所だ。


彼女に飛び付かれたので一度スキルの使用を止めるも、振り向いて見た彼女の顔は涙ぐんでいた。


「本当に退学しちゃうの!?本当に日本覚醒者隊だとかってやつに入って魔物と戦うの!?」


「う、うん…俺は魔物と…」


「無理だよ!いくら強くても勇太は心配性だし、絶対仲間の事ばかり考えて酷い怪我しちゃう!」


新田は内野が退学するのを今からでも止めたく、しがみついて内野から離れようとしない。その姿はまるで死地へと向かおうとしている夫を止める妻の姿の様であった。


「俺はもう長らく魔物と戦ってきた。そんなミスしないし大丈夫だから安心して」


「無理だよ!魔物なんかと戦うなんて…人間をあんな風に殺せちゃう生き物と戦うなんて!」


新田は昨日魔物災害で祖父母の家に行ったのは良いが、そこで祖母から運悪く祖父が被災地に買い物に出かけてしまっていたと聞いた。それで新田一家は祖父が心配で被災地近くに向かい避難所を回って祖父を探した。

だがどこにも祖父の姿はなく、今もまだ祖父は救出されていない事が確定してしまった。こうなると死んでしまったと考えるのが自然で、新田含め一家全体が絶望に染まる。

そしてそんな所でその日の晩に内野が覚醒者としてテレビに出ているのを見て、もうこれ以上親しい人に死んでもらいたくなく、新田は家族の制止を振り切って一人で帰ってきたのだ。内野を止める為に。


「ど、どうしたらいいの?どうしたらこのまま学校で平和に過ごせるの?」


「…俺らが戦わないとこの国で誰一人平和に過ごせない。他の人達が幸せに暮らす為には戦わなきゃならないんだ」


「でも軍の人ですら勝てない相手なんだし、勇太が今みたいに火を吹けても、いくら力が強くても無理だよ。もう軍隊に任せようって!」


「その軍隊がもう魔物に太刀打ち出来ないんだ。今のテレビでも報道されてる通り、もはや魔物への対抗手段は覚醒者しかいない。…俺らがやるしか無いんだよ」


二人以外は完全に黙り込み静まり返っていた。新田が内野を引き止めたい気持ちも分かり、何も言えずただ話の流れを見守るしかなかった。

新田は泣きながらもどうにか内野を止められないかと考え、そこである事を思いつき実行する。


「じゃ、じゃあ私も覚醒者の試験ってやつを受けて一緒に戦うっ!

内野がいるなら私だって…」


「ッ!それは絶対に駄目だ!」


魔物と戦うと宣言しようとする新田の肩を内野は強く掴む。あんな場所に知人を送りたくなく、何としてでもそれを防がねばならないからだ。

内野に肩を掴まれると、それが狙いだったのか新田はほっとした顔をした。


「それ…私もその気持ちなんだよ…あんな所に内野に行ってほしくないって気持ちはそれなんだよ…だから分かるでしょ?それが辛いって」


「…もう戻れない俺達とは別だ。新田はまだ逃げられるから、あんな所に自分から行こうなんて思わないでくれ」


内野は焦りが表情が顔に出る。その感情剥き出しの内野の顔に、こんな状況だというのに体育祭の時の様に新田は再びキュンとする。

だがそれと同時に内野が戻るつもりが無いってハッキリ分かってしまったので、心は沈む。


「…私さ、実は勇太の事好きだったんだ。流石にそれは分かってくれてたよね?」


「まあ…あれだけアピールされたらな…」


「でもさ、勇太は他に好きな人がいるんだよね」


「な、何も言ってないのにどうして…」


「分かるわよ。私がベタベタしてる時、勇太はいつも他の人との事を思い浮かべてた感じだったもん。まるでその人の事を考えて、自分の気持ちを整理しているみたいに」


「…」


「大丈夫、早い内にそれは分かってたから。でもそれも時間の問題だと思ってた、きっと2学期中には堕とせるってね。

でも今はもうその時間が無い、だから私にチャンスは無い。それも分かっちゃった…」


再び新田は目に涙を浮かべる。

そしてその顔を皆に見せたくないからか新田は背を向けて校舎の方へトボトボ歩いて行く。

だが最後に一言だけ内野に問いかける。


「最後に聞かせて。もしも勇太に逃げ道があったら、勇太は私の言葉で逃げてくれてた…?」


「…分からないけど…そうかもしれない」


前回のクエストが始まる前に帯広とした話と重なった。

もしも自分に逃げ道があったら迷っていただろうという話を以前しており、そのもしもの仮の未来を容易に想像できたのだ。その仮の未来で自分がクエストから逃げる姿が。

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