第263話 終わるアオハル
起床して外が何やら騒がしいと思ったら、家の前に記者達が押し寄せていた。押し寄せると言ってもほんの数人だが鬱陶しい事には代わりない。
今日、内野はこれから人に会うつもりなので外に出たい所だが、普通に玄関から出たら囲まれてしまう状況。
押し飛ばせば容易にその包囲を突破する事は可能だが、今は覚醒者の世間の評価が下がるのを避けたいので少しでも力を振るう事は避けたい。
だから親に許可をもらい、ベランダから屋根に上り、飛んで向かいの道へと着地する。
道に人がいないのを確認して飛んだが、その道近くの家のベランダに洗濯物を干している若い主婦がおり、その人が今の内野の行動を見て目を見開いて驚いていた。
「…内緒でお願いします」
2階にいるので声が聞こえたかは分からないが、人差し指を口元に立ててジェスチャーで内緒にしてほしいと伝える。そして他の者に見つかる前にそそくさと目的の場所へと向かった。
目的の場所はとある公園。
この公園は松野とスカイダイビングをした場所でもあり、いじめられていた少女真子と出会った場所でもある。
今日会おうと思っているのは真子である。もうしばらくここに返ってこれなくなると思うので、最後に今の学校生活がどうなっているか聞きたかった。
ただ連絡先も住所も知らないので、ここで偶然会うのを祈るしかなく長時間待つ覚悟である。その為に懐かしの携帯ゲームハードであるDSも持って来ている。
だが内野がその公園に行った時、なんと真子は普段と変わらずランドセルを背負ってベンチに座っていた。昨日魔物災害があったので今日は何処の学校も休みのはずだがパンパンに中身が詰まったランドセル背負っている。
ボーッとしていた彼女はマスクで顔を隠している内野に気が付くと、二度見をし驚き立ち上がる。
「あっ!お兄ちゃん!」
「真子ちゃん!?どうして今日もここに…」
「もう会えないと思ってた!」
真子は目に涙を浮かべて喜びながら内野へと近づき、そしてしがみつく。
久々の再会に喜んでいる…にしては少々大げさな喜び方で、取り敢えずどうしてここにいるのか尋ねてみる。
「久しぶり真子ちゃん。どうして今日もランドセルを背負ってここに居るの?」
「あっ…その…実はね、もう今月中に海外に引っ越す事になったの。魔物災害のせいで…
だから最後にお兄ちゃんにお礼を言いたかったんだ」
「え?もしかして毎日ここに居たの!?」
「ううん、もう最近は諦めちゃってた。パパとママにも魔物が出るかもしれないからあまりに外に出るなって言われてたし、最近学校ある日も来なかったから…
でもね、昨日のテレビでお兄ちゃんが出た時にパパとママに「この人が私を助けてくれたの」って言ったら、この公園なら近所だしお兄ちゃんを外で待ってて良いよって許してくれてね、それで今日はここにいたの」
「そ、そうだったのか。って事はもう真子ちゃんは俺が覚醒者だって知ってるんだ」
「うん!魔物から皆を守る正義のヒーローでしょ!
まさか本当にヒーローだったなんて思わなかった!」
無邪気にヒーローと呼ばれて照れくささはあるも、自分はヒーローなんて言われるほど綺麗な道を歩いていないので彼女の期待を裏切っている申し訳なさもあった。
話していると、どうしても中身がパンパンになったランドセルに目が付くので中身を聞く。
「ところで…どうしてそんなにランドセルの中身一杯なの?」
「お兄ちゃんに渡したいモノが沢山あって、それを全部入れてきたの。
ほらこれ、前にお兄ちゃんにブラックの変身装備あげたでしょ?だから私が持ってる歴代のヒーローのブラックの変身装備を持ってきたの。
これで頑張って魔物と戦って!」
ランドセルの中にはぎっしりと色んなグッズが入っており、真子はそれを手に取ってみせる。
「パパとママに怒られない?この変身ベルトとかって結構な値段するよ?」
「最初は怒られたけど、お兄ちゃんがヒーローだって知ってからは「あげて良いよ」って言ってくれた」
「どうして俺が覚醒者って分かってからこんなに優しく…って、あれ。これっておもちゃじゃないくて本物の携帯電話?」
真子にランドセルの中身を見せてもらっていると、本物の携帯電話が入っている事に気が付いた。それが今どき全く見かけないガラケーで、携帯電話にしてはかなり年期が入っているものであった。
それを見ると真子はハッと何かを思い出す。
「そうだ!もしもお兄ちゃんに会えたらパパに連絡しないと駄目だったんだ!」
「え、お父さんに?も、もしかして俺何か悪い事したかな?」
「ううん、逆だよ。お父さん2回目のクエストの時に魔物災害の被災地にいて、そこで透明な人に助けられたの。
その正体が覚醒者だって知って、お兄ちゃんにお礼を言いたいって」
「お礼…覚醒者は俺だけじゃないし多分真子ちゃんのパパを助けたのは俺じゃないのだが…」
「透明で顔が分からないから誰に助けられたか分からないけど、あの時の感謝を伝えずにはいられないってうずうずしてた。だからお兄ちゃんがその人の代わりにお礼言ってもらって!」
救えなかった命もあれば、救えた命もある。
「救えなかった命ばかり数えていては心が擦り減るだけ」と以前田村に言われ、それが身に染みて分かった。
自分が救った訳では無いが、同じプレイヤーが人助けをしていたと聞くだけで少しだけ心が満たされた気がした。
その後、真子が通話をかけるとダッシュで真子の父親がお礼言いに公園に来た。
面と向かって感謝されるのは苦手だが心地良く、最後に「日本を守って下さい」と頼まれた。真子がいる手前「任せてください」と少しだけカッコつけてしまった。
そして二人と別れる直後、内野は真子から貰った幾つかの変身グッズを手に持ちながら手を振る。最後に真子も手を振り返してくる。
「じゃあねブラック!テレビの外からになっちゃうけど、私ずっと応援してるからね!」
「バイバイ真子ちゃん、向こうでの暮らしも頑張ってね!」
そう言って別れ、内野は一旦自宅へ変身グッズを置きに戻る。
まだ記者達が家の前にいたのでさっきと逆ルートで、向かいの道路から自宅のベランダへと飛び乗る。その時にまたしても洗濯物を干している主婦に見られるも、さっきと同じく彼女に対して内緒にしてとジェスチャーをする。
次に内野が行くのは学校だ。退学の準備をせねばならないので両親と共に学校に向かう事になっている。
そして学校の皆とも会いたいと思っていた。今日は休校なので学校に行っても誰もいないが、昨日クラスlineには〔会える最後になるかもれしれないから、明日暇な人は14時に教室に来てくれない?〕と言ってあるので多少は直接顔を合わせて別れを言えるだろう。
短い間だったが沢山の人と友達になれ、ようやく学校生活が楽しくなってきた所だったので寂しさはある。修学旅行や文化祭だってまだなので、これからもっと楽しくなるという所だったのにもう退学しなければならない。
(…二か月ぐらいだけだったけど青春出来て良かったな。もしも俺があの時プレイヤーに選ばれてなかったら、まだ学校にはいられただろうがきっと自分の席に突っ伏して過ごすだけの生活だったと思う。それと比べたらマシだ、たった二ヶ月だけの青春であっても。
それよりどうやって皆に会おうかな。今はもう学校やってないし…)
学校の皆にも一応別れの挨拶をしたいが、学校がいつ再開するか分からない状況である。
ちなみにクラスlineではめちゃくちゃメンション飛んで来てて話題が内野と松野の話題一色になっていた。魔物災害が起きてからは普段静まり返っているクラスlineも騒がしくなっていたが、今回のはその比じゃない。
内野は一言だけ「今まで正体を隠しててごめん」と謝っただけで、今日会おうと誘ったメッセージ以外は特に他に何も言っていない。
(メッセージで言うのもアリだが、やっぱり最後の言葉は直接言うべきだよな。でも全員集まるっていうのは無理だし…多少は仕方ないか)
5月上旬にプレイヤーとなり、今はもう7月上旬。
あまりにも濃すぎる2ヶ月であり、あっという間に時が過ぎた感じがする。
内野はその短い2ヶ月の学校生活を振り返りながら、親の車へと乗り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます