第262話 引き止める絆
「勇太…さっきのやつ見たわよ」
3人共車の中でさっきの会見を見ていたらしく、内野が覚醒者の一人である事も全員分かっていた。3人共別に怒っている様子ではなく、まだ困惑の方が強いといった所である。
佐竹はゆっくり内野に歩み寄る
「お前が隠してたのってあれの事だったのか」
「…そう。俺は覚醒者だったから小西の暴力も全て受け止められたんだ。足が速かったのも、ボールを豪速球で投げられたのも全てな」
「そりゃあ言えない訳だ。魔物と戦って手に入れた力なんてな…」
内野の身体能力に納得した様子ではあるものの、不安は顔に残っている。
それは両親二人も同じであり、力が判明したのは良いがその息子が危険な事をしていると分かり顔に不安が露わになっていた。
「そうか…だから魔物災害が起きている時はいつも居なかったのか。
…松野君もそうなのかい?」
「ええ、僕も覚醒者です。あの事件の時はまだ一般人でしたけどね」
「じゃあ松野君も勇太と一緒に魔物と………二人とも怖くないのか?」
父の問いに二人は顔を見合わせるも各々答える。どちらも心の底からの本音だ。
「怖くない…って事は無いけど、魔物が怖いのかって言われたら違う気がする。怖いのは親しい人が死んでしまう事、息が出来ず頭が回らなくなるぐらい心が痛くなるのが怖い。今日みたいに…」
「…俺は内野みたいに強くはないですし魔物と対面するのは怖いですけどね。怖くても仲間がいるのでどうにか戦えてるって感じです。でも俺は戦い抜きますよ」
「そうか…もう覚悟は決まっているんだな。
魔物災害の前からこんな危険な事をしていたのだから二人にとっては今更な覚悟確認だったか」
内野の父は二人のその言葉を聞き、もう今から何を言っても無駄だと察して諦めた様な顔をする。
今日突然こんな衝撃的な事を聞き、更に息子が魔物と戦いに行くと聞いて、親としてそれに納得や覚悟など出来るはずもなく、到底明るい顔など出来ない。
母や佐竹も父と同じ様に内野の覚悟を聞いて少しガッカリしており顔は暗い。
次に佐竹は今後の事を尋ねてくる。
「これからどうなるんだ?話だと覚醒者は近い内に国の保護下に入ってそこで生活するってあったが…って事はもう学校には…」
「いつになるかは分からないけど、いずれ国から迎えが来ると思う。それ以降はもう離れて暮らす事になるから学校は退学だ。
ま、今はもう勉強なんかしてる場合じゃない世の中だしな」
「…そうか、それじゃあもう気軽に一緒に遊べる事も無くなるんだな」
「どれぐらい厳しく取り締まれるかによるな。外出に監視が付くだけとかだけで自由に誰でも出入りできるならいつでも遊べるぞ。
てかお前海外に行くんだろ?俺が覚醒者と名乗り出ても出なくてもどっちみち近い内に分かれる事にはなってたんだ」
「そうだが…お前の場合は二度と会えなくなる可能性もあるんだぞ。俺も一緒にボランティアに行ったから魔物の恐ろしさは知ってる。
街や人をあんな風に出来る生物相手だぞ、あのパワーがあっても、仲間がいたって死なない保証なんか無い。も…もしもお前が魔物にあんな残虐な殺され方をされるかもだとか考えると…見送れる訳が…」
震えた声で発せられたその言葉は内野の両親の心を揺さぶるには十分過ぎたもので、母は膝を地面に付いて内野にしがみつく。
「やっぱり駄目…お願い勇太、もう戦わないで!
私は最近楽しそうに笑う様になったのもその仲間のお陰かもしれないけど、前に約束したでしょ!?危ない事はしないでって!
一緒に海外に逃げましょうよ、今からでも探せば3人で一緒に逃げれるはずよ!」
「そうだ!俺は父ちゃんの友達がスイスにいてそこに泊めてもらうのだが、それに着いて来いよ!お前が覚醒者ってのはもう既にバレてるし隠す必要無いから、その力があれば向こうでも楽々金を稼げるはずだ!」
母と佐竹は血相を変えて内野を説得しようとする。
父は二人のその言動に感化され涙を流す。だが内野を止める様な言葉を掛けたりなどはせず、迷っている様だった。
もはや3人は周囲の目がどうだとかは気にしていない。さっき会見で堂々とテレビに映ったので内野の顔はそこら中に知れ渡っており、夜とはいえギャラリーが増えていた。
「なんの騒ぎだ?」
「戦うって…あ!あの人って覚醒者の人じゃん!」
「マジじゃん!」
そんな声がするものの、それらは今の彼らの耳に入らない雑音。
内野も二人に「一緒に逃げようと」せがまれ心を揺さぶられるも、彼の覚悟はとっくに決まっている。これだけで揺るぐ覚悟ではない。
内野は3人に順番に目を合わせながら自分の意思をハッキリと示す。
「…これまで何度も目の前で仲間が死んだ。俺と共闘してた人、俺を助ける為に死んだ人、何度も凄惨な死を見て来た。
俺は前に進まなきゃいけないんだ、命を差し出し道を作ってくれた仲間の為にも、今を生きて期待してくれている仲間の為にも。
もう引き下がるなんて選択肢は俺には無い。だから見送ってほしい」
「無理よ…お願いだから一緒に来て…私にとって勇太の仲間よりも勇太自身が大切なの。そんな事言われたって…」
「い、今まで十分頑張ってきたんだろ!?ならもういいじゃねえか!
それだけ辛い思いをしてきたんだから仲間達も分かってくれるって!」
「それは無理なんだ。今逃げた所でどっちみち俺は魔物と戦う事になるから、端から俺には逃げ道なんか無いんだよ」
母は泣きながら、佐竹は少し声を荒げながら説得しようとするも内野は止まらない。その後も何回か言葉をぶつけ合うも、ここでさっきまで黙り込んでいた内野の父が口を開く。
「見送ろう…勇太を」
「「え?」」
「父ちゃん…」
その言葉に耳を疑う母と佐竹の声、分かってくれたのかと安心する内野の声が同時に出た。
「親心的には無理して欲しくないっていうのが一番だ。
でも…そこに新島ちゃんがいるんだろ?」
「…どうして分かったの?」
「そうか…やっぱりそうなんだな。
彼女がウチに泊ってた時に、一度皿を落として盛大に割った事があっただろ?
あの時に破片を踏んでいた様に見えたから怪我してないか聞いたのだが、彼女は何とも無かった。怪我はせずとも踏んだら痛いだろうって程度に破片が大きかったから、この力の話を聞いてもしやと思ってな。
それに突然お前が女性を連れて来て怪しいと思ってな」
「そうだったのか…」
父の当てずっぽうは見事に当たっており、新島が覚醒者だと分かると父は完全に内野を見送る考えへと傾いた。
「…お前は新島ちゃんの事が好きか?」
「……うん、そう…俺多分新島の事が好き…だと思う…」
「ならもうお前はそっちにいるべきだ。
彼女も一緒に逃げるって選択しはあるけど…それも出来ないんだろ?」
「…うん」
「じゃあもしも孫が出来たら写真を送ってくれよ、毎日」
「は…随分と気が早いな」
恥ずかしながらも内野は素直に答えていった。その返答に偽りなど一切無い。
以前共に同じ屋根の下で過ごしてた時からもう、何となく自分の気持ちは分かっていた。命を救ってくれる彼女が好きで、自分の為に命を投げ打とうとする彼女を救いたいと自分が思っている事も。
息子の恋愛感情だとかにずけずけと突っ込んでくるノンデリカシーの普段通りの父、いつも通りのテンションで話してくれる父に今日はいつも以上に安心でき、ありがたみを感じた。
クエストに参加してから命が危機迫る状況は何度も味わい、そしてその度に普段の日常のありがたみを知れた。今日だって使徒と戦い死に掛け、新島が殺されて精神がボロボロだったので、両親二人と親友に会えただけで心が回復していくように癒された。
まだ母と佐竹は納得出来た様子では無く口を挟もうとするが、ここで一度冷静になり、周囲のギャラリーが凄い事になっているのに気が付いて口を閉じる。
「じゃあ…帰ろう。二人はまだ納得できないかもしれないけど、今すぐ離れるわけでは無いんだ。話し合う時間はあるはず。
あっ、松野君もウチの車に乗っていくかい?」
「いえ、俺の両親も今こっち来てる最中なのでここでしばらく待ちます。
国から迎えが来る前にまた遊びに行きますね。そんじゃまた今度!」
そう言って松野はその場に残り、4人は車に乗って帰って行った。
車に乗っている最中も二人とは何度も口論にはなったが、お互いがお互いの事を思ってのものだったので険悪な雰囲気にはならない。
いつも通りの自分の家を見て、ここで暮らせるのももう数日かと思うと寂しさに胸を打たれるが、この数日を大事に過ごす事にした。
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