第256話 親は絶対

最近まだ投降を再開した『捻くれ者の俺と、同じクラスの美少女身体が入れ替わってる!?…と思っていたら、どちらも俺だった。あいつの人格は何処に消えた?』というのを書いていて投稿が遅れました。(まだカクヨムへの投稿のみ)

魂入れ替わり系のラブコメですが、主人公とヒロインの魂が両方とも男バージョンのものです。この作品みたいに暗い要素はほとんどないので、是非とも鬱展開が来た後にお口直しでこっちをご覧ください。

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崩れるサボテンの使徒の身体から出て来た『暴食』の涼川、そしてその彼女の後に続いて5人のプレイヤーも出てきた。

負傷はしているものの全員まだ動ける様で、顔には少し余裕がある。

その中で一人、大罪の涼川よりも存在感を放っている男がいた。

その者は女児向けアニメの曲をポータブルスピーカーから流しており、『スズちゃん愛してる』というピンクのハチマキをしている30代の男性。


「スズちゃん!あそこに光の使徒がいるよ!やろうか!」


「…貴方達、今のこっちの状況について教えてくれないかしら。あの光の使徒が今誰を攻撃しているのかも」


変人の男性が涼川の事をスズちゃんと呼んでいるが、涼川はその男の言葉を無視して笹森達に状況について尋ねる。


「い、今は向こうで川崎さん達が襲われています!」

「他にも強欲、色欲も居ます。余裕があるみたいなので恩返しとして共に援軍に行ってもらえると助かります」


「ふ~ん、あそこに怠惰・色欲・強欲が揃ってるのね。

良いわ、私がキッチリ3人共救ってあげるわ。今もまだ生きてたらだけど」


「スズちゃんの力なら行けるね!頑張って!」


涼川は遠目から現在の光の使徒の猛攻を見ながらもそう豪語する。

田村達としては涼川が川崎達を救ってくれるのはとてもありがたい話である。だがあそこに少人数で突っ込むのは自殺行為とまではいかないがかなり危険であり、田村は涼川の前に手を伸ばして彼女を一旦止める。


「使徒と倒した直後でハイになっているだけなどではなく、本当に川崎さん達を救えるのですか?」


「新規プレイヤーじゃあるまいしそんな気分如きで判断を誤らないわよ。

今回の場合は『色欲』を使えば使徒は倒せないけど助ける事は出来る…って所かしら、特にああいう敵相手には」


「そうだぞ!スズちゃんは強いんだ!」


「…それが聞けて安心しました」


田村は道を開ける。

再び涼川は一歩踏み込んだ後、後ろを向いて同じグループの仲間達に指示する。


「じゃ私がスキルを使ったらそこら一帯にいる全てのプレイヤーを救出するわよ。着いて来なさい」


「「了解!」」

「分かったよスズちゃん!」


一人を除いて声を合わせて返事をすると勢い良く走りだした涼川を先頭に5人の暴食グループの者達も走り出した。


(なんか一人だけ異端な奴がいる…)


と残された面々が思っていると、今度はまた別の者達の声が聞こえて来た。声がするのは上空だ。


「やったぞ!見たかさっきの俺の無双ぶり!これでもう内野と梅垣に後れを取ったのもチャラだろ!」

「そのお二人の事は知りませんが凄かったですね!」


聞きなれた柏原の声がし、田村は上を向く。

上空にはフワフワとした大きな綿が落ちてきており、そこに柏原含め5,6人のプレイヤーがしがみついていた。

彼らはある程度の高度にまで降りてくると綿から手を放し、地面に着地する。

柏原は田村に気が付くつ「うげっ」という反応をする。


「う…田村さん随分ボロボロっすね」


「君は無事だったんですね。上空からという事はサボテンの使徒に乗っていたのですか?」


「ま、まぁな。この暴食グループの奴らと協力してサボテンの使徒に集まってくる魔物達を倒してた」


柏原がそう言ったところで彼と行動を共にしていた暴食グループのプレイヤー達は頭を下げる。そしてその中のリーダーと思わしき女性が話始める。


「どうもありがとうございました。怠惰グループの皆さんが送ってくれた柏原さんのお陰で見事サボテンの使徒の内部に一匹も魔物を潜入させずに済みました!これで涼川さんに怒られません!」


「ほう…随分と活躍したそうですね」


「へへへ、皆にも見てもらいたいぐらい無双してたぞ。

今ならあそこで馬鹿みたい槍を落として攻撃してる使徒にも負ける気がせん」


「新規プレイヤーじゃあるまいし自分の気分如きで判断を誤るのはやめてくださいね。それよりも今は涼川さんが川崎さん達を救えるかを…」


田村が皆に現状について説明しようとしていると、暴食グループのプレイヤーの一人の男が挙手した。


「その…話を遮る様ですけど、そこの山の中にまだ生存者がいますから、取り敢えず先にその人を助けません?」


男が指差す方向はサボテンの使徒が飛ばした針の残骸の山。

なんとそこにまだ一人だけ生存者がいるという。






光と闇、恐怖を抱く方はどちらかと言われたら、多くの者が闇と答えるだろう。逆張りをする者以外全員が闇と答えるであろうその質問も、今目の前の光景を目にする彼らにしてみれば、間違いなくその問題の答えは光となるだろう。

上空にいる使徒が放つ光の槍の雨を、一同は一回は耐えられた。各々スキルを使い槍を打ち消したり、どうにか耐える事が出来た。

腕が使い物にならなくなった灰原も、西園寺が素早く駆けつけていたお陰でまだ死んではいない。

だが光の使徒が放った無数の光の槍はプレイヤーを殺す為に追尾し、逃げ道を塞ぐ。だから今彼らに出来る事はここからの逃亡ではなく、留まって耐える事のみだった。


内野は二階堂、希望のぞみと一緒におり、二階堂が『ウォーターフィールド』を形成して水のドームを生成していたお陰で耐えられていた。

ただ余裕は一切無い。光の槍が絶えず飛んで来ているので外の様子は内野の『第三者視点』を使っても見えず、他に誰が残っているのかも分からない状況であった。


「一発一発が重すぎて、私があとこれを維持できる時間は皆が所持する全ての魔力水を使っても10分ぐらいが限度。だから今ここで選択しなきゃいけない。

…今回のターゲットの…希望君を見捨てるかどうか」


選択肢は2つ、このまま攻撃が止むのを願って留まるか、帰還石で二階堂と内野だけで逃げるかだ。

ターゲットなので帰還石を使えない希望は置いて行く事になるというものだが、大罪の内野が死ぬことの方が避けねばらならないので、希望を置いて逃げるというのが正しい判断というのは希望自身も分かっていた。


(またか…また正しい判断かどうかって問題かよ。

分かってる、ここで俺が死ぬ方が不味いってのは。でもここで子供を見捨てるのが正しい判断だなんて…)


「二人共、僕を置いて逃げていいよ」


内野が判断に迷い帰還石を使えずにいると、希望がそんな事を言い出した。二人はその言葉に驚いていたが、希望はお構いなしにつらつらと述べていく。


「僕は一人じゃそこまで強くない。お姉ちゃんと一緒にいて初めて活躍出来るんだ。

お姉ちゃんは僕の考えている事が手に取る様に分かる。だから戦闘中でも僕が好き勝手に動いても全てお姉ちゃんが合わせて上手く動いてくれる。

でも今ここにはお姉ちゃんはいない。それにスキルであの光を防いだりすることも出来ない。何も出来ないんだ。

だから逃げてよ。僕を置いて」


「の、希望君!?」

「まだ死ぬと決まったわけじゃ…」


「それが正しい判断ってパパに教わったよ。

この前憤怒グループのお姉ちゃんがターゲットになった人を助けてたのを見て聞いたんだ、「自分が死ぬ道を選ぶのが正しい判断なの?」って。

そしてたらさ、大罪を生かす道が最も正しい判断で、次にターゲットを生かす道が正しい判断になるって言ってたんだ。

だから今、僕は正しい判断をしていると思うんだ」


少し震えてはいるものの、彼の顔と心は恐怖に染まっているわけではなかった。

諦めの境地に達しているとも見て取れるが、彼が揺るがないのはある一つの心の柱があったからだ。


「パパが言ってた事だもん。だから大丈夫、正しい判断をするのは怖くない」


「で、でも…」


「パパが言ってたから大丈夫。親の言う事は絶対、親に逆らったら駄目…っ逆らったら殴られちゃう……あ、いや…あれは親じゃない、何でもない…」


元虐待を受けていた時の記憶が混合しているのか、途中から不穏な事を口走る。だが直ぐに西園寺の事を思い出して言葉を訂正した。

親が絶対的な存在である年だからか、西園寺の言葉が彼の心の柱となっており、彼にかけられた言葉通りに判断を下している。

それが正しいと言われたから正しいことをしている、彼にとってはそれぐらいの認識だ。死すらもそれぐらいの認識になってしまっているのだ。


(虐待の上にこんなクエストって…子供に掛けさせていい負担の域を超えすぎだろ!)


内野は平然とそんな事を言えてしまうまだ幼い彼の境遇を思い胸が苦しくなる。それと同時に大罪として自分がここでどうするべきなのかも頭の中には過ってしまう。


「…多分、ここで逃げるのは最良の判断なんだと思う。

でも…ここで君を見捨てたら俺はもう西園寺に顔向け出来ない」


「僕が助かる道を選んだら二人が死ぬんだよ?」


「それは今の俺の頭じゃ思い付けてないだけなのかもしれない。

ひょっとするとの頭の俺なら思いつくからもしれない」


大罪としては自身の身の安全を確保すべき、それは分かっていた。だが彼をここで見殺しにもしたくない。そんな思いから彼が縋ったのが、まだ未知な事が多い内野の身に起こる謎の現象だ。

感情が消えて頭が澄み渡るあの現象を彼は求める。


(田村さんと話し合った理論では、負の感情が大きくなれば発動するって結論になった。じゃあここで負の感情を沢山生成すればいいんだろ?

なら自分で貯め込んでやるよ…想像して作ってやるよ!)


「内野君、何を…」

「…何をしてるの?」


突然目瞑って黙り込む内野に、結界を張って耐えている二階堂と希望が疑問を口にする。しかし二人の声は今の彼の中には聞こえていなかった。


(想像しろ、最悪の光景を。

仲間だ全員殺されて怒りと悲しみが爆発しそうになっている光景を。あの新島が死んだ時の胸の痛み、あれの数十倍の痛みが俺の胸を突き破る感覚を想像しろ!)


妄想とは違うがイメージを頭に浮かべるのは得意。だからこれまでのクエストの経験からそんな地獄の様な光景を鮮明に頭に浮かべる事が出来た。

傍には仲間達の死体、家族の死体、友達の死体が転がっている。そして彼ら全員を殺した魔物と自分が対面している図。


身体が熱くなり身体に勝手に力が入る。

理性を抑えきれず今すぐにでもその魔物へと飛び掛かりそうになる自分。


(そうだ…それが憎悪だ。それを大きくしろ、理性で抑えようとして爆発させろ!)


頭の中のイメージだが、このままいけば自分の感情を負の感情で埋め尽くす事が可能そうであった。


『コッチダ』


だが何処からかそんな声が頭に響いた瞬間、イメージが完全に崩れて内野の意識は現実へと戻ってくる。


「…ッ!黒狼!?」


「わっ、な、なに?」

「どうしたの内野君!?傷でも痛む?今ヒールを使う余裕は…」


傍には心配そうにこちらを見つめている二階堂と希望がいる。

内野のイメージを破った声は聞き覚えのある声、以前お風呂場で新島について考えている時に聞こえた黒狼の声と全く一緒であった。


「今黒狼が俺に…いや、違う…あれは俺に対して言ったんじゃ…」


内野が一体何を言っているのか二人は分らなかったが、その直後、突然視界の全てが一度闇に染まったかと思うと、次の瞬間には内野達は大きな闇のドームの中にいた。

厳密に言うと場所が変わったのではなく、光の使徒の攻撃範囲全体が闇のドームに包まれたのだ。

そしてそこの中には使徒の光の雨も、二階堂の水の結界も無かった。

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