第244話 期待の束縛

ストーリーを早く進める為、場面転換などは結構頻繁にあります。

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いつも通りロビーに転移し、訓練でよく見る顔ぶれの者達と軽く挨拶する。

工藤や進上達とはいつでも会えるので、挨拶だけするとある者の元へと向かう。

内野が向かうのは、部屋の隅で縮こまって座っている大橋の元だ。


「こんにちは大橋さん」


「あ、ああ…久しぶり…です」


弱弱しい声で大橋は返してくる。

震えながら膝を折って座っている今の彼の姿から彷彿させるのは、これまでの豪胆な彼の姿ではなく、魔物に怯えて戦闘を拒む新規プレイヤーの様な姿だった。


(『大橋 大吾』 26歳

筋骨隆々で大柄の男。そのガタイの良さや『サンドウォール』を活かしてクエストでは積極的に前に出て皆の盾役になっていたので、皆から頼りにされる者だった。

だが前回のクエストで使徒の能力により恐怖を植え付けられてしまった)


彼は前回のクエストで使徒の能力により恐怖を植え付けられPTSDの様な症状を患い、今は訓練にも来れずにいる。クエストがあるから既に仕事も辞めており、外出する事なく一人で家に籠っている状態だ。

家がそこまで離れていないのでちょくちょく様子を見に家にも言ったが、症状が回復する見込みは今の所無い。


「…無理にクエストに参加しなくて良いですからね」


「ご…ごめんなさい…怖くて、動けなくて、絶対に戦えないから…」


大橋は自分の弱さを嘆き涙を流す。そしてその弱言を吐いている最中に、飯田と松平もやってくる。


(『飯田 武道』 26歳 

元強欲グループのリーダーで、今は怠惰グループと共に行動するようになりそのリーダーの重荷から解放された。

茶髪で顔立ちは整っており、赤い鎧に金の盾を装備して盾役を担う。

『松平 愛奈』 25歳

元強欲グループのサブリーダーで、飯田を傍で支え続けた。飯田に対して恋愛感情を抱いているのは皆知っているが、付き合っているのかどうかは知らない。

クエストでは迷彩服を着ており、大きな弓を装備している眼鏡をかけた女性。1ターン目のクエストでは森林仕様の迷彩服だったが、今は市街地仕様の迷彩服を着ている)


二人は大橋との仲も内野より長く交流も多いので、大橋を心配して声をかけてくる。


「一人だと気が滅入っちゃうと思うから、たまには訓練所に顔を出してね」

「そうですよ、皆で一緒にサッカーもしましょう!大橋さんの『サンドウォール』は絶対にチームに貢献できますし!」


「…そうですね」


大橋は二人に目線を合せず、小さな声でそう返事をする。

そして大橋を心配し、更に木村と泉もやってきた。


(『木村 空』 15歳

正義感が強い少年。初クエストで内野に助けられてからは内野にのみ「先輩」呼びで、特別慕っていた。盾を装備しており、戦闘での役割はタンク。


『泉 真衣』 16歳

地味な見た目をしている女子高生、人情深い性格で気遣いも出来る。特に大橋の事を気にしており、一番大橋の見舞いに行っている。弓で戦闘を行う)


木村は前回、内野が仲間である笹森に対して行った事を聞いて頭を悩ませていた。自分の中の内野のイメージ像はヒーローみたいなもので、それが崩れてしまったからだ。

まだ完全にそれを受け入れられた訳では無く、内野にどう接すれば良いのか分からず今は内野に目を合わせない。

内野も彼の気持ちを汲んで今は無理には話しかけない。


内野は大橋の周囲には彼を心配する者達が沢山現れた事に安心し、その場を後にした。

そのままその輪の中に混じっていても良いのだが、転移時にMPが全回復するというのを使ってロビーでもスキルの訓練を行わねばならないからだ。



他の者達が新規プレイヤーの案内をしている最中、内野だけ特別にずっとスキルの訓練を行っていた。スキルが多く、なにより大罪と言う立場なので誰もそれに文句など無い。


そして数分経過すると、今回の防衛対象が掲示される。

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防衛対象

〈レベル120〉田村 泰志

〈レベル116〉小町 片栗

〈レベル115〉小町 希望

〈レベル109〉高遠 日向

〈レベル101〉生見 研

〈レベル100〉佐々木 浩太

〈レベル90〉梅垣 海斗


場所:大阪市

クエスト開始:3日後の昼時

クエスト時間:8時間

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今回の防衛対象は全員が知人、というより佐々木以外全員が前回の精鋭メンバーであった。場所は大阪で、いつも通り日曜日の昼時に始まる。


この防衛対象の選出を見た内野は不審に思い、隣にいる新島に話しかける。

彼女は今は実家の方に住んでいるので、共に訓練は行っておらず久々に顔を見る。だがちょくちょく通話で声は聞いていたのであまり久々という感じはない。


「なぁ、これって絶対に狙ってやってるよな」


「うん。確実に精鋭メンバーをバラバラにするのが目的だと思う」


相手の狙いは、プレイヤーが前回の様に精鋭メンバーのみで動いて使徒を殺して回るのを防ぐ事だというのは二人とも容易に分かった。相手は一度のクエストで2体の使徒を失ったので、次のクエストでは精鋭メンバーでの行動を制限したいと思いこの選出をしたのだろうと。

ターゲット同士は『契りの指輪』という同じ場所に転移するようになる効果が発揮されないので、これほど精鋭メンバーを防衛対象に選択されると相手の思惑通り前回の様に精鋭メンバーで動くのは厳しい。

それに防衛対象は死んでしまうと普通の蘇生石では生き返れないので無理は出来ない。


「作戦通り前回同様に精鋭メンバーで動くか、断念するか。これは川崎さんの判断に任せるしかないな」


「だね。2時間ぐらいあれば合流出来そうではあるけど、ここまで重要な人達が揃って防衛対象になっちゃったから流石に作戦は変えるだろうね…」


一先ず今この場では特に話し合える事が無いので、帰ってから川崎と相談する事にした。





ロビーから帰還してきた後、内野は川崎から連絡を受ける。


〔前回の様に精鋭メンバーだけで動くのは厳しいな。

だから今回は今回のクエストは育成に重きを置く作戦にしようと思う。グループは追って連絡するが、もしも君に希望のメンバーがいたらそれは考慮しよう〕


一緒に行動したいメンバーと言われると同期の3人や色々な者の顔が思い浮かぶが、その中で特に一緒に行動したい者は誰かと言うと…


(西園寺だな。訓練で西園寺が色んなスキルと『色欲』を合わせる実験をしていたのを見て、西園寺の戦闘スタイルと俺の戦闘スタイルが似ているのが分かった。だからあいつの傍で色々と立ち回りだとかを勉強したい。

剣の扱いだとかは梅垣さんから学ぶべきなのだろうが、正直あの人の激しく動き回る戦闘スタイルは自分には合わない気がする。

俺の長所は、多様なスキルで幅広い立ち回りが可能という点。サポートスキルや遠距離攻撃も可能だから、最前線の人達から一歩引いて広く周囲を見れる位置にいるべき。

だから今俺が勉強すべきは西園寺の動きのはずだ)


内野はそう思ってはいるものの、西園寺は色欲グループであり、川崎にその希望を出した所でそれが叶うとは限らない。

ただ、川崎からも頼んでくれれば西園寺も内野の頼みを受け入れてくれるだろうという事で、二人で西園寺に頼んでみる事にした。



〔いいよ。どうせ今回は僕らもレベル上げに集中するつもりだったし〕


西園寺は快く頼みを受け入れてくれた。

今回防衛対象に選ばれた双子、『小町 片栗』と『小町 希望』が合流できたら後はひたすらレベル上げをするつもりだったらしく、内野はそれに同行出来る事となった。

(『小町 片栗』 9歳

幼いが色欲グループの精鋭メンバーに選出される程の実力を持つ。

双子だが小町希望の姉で、しっかり者な性格。西園寺と共に暮らしている。

『小町 希望』 9歳

幼いが色欲グループの精鋭メンバーに選出される程の実力を持つ。

双子だが小町片栗の弟で、のんびり屋な性格。西園寺と共に暮らしている)


〔実は君の『第三の目』を参考にして開発した物とかもあるし、クエストの時にそれを見せようと思う。他にも色々あるし、この前の礼も兼ねてプレゼントもあるから楽しみにしててね〕


この前訓練に顔を出しに来た時、西園寺に憤怒の使徒のアイテムである『恐れ無き虫の鎧』もコピーさせたので、その礼でプレゼントがあるという。


(礼の品か…西園寺からのプレゼントとなるとやっぱり期待が膨らむな。『色欲』で作ったものか、クエスト関連のアイテムか。どっちも助かる)



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同時刻、都内のとあるアスレチック施設を貸し切って身体を激しく動かしている30人もの団体がいた。


彼らは前回、前々回のクエストで川崎が集めた覚醒者だ。

身体を動かすのに慣れる為に今こうして時間があるメンバーで訓練を行っている。

彼らは『日本防衛覚醒者隊』に所属する事にし、西園寺が課した練習メニューを熟している最中。本当は人数は40人を超えているが、今日来ているのは30人。魔物災害の脅威を知っているので自分の生活よりも強くなる事を優先している者は毎日訓練へと来ている。


ちなみに西園寺は覚醒者の皆の前で一度派手なスキルを使ったり実力を見せており、今の彼らの中にそれに歯向かおうなどという考えを持つ者はいなかった。だから今はまだ彼らは力を好き勝手振るってはいない。


その中で皆の訓練を取り仕切っている者が3人いる。

その3人は最初のクエストで覚醒者としてプレイヤーに保護された者達で、一人は覚醒者で唯一スキルが判明している『加藤 勇気』。

高い戦闘能力、痛みを感じないという先天的な病、そして再生スキル持ち。これらの噛み合いにより、プレイヤーを除けば今彼が人類最強と言っても過言ではなかった。

西園寺は居ない事がほとんどなので、彼がリーダーのポジションだ。


次にムードメーカーの『西織 七海』。戦闘能力はそこまで高く無いが、明るい性格から皆に好かれているのでサブリーダーとして加藤と共に皆をまとめている。


そして最後の一人『帯広 太知』。彼は特にサブリーダーなどの様に皆をまとめたりなどしてはいないが、前回仲間になった覚醒者達からはかなり慕われていた。

理由は前回魔物と戦闘している最中、常に殺気の籠った鋭い目つきで魔物の姿を捉え、一切苦を顔に出していなかったからだ。しかも片手にプラモデルの箱を抱えたまま戦闘しているのに、他の者達と同程度に戦闘が出来ていた。


帯広はプラモデルだとか趣味の物を持って戦う事で現実逃避する事を覚え、趣味の事に全ての意識を回して適当に戦っていたので表情が変わらないだけであったのだが、傍から見ると…


「あの人…絶対加藤さんに並ぶぐらい凄い人だ」

「片手での戦闘は修行…なのかな…?」

「あの目、あの表情。俺らが想像も出来ないような修羅場を乗り越えてきたのかも。だからこんな魔物程度には一切心揺さぶられないんだ」

などと言う評価になってしまった。比較的臆病な性格だというのに。


そんな彼は今、皆の訓練の様子をプラモデルを作りながら眺めている。

今行っている訓練は相手の攻撃を限られたスペースで避けるというもので、場所の関係で同時に行えるのが2か所しかない。そして加藤と西織がその二か所で皆にその訓練を行っているので暇な時間が出来たのだ。


(結局二人が日本防衛覚醒者隊に入るってなって、流れで入っちゃったな…魔物と戦うのは怖い。痛いのも怖い。こんなのに参加した事の後悔もある。

でも…二人だけに戦わせるのが嫌で、「自分も戦わないと」って変な勇気が出ちゃったんだ。

そして前回また魔物と戦って覚醒者を集めたけど、変な期待をされて頼りにされちゃうし…うぅ…やっぱり辞めたいって言い出せない。

しかもこんな時に限ってあの時の様な勇気が出ないしなぁ…)


帯広がプラモデルを淡々と作りながら悩んでいると、横に置いてあった加藤のスマホに着信が入る。

なので訓練中の加藤に声をかける。


「あっ、加藤君!誰かから着信きたよ!」


「あーはいはいー。ちなみに誰からの着信か名前見えます?親だったら無視するんで」


「ええと…あ…これ、西園寺さんからですね」


通話を掛けて来ている相手が西園寺だと分かると、皆一斉に静まり返った。

彼からの通話となると訓練か魔物関連の事なので、一体何かと皆気になるのだ。加藤も相手が西園寺だと分かると急いで手を止め、直ぐに通話に出る。


「もしもし」と加藤が通話に出て、静かに西園寺から話を聞く。その姿を皆も訓練を止めてじっと見ていた。


そして1分ほどで通話は切れ、加藤は皆の方へと向き直る。


「皆、次の魔物災害が三日後に発生するそうだ」


加藤の言葉に、この場にいる全員に緊張が走った。

前回覚醒者となった者達は唾を呑んだり震えたり様々な反応を示す。だが恐怖に屈してはいない。

この隊に入る者には魔物と戦う覚悟があるかどうか聞いており、日本を守りたいという覚悟を持った者だけがいる。

そして彼らには頼れる人がいたので、恐怖に心が支配される事はなかった。


「大丈夫だ…俺らには西園寺さん、加藤さん、帯広さんがいる!」

「そ、そうよ!魔物なんかに絶対負けないわ!」

「絶対に日本を守るぞ!」

「「おおーーーー!」」


帯広はそこに自分の名が出てしまっている事で彼らからの信頼度が分かってしまい、到底「もう魔物と戦いたくない」など言えない雰囲気であった。

加藤は心の中で落胆する帯広に笑顔で声をかける。


「帯広さん、また一緒に頑張りましょう」


「えぁ…う…うん」


結局帯広は辞めると言い出せず、クエスト当日を迎える事になる

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