第241話 サッカーやろうぜ!

まさか生見は味方の死体を解剖しようとしていたのかと、内野が驚きのあまり何も言えずにいる。すると川崎が二人の間に入って説明を行う。


「悪いがこれも必要な事だったんだ。

万が一笹森と同じ様に機械の魔物に身体を乗っ取られたとしても、本体の魔物が居る場所さえ分かっていれば仲間を殺さずに済む。

前回の場合は笹森が使徒の能力を喰らい恐怖を植え付けられていたからどうしようもなかったが、次はそうはさせない。

もう仲間を誰もあんな目に遭わせたくないからな。生見もそう思って笹森の死体を持ち返ってきたんだ」


「…彼女の死について触れるのは君の穴を抉るようなものかもしれないが、嘘はつくべきじゃないと思うから、正直に話そう。

身体の構造に詳しい私が魔物の位置を知っていれば、次からは身体を乗っ取られた仲間は殺さずに、内部の魔物だけを殺す事が出来るかもしれないと思ってな…やらずにはいられなかった。もう皆にあんな顔させたくないからな」


生見のそれが仲間を思っての行動だと分かり、内野はホッと気を静める。

内野よりも長い間笹森と一緒にいた彼が、口を開けば解剖だとかの話ばかりする彼が真剣に仲間の事を考えていて安心出来た。


その後も色んな魔物の死体などを見ていってその度に川崎と生見が考察していき、それを内野と西園寺は聞く。


そして気が付けば生見が持って返ってきた死体の解剖が全て終わっていた。数にして9体分の死体だが、燃やすと山火事だと思われ誰かしら来る可能性があるので、死体は内野の『穴掘り』スキルで山に埋めた。

笹森死体も花が生えている近くに埋めた。死んだ彼女が恐怖から解放されて安らかに眠ってくれる事を願って。



その後は訓練へと移る。

最近内野が行っている訓練は、高度約200mにまで川崎の出す魔物に連れて行ってもらい、そこから方向感覚を失わずに回転しながら落ちるというものだ。

傍から見れば拷問でもされているのかと思う様なこの訓練、実際に数を重ねていると空中でも方向感覚を失わずに済む様になったので効果は実感出来ていた。


今はまだ数名のメンバーしか行っていないが、これは全員やる予定の訓練なので、今日松野は初めてこの訓練を受ける事になっていた。

(『松野 悠大』16歳

元々内野の同級生で今は学校で気軽話せる友達。今は髪を染めてないがピアスを開けていたり見た目はチャラい男っぽい。

自頭が良く学校の成績も高い方で、顔も良いし何気にスペックが高い男)


松野は物理防御のステータスが100代なので内野とは違い高度80m程からの落下だ。

それが嫌で松野は愚痴を漏らす。


「うう…遂にこの日が来ちゃった…この訓練三半規管がイカれるんだろ…」


「うん。俺も初めてやった時は一発で吐いてダウンしたからな。

でも効果はあるぞ、吹き飛ばされた時の眩暈が軽減するし、方向感覚を失わずに直ぐに体制を立て直せるし」


「そういやお前、高ステータスだから色んなスキルの実験体になってるんだったな…気の毒に…」


「お前も『パワータックル』で俺を飛ばしただろ」


二人でそんな事を話しながらも遂に二人の番が来て魔物に乗り、二人とも鳥型の魔物の背から飛び降りる。

先に松野が飛び降り、次に更に高度を上げた所で内野が飛び降りる。


内野はある程度慣れてきているので、ドリルの様に空中でグルグル回る。

常に方角を意識しながら回転して落ちるのを繰り返し、慣れてくると着地した時に自分が今向いている方向が分からなくなったり平衡感覚を失わなくなる。


内野はここ最近の成果もあって、着地して直ぐに軽く動き回れる程度には平衡感覚が鍛えられていた。

一方回転ダイビング初体験の松野は目が回ってふらふらであった。




その後4回ほど同じ訓練を繰り返したせいでダウンした松野を担ぎながら、内野はいつものメンバーがいる休憩所まで向かう。

今そこで休憩したのは工藤、進上、中村、梅垣の4人だった。


(『工藤 涼音』15歳

今年高校一年生になったJK、内野と同期の者。髪を染め金髪で遊び慣れている様な見た目をしているが、これはただ虚勢を張って自分を強く見せる為にしていた見た目。今もこの姿は変えてないが中身はごく普通の女子高生。


『進上誠也』 22歳

今年新社会人となった男性で、内野と同期の者。

戦闘の才能があり剣術の上達速度が高く、怠惰グループからも十分戦力として数えられるぐらい強い。死を求めて魔物と戦闘している


『梅垣 海斗 』22歳

現生存強欲グループの最古参で、戦闘能力は強欲グループで一番高い。

容姿が西園寺並みに整っており、頭もよく回り、強い。西園寺に続き超高スペックな男。プレイヤーでは珍しく、二本の剣を使い戦う。


『中村 純一』29歳

現生存強欲グループの最古参で、そこでリーダという立場にいた。

スキルを使う才能があり、『グラビティ』という重力を重くするスキルだったりの範囲を絞り、力を一点集中に掛けたりするのが得意。)


この4人はスキルや戦闘技術に長けている者達で、他の者よりも早く訓練が終わったので今怠惰グループに更に上の訓練を準備してもらっている所。

一同は気絶する松野を担いでくる内野に気が付くと軽く挨拶を交わし雑談に入る。


「あちゃ~やっぱ松野もダウンしたのね。

私も5回ぐらいやったけど意識が途絶える寸前だったしそうなるのも分かるわ」


「僕は思いの外直ぐに慣れたけど、やっぱりキツかったな~」


工藤と進上が苦い思い出を言う。

すると梅垣がこの訓練の重要さを語りだす。


「空中で激しく動いたりするには平衡感覚の維持は必須だからな。鍛えて損は無い能力だし、体幹も鍛えれば俺みたいに縦横無尽に動く事だって可能になるはずだ」


『ステップ』は内野も所持しているスキルであるが、まだ内野は使い熟せていなかった。


「あの『ステップ』で宙を自由に動くやつですね。自分も『ステップ』は手に入れましたが、あんな動きが出来る様になるにはまだまだ訓練が必要そうです。

梅垣さんは周囲の木とかを足場にしたりして機敏に動けていますけど、身体が宙に浮いていると自分の手足がどうなっているのかとか訳が分からなくなって…足を直ぐに踏み外してしまうので難しくて今の所出来る気がしません…」


「足を踏み外すのは、頭が身体に追い付けていないからだ。

角に小指をぶつけた事あるだろ?あれは自分の思っている足の位置と実際にある角の場所に誤差が生じたから起こるものだ。

自分の手足の先の場所を脳が適当に認識しているせいと言えるだろう。

もう一つ思い出して欲しいのは、前回のクエストで使徒の弾幕の中を駆け抜けていった吉本の事だ。あれが可能なのは動体視力が良いからというだけではなく、自分の身体を正しく認識する能力があるからだ。

自分の視界に映らない足や腕の場所も脳が正しく認識し、自分の視界から取り入れた全ての弾道を重ね、正しい位置に手足を置く。

これのより吉本は一切弾に当たる事なく駆け抜けられたって訳だ」


角に小指をぶつけるというあるあると、実際に内野が目にした吉本の動きを例に出して説明してくれたので、簡単に理解出来た。

そこで隣にいた中村が梅垣に質問をする。


「俺もよく敵の攻撃を避けたつもりでも手足に攻撃に当たってたって事があるが、あれってどうしたら直せるんだ?」


「自分の身体を正しく認識する事から始めないとな。

腕と足の長さや関節の可動域とか、そこら辺を頭にしっかり認識させる必要がある。

俺は戦闘で剣を使っている間に腕についての認識は完璧になったが、足はひたすらボールを蹴ったりしてなんとか覚えた」


「あ~リフティングとか?」


「まあそんな感じだ。サッカー選手みたいに周囲の状況を見ながら足元のボールを上手く操作できる様になれるのが理想」


梅垣がどんな訓練をしていたのか初めて聞いたが、ここで明かされたのはまさかのボール蹴り。そんなのが訓練になるだなんて思ってもみなかった。

ただ梅垣が言うので信じるしかなく、内野は今日の帰りにサッカーボールでも買って練習してみようと思った。


「それじゃあプレイヤー同士でサッカーでもやってみるか!」


5人の会話を盗み聞きしていた男が一人いた。それは怠惰グループの柏原である。

(『柏原 蓮』17歳

スタイルや顔は良いが頭が少し残念な男子高校生。

自信家でよく余裕かましたり強気な事を言う。戦闘面ではそこまで突出した能力や才能は持っていないが、清水に憧れて訓練の時はいつも清水の動きを見て真似しようとしている。今は梅垣に対して一方的にライバル意識を向けている)



柏原は訓練で清水にボコボコにされて休んでいた所で『サッカー』という単語が聞こえ、飛び起きて5人の会話に入ってきたのだ。

そして横から会話に入ってきた柏原はグイグイ話に割り込んでいく。


「サッカーやろうぜ!サッカーなら負けない自信あるし梅垣にも勝てるはずだし!」


「いや、足の認識を付けるのが目的だから試合じゃなくて、訓練重視のリフティングとかしとけば問題無いのだが…」


「怖気づいたか梅垣!さては俺のスーパープレイに撃沈する自分を想像して震えているな!」


「いや、次のクエストがいつ来るかも分からないから遊んでいる暇がないだけだ。

試合だと訓練よりもボールを触っていられる時間が少ないから効率が悪い、遊んでいる場合なんて俺らには無いぞ」


「どうせ皆今は休憩中で暇なんだろ?

なら軽くでいいからサッカーしようぜ、3対3の2点先取なら直ぐに終わりそうだし!

それにこれでも少しは訓練になるだろうから遊びとか言うな!これは訓練だ!」


柏原はどうしてもサッカーをやりたい様で中々引き下がらない。

そしてそんなやる気満々でウキウキな柏原に気圧され、内野達は訓練サッカーをする事となった。

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