殺戮の使徒編

第240話 変わりゆく日常

横浜、渋谷を中心として発生した魔物災害。

これはどの国のどの歴史にも例が無い事象、災害である。15㎞×15㎞の範囲にのみ魔物という現世の生物とは思えない生き物達が現れ、人間達を蹂躙して街を破壊し回った。

その二回の魔物災害により負傷者は40万人、死者は15万人。人的被害だけでなく町の被害が深刻で、他国からの寄付金をもってしても到底埋められるものではなかった。

たった二回の魔物災害で世界中大パニックになり、一週間以上経過しても何処の国のどの番組でもこの魔物災害についてのニュースばかりが放映されていた。

だが彼らはまだ知らない。この魔物災害がまだ8回も残っているという事を。

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今日は水曜日。平日の昼間なので高校生は学校にいるはずの時間だが、内野は家のリビングで横になってテレビを見ていた。

何故内野が今日家にいるかというと、これも魔物災害によるものだ。


内野の高校だけでなく他の高校でもそうだが、魔物がいつ現れるか分からないから外に出たくないという者が多数おり、オンラインでの授業が行われる様になった。

ただ一週間でオンライン授業の準備を完璧に出来る訳もなく、ほとんどが家で教科書を見て勉強しろという指示のものばかりだった。


そして今、内野は勉強には一切手を付けずにテレビを見ている。


『2度目の魔物災害という事ですが、政府はこれが起きた理由などは解明出来ているのでしょうか?』

『政府からはまだ詳しい事の発表がされていませんからね…恐らく魔物の出現についての解明は出来ていないでしょう』

『という事は3度、4度目の魔物災害があるという可能性も…』

『十分ありえるでしょう。政府が新たに対魔物組織を発足し、新たな新兵器を開発しているというの発表はこの前なされましたが、裏を返せばこれは次も魔物災害が起こるだろうと政府が考えている事になります』

『なるほど…だから今海外に移り住む人も急増しているのですね。今海外へ移り住むのを推奨する政治家も多々見受けられ、魔物災害が収束するまでは軍隊以外海外へ移民として移り住むという案を練っている政治家の方もいるみたいです。今後の日本はどうなってしまうのやら心配ですね。

続いてのニュースです。本日もまた日本人でギネス記録を獲得した者が現れ、今月12人目のギネス世界記録更新となりました』


魔物災害の暗い話題をずっと続けていたが、途中でギネス記録更新という明るい話題へと移る。

だがそのギネス記録更新の頻度が最近あまりにも高すぎる。


内野らプレイヤーはもうこれがどうしてなのかは何となく分かっていた。


『本日ギネス記録を更新したのは葉山光太郎さんは、小指一本を鉄棒に引っ掛けて落ちずに耐えるという挑戦をし、50時間耐久したそうです。

800kgのバーベル上げた肉田持永さんや、50m走を4.8秒で走り切った島根月さんなど、大幅に既存の記録を超える日本人の方々が急増しています。

一部では不正があったと言われているぐらいありえない記録で、再度測定をするという発表も…』


この明らかに人体の限界を越えている結果はレベルを上げてステータスの力を手に入れたからとしか思えない。

彼らが更新した記録には一切自重がない。


前回のクエストで日本覚醒者防衛隊としてプレイヤーの傘下に入った人数は40人にまで増えた。

彼らには訓練を受けさせているが、プレイヤーの存在は教えていない。

魔物を殺して回っていた透明な存在の正体は西園寺であるとしてる。そして訓練の時に皆の前で圧倒的な力を見せつけており、今覚醒者達にとっての頂点は西園寺であった。

そして西園寺は訓練で『色欲』も使っており、彼らに渡す武器は全て西園寺が作り出しているものだと教えてある。

西園寺との圧倒的な力の差を皆把握しているので、誰も西園寺に逆らおうなども思わず、大人しく訓練を受けている。


ちなみに覚醒者の中でスキルを発現させられたのは、まだ初めの覚醒者である先天性無痛無汗症の加藤の自己再生能力だけだった。彼は痛みを感じない上に再生能力があるので覚醒者の中でも一番の活躍をしていた。それに運動神経も良く、プレイヤーではないのに戦力として見るのに申し分ない実力を持っている。

ただ、覚醒者が40人おり未だに彼のスキルしか見つかっていないのは明らかにおかしい。彼らに色んなスキルの名前を唱えさせてもみたがどれも反応が無いので、そもそもプレイヤー以外がスキルを持っている事は稀である可能性が考えられる。


西園寺が今後日本防衛覚醒者隊の動きを制御する事になり、西園寺の思うタイミングで覚醒者の存在を世間に知らしめるつもりだというのは他のプレイヤー達も聞いていた。


(アイドルとしての活動、色欲でモノを生成する為の勉強、自身の訓練、覚醒者の管理…俺と違ってやる事が多いのによくやるよ)


同じ年の西園寺には驚かされてばかりだった。自分と同じ大罪という立場なのに様々な事を熟している彼に対して尊敬の念を抱いてもいた。


内野はテレビを見ながら西園寺の事を考えていると、ちょうどテレビで西園寺が所属する5人のアイドルユニットの紹介がされていた。

魔物災害により8割方暗いニュースばかり飛び交うネットとテレビに差し込む光の様に、彼らが最近YouTubeにアップしたPVが流れる。

5人とも自分とは比べ物にならないぐらいのルックスでカッコ良く踊っていたが、やはり西園寺のみその中でも桁外れにダンスが上手く自分を魅せるのが上手であった。


(西園寺もこんなに頑張ってるんだしな、せめて俺も大罪としての立場の仕事はしよう)


そして内野はテレビを消し、いつもの通り訓練場の山へと向かって行った。




怠惰プレイヤーの者が所有する山では日々プレイヤー達の訓練が行われている。

主に強欲グループのプレイヤーを怠惰グループの者が鍛えているが、中には他グループのプレイヤーもいる。

覚醒者達とプレイヤー達が遭遇しない為に覚醒者の訓練は他の場所で行っている。スキルを使うわけでもないので、そこらのアスレチック施設や市の体育館を借りて訓練をしているという。


内野が到着すると、そこにはいつも通りのメンバーが並んでいる。

遠くに住んでいるメンバーは居ないが、それでも強欲グループのプレイヤーは30人ほどいた。

内野の顔見知りメンバーも何人かいるが、向上心ある熱心なプレイヤーの割合がかなり高い。これは前回のクエストで彼らの中に(強くならないと身を守れない、切り捨てられる)という意識が芽生えたお陰である。


彼らの姿を見ながら歩き、内野が向かうのは川崎の元だった。

今日は普通に訓練を行う予定だったが、川崎に「俺のテントまで来て欲しい」と言われたので、何の用なのか分からず向かっている。


川崎がいるのは訓練所の少し離れた所に張ってる大きなテント。

今日そこにいたのは川崎だけではなく、生見と西園寺も一緒にいた。

(『川崎 賢人』29歳

内野と同じく大罪スキルを持っており、怠惰グループのリーダーである。身長は180㎝程で、しわしわな白シャツを着ている事が多く、髭も結構濃く生えている。

仲間には人情厚いが、その一方で戦えない者、戦おうとしない者は容赦なく切り捨てる冷酷さも持つ。だがそのお陰で選ばれた約50名の能力はかなり高い。


『生見 研』23歳

メガネをかけている男性で、大学院で生物の研究をしている。魔物の臓器でパズルを組んだり死体の山を宝の山などと言い、首にかけているカメラで死体を撮影したり、憤怒グループ随一の個性的な自由人。


『西園寺 輝』17歳

内野と同じく大罪スキルを持っており、怠惰グループのリーダーである。

そして内野と同じ歳の高校二年生で、スタイルとルックスが完璧でアイドルとしても活動し、覚醒者のリーダとしての立場もあり多忙。

色欲には物を複製・生成する力があり、自身の持つ他のスキルをより効率的に使えるものを作れる様に勉強も怠っていない。今の所心身ともに完璧な者である)


なにやら3人で色んな魔物の死体を囲んで調べている様だった。

近くには大量の冷凍ボックスがあり、それで死体をここまであまり腐らせずに運んできたみたいだ。


「こんにちは、三人共一体何を?」


声を掛けると3人は振り返り、川崎が内野に手招きをする。


「おお、来てくれたか内野君。見ての通り3人で解剖会を行っている所だ。君もこの前俺達の話を興味深々に聞いていたし呼んだ方が良いかと思ってな」


「なるほど。それでどうして西園寺も?」


「僕は『色欲』で生成するものの参考になればと思ってね。魔物の身体はスキルを効率よく使える様に身体が進化していると聞いて急遽参加させてもらったよ」


西園寺がそう言うと、中心で魔物の身体をいじっている生見が立ち上がり振り返る。


「私の解剖にここまで興味を持ってくれる者が現れるなど、2ターン目のクエストが始まる前は思ってもみなかった!こんなに嬉しい事は無い!

さあ内野君もこっちに来なさい。今日も面白いものがあるぞ」


自信満々に生見がそう言うので内野は近づいて皆の見ているものをみる。

そこにのは、緑色の肌で全長1メートルも無い人型の魔物、一言で言えばゴブリンだ。この魔物と同種の魔物を以前川崎が出していたので見覚えがある。

と表現したのは、それが死体ではなく生きていたからだ。目を閉じて手足を動かしたりはしていないが、微かに呼吸をしており寝ている様にしか見えない。

だがその魔物の腹にはメスが入れられており、臓器が丸見えの状態だった。


「も、もしかしてこの魔物って川崎さんの怠惰で出した魔物ですか…?」


「いいや違う。これは俺が『ソウルダスト』で魂を抜いた魔物だ。

普通はクエスト終了時に全ての魔物は異世界に還るが、魂を抜いた魔物はこうして植物状態のまま転移せず残ったんだ。

魂の有無によって生死の判断が分かれる、もしくは転移の対象は肉体ではなく魂なのかもしれない。

『ソウルダスト』で抜かれた魂が何処に向かうのかは分からないが、少なくともこの植物状態の魔物は生きている魔物として認識されなかったから転移が行われなかったと見れる」


川崎の説明で「あー」と内野が納得していると、生見はゴブリンの腹を更に搔っ捌き中身を見ながら口を開く。その時の顔は満遍な笑みであった。


「ふふふ…生きたままこんなに解剖が出来るだなんて初めてだ。普段と違って慎重に腹を切るのも新鮮な感覚で実に楽しい。

それにしても…魔物の臓器が全て正常に動ている様子を見るのは初めてだが、この人型の生き物、見れば見るほど人間そっくりの身体の構造だ。

違うのは肌や顔の表面的な所だけで、血管の位置や筋肉、骨の位置までも全て等しい。

しかもサイズは人間の半分ほどなのに臓器のサイズは人間とほぼ同じで、まるで無理やり身体の臓器を小さな身体に押しこんだかの様にほとんどの臓器が潰れている。

進化の過程でとんでもないミスがあった生き物としか言いようが無い身体だ。果たして現世とは違う環境だからってこんな進化の仕方をするものなのか?」


生見はゴブリンの死体を弄るのが初めてなのか、本心を口からそう漏らす。


「他に人型の生き物の解剖をした事は?」


「人型の生き物の解剖はした事あるが、少なくともどれも人間の身体とは違いはあった。だからここまで人間に酷似した身体を持つ生き物は初めてだ」


生見がそう言っている最中、内野の目はそのに横に多数置いてある腐りかけの死体に目がいった。

他は異形な物ばかりだが、その中で一つだけ丁寧にシートの上に置かれている人型の死体があった。

首を綺麗に切断されている全身怪我だらけ血だらけの死体だが、形や大きさが人間の女性のものだった。


あれが何なのか気になり内野は生見に尋ねている。


「あの死体は?人間の女性の身体にしか見えないのですが…まさか…」


まさかクエストで死んだ女性の死体を持って帰ってきたのではないかと内野は思っていた。

そして生見はゆっくりとその死体の正体について答える。


「あっ、ああー…あれは…使徒に身体を乗っ取られた笹森の死体だ」


想像を超えた答えが返ってきた内野は直ぐに返答する事は出来なかった。

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