第237話 剥がされた仮面

その後、内野と進上は田村達と合流する。

そこで飯田達が暴食グループの者と合流し、サボテンの使徒と戦っているという話をされる。


そこで田村が今後の話をしてくる。


「で、まだ彼の捜索は続けるつもりですか?

探しじゃしたけど見つからなかったという免罪符が欲しいのも分かるので、強制はしません。君達の判断に任せます」


大橋の捜索を続行するか、サボテンの使徒の方へと向かうかの二択。

他のグループは現在サボテンの使徒に向かっている様でもう大橋の捜索は行っておらず、仮に内野達が大橋の捜索を続行しても見つけられる可能性は0に近かった。

それならば使徒に向かい暴食グループの手助けをする方が良い。


内野もそれを分かっていた。それは合理的な判断じゃないと分かっていた。

だが内野は進上と二人で戦い、また大橋とも共に戦いたいと思ってしまった。まだ自分の前に立っていてもらいたいと思ってしまった。

だから…


「分かってます…これが合理的な判断じゃないと。

でも…やっぱり諦めきれないんです…これでもう大橋さんと戦えなくなるなんて嫌で嫌で仕方なくて。

だから…少しでも可能性があるならそれを掴みに行きたいです」


内野は力強い眼差しで田村の目を見つめる。

最初に大橋の捜索をするか使徒の元に向かうかという二択を聞かれた時に何も答えられなかった内野とは大違いで、泉含め他の者達もその姿に感動し、安心もしていた。


田村はそれを聞いて小さく頷くと「では私達はこのまま大橋さんの捜索を続行しましょうか」と言う。特に嫌な顔などはしていないが、田村の本心ではこの決断をどう思っているのかは分からない。

そして一同は仲間を探しに再び行動を開始した。彼が見つかる事を信じて。



だが現実は非情である、クエスト終了時間となっても大橋は見つからなかった。

皆で固まって動き大橋を探し続けたが遂にクエストが終了してしまい、時間を迎えると皆は前回の様にロビーや白空間に転移した。

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大罪である内野は皆とは違い白空間へと転移していた。

いつも通りその空間には7つの椅子に座る大罪と、中央には黒い玉。それ以外は何も無い空間だ。

大罪の7人は前回同様に口元に黒い霧があるので喋れない。


この場で喋れるのは黒幕だけだが、黒幕はテンションが高ぶっているのかフヨフヨと浮き円を描くように宙を回っていた。


「いや~今回は最高の結果と言っても良いぐらいだったよ!

使徒二体討伐に加え、ターゲットが誰一人死ななかった…素晴らしい!100点満点の結果だ!

やっぱり人間同士だと魔物と違って連携が取れるのが強いね!それにスマホで情報交換出来たり、人間の強さが顕著に分かるよ。

さてさて、じゃあ先ずはいつも通りアレを出そうか」


黒幕がそう言うと皆の目の前にステータスボードと同じ様な文字が書かれた板が現れる。

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内野 勇太 獲得QP278

〔防衛対象〕

〈レベル128〉宮田 愛駆 生存

〈レベル110〉灰原 啓 生存

〈レベル96〉薫森 一紫 生存

〈レベル94〉井口 俊太 生存

〈レベル94〉牛頭 一咲 生存

〈レベル75〉吉本 美海 生存

〈レベル39〉川崎 慎二 生存

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黒幕も言っていたが、今回はターゲットが誰一人死なず、しかも使徒を二体撃破出来た。

内野はその二体の討伐に関わっているので獲得QPも前回よりも多く、大橋が見つからず気が沈んでいなければ大喜びしていただろう。


(ああ…大橋さんを見つけ出せなかった…って事はもう手遅れなのか…)


気が沈み肩を落とす内野に気が付くも、黒幕は特に何も声を掛けずに話を続ける。


「でもこれ以降のクエストが楽になると思わないで。詳しくは言えないけど敵には特別厄介な奴がいるからね。大罪の皆、くれぐれもそいつに殺されたりしないでよ~

それにクエストが無い間も気を張っていた方が良いかも、ほんと詳しく言えないのがもどかしいよ…

ま、サボテンの倒し方は分かったみたいだし次のクエストでもう一体倒せるのはほぼ確定だと思うけど、とにかく油断はしないでね」


サボテンに関しての話は、内野は大橋を捜索していたので知らない。だが川崎は頷いていたのでそれが分かっている様だった。


そして話はそれだけらしく今回は5分経たずに黒幕からの話が終了し、以前と同じようにこれから30分間は一般人に姿を見られなくなるという説明を受すると、直ぐにまた元の場所へと転移させられた。

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内野ら大罪が白空間に転移したと同時に、他の者達はロビーに転移していた。

無事にクエストが終了し安堵するプレイヤーが多い中、内野と共に大橋を捜索していたメンバーは暗い顔をしていた


(間に合わなかった…)


見つけられる可能性が低かったのでこうなるのも容易に想像できたが、やはり実際に起きてしまうと覚悟をしていても心にくるものがあった。


そして一同はロビーの隅にいる大橋を見つける。


今の大橋は普段の彼からは考えられないぐらい弱々しく膝を折って縮まり、そして震えていた。

大橋を心配していた者らはロビーの前方に映し出される白空間の映像の音声を聞きながらも、彼の元に駆けつける。

ただ、彼は下を向いたまま誰にも目を合わせようとしない。


「だ、大丈夫ですか…?大橋さん…」


泉は震える大橋を安心させる様に声をかける。

すると大橋の身体がビクッと動いたかと思うと、震えた声の早口で謝りだす。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…許してください、怖かったんです。死ぬのが怖くて、痛いのが怖くて、皆が怖くて逃げてしまったんです。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」


「お、大橋さんは帰還石を使うのが間に合わなかった僕らを守ろうとしてくれたじゃないですか…そんな貴方を責める訳が…」


木村、工藤、新島は彼のお陰で能力を喰らわずに済んだ。だから命の恩人である彼を責める訳などなかった。

だが使徒に植え付けられた恐怖はとどまることを知らず、大橋の心を蝕む。


「もう無理です…戦えません…僕はもう魔物と戦えません…」


「大橋さんなら大丈夫です!今はまだ難しいかもしれないですが、仲間と一緒にいれば恐怖だって乗り越えられるはずです!貴方は僕なんかより強い人だから!」


「それは違う!

…俺は…俺は………僕は…本当はそんな人間なんかじゃありません、誰よりも弱くて、適当に鍛えた筋肉の鎧に身を包まないと正気を保てなかった雑魚なんです。

そんな雑魚がプレイヤーなんかになっちゃって…心を保つために更に鎧が必要になって『勇ましく豪胆な大橋』というキャラを演じてただけなんです…

だから忘れて下さい…もう今までの僕を忘れて一人にしておいてください!」


大橋の口調が明らかに変わった。

それはまるで人格そのものが変わったかと思うほどで、仮面が外れたかのように一人称と喋り方が急速で変化した。

皆のイメージの大橋とは真反対で、彼の口から出る言葉とは思えず皆信じられなかった。


木村も、泉も、他の者達もなんと声をかけてあげれば良いのか分からず固まっていると、飯田のみ大橋へと歩み寄った。


「君も無理してたんだね…分かる、分かるよ。

僕もリーダーとして皆の前では人格者として取り繕ってきたから分かるよ。でも大丈夫…大丈夫だから。

一緒にその恐怖を乗り越えよう、ここにいる皆は君の敵じゃないよ」


そして飯田は優しく肩を支え、背中を摩る。

普段の飯田なら「大橋さん」と呼んでいたが、今は「君」呼びになっていた。それは今さっき大橋が言った「今までの僕を忘れて」という言葉に従ったからだ。

大橋が抱えていた問題が昔の自分にそっくりで、飯田はついリーダーの時みたいに動いてしまった。だがそれは昔の様に皆の前だからと取り繕ったものでもなく、飯田本心からの行動であった。


「…もうクエストに参加するのが無理かもしれないけど、誰もそれを責めたりなんかしないはずさ。

だから…顔を上げて欲しい、皆といればその恐怖だって少しはマシになると思うからさ」


「う…うぅ…ごめんなさい…弱くてごめんなさい…」


大橋は泣きながらゆっくり顔を上げる。

身体の震えは止まらず涙と鼻水でびしょびしょに課は濡れている。その顔はとても大男がする様な顔ではないが、当然誰も笑ったりなどしない。

それが彼の本性…かどうかは分からないが、少なくとも今までの大橋のキャラは作られたものだというのは確定なので、今の彼を受け入れようと一同は思った。


『大橋 大吾』は仮面を剥がす事が出来た。だがそれと同時に心は常に恐怖に覆われ、「勇気」を失ってしまった。

仮面が外れて解放されたとはとても言えず、仮面を外せて本性を曝け出せるようになった今も彼が幸せになったとは到底言えなかった。

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