第235話 狂気把握

魔物との戦闘が苦手な新規プレイヤー達にはクエスト範囲外を探させ、内野の顔見知りメンバーはクエスト範囲内を捜索している。


内野達は、ここより先の場所にいた魔物が全員サボテンの使徒の方へ向かって行ったのを良い事に、大橋の名を呼びながら動き続けていた。

だが大橋も、使徒に恐怖に植え付けられた者はクエスト終了までに殺さねばならないというのは知っている。

自分を殺す為に探している者らに名前を呼ばれて素直に顔を出すとは思えないが、それでも探して回った。


まとまって行動しても効率が悪いので二人一組で手分けして行動する事になり、内野と行動を共にしているのは進上であった。

選ばれた理由は、進上の近接戦の能力は高く万が一の場合が起きた時に内野を守る事が出来そうだからだ。

田村は川崎と共に他のグループをまとめ命令を出したり情報をまとめたりせねばならず、捜索は一人で行うという。


進上と共に崩壊した都の中を走り大橋を探しながら、二人は軽く会話をする。


「多分進上さんは魔物との戦闘が無くて退屈ですよね…ごめんなさい我が儘に突き合わせてしまい」


「大橋さんはクエストで行動を共にした大切な仲間だから、僕もこうしたいと思っていたよ。だから大丈夫。

それよりさ、ちょうど二人になれたから一つ誤解を解くというか…打ち明けたい事があるんだ。もしかすると嫌われちゃうかもしれないけど」


「誤解…とは?」


嫌われるかもしれないという進上の言葉から重い話が出てくるのだと思い、内野は心してそれを聞く。


「…僕はね、本当は戦闘が好きな訳じゃないんだ」


「え、そ、そうだったんですか!?」


まさかそれが誤解だったとは思わず内野は驚く。

だが別に戦闘が嫌いだとしても進上の事が嫌いになる訳などなく、内野は思ったよりも悪くない話だったのでホッと一息付けた。


「…実は戦闘が好きなんじゃなくて、生き物を殺すのが好きなんだ」


ついた一息が全て引っ込んだ。

そのカミングアウトの想定など出来ていなかったのでどう返すべきか分からず、内野は「えっ…あ…あ…」と言葉に詰まる。


「嫌われるのが嫌だからこれまで言えなかったけど…僕は生き物が死体に変わる瞬間が好きで魔物と戦っているんだ。死の瞬間を見る為にね。

自分でも変だと思うけど、それが自分の欲だから抑えられなくて…それで今まで積極的に魔物と戦いたがっていた」


「な、なるほど…でも別に魔物を殺すのは悪い事じゃないですし、これで進上さんを嫌いになんか…」


「僕が人間に対してもこれと同じ感情を抱くとしても、そう言える?」


人すらも魔物と同じく殺す、そう告げられた様だった。

内野は想像の進上の違いとはあまりにも異なり声を発せずにいた。何も返してこない内野の目を一度見ると、進上は話を少し変える。


「…ちょっと一個聞いてみていい?

内野君が初めて死を感じたのは何歳ぐらいの頃?自分の死でも、他の生き物の死でも良いから、とにかく振り返ってみて」


「俺は…6歳の頃に幼稚園で飼ってた兎が死んじゃった時かな」


「僕は2歳の頃。母親と手を繋いで歩いている所で蟻を踏んだ時に初めて死を感じた。

その時に僕は幼いながらも、「死って不思議!」と思ったんだ。さっきまでそこにあった意思が消え、もう動かなくなった身体だけがそこに残る。これが不思議でたまらなかった。

内野君はどう?兎が死んだ時に不思議な感覚にならなかった?」


「い、いや…流石にそれは覚えてないです」


内野は多少引いていたものの、進上は真剣な顔で真面目に話をしているので、最後までしっかり聞くつもりであった。

仲間の事は理解せねばならないとも思い、出来るだけ彼の話を理解出来る様に真意に。


「幼少期の頃の僕は、ひたすら色んな虫を色んな方法で殺して過ごしていた。

小さい頃に虫をわざと殺していたという人も多いそうだし、多分まだその時の僕は他の人と同じだった。子供の好奇心だと笑って見過ごせるものだった。

でも、僕は他の人と違ってそんな子供の無邪気な好奇心が今も僕の中には残ってる。色褪せない死の快感がいつまでも僕の中に残ったままなんだ。

…それが死を楽しまずにはいられない捻くれ者の僕だ」


「じゃ、じゃあ簡単に言えば、子供の頃の好奇心が続いているという事ですか?」


「多分そう。精神面もよく子供っぽいって言われてるし心すらもあまり成長してないんだろうね。

…こんなの言っても理解されないだろうし、仲間も皆離れていってしまうと思って、ずっと話せなかった。

でも前回のロビーで新島さんの見方が変わって、これを君に話しても良いきがしたんだ」


「新島の見方?」


「彼女って多分僕以上に捻くれてるか、僕の好奇心以上の狂気を隠してると思うんだ。

彼女が君の『強欲』に平気で入れたのは、彼女が自分の命をなんとも思ってないからなんじゃないかな。というかそう思ってなきゃ到底出来るとは思えない。

そして…多分君は彼女のその狂気も知ってるよね。知っている上で一緒にいるよね。これを感じ取って僕は自分の狂気を君に曝け出す勇気を持てたんだ」


進上の話は理解出来た。確かにそれは新島と同じく進上のそれは狂気と呼べるものである。

新島の狂気を聞いた時は彼女を救いたいと思った。それが彼女の為になると考えたから。

だが彼の狂気に対してはどうするべきなのか分からなかった。これを認めれば良いのか、本当に認めてしまっても良いのか、答えを直ぐには出せなかった。

この答えで彼との関係が崩れてしまう様な気がして怖かった。


「怖がらないで欲しい。たとえ否定されたとしても僕は皆の味方だからさ。

あっ、そうだ、ちょっとこれを受け取ってくれないかな」


内野の悩ましい表情を見ると進上はそう言い、あるものを手渡してくる。渡されたのは『契りの指輪』だった。

これは二つで一つのセットの指輪で、どちらかがクエストでの転移だったり『テレポート』を喰らっても、もう片方の指輪を付けている者が同じ所に転移するとアイテムだ。

だがこのアイテムの購入には運のステータスが20なくてはならないので、何故進上がこれを持っているのか不思議だった。


「ど、どうして進上さんが『契りの指輪』を?」


「西園寺さんに複製してもらったものじゃない。これは僕が運を20にしてQP50払い買ったものだよ。どうかこれを受け取ってほしい、僕からの誠意だと思って。

…どうしても僕を怖いと思うのならば、これ以降手に入るSPを全て運につぎ込んだって良い。だから…こんな僕でも仲間だと思っててくれる?」


進上はもう片方の指輪を指に入れながらそう言う。彼は心に狂気が潜んでいる事以外は普通の人間で、仲間を大切に思っているのは本心だった。

何故だか分からないが、特に内野には強い仲間意識を抱いていた。だからSP,QPを捧げてもでも内野に見放されたくなく、こんな形で誠意を見せたのだ。


内野はそこまで言われなくても進上を仲間から除外などしようなどと思ってなかったので、当然頷く。

左手の人差し指には『哀狼の指輪』が既にあるので、その隣の中指に『契りの指輪』を入れながら、自分の想いを告げる。


「当たり前じゃないですか。多少狂ってる所があったとしても仲間は仲間です。おかしくなった俺をさっき3人が慰めてくれたように、俺も仲間のそういう面を受け入れます。

それに新島に言われましたから、『どんなに君が変わったとしても、私は君を『内野 勇太』として見て、傍で支え続けるよ』ってね。

俺も皆に対してそうたりたい…だから進上さんは仲間ですよ」


「ほ、ほんと!?良かったぁ~」


進上は心底安心した様子で胸を撫で下ろす。

ただ、内野は彼の狂気を抑える為にも一言だけ掛けておく。


「ただ…一つお願いがあります。

魔物を相手する様に無暗に人を殺したりはしないで下さいね。今大橋さんを見つけて殺そうとしている俺が言うのはあれだけど…理由なく殺すのは絶対にダメです。いいですね?」


「勿論!絶対にそれは守るよ!」


既に内野の倫理観も変わりつつあり、理由があれば人を殺しても良いという考えになっていた。そう思わねば心がもたないからだ。

そう思わねば笹森を殺した自分と、これから大橋を殺す自分を認められないからだ。


こうして内野と進上は約束事を決めると、大橋の捜索を再開する。

残り2時間以内に大橋が見つかる事を願って。


______________________

強欲グループの元リーダー『飯田 武道』とサブリーダーの『松平 愛奈』。

二人も新島達と同じく怠惰グループ数人と新規プレイヤーを連れて行動してレベル上げしていたが、今はサボテンの元に向かっている使徒を倒している最中。

サボテンは魔物を呼んでからは魔物に誤射をしない為か針を飛ばさなくなり、今は使徒の攻撃を恐れずに戦えていた。


ただ5㎞の範囲にいる魔物を全て倒し切るなど到底出来ず、彼らに出来るのは少しでも魔物を削る事のみであった。


飯田は怠惰の者一人と共に盾を構えて前線を張っていたが、流石に魔物との連戦により疲労が貯まり限界を迎えていた。


「流石に二人で前を張るのは厳しいですね…」


「だな。でも新規プレイヤーを出す訳にはいかないから、少しここから離れた方が良いかもしれない。戦闘は一度控えよう」


とりあえず皆でこの場を離れることにし、動き出そうとしたその時、飯田達の周囲に異変が起きた。

地震の様に地面が僅かに揺れてる様で、何かが大量にこちらに押し寄せている様な音もする。


「大きな魔物、それか大量の魔物でもいるのかもしれない、一先ず建物の上に避難してみよう」


「私は『視力向上』のパッシブスキルがあるので、ちょっと上から様子を見て見ます」


怠惰メンバーの者の提案に乗り近くの建物に上がった後、松平は自分から上からの偵察をすると買って出る。

松平は建物の屋上や壁を飛び越え登っていき、6階建ての建物の上から周囲を見渡す。


「っ!た、大変です!魔物が大勢迫ってきています!」


松平の目に映ったのは、さっきまでサボテンの中央に向かっていた魔物達の一部が、こっちに大勢向かって来ている光景だった。

目視確認できる数は40以上。普通の魔物達なら異種族同士だと争う事が多々あるが、今は一匹も争う様子は無い。


そしてもう一つおかしなモノが見えた。

それはサボテンの頂点辺りから花が咲き、その花がレーダーの様にグルグルと回転している様子。


だが今の松平達にとってはサボテンなどどうでもよく、意識は全て迫ってきている魔物の方へ向く。


「数は何匹だ!?」


「40以上は確実にいます…」


数を聞いて一同は揃って「無理だ」と思い、新規プレイヤーは絶望した。

主戦力は怠惰メンバー二人と、松平と飯田の計4人、新規プレイヤー10人はレベル20を超えたものの戦力と数えるには実戦経験が少なすぎた。

新規プレイヤーのみ絶望しているのは、彼らはまだ初回クエストでQPを持っておらず『帰還石』を買えないからだ。


新規プレイヤー達は4人の顔から余裕が完全に消えたのを見え、震えながら4人に縋る。


「い、嫌だ!まさか見捨てないよな!?」

「こんな所元々来たくなかったんだ!頼むから家に帰してくれよ!」

「残されたりなんかしたら私達間違いなく死んじゃうよっ…」

「俺達にも帰還石を買ってくれ!絶対にこのクエスト終了後に返すから!」


既に残された生存の道が帰還石しかなく、仲間に対しての命乞いをする。スライムの時のクエストと一緒の光景だ。


帰還石を使えばクエスト範囲から出る事が出来る。だがその場合はその時点でクエストを放棄したと見なされQPは手に入らず、クエスト範囲への再入場が出来なくなる。

なので彼らに帰還石を渡しても彼らがその分のQPを払う事が出来るのはその次のクエスト終了後であり、その時には彼らが生きている保証は無く、上げた分のQPが返って来ない可能性があった。

一つ20QPなので10人全員に渡すには200QPが必要、それを4人で割ると、一人当たり50QP渡さねばならない計算だ。


そしてクエストの頻度が少なく、訓練の為に魔力水を使う様になった今、QPはかなり貴重なものになっていたので、4人は帰還石を買い与えるのを渋る。


飯田と松平も、もうリーダーでも何でもないので自分達の事を優先して考えていた。


(40匹の攻撃を防げるとは思えないし、絶対に倒せない。かと言って普通に逃げるのも厳しいだろうし、生き残る道は帰還石のみ…まるでスライムのクエストの時みたいだ…

帰還石は使用して5秒ぐらいその場で待機しないと転移しないから、戦闘中の離脱は無理。今決断しないといけない…)


飯田は、かつての無力にも帰還石で逃げる事しか出来なかったスライムクエストの時の事を思い出す。あの時はリーダーという立場だったので残るしかなかったが、今はここで逃げても誰にも責められない立場、だから飯田は割と簡単に決断出来た。新規プレイヤーを置いて逃げる覚悟を付けられた。


飯田達はインベントリから自分達だけの帰還石を出そうとする。

だがその直後、上空から奇妙な音が聞こえて来た。


『マジカルラブリー少女!ハッピー守って見せるもん!

メイドアイドルマジカルマイマイ~ハピネス掴んで世界平和だ~』


それは女児向けアニメの曲で、それが空から聞こえてくる。

あまりにも場に合わない曲、しかも上から聞こえてくるなんて普通じゃないので一同は上を向く。

すると…


「うおぉぉぉぉぉ、クッソ魔物多いな!」


サボテンがいる方面から一人の男が吹き飛ばされてきた。

男はスマホとポータブルスピーカーを大事に抱え持っており、音はそのスピーカーから聞こえるものであった。


男は飯田達の近くに落下する。直前に上手く地面を転がって衝撃を受け流し立ち上がると、真っ先にスピーカーの安否を確認する。

男は30代の男性で、『スズちゃん愛してる』という文字が入った謎のピンクのハチマキを付けている。

明かに変人だが、その身のこなしから彼がプレイヤーであるのは確定であった。


「よし!なんとか無傷で守りきれた!」


男はスピーカーが無事な事に喜んでいると、飯田達と目が合う。

男は「あ、ども」とこんな状況でも吞気に挨拶してくる。

飯田達は突然奇妙な曲と共に現れたそのプレイヤーの男に驚くも、今は不味い状況なので直ぐに警告する。


「だ、誰だか知りませんがここは危険です!大量の魔物が接近し…」


「ああ、全部上から見てたから分かるよ!

でも俺はサボテンの元に戻らんといけないから、これにて失礼するよ。じゃ、生きてたらまた会おう!」


男はそれだけ言うと飛ばされてきた方向へ戻っていく。その方向は魔物が向かって来ている方向で、そっちに行けば大量の魔物と戦闘しなければならない方向だ。

一人で相手出来るとは到底思えない数なので、飯田達は彼に声を掛けて止めようとする。だが彼は「俺にはやらなきゃならない事がある」と言い、奇妙な曲をかけながら魔物の群れのいる方向へ突っ込んでいく。


そして大量の魔物が見えてくると、男は走りながらも口を開く。


「この曲が聞こえたら俺が来た合図だ。冥土の土産に覚えていきな!」


セリフも、行動も、見た目も、何もかもおかしい男はそう言いながら、目の前の魔物の群れへと一人で殴り込みにいった。

_______________

今まで帰還石の存在を忘れてストーリー書いてたので、この章が終わった節目で少し修正します。

メインキャラやメインのストーリーは特に何も変わらない予定ですが、『帰還石』は数秒程その場で止まってないと使えないって制限を付ける事になりそうです。

じゃないと今後のクエストでもピンチになったら帰還石で直ぐ逃げるって事が出来ちゃいますしね

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