第234話 相容れない合理的な判断
内野はこのクエスト前の訓練期間中にいくつかスキルのレベルを上げた。
当然最優先に上げてたのは『強欲』である。
だが不思議な事に『強欲』のレベルは9で止まり、それ以上は上げられなかった。ステータスボードに触れても無反応なので、これの理由はもう黒幕にでも聞くしかない状況だった。
今、内野達は元々進上がいたグループがこちらに来るまでここで待機する事になっている。
もう内野は十分動ける状態だったのでこちら側から動いても良かったが、内野がステータスを確認していると衝撃的なものを見つけてしまい、それについて考えたかったのでまだその場に残っていた。
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【レベル87】 SP78 QP312
MP 902
物理攻撃 426
物理防御 394
魔法力 316
魔法防御 353
敏捷性 327
運 6
【スキル】
・強欲lv,9 ()
・バリアlv,4(50)
・毒突きlv,2(20)
・火炎放射lv,5(90)
・装甲硬化lv,5(25)
・吸血lv,1(10)
・独王lv,5(100)
・ステップlv,1(5)
・ストーンlv,3(30)
・マジックショットlv,10(200)
【パッシブスキル】
・物理攻撃耐性lv,6
・酸の身体lv,3
・火炎耐性lv,5
・穴掘りlv,10
・MP自動回復効率lv,4
〇第三者視点lv,3
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ステータスは大体全て100上昇した程度、前回の使徒も同じような感じだったので、ここは何ら変わらない。
問題は新しく手に入れたスキルだ。
『マジックショットlv,10(200)』
先ず、今まではじめからスキルのレベルが上がっている事はあったものの、今までは最高で3だった。だが今回は何故かはじめから10レベルのマックス状態である。しかも今までとは違い、手に入ったスキルは一つだけ。
内野はこれに頭を悩ませていた。
「スキルレベルが初めから高いのはSPを使わなくて済むから良いんだけど……消費MPのせいで4発しか撃てなくて無詠唱の練習が出来ないのがなぁ…」
「回数使って感覚を掴まないと無詠唱は難しいからね。それにあまりに威力が高いものは森で使うとこの前みたいに大惨事になりかけたりするかもしれないし…」
新島が言った大惨事とは、炎系統のスキルのレベルにほとんどのSPを使ったとある新規プレイヤーがはっちゃけてそんな強力なスキルを使い、それが周囲の木々を焼き尽くしそうになった事だ。
プレイヤーが周囲の木を切り燃え移るのを防いだり、川崎が水を出せる魔物を『怠惰』で出し、西園寺が『色欲』で消火器を生成して消化したのでそこまで酷い事にはならなかったが、川崎と西園寺の二人がいなかったらきっと抑えきれず山火事になっていたかもしれない。
「多分このスキルって使徒のあのガトリングで撃ってきたやつだよな。
機械を生やすスキルとは別の扱いって事は…西園寺みたいに別のスキルで砲身を作った上でスキルを使う事で威力をより高めてたのかもな」
「でも機械を身体に生やせるスキルが手に入らなかったのは不思議だね、普段なら二、三つ手に入ってたんだよね。
一つしか手に入らない代わりに手に入った時のレベルが高くなる様になったとか?」
「うぅ…なら前の方が良かったな…」
内野が頭を抱えていると、「内野ー!」と自分名を呼ぶ松野の声が聞こえて来る。
窓ガラスが割れているお陰で外からの声がはっきり聞こえ、内野は窓に駆け寄り身を乗りだすと、建物の前に松野達がいた。
既に連絡済みでお互い安否は確認出来ていたものの、やはり直接会えると安心し、二人ともホッとした顔になる。
すると田村は4人のいる部屋へと入室してくる。
「合流出来たので我々も動きましょう。残り3時間半、やれますね?」
「「はい」」
元々進上がいたグループと合流出来たので、大橋を捜索しながらのレベル上げが始まった。
松野らと行動を初めて1時間。今の所何処からも、恐怖を植え付けられ一人で逃げだした大橋発見の報告は無い。
残り2時間30分以内に彼を見つけて殺さねば詰むので、レベル上げよりも捜索を優先して動く。
ただ元の進上がいたグループには新規プレイヤーが現在8人おり、彼らを置いて行くわけにもいかないので進行スピードは遅い。
現在このクエスト範囲にいる使徒は2体で、一匹はサボテンで場所が固定されているので分かり易い。そして次に現れたのは光の使徒、前回内野達が交戦した相手だ。
そいつの場所は内野達が居る場所からは離れているらしいので、次の使徒が出現する30分間は使徒と遭遇する事は無く安心して進める状況である。
田村はスマホで現在地を確認しながら先頭を歩いていた。
「恐怖を植え付けられたのならば恐らくクエスト範囲外を目指す…という想定で今クエスト範囲の壁付近を捜してますけど、やはり厳しいですね」
工藤は魔力感知のヘルメットを被り辺りを見回し捜索しているも、大橋らしき反応は無い。
「プレイヤーの反応は無いわ…もしかすると私達から逃げる為に魔力を使い切ってるのかしら」
「でもそれじゃあ魔物に遭遇したら終わりだろ、ステータスの力が無い状態で一人でクエスト範囲外に行くなんて……あっ、魔力を完全に消して何処かに潜んでいるって可能性はあるか」
松野のその可能性を耳にして、内野は大橋ならそれが可能だと思えてきたので、その考えを口にする。
「多分『サンドウォール』はスキル使用時に魔力があれば、生身の状態でも残こり続けるだろうし…大橋さんなら出来るな。あの砂のドーム内にいれば少なくとも建物が倒壊しても大丈夫だろうし…」
「もしもそうなら…見つけるのは絶望的だよな、魔力感知じゃ無理だし、建物の一軒一軒見ていくのなんか出来っこないし」
大橋はもう見つからず、恐怖に染まった状態でセーブポイントを跨いだ彼はもうプレイヤーとして魔物と戦えない。
そんな未来を容易に想像出来てしまった。
しかも大橋を見つけて終わりじゃない、見つけたら彼を殺さねばならないのだ。それが頭にあるからこそ、内野達の頭には暗い考えがより浮かぶ。
だが一同が意気消沈していると、工藤は「は!?」と困惑の声を出しながら周囲を見渡す。
そしてそれと同時に田村のスマホに着信がかかる。
もしや大橋が見つかったのかと一瞬思うも、工藤の声には一切喜の感情は乗っていない気がし、内野は嫌な予感がした。
田村は着信の確認をしながら何を見つけたのか尋ねる。
「どうしましたか?」
「…こ、黒狼の雄たけびの時みたいに大量の魔物が動いてる!一方に!」
工藤のその報告通り、田村の元に来た着信も同じ様な内容だった。
〔田村さん!大量の魔物が一方に向かって突然動き始めました!〕
「魔物が何処に向かっているのか確認する為、他グループの場所と魔物の進行方向を確認しましょう」
田村は冷静にそう言うと、工藤の目撃証言と他のグループから送られてきた情報も集め、魔物が何処に向かっているのか考察する。
すると魔物がある一つの点へと集まっているのが分かった。
「サボテンの使徒の元…ですね。しかも周囲5キロメートルにも及ぶ範囲の魔物をおびき寄せられています」
『周囲5キロの魔物が集まってくる』と聞き、内野らが思い返すのは最後の黒狼のクエスト。
そしてこれによって一同に頭の中で黒狼とサボテンが結びつく。
「…黒狼と同じ力だな」
内野が呟いたのに反応し、新島も頷く。
「つまりあのサボテンが強欲グループの相手、『無冠の王の使徒』の2体目って訳だね。
そして『無冠の王の使徒』の力は、魔物をおびき寄せる能力だというのもハッキリしたね」
謎が解けたのは良かったが、事態は良くは無い。
恐らく使徒が能力を発動したという事はサボテンの方で何かが起きたからだ。
平塚の『憤怒』で攻撃しても能力を使わなかったサボテンが能力を発動した、これは向こう側で何者かがサボテンに対して有効的な攻撃をしたという事になる。
田村はそれを考え、新たにグループに指示を出す。
「サボテンに対しての有効打が判明したのかもしれません。もしもそうならば、その有効打を与えた者を死なす訳にはいきません。
なので大橋さんの捜索を打ち切り、この押し寄せる魔物を倒しに向かいましょう。他のグループにもそう指示を出します」
大橋を見捨てると聞いて一同は驚くも、納得出来ない様子の者が多かった。
内野も大橋とは深い関わりがあったので捜索の打ち切りに納得できなかったが、さっきまで休憩してた自分が口にするのはあまりにも身勝手過ぎると思い、それを口には出せなかった。
内野は利口過ぎる故に我が儘になれなかった。
そこで内野に代わりその案に反対したのは泉だった。
普段大人しい彼女が震え声で田村に直接意見する。
「た、田村さん!大橋さんを見捨てるなんて私無理ですっ!」
「これ以上探しても見つかる可能性は低いです。彼にはスキルを使う才能があったので残念ですが、ここはもう見捨てるべきでしょう。
2ターン目のクエストは10回しか無い。私達が貴方達と同行出来る回数には限りがあり、鍛えられる時間は限られている。一回たりとも無駄に出来ないのですよ。
それに私達が捜索する予定の箇所は魔物も使徒の力が及ぶ範囲に被りますし、恐らく魔物はいません。魔物が居ないという事はこれ以上レベル上げを出来ないという事ですよ?」
「で、でも……う、内野さん!内野さん達からも何か…」
泉が「貴方は私と同じ意見ですよね?」と目に涙を浮かべながらこちらに聞いてきて、内野はどう答えればいいのか分からず目を逸らす。
その反応に泉は「えっ…」と小さく声を漏らした。まるで即大橋を助けに行くと言わなかった内野にがっかりしたかの様に。
迷う内野に対し、田村は言葉をかける。
「さっき休憩してた自分がこんな事言うのはおこがましい…などと思う必要はありませんよ。
そもそもあの時点で大橋さんが逃げてから1時間弱経過していたので、到底見つかるものとは思っていませんでしたから。
それに、そもそも『帰還石』を使って逃げていたら彼はもう既にクエスト範囲外にいるので見つけ出すなど不可能。彼の捜索はあくまでも形だけです」
『帰還石』で既に大橋はクエスト範囲外にいるというのを、内野は考えない様にしていた。これを考えれば考える程大橋の捜索を打ち切ってしまいそうになるからだ。
仲間として最後まで探し切りたいから考えない様にしていたが、この田村の言葉で内野の頭には理想ではなく現実を突きつけられる。
他の者もそうだったが、泉は諦めない。
「可能性が低いからって仲間を見捨るのは間違ってます!少しでも可能性があるならそれを掴む為に動きべきです!
み、皆さんは…どう思いますか?大橋さんを助けに行きますよね!?」
泉は強欲グループのメンバー、内野、新島、工藤、進上、松野、高宮の6人に目を合わせる。
皆大橋を助けたいと思うのは同じだったが、見つかる兆しが見えないので内心田村の言う通りにしてしまった方が良く思ってしまい、泉の問いに返答出来なかった。一人を除いて。
「お、俺は…クエスト範囲外にまで行って大橋さんを探そうかな…」
それは高宮という男。彼はフレイムリザードのクエストの時に木村と泉を見捨てて逃げた者である。
彼は腰抜けであり、これも魔物と戦いたくないからクエスト範囲から出る理由を付けているだけだ。
彼は
他の面々は黙り込む。
大橋を助けたいのは山々だったが、大橋が本気で逃げ続けていたりするとなるともう見つける事などほぼ不可能でなので迷っていた。
それならサボテンの方に向かう魔物を倒し、少しでも使徒の攻略法を知った者を助けられる可能性を上げるべきなのではないかと思いってしまい迷っていた。
「も、もういいです…考えは分かりましたから…私は一人で行動します…」
泉は皆のその数秒の沈黙を「否定」として解釈してしまい、一人列を抜けて彼女は一人1㎞ほど離れているクエスト範囲の壁に向かう。
誰も止めず、誰もついて行かない。
もう少し考える時間があれば数人は心変わりしていたかもしれないが、泉は判断が早すぎた。
彼女は大橋の事が好きだった。
ここ最近、彼が暗い顔をしているのに気が付き、気が付けば訓練の時も彼の顔を見る様になっていた。そのせいか次第に心まで彼に意識を向ける様になり、いつか彼が抱えている不安を聞きたいと思っていた。
だからたとえ一人でも動かずにはいられなかった。
そんな彼女の背中を見て、内野は笹森が使徒に乗っ取られた時に感じた胸の痛みをまたしても感じ、自分にあの感情鎮静の現象が起きる前の事を思い出す。
(俺は…俺は…どうしたいんだ。きっとどちらも正しい判断だ。
仲間を思って動くのも、サボテンの使徒への有効打を見つけた者を助ける為に動くのも。
でも俺はやっぱり…もうこの痛みをこれ以上大きくしたくない。そしたらきっとまたあれが起こる。あれが起きたらき多分俺は大橋さんを見捨てる道を選んでしまう。
あの力を自分のものにしたいとは思うけど…やっぱ……)
「…やっぱり…俺は大橋さんを救いたい。いくら可能性が低くてもやらずにはいられない」
正しい判断かどうかじゃなく、自分の我が儘を通したかった。
皮肉にも内野が我が儘を通す判断を出来たのは、川崎は本当は我が儘な人だという、皮肉なことにも田村した話のお陰だった。
内野は自分の心の声をそのまま口にする。その言葉に一同驚き、泉も振り返る。
そして内野は少し驚いている表情をしている田村の目を見た。
「我が儘でごめんなさい…ここまでが俺のメンタルケアだと思ってください」
「…ま、これ以上のレベル上げはあまり見込めなくなりますがね。それでも構わないなら良いですよ」
(探したけど見つからなかったという事実があれば心を保てるでしょうし…)
田村は人の心の弱さを嘆いてはいたものの、自然と我が儘を言えた内野に対して安心もしていた。
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