第232話 平和な日常の錯覚
内野が次に意識を取り戻した時、一番最初に耳に入ってきたのは焦っている木村の声だった。
「ど、どうしましょう…このまま大橋さんが見つからなかったら…」
(大橋さんが居なくなった…?
ん…あれ…何してたんだっけ…あ、そうだ。クエストの最中で確か俺達は使徒と……………っ)
おぼろげに使徒と笹森の事を思い出し、内野は直ぐに目を開ける。
すると目の前にあったのは梅垣の背中で、今自分は梅垣に背負ってもらっているのだと理解する。
周囲にはさっき使徒と共に戦ったメンバー達が揃っているが、者によって表情に差があった。暗い者もいれば、やりきった感が顔に出ている者もいる。
梅垣は内野が目を覚ました事に気が付くと、川崎の名を呼ぶ。
「おっ、やっと起きたか。川崎さん、内野君が意識を取り戻しましたよ」
すると川崎はスマホで他の仲間と連絡を取り合っている最中だったが内野の方を向く。
「傷はヒールで治したが大丈夫そうか?」
「え…あれ、もしかして俺気絶してました?
ちょっと記憶が曖昧で何が起きたのか覚えてないのですが…」
「それも仕方ない。ステータスの力が無い生身の状態でかなりの衝撃を受けたからな。
俺は指揮を取らねばならないから、西園寺から色々説明を聞いてくれ」
川崎の言葉に合わせ西園寺は前に出てくると、内野への説明を始める。
「了解。じゃ、君が大罪スキルを使った所から簡単に話そうか。
君は使徒の落下地点で『強欲』を使い、氷柱を身に着けている防具にぶつけてもらう事でそこから無理に脱出した。『強欲』の使用後の生見状態で氷柱に当たったから、鎧があるとはいえその衝撃で君は重傷を負い気絶。
その後『ヒール』で直ぐに怪我は直したけども、君は気絶したままだった。
ただ君が気絶しても使徒の落下地点で発生した闇は消えず、見事君の闇は使徒の本体を呑み込み、その闇は君の闇の元へ帰って行った。
僕らのレベルは上がったし使徒を倒せたのは確実だよ」
内野は静かに西園寺の話を聞いていたが、時間が経つにつれ記憶をどんどん鮮明に思い出していき、笹森に酷い言葉を浴びせた事も思い出してしまい、突然胸が張り裂ける様な痛みに襲われる。
彼女が死んだからというのもあるが、何よりも自分が使徒に彼女を殺させ、その時に酷い言葉を浴びせていたのが大きかった。自分がそれをやったなどと信じたくなかった。
「あ、あれって…俺が言ったのか?笹森の激情を誘う為のあの酷い言葉…」
「…そうだよ、全て君の言葉だ」
「じゃ、じゃあ俺のせいで笹森は…最後まで俺への憎悪と、痛みと死の恐怖を味わいながら…死んだのか…」
自分のしでかした事を思い、内野は震え声でそう言うと涙を流した。
無意識に手に力が入り梅垣の服をぎゅっと握り、滴る涙が梅垣の服を濡らす。
そんな今の彼の姿は、あの時の一切感情に揺さぶられなかった彼の姿とは程遠い。
それ故に今回で初めて内野と共に行動する事になった者らは、どちらが本当の内野なのか分からなくなり困惑するしかなかった。
ただ、少なくとも今の彼の姿に安堵する者は多かったのは確実だ。
「話を続けるよ。使徒を倒した後に分かれた3人の元に帰ってきたのだけれど、どうやら大橋という人が居なくなっていたみたいなんだ。
使徒に恐怖を植え付けられた人だけど、クエスト終了時に蘇生石のセーブポイントに跨ぐ事になるから、早いうちに探さないとマズイって状況。
で、今他のグループのメンバーに彼の捜索を頼んでるって所だね」
そこで続いて田村が口を挟む。
「今から私達も捜索がてらレベル上げに移りますが、体力や魔力の消耗が激しい者はここでクエストから離脱させようと思います。流石に使徒との連戦で日疲労が貯まっている者も多いですしね。
特に君は心の方に色々とあるでしょうし…」
皆程は動いていないから身体に疲労はないはずだが、心に余裕が無いからか全身がダルイ。
笹森との事、豹変した自分、逃げてしまった大橋、色々と考えねばならない事が多いのでそうなるのも仕方が無かった。
現に脳裏に色んな事が駆け回り、内野は『強欲』使用時の様に頭痛に苛まれる。
(しんどい…もう何も考えたくない………っ、冷た!)
内野がそう思い目を瞑って片手で頭を抱えていると、突如自分の頬に冷たい物体が触れる。
新島が手に持っているアイスを内野の頬に付けたのだ。
「に、新島!?なんでアイスなんか…」
「おはよう内野君、今から皆でこれを食べようよ。確か家の冷凍庫に貯めこむぐらい好きだったよね」
新島が手に持つアイスは内野が一番好きなアイス。新島は内野の家に泊っていた時にそれを知り、彼の為に持ってきたのだ。
容器が二つくっついているもので二人で一緒に食べれるので、よく二人で食べていた。
そして新島の後ろには進上・工藤の二人もおり、何やら食器と刺身のパックを持って帰ってきていた。
二人は目を覚ました内野を見ると、普段と変わらぬ様子で話してくる。
「お、やっと起きたわね。今から魔物が居ない適当な場所で刺身を食べましょ。マグロ多めだけど良いわよね」
「おはよう。何は刺身以外に食べたいものとかある?
ちょっと肉料理はキツイかと思って避けたけど、君が食べたいなら用意するよ。そこらの店から盗ってきて」
クエストの最中とは思えない様子の3人に、内野はさっきまで頭の中にあった色々な考えが吹き飛ぶ。
「な、今はまだクエストの最中だよ!?
多分まだ3,4時間ぐらいクエスト時間は残ってるだろうしそんな食事をしてる場合じゃ…」
「一旦飯食ってからまた戦えばいいじゃない。それより早く飯食べたいから、さっさと良さげな場所に行きましょ」
「僕もお腹減ってきちゃったし、もうそこの建物の中でいいんじゃないかな?テーブルが無事なら良いんだけど…」
内野がそう言っても工藤と進上は変わらずに呑気にそんな事を言っており、一体二人共どうしたのかと内野は困惑する。
今3人がこんな事をしているのは新島の提案によるものだった。
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新島が皆から向こうで何が起きたのかのか聞いて、これを提案したのだ。
「…その時の彼は平気でそれを行えたとしても、起きた後の普段の彼に無理です。自分のした事を思い出して耐える事だって危ういと思います。
大橋さんの事だとか、起きたら色々思い出して考えないといけない事もあって…きっと頭を悩ませる事になると思うんです。
だから…一時的でも良いから彼に憩いの場を作って上げたいです。気持ちを整理出来る場所と時間を」
こうして提案されたのが仲間との食事だった。
最初にそれを聞いた時は「クエスト中に呑気に食事?」といった反応を皆していたが、普段の彼の様子を思い出すと、新島の憩いの場を作って上げたいという気持ちも分かり、皆それを認めた。
そこで新島は強欲グループのメンバーで内野と一緒に食事を取ろうと提案するも、工藤、進上、木村の3人は誰一人首を縦に振らない、素直にそれに参加しようとしたのは梅垣のみだった。
木村は「僕にもちょっと…気持ちを整理する時間が必要そうなので…それに大橋さんの捜索もありますし…」と、新島に目を合せないで言う。
真面目故に大橋の捜索をしなければという思いもあった。だが何よりも、内野が冷酷に仲間に対して酷い言葉を浴びせたというのを受け止められず、彼自身にも時間が必要だったのが大きかった。
次に、進上は何も答えなかった。
彼は内心では(魔物を殺して回りたいけど…彼の事を放っても行けないなー)と葛藤している最中だった。
そして工藤は、目の前で彼の豹変ぶりを見てしまい、彼に恐れを抱いてしまっていたので首を縦には触れなかった。
新島は3人のその様子を見て、先ずは工藤の説得に向かう。
「工藤ちゃんの武器って、多分虚勢を張れる事だよね。
貴方は辛いかもしれないけど、その虚勢って武器を彼の為に使って欲しいの」
「へ、平然を装えって事?
そんなの…無理だと思う。ずっとそれを通すなんて……」
「ずっとじゃなくて、最初だけで良いよ。きっと普段の彼を見れたら安心出来て、それも虚勢じゃなくなると思うから。
そうなれば貴方の心だって軽くなると思うの」
新島のその説得は根拠のあるものでは無かった。だが普段の様子の内野を見たらこの恐れも消え、安心出来るだろうというのは工藤にも分かった。
なので工藤は数秒考えそれを認め、顔を上げる。
「うん…そうしてみる。勇太の為にも、私の心の為にもやってみるよ」
「…ありがとうね」
新島は工藤の頬に触れながらそう礼を言うと、次は木村の方を向く。
だが木村は彼女に話しかけられるよりも前に先に自分の心について述べる。
「僕は虚勢なんて張れません、きっと一緒にいてもボロが出てしまいます。
なので…僕は大橋さんの捜索の方へ向かわせてもらいますね」
「そう…分かった」
木村が自分自身で無理だと判断した。
工藤の時とは違い木村には無理など言わず、次に進上の説得に移る事にした。
「進上さんは二人と違って心がどうかって問題じゃなくて、多分出来るだけ魔物と沢山戦いたいからって理由で迷っていますよね」
「…そうだね」
「少しでも長い間魔物を戦い続けたいのなら、今は大罪である彼が最後まで戦える様に動く事を最優先にした方が良いと思いますよ。
私達は同じ強欲グループ、大罪が死んでグループが崩壊したらそれ以降魔物との戦闘を楽しむ暇は無くなるでしょうし」
「…目先のものよりも先を見据えてって事ね。
分かった、僕はこっちを選ぶよ」
元々迷っていただけあって進上は簡単に説得に乗る。こうして新島は進上と工藤の説得に成功した。
だが梅垣は、「彼の同期3人が行くのなら自分は遠慮しておこう、それに魔力感知がある俺が大橋の捜索に向かった方が良いだろうしな」と気を使いこれを降りた。
こうして3人は食器など食べ物をそこらから集めに向かった。
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内野が3人の提案に困惑していると、そこで新島は手に持ったアイスを二つに割り、片方の容器の先端を内野の口元に近づける。
「ほら取り敢えず何も考えずにアイスでも食べようよ」
今視界に映っている3人だけを見ると、今がクエスト中ではなく、普段の日常の中にいる様に思えた。
それが内野の心を癒し、彼に安心を与えた。
「…そうする。でもアイスは食後のデザートとして食べよう」
「それがいいね」
内野は3人のそれを受け入れ、梅垣の背中から降りて新島が差し出してきた手に触れる。そして近くにあった建物に4人で入って行く。
新島は内野の手を握り笑みを浮かべながらこんな事を考えていた。
(あの日言ったもん。「どんなに君が変わったとしても、私は君を『内野 勇太』として見て、傍で支え続けるよ」って。(117話)
どれだけ彼の性格が変わろうとも、どんな一面を発現したとしても、私がする事はずっと変わらない。私は生きている限り彼を支える。
替えの利く命を持っている私が、何度もこの命を使ってでも)
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